夢の中でキスをする百合
気が付けば、そこは赤と黒のチェック柄に彩られた空間だった。
壁紙も床もそんな目に悪い配色で、天井にぽつねんと丸い蛍光灯がぶら下がってる以外には、私の目の前には後輩の女がいた。
「あ、なに? なんであんたここに?」
「なんで、でしょうね?」
むふん、と楽しそうに笑う奴は大体普段通りの反応だ。ただ、妙に扇情的な下着姿と、私を嘲るような上から目線は、普段の彼女とは似ても似つかない雰囲気だった。普段のこいつはもっと、ぼけーっと、先輩マジすげーっす、ぱねーっす、みたいなことを言ってくる奴だから。
「つかここどこ? ここなに?」
「さあ。私も気付いたらここにいたんすよ。先輩はなんか心当たりないっすか?」
「いや、なにも……」
私は、普段通り学校の制服だ。つってもこいつと会ってる時の普段通りであって、制服着てる時点でちょっと特殊な状況の気もする。
「閉じ込められたのかな。扉探すよ」
「へいへい」
と、壁に沿って手をついて叩いたり、ドアノブとか忍者の仕掛け扉とかがないかと調べてみたけれど、ない。窓一つない、箱のような空間だった。
もしかしてビックリ箱のように天井だけ開くのかもしれないし、地下だけ開いているのかもしれないけれど、そこらへんは私達にはどうしようもなかった。
完全密閉の箱に、二人で閉じ込められているようだった。
「なにこれ?」
「さあ。誘拐されたのか、閉じ込められたのか、分かりませんけど」
「なんであんた下着なの?」
それも、スケスケのセクシーなやつ、とまでは言及しないけど。少し責めるように尋ねた。
「さあ、なんででしょうね」
「普段のあんたの下着?」
「ご想像にお任せします」
「ぶってんじゃない。……まあ、どうでもいいけど」
実際、こいつがどんな格好だろうと今の問題は変わらない。何者かに閉じ込められた、というような異常な状況が問題だった。
ただ、一つ画期的な解決を思いついた。
この地に足のつかない不安定な雰囲気、ありえない状況、奇妙な現実、これらが導き出す答えはシンプルに一つ。
「これ夢?」
「はは。そうかもしれませんね」
こいつもあっけらかんと笑って認めている。これは私の夢なのかもしれない。もしこいつの夢なら、まあ私がちょっとしたホラー体験というか、私の意志は消えてなくなるのか、みたいな哲学的な話を考えてしまうけれど……どっちにせよ時間が解決する話だ。夢ならね。
「なんだ。じゃあ適当に話でもして過ごそっか」
「へーい。……あ、でもまだ他の可能性ありますよ」
「誘拐じゃなくて?」
「セックスしないと出られない部屋ですよ!」
意気揚々と、笑顔で言うのだから質が悪い。趣味も悪い。性格も悪い。
たまにこいつがリツイートしてくるネタでよくある。なんか、中途半端な関係のキャラを強引にそういう関係にする漫画とかの類。百合が好きとかいうこいつの妙な趣味に対してとやかく言ってきたけれど、ついにこんなことを言いだすとは思わなかった。
そもそもこいつは、百合は趣味だと言い切っていた。
『FPS好きは人を殺したいってわけじゃないでしょ? 私は百合は見てるのが好きなんすよ。自分がそうとかってわけじゃないし』
『そもそも恋愛とかって今したいとか思わないんですよね。あ、でも先輩とは一緒に喋ってると楽しいですし、一緒にいたいですね! ……はい? いや口説いてはませんけど』
自分にそのケはない、と言うのがこいつの主張なのだ。なぜセックスなどせにゃならんのか。
「じゃあ仮にその部屋か夢かだとして、私は夢だと思う。時間が経てば出られるからそれでいい」
「夢じゃなかったら餓死しますよ?」
「なに、シたいの?」
「出たいだけです。いえ、先輩がいいなら、いいですけど」
そりゃ餓死したい奴はいないけど、同性の後輩とセックスしたいかと問われるとまた違うだろう。
部屋から出るためにセックスて。まあ、馬鹿げてる。
「あんたはどうなの」
「まあ出るためになら先輩とシてもいいですけど。先輩が嫌なら、全然お話でもして時間潰しますけど」
本当にそう思っているのか? 発言はともかく、妙に蠱惑的な笑顔は私からしたいと言わせるように、誘っている風にも思える。
そもそも、こいつがそういう下着を着ているのは、そういう意図じゃないだろうか。
「普通の服着なさい」
「だってこれしかないんですもん。気になります?」
「そりゃなるでしょ。そんな……」
「どんな?」
「うっさい!」
やっぱりこいつ、そういうつもりだ。誰がそんな罠にはまるか! っていうか、スるわけないだろ!
「お前、ここから出たら痛いからな」
「やん♡ 痛くしないでくださいよ」
色々と、話すだけ無駄な気がしてきて、私は押し黙ることにした。ここが夢なのは感覚として分かってきた。と言っても、この夢が醒める気配はないし、自由に操れる気もしない。
漫画なら、夢の世界だ~って遊んでアイスクリームの一つでも出そうだけど。
「あ、先輩これ」
「え……うわ」
いつの間にか、こいつはアイスクリームを持ってた。
「マジかこれマジ夢か! いいじゃん!」
「えいっ」
だというに、こいつはそれを、胸元に落とした。
白い濁流がたわわな胸に滴って、コーンはぽんと捨てやがる。
「どうです?」
「ぶっ飛ばすぞお前」
「ほらほらぁ♡」
胸をぐっと寄せると、下着が緩んでこぼれそうになった胸がむっちりと存在感を示してくる。
「お前……お前どうしたいんだよ」
「や、だって先輩の夢じゃないですか。先輩がこういうことしたいって言うことですよ?」
「んなわけあるか。むしろ普段からお前がこういうことしたい、みたいに考えてるからだな、私がこういう夢見るんだよ」
「はぁ? なんですかそれ、認めたくないからってちょっと自分勝手じゃないですか?」
「お前こそやけに生意気じゃん。調子乗んなよ」
「それは、先輩がそういう風に迫られたいから、そういう夢見てるんですよ」
突然、こいつは体をぐいいと寄せてきた。制服越しに、すっかり温かくなったアイスを通して肌の感触が伝わる。
火照った体が、密着する。
「うわ、うわ、おい、おい」
「本当にヤですか?」
「近い近いちけーって」
なんかめっちゃ甘い匂いする。いやアイスのせいか。夢の割には凄い良い匂いでマジで現実みたいだけど。
「逆になんですけど、夢だからこそ好き放題できますよ?」
「はぁ!? ってか夢って認めてるし! 認めてるし!」
「ええ。夢だから何しても後腐れないですよ? 先輩、いつも私の胸見てるじゃないですか」
「見てねえよ! 変な言いがかりつけんな!」
「でも先輩の夢なんですよ? 先輩が私の胸を見てるって認めるか、それともこういう風に詰られたいってことじゃないで・す・か♡?」
「なわけねぇだろ! あんま私怒らせると……」
ぐい、むにゅ。と胸が押し付けられた。
「痛い、ですか? 先輩なら、痛くても、いいですけど」
「お前……あんなぁ、あんまり適当にすんなよ。体を大切にな。うん。こういう流れでするのがダメなんだって」
同性異性とか、私達の関係性云々の前に、だ。貞操観念が気になる。そりゃ死ぬくらいならそういうことするかもしれないけど、みだりに行うことでもない。
よく見知った人だからこそ、特に。
「……でも先輩、据え膳食わぬは恥ですよ」
「男の、ね。それを言うなら大和撫子らしく気品をもっていきましょう」
なんて、ぶってるのは私の方かもしれない。
やっとこいつがおとなしく体を離してくれた。不満そうな顔だが、事態は収拾しそうだ。
と、同時にぼんやり夢の醒める気配がした。この世界とは別の私がリンクして、この夢を見ているという感覚が如実に現れる。これは所詮、テレビを見ているような空想に過ぎない。
「でも先輩……私がこれだけ迫っても、駄目なんですか?」
「へ?」
「ここじゃなかったら、ちゃんとした場所だったらいいんですか?」
「……いや、でも夢だし」
「そうじゃなくて! 先輩の気持ちを聞いてるんです! これが夢じゃなくて、私が先輩を好きだって聞いたら、セックスしてくれるんですか!?」
迫真の台詞に、口籠る。さっきの私の言葉だと、割と考える感じだけど。
でも、もう夢は醒める。応えることもできないままに。
瞬間、離れていた体が再び密着した。
頬に熱いものが触れる。
最後、彼女の切ない顔が見えた。
今にも泣きそうな儚げな表情は、その通り、全て泡沫の夢になって消えてしまった――
――――――
「――っていう、夢見たんだけど」
「……は? ガチすか?」
「それから……あんたのこと気になって仕方ないんだけど」
「……え。マジすか。マジすか。リアルですか?」
「せっ! 責任とりなさいよ!」
「……やべ先輩可愛い……アリかもしんないですね……」
という、話。