グランギニョル
カーネル、ヒューゴー、ブルート、そしてノリンは、この馬鹿でかいチョコレートケーキの中に入ることになった。ナリッサとジェリーは車の中で「仲良く」待つことになった。
真夜中だが、今日はちょうど満月だったため、月明かりに照らされた屋敷は、暗闇によく映えていた。ノリンが以前入った時、屋敷の門に貼ってあった黄色い立入禁止のテープは、ほとんど剥がれていた。その代わりに、ベニヤ板が乱雑に沢山打ち付けられていた。そして何者かが悪戯したのだろう、派手な色のスプレーで、門に幼稚で卑猥な言葉が悪戯描きされていたのが見えた。
「でけえ家だぜ」
中に入る前にカーネルが屋敷を見上げ、ため息をつくように言った。ヒューゴーはイライラしたように足を蹴っては、雑草を撒き散らしていた。ブルートは腕を組み、じっと屋敷を見て立ち尽くしている。
「じゃあ入ろうか」
カーネルが、壮大なレリーフの施されたごっつりした正門を開けようとした。だが押しても引いても門は開かなかった。
「正門は閉じてる。裏口から入ろう」
ノリンが言った。
一同はノリンに続いて裏口へと廻った。裏口には小さな隠し扉があったはずだった。
「なあ、変な音聞こえねえ?」
走りながらヒューゴーが突然口を開いた。一同は周りに耳をすましたが、ヒューゴー以外は何も聞こえてない様子だった。
「あーなんか聞こえるかもな」
カーネルが、そんなことはどうでもいいというような口調で言った。一同はすぐに裏口に着いた。
「ここから入るよ」
ノリンは裏口の小さな扉を見つけた。前入ったきりの扉は、あの時のままで開きっぱなしだった。
「小せえな」
カーネルが扉に頭を突っ込もうとしたその時だった。
「うっわ!」
ヒューゴーが肩をビクッと上げて声を上げた。
「なんだどうしたヒューゴー?」カーネルが頭を引き出し言う。
ノリンは瞬時に後ろを振り返った。すると、茫々と生えた雑草の暗闇の中に、何かの「うねり」が見えた。もしや…。
「ちょっ、待って、怖い!」
ヒューゴーがブルートを楯にして隠れた。意外と小心者だなとノリンは思った。
「あれは多分…」ノリンが言いかけた時、「どけっ!」とヒューゴーが皆をおしよけ、裏口の扉に頭を入れた。
「早くこん中入ろーぜ!」
ヒューゴーが身体を狭い扉から押し込む。何とか扉の向こう側に行けたらしいが、ゴンッと頭を打つような音と、「痛ってえ!」と叫ぶ声が聞こえた。ノリンとカーネルとブルートの三人は、ヒューゴーの自分中心の行動に呆れていた。
「あれ、ノリンが言ってた大蛇か」うねる何かを見ながらカーネルが呟いた。
「え…」
「そうなんだろ?」
カーネルの目の奥が一瞬光った。
すると何を思ったか、カーネルがブルートの背中に手を合わせ、力いっぱいに彼を突き飛ばした。カーネルは薄く笑いを浮かべていた。
草むらの中に突き飛ばされたブルートは、こんなことをされるなど思っていなかったように呆然としていた。二メートル以上ある自分を突き動かすことができるなど、信じられなかったのだろう。
するとブルートの後ろに、大きな影が出来た。ノリンが「危ないっ!」と叫んだ瞬間だった。
ブルートの頭が、大口を開けた怪物の歯に挟まれた。そして、ゴリゴリとした音と共に、彼の頭がグチャグチャと砕けちった。
「ブ、ブル……!」
ノリンは目の前で起きていることが信じられなかった。頭を大蛇に食いちぎられたブルートの体が、ドスンと草むらに落ちた。カーネルはその光景を、さっきの光った目で見つめていた--冷酷な笑みを浮かべながら…。
ノリンはただならぬ恐怖を覚え、その場から逃げ去ろうとしたが、カーネルが長い足を振り上げそれを阻止した。ノリンはドスンと地面に身体を打ち付けられた。ゴホッと咳をするノリンに、カーネルはジーンズのポケットに手を突っ込み、身体を曲げてノリンの耳に囁いた。不自然すぎる甘ったるい声に寒気が立った。
「屋敷へ入るんだ。そういう目的だったろう?さもないと、お前もアイツと同じ目に逢わせるぞ~」
ノリンは身体を起こした。ブルートの身体は、大蛇により見るも無惨な姿になっていた。内臓がグチャグチャに飛び散り、骨が剥き出しになっていた。ブルートの体をガツガツと蝕む大蛇から目を背け(あまりの衝撃に吐き気さえ吹っ飛んでいた)、ノリンは裏口に--五年前のあの日と同じように--入った。
頭はぶつけなかったが、入るには前よりだいぶ身体が大きくなっていたので、少し手間取った。起き上がったノリンは、暗闇の中で目を凝らした。
かなり高いところの窓から月光が差し込む以外は、明かりがない状態である。ノリンはここからどう動こうか迷ったが、あのカーネルが入ってきたら何を今度は自分がされるか怖くなり、とりあえず一歩進んだ。
カツンと大理石の床が鳴った。懐かしい。この状況で思うことではないかもしれないが、レオと行ったあの日をやはり思い出す。不安と恐怖が入り混じった気持ちで、少し速く歩みを進める。コツコツと静寂の中で音が響く。ブルートの最期の顔が目に焼き付いて離れなかった。恐怖よりも、何が起こったのか理解が追いつかなかったに違いない。その後の悲劇を思い出すと、さっきまで吹っ飛んでいた吐き気が喉元に迫り、ノリンは瞬時に身体を曲げ吐いた。吐いた後、少し冷静になってヒューゴーはどこにいるかを考えていると、背後からカーネルの声がした。自然な明るい声が、逆に不自然に聞こえた。
「おまたせ~」
ノリンは口元を拭いながら、後ろを振り返らずに呟くように言った。
「…何であんなことしたのよ」
「あんなことってえ?」
カーネルがとぼけるように言った。その直後に彼のあくびをする声が聞こえ、ノリンの頭が一瞬カッと熱くなった。
「私…あなたのこと信じてたのよ、良い奴だって…。何で…何でブルートにあんなことしたのよ!…不憫すぎるわよ…し、死ぬなんて…」
泣きそうだった。無口だけど、面白くて気のいい所がある奴だったことをノリンは知っていた。家出した時、雨の中、路上で呆然としていたノリンに、そっと傘を刺してくれたことをふいに思い出し、ノリンの目から涙がこぼれ落ちた。
「ムカついたから」
カーネルが無感情に言った。
ノリンの思考が一瞬止まった。
「…え?」
「あのデカブツ、いつもみてぇにアホくさく喋らなけりゃ生かしてたよ。だけどお前とヒューゴーの間にでしゃばってきたじゃん。もっと喧嘩見物したかったのにさあ。ムカついたんだよ、でけぇだけの能無しがさあ」そう言うと、カーネルはククッと笑いを噛み殺した。
カーネルという人物の突然の変わりように驚く暇もなかったくらい、ノリンの胸の内では怒りの炎が燃え始めていた。
「……ナリッサがどう思うと思うのよ…。あなたのこと、愛している人にそんなあなたを見せられるの?」声が怒りで震えた。そして、少しでも彼に好意を持っていた自分を激しく恥じた。カーネルは耳を触りながらどうでもよさそうに言った。
「あの阿婆擦れビッチにどう思われるなんかどーでも良いんだよ。愛してる?俺がアレを調教してるだけだろが。お互い愛してなんかいねーよ。それより…」
カーネルはノリンに近付くと、後ろからいきなりノリンの肩を抱いた。
「…俺は、お前が好きだ」
「………え?」ノリンの背中がゾクッと凍りついた。
「ナリッサとかいう奴隷がいねえからやっと言えたよ。なあノリン、俺と付き合わないかい?」
ノリンは怒りが頂点に達した。カーネルの腕を振りほどき、後ろを振り返ったノリンは、右手を振り上げ、カーネルの頬を思いっきりパシンッと殴った。
「ざけんじゃねえぞこの裏切り者!いい加減にしろ!」
ノリンからの一撃で、カーネルは体勢を崩したようだった。
「お前も蛇に喰われちまえよ!ブルートと同じ想いしてみろよ!皆お前を信用してたんだよ!お前の本性知ったら皆どんな想いになるか考えられもしないのかよ!」
ノリンは大声でカーネルに叫んだ。叫びながら泣いていた。その声は屋敷中に響き渡った。こんなに人に怒鳴ったのは久しぶりだ。喉がからからする。息があがって、ハアハアと声が漏れた。
「へー」
後ろでヒューゴーの声がした。ノリンとカーネルは、ハッと振り返った。ヒューゴーの腕を組んでいる姿が月明かりに照らされていた。カーネルは固く表情を強張らせた。
「聴いてたぜー、お前らの会話」
ヒューゴーがツカツカとカーネルの方へ歩いていく。幸い嘔吐物は踏まなかったようで、ノリンは少し安心した。
「おいごら、てめぇの本性、ついに出たなあ?」
そう吐き出すと、ヒューゴーはカーネルの胸倉をガツンと掴み上げた。カーネルは一瞬だけ目を泳がせたが、すぐに口元をニヤリと歪めた。こんなに醜い笑顔のカーネルは、ノリンの記憶の中には今まで一つもなかった。
「なんのことかなあ?俺は何も…」
「しらばっくれるのは時代遅れだぜ、カーネル・ドーバーさんよお。ようやくてめぇの首根っこ掴める日が来たぜ、ああん?」
時代遅れはお前だろうと場違いにツッコミを入れたくなるようなべらんめえ口調だった。二人ともやめてと普段なら言うであろうはずが、今回ばかりは違った。ノリンはヒューゴーが味方に思えてきた。
月明かりに照らされた二人は、まるで野犬同士が互いの領地の奪い合いをしているかのようにピリピリとしていた。今にもどちらかが相手に噛み付かんばかりの緊張感が、ノリンにも伝わってきた。
二人がいがみ合うのを聴きながら、妙な音が聞こえるのに気がついたノリンは、二人の背後に目を凝らした。すると、そこには…。
「二人とも!」
ノリンは金切り声をあげた。二人の背後で、先程ブルートを堪能した大蛇が鎌首をあげていた。
カーネルは振り返ると、即座にヒューゴーを大蛇の方へ突き飛ばし、裏口に逃げ込んだ。ヒューゴーは尻餅を着き、口をパックリ開けながら、大蛇を呆然とした顔で見上げた。ちょうど月明かりに照らされ大蛇の顔がよく見えた。ヌメヌメとした緑色の鱗に覆われ、目は赤く光っていた。大きく裂けた口元にブルートの服の一部が残っていたのを見て、ノリンにまた吐き気が戻ってきた。
しかし数秒ヒューゴーを見つめていた大蛇は、気を変えたのか、態勢を後ろに戻した。すると、裏口に頭を突っ込んでいたカーネルの下半身を、長い舌を伸ばして舐め始めた。
絶叫するカーネルの声が聴こえた。必死に外に逃げ出そうとするカーネルだったが、大蛇はまた大口を開け、カーネルの靴に牙を立てた。そしてカーネルを引きずり出すと、カーネルの全身を振り回しながら、下半身からガツガツとカーネルを喰い始めた。
カーネルの断末魔が聴こえたが、ノリンとヒューゴーには為す術がなかった。いつの間にかノリンの隣にいたヒューゴーが、床に嘔吐した。ノリンも吐いたが、もう胃液しか残っていなかった。それと同時に、夜の12時を示す柱時計の鐘が、屋敷中に轟くかのように大きく鳴った。ノリンは一瞬驚いたが、大蛇はそんな音が聞こえていないかのように、咀嚼行為を行っていた。
「おまえらあああああああああたたたたたた助けてくれえええええ!!!!!!」
カーネルの最期となる断末魔が屋敷内に響き渡った。腕を脱臼するくらいまでに伸ばし、目をカッと見開いていた。彼の苦しみと恐怖と絶望に満ちた表情が、ノリンの目に焼き付いて離れなかった。そしてカーネルの頭に牙がメリメリと刺さり、彼は観念したようにガクッと下を向いた。グチャグチャとした大蛇の食事音が聞こえた。脳みそが飛び散り、目玉がボロリと落ちた。柱時計の鐘が鳴り終わった。




