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亜衣奈とユーナ

作者: アル


 あたしの名前は亜衣奈、白石亜衣奈っていう高校生の女の子よ。

 唐突なんだけどあたし今日は散々だったの、目覚ましをセットし忘れて寝坊して学校に遅刻したり、授業中についウトウトして先生に怒られたり、抜き打ちでテストがあったり……と、まあ散々だったわけね。

 え? 半分以上自業自得? そこは突っ込まないでよね!

 まあ、そんなわけで元気で前向きが自慢の亜衣奈ちゃんも今日はちょっとへこみ気味なの……。


 

 お風呂にから上がって自室戻り、ふとベッド脇の目覚まし時計を見ると六時半を指していた……って、ちょい待ち! 外は暗くなって星が輝いているし、さっき居間のテレビでお父さんが九時のニュースを視てたわよ?

 「……電池切れかぁ……はぁ~」

 幸いにして明日の土曜日は学校は休みなんだけど、こうも続くと余計に気が滅入る。 まあ、今日はもう面倒だし明日になったら予備が買ってあるか聞いてみようっと。

 そんな事よりもと、あたしは机に向かうとデスク・トップのパソコンの電源を入れると、あるオンライン・ゲームを立ち上げた。 文明的な世界を舞台にしたこのアクション・RPGはすでに一年間はプレイしている。

 タイトル画面でキーボードを使いIDとパスワードを入力してからゲーム・コントローラーを持ってゲームを開始する。

 え? VRMMOじゃないのかって? 漫画や小説じゃあるまいし、そんなのありえないって。 そんな技術なんてまだないし、あったとしても安易に家庭用のゲームに使えるようなコストの安い技術じゃないし、実用化するのに問題だって山積みじゃないかしら?

 少なくとも高校生のお小遣いで遊べるようなものになるとは思えないよね。 

「さて、いざ冒険の世界へ!……なんてね」

 


 あたしのアバターの”ユーナ”は十代後半くらいの見た目で銀髪のポニーテールの女の子、クラスは戦士で長剣が武器ね。 青い学生服風のブレザーの衣装はとても戦場に行くスタイルには見えないだろうけど、あくまでグラフィック上ではよ。 防具のグラフィックにはオンとオフの機能があって、あたしはオフにしてるだけなのね。

 ちなみこのゲームは衣装の種類には凝っていて、およそファンタジーには似合わない近未来風の服もあったりするのよ。

 それで”ユーナ”が今いるのはゴツゴツした岩とところどころに溶岩の貯まった火山洞窟エリア、一人なのはフレンドのみんなはまだインしてないからだよ。

 何でここにいるかというと、今日のデイリー・クエストがここのボスの討伐だからなの。 クリアするとそこそこの経験値やゲーム内のお金になるから忙しくない限りは基本的に毎日やっているよ。

 「ここのボスって苦手なんだよねぇ……まあ、何とかなるか」

 そんな事を呟いていたら敵モンスターが行く手を塞いだ、真っ赤な身体のオオトカゲが三体……まあ、雑魚と言っていい相手ね。

 『てあっ!!』

 とりあえず手近な奴に長剣で斬り掛かると、”ユーナ”が掛け声を上げる。 これはあたしがいちいちチャットしてるんじゃなくて、あらかじめ設定しておいたワードをオートで表示するシステムなの。

 他にも必殺技や魔法発動時や、味方に回復魔法をかけてもらった時のお礼のメッセージもあるわ。

 三回斬り付けて一体目を倒すと、今度は二体目に斬り付けた……はいいけど直後に一瞬画面が赤く染まり”ユーナ”のHPが減った、残った一体が炎のブレスを吐いたのね。

 『キャッ!?』

 「わっ!? しまった……」

 四分の一くらい持っていかれたけど戦士である”ユーナ”のHPはマックス値が高いから構わず攻撃を続けて三体とも倒した。

 その後、画面右上のレーダー・マップで他に敵がいないのを確認してからあたしは回復アイテムを使おうかどうか考える。 戦士の”ユーナ”は魔法が使えないんで回復はアイテムに頼るしかないんだけど、アイテムの所持数には限りから考えなしに使えないのよねぇ……。

 「まあ、もうちょっとやられてからでいいかな?」

 道中で他のプレイヤーと遭遇するかもだし、ボス前には必ず回復ポイントがあるから大丈夫でしょう。 そう決めると”ユーナ”を先に進ませる……。


 このゲームの主人公……つまりプレイヤーは冒険士という職業という設定で、要するにファンタジー世界の冒険者の一員なの。 冒険士ギルドという設定のロビーでクエストを受注して冒険に出かけるという、オーソドックスな形のゲームね。

 そのストーリーの中で”ユーナ”は困った人達を放っておけない正義感溢れる性格で、どんな強敵にも立ち向かっていく勇気と強さを持っている。

 だから、同じ冒険士仲間には一目置かれて町の人々からは尊敬されるっていう、いわば英雄なわけね。 あ、もちろん冒険士仲間って言ってもNPCにだし、ゲームのストーリー上の話だよ? 

 あたしは他のプレイヤーから注目される程の腕も装備もないしね。 まー学生のあたしにはびっくりするようなお金をつぎ込んで四六時中ゲームばっかりやってるような大人に憧れるかといえば、そんな事ないけどさ。 

 そんなリアルでは元気以外に取り得のない平凡な女の子なんだけど、このゲームをやっている間は……”ユーナ”でいる間は”英雄”になれる……って言うのは子供っぽいかな?

 あくまで”英雄ごっこ”ではあるのは分かっているけど、いいよね? ゲームの中でくらい”特別”になってもさ。



 火山洞窟の最深部にいるのは黒く巨大なドラゴンなんだけど……。

 「……って!? レア種の方なの~~~!?」

 このゲームのボスにはレア種が存在し、一定の確率で出現するのは知ってはいたんだけど、よりによって一人の時にって運が悪い。 当たり前だけどレア種だけあって各種パラメーターも上がってるし、一部モーションにも変化がある。

 見間違いじゃなかなーと期待しもう一度見直してみるけど、通常の黒ではなく金色の身体をしたこいつは誰がどう見てもレア種だった。

 「え~い! やってやるわ~~!」

 ……と、やけ気味な声を上げてはみたが、別に負けたところでペナルティーはない。 せいぜい道中に消耗したアイテムが無駄になる程度だったりするから気楽にやればいい。 

 もっともそれは”あたし”の視点であって、ゲームの中に”ユーナ”にすれば命がけの戦いの始まりなんだろうなぁ……とふと思う。 こんな自分の何倍も大きな怪物が目の前に現れたら、あたしなら絶対足がすくんで動けないもの。

 ともかく先制攻撃……と思ったら先にドラゴンがカっと口を開いたので慌てて左に回避行動をとると、直後に真っ赤な炎が吐き出される。 喰らえば大ダメージなんだけど、代わりに攻撃後は硬直するのでその隙を付いて斬り付ける。

 苦手には苦手だけ攻撃パターンや攻略方法は頭に入っている……つもり。

 『やっ!!』

 弱点の頭を狙ったつもりだったんだけど脚を斬り付けちゃったのは単にあたしの操作ミス、直立歩行じゃなくて鳥のような姿勢で常に頭を下げているから近接攻撃でも狙えるんだけど、アクション・ゲームが特に上手いわけでもないあたしはちょくちょく外しちゃう。

 そんでこいつは頭以外の箇所って硬いんではっきり言ってしょぼいダメージしか与えられない。

 更に攻撃を続けようとしたんだけど、今度は太くて長い尻尾を勢いよくぶん振り回してきて『きゃっ!!』と吹き飛ぶと、HPも三分の一くらい減る。

 慌ててダッシュで距離をとってから回復アイテムを使うんだけど、アイテムを使った直後に僅かな硬直があるからいつもヒヤヒヤするわね。 高難易度帯のモーション・スピードだと、下手するとその間にまた攻撃を喰らってまた回復しようとして喰らって……とかあるから厄介なのよ。

 プレイヤーからしてみればその辺も考えて作ってよねって思うわ。

 何とか態勢を立て直せたんでお返しの攻撃を仕掛ける、慎重に動きを見ながら隙を付いて『気刃斬りっ!!』を放つ。 刀身を赤く輝かせた一撃は見事に弱点である頭部に、しかもクリティカル・ヒットして大ダメージを与えた。

 これなら勝てるかな?と思ったんだけど、その後にまた尻尾攻撃を受けてから炎の連続攻撃を受けてHPが一割くらいにまでになっちゃった……というか、火耐性の高い防具付けてから一割残ったというべきかな。

 『きゃぁぁあああっ!!!?』

 「ちょ……反則!」

 これは詰んだなと思いつつも、やれるだけやってみようと逃げ回ってはみるものの、なかなか回復の隙が見つけられない。

 「……ん?」

 その時、左下にあるキャラのHPとMPを表示してある部分に”カイム”という名前が追加された。 それは新たなプレイヤーがパーティーに入って来たということで、ほどなくして”ユーナ”のHPが全回復したのに安堵したわ。 

 あたしの立てた”部屋”に入る事で自動的にパーティーになって、更にボス・エリアにパーティーの誰かが入った時点でスタート地点からここまでのワープ・ゾーンが設置されるのでこういう事も出来るのね。

 『ドンピシャだな!』

 いかにも魔法使いというローブを纏ったな青年の”カイム”のクラスは見た目そのままで、あたしのフレンドの一人だった。 その”カイム”に”ユーナ”が何も言わないのは単にまだチャットしている余裕がないからだ。

 ぶっちゃけていうけど、あたしはチャットは苦手な部類だったりする。 なので「どこが!」と”あたし”が文句を言った。 

 まあ、女の子のピンチに男の子――リアルがそうなのか知らないけど――が駆けつけてくれるっていうシチュエーションも、何だかヒロインっぽくていいかなともちょっと思ったけど……。

 何はともあれ”カイム”の参戦で状況は逆転した、魔法使いはドラゴンの弱点属性である氷の魔法を使えるし、その中に頭部をピンポイントでロックしダメージを与える挙動のものもあるからだ。

 もちろんあたしだって黙って観戦してないで好きをみつつ攻撃はしてるよ?

 そうしてかなりのダメージを与えた頃、不意にドラゴンの脚が凍り付いた。 氷の魔法には一定確率で相手を凍結させる効果があって、一部のボスにも有効なの。

 『頼む!』

 「へ?……あ!」

 魔法の連発で”カイム”のMPがゼロ近くまで減っていた、MPは時間とともに回復するが、”カイム”が攻撃を再開するのに時間が掛かるには変わりない。

 ちなみに”カイム”のプレイヤーはチャットが早く、一言二言程度の文章ならちょっとの隙でタイプしてくる。 まったくよくも出来るもんよねぇーといつも思っている。

 凍結の時間は短いけど慌てずに狙いを付けてから攻撃ボタンを押した。

 『気刃斬りっ!!』

 ”ユーナ”の必殺攻撃は見事に決まって、それで上手くHPが尽きたドラゴンが断末魔の叫びを上げながら崩れ落ち、そして消滅してドロップ・アイテムだけがその場に残った。

 『やったな』

 『そうだね、ありがとね』

 ようやく余裕が出来たので助けてもらったお礼を言う事が出来た、何度か戦っている相手なんだけど、心なしか今日はちょっと満足感みたいなものがあった。

 だから別にレア・アイテムがドロップしたという事もなかったけど、別にそれでも構わない。 だってあたしはもう一人のあたし、”ユーナ”として”亜衣奈あたし”には出来ない冒険を楽しんでるだけなんだから……。

 

   

 うるさい目覚ましのベルで目を覚ます……。

 まだぼ~~としてる頭でベルを止めると、上半身だけを起こして「う~~~ん」と大きく伸びをした。

 今日は月曜日、これからまた学校へ行き勉強や部活に励むという一週間が始まる。 それは楽しい事もあれば嫌な事もある、当たり前の現実の日常……。

 英雄でもなければ冒険士でもない”亜衣奈”という、たいしたとりえもない普通の女の子としてのどこか退屈な日常……。

 だけど、それでいいんだと思う。 あたしはこの世界に産まれて生きている、それはどうしたって変えようがないんだもの。 どんなに辛い事があったってこの世界から逃げる事なんて出来っこない。

 出来るとしたらそれは自殺しかないけど、そんなのは絶対ダメ。 お父さんとお母さんから貰ったたった一つしかない命を自分で消してしまうなんて絶対にヤダだもの。

 だから……それでもほんの少しの時間だけは”ユーナ”になったっていいよね?

 現実のつまらない”自分あいな”忘れて、冒険士”の、もう一人の自分ユーナ”になっても。

 現実逃避かも知れないけど、幼稚な妄想かも知れないけど、ゲームの後はあたしも”ユーナ”みたくがんばれそうな気がするから……もちろん特別なんてなれない、それでも一人の女の事してちょっとでも自分を特別と思えるようになれるようがんばれるから……。

 あたしは制服に着替えると朝食を食べるために食堂へと降りていく、そして食べ終わるとカバンを取りに部屋に戻って来た。

 「…………」

 カバンを持って部屋を出ようとドアのノブに手を掛けた時、ふと誰かに見られいるような気がして振り返ったけど、そこには電源の入っていないパソコンがあるだけだった。

 なのに、あたしは何故か「いってくるね、”ユーナ”」と無意識にそんな言葉を口にしていた……当然返事なんてあるはずもないから、あるいは単なる空耳だったのかも知れない。

 でも、その時は……あたしには確かに聞こえていた……。


  いってらっしゃい、今日もがんばってね”亜衣奈”

 

 


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