帰路
亜理沙とフィリーは寂れたバス停のベンチに並んで座り、一時間に二本しかないバスを待っていた。
「フィリーは帰ってもいいんだよ?」
羽奈の家はバス停のすぐ近くにある。亜理沙と一緒になかなか来ないバスを待つ必要はないのだ。
「いえ、ちゃんとお見送りします」
フィリーは膝の上に乗せたサボテンの鉢の縁を労うように撫でている。
「……サボテン、一気に枯れちゃったね」
鉢の中にあるのは、土と見分けが付かないほどに枯れ果てたサボテンの残骸。
フィリーが羽奈を責める亜理沙を必死に止めて、天本羽奈として生きる決意を示した直後、まるで早送り映像のように数秒ともたず今の状態になってしまった。
「元の姿への執着が断ち切れたからだと思います」
フィリーはそう言うと鉢をそっとバッグの中にしまい込み、この鉢には新しく花を植えるつもりだと微笑んだ。表情は穏やかに見えるが、はたして胸の内はどうなのか。亜理沙はまだ心配で仕方なかった。
「ホントに、よかったの?」
「はい。どうして私が羽奈さんの身体に入れられたのか、理由がわかりましたから」
両親を悲しませたくないからだと羽奈は言った。しかし、だからといって羽奈たちの行為は許されるものではないと、亜理沙は今も腹立たしく思っている。
「十年間、大事に育ててくれた恩返しと思って、天本羽奈になりきってみせます」
「なんか吹っ切れたねー」
人間と植物とでは価値観が違って当然なのかもしれないが、切り替えの早さに亜理沙は若干置いてけぼりを喰らっている。昨日、公園の東屋で泣いていたフィリーとは別人のようだ。
「羽奈さんたちの仲の良さにあてられたせいかもしれません」
「あー、確かにラブラブだった。ぴったり肩寄せ合っちゃってさ」
羽奈とラギの姿を思い出し、亜理沙は大きく息を吐いた。
──私にとっての初恋は羽奈ちゃんだったけど、羽奈ちゃんの初恋の相手はあの精霊だったんだなぁ。
「よく考えてみれば、姿も知らない相手を十年以上も好きでいるとかさ、羽奈ちゃんって相当な変わり者だわ」
「え? 羽奈さんはずっと見てたはずですよ」
フィリーが目をぱちくりさせ、小首を傾げる。
「イチイの樹を、でしょ」
亜理沙は心の中で「ああ、可愛いなチクショー」と呟きながら答えた。
「何かおかしいですか?」
やはり人間と植物とでは感覚にズレがあるようだ。とはいえ、これぐらいなら、ちょっとした不思議ちゃんと認識される程度だろう。世の中にはもっと奇っ怪な人間がごろごろいるのだから。
「亜理沙さん? どうかしました?」
「なーんでもない」
──まぁ、なんとかなるっしょ。
フィリーの手をぎゅっと握り締め、耳元に唇を寄せて亜理沙は囁いた。
「ね、私たちも、あの二人に負けないくらい仲良くなっちゃおっか」
「え……」
仄かに赤らんだフィリーの頬に片手を添えて、ほんの一瞬、唇を啄むようなキス。軽く触れただけでも、その柔らかさ暖かさは充分に伝わってきた。
「亜理沙さん……」
フィリーの頬が更に赤みを増す。
「なんか困ったことがあったら何でも言って、私でよければ相談にのるよ」
亜理沙はフィリーの頭を撫でて引き寄せ、額と額をそっと触れ合わせる。
「それに、私の前ではフィリーのままでいていいんだからね」
「はい……ありがとうございます」
その後、十分ほど遅れて到着したバスに乗って、亜理沙はひとり帰路についた。




