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Cactus☆Cupcake  作者: 安永英梨
6/8

フィリーの決意

 翌朝。

 両親宛てに置き手紙を残し、銀行のATMで大して多くない貯金を全額引き出して、亜理沙はフィリーと共にイチイの樹の元へと向かった。

 フィリーは昨日よりだいぶ元気を取り戻したようで、駅のホームで手を繋いで電車を待ちながら、亜理沙の顔をのぞき込み悪戯っぽく笑ってみせる。

「なんだか駆け落ちみたいですね」

「どこでそんな言葉覚えたのよ、サボテンのくせに」

 亜理沙は頬を赤らめ、照れ隠しにフィリーの頭を小突いた。


 電車とバスを幾つも乗り継ぎ、五時間近くかかって、ようやく亜理沙たちは目的の場所へと辿り着いた。

 樹齢三百年を越えるイチイの樹。その姿は十年前と何ら変わりなかった。

 バッグから枯れかけたサボテンの鉢を出して地面に置き、フィリーがイチイに呼びかける。

「羽奈さん、羽奈さん、私です。フィリーです。どうか姿を見せてください」

 やはり答える気はないようで、何の反応も見られない。

 苛ついた亜理沙がイチイの幹に思いきり蹴りを入れて、フィリーを慌てさせた。

「羽奈ちゃん! 私が誰だかわかるでしょ? 出てきなさいよ、話くらいしたらどうなの!? こら、羽奈ー!」

「あ、あのっ、亜理沙さん、もっと穏便に……」

 もう一発蹴ってやろうと構えた亜理沙の服をフィリーが掴み、引き留めた。

「まいったな、まさか亜理沙ちゃんを連れてきちゃうなんて」

 どこからか吹いた風がイチイの葉を揺らし、フィリーと同じ声が頭の中に響いてきた。そして、イチイの幹からスゥッと浮き出るように、羽奈と赤い髪の女性が現れた。

 羽奈は髪を一つに纏め、淡緑の和服を身に付けていた。顔は全く同じでも、フィリーとはまた違った印象だ。精霊の趣味に合わせているのだろうか。

 隣に寄り添う女性は、イチイの葉と同じ常磐色の和服に、腰まである長い赤髪を垂らしている。

 おそらくは、彼女がイチイの精霊──

「ラギ、あなたまで出てくることなかったのに」

 羽奈は頭一つ分ほど背の高い精霊を上目遣いに見上げ、ラギと呼んだ。それがイチイの精霊の名前のようだ。

「そんなわけにはいかない。羽奈ひとりの問題ではないのだから」

 ラギは羽奈の肩を抱いて見つめ合い、中性的な低めの声で囁く。

 仲睦まじい二人の様子は、尚更、亜理沙を苛立たせた。

「あのねぇ、私たちはバカップルのイチャイチャ見にきたんじゃないのよ。二人の世界に入ってないで、こっち向いて話してくれる?」

 亜理沙は遠慮のない言葉を二人に投げつける。

「なんだか雰囲気変わったね、亜理沙ちゃん」

「そりゃ十年も経てば……って、そんな話をしにきたんじゃない! ちゃんと説明しなさい!」

 雰囲気が変わったのはお互い様。今は雑談に興じている場合ではないのだ。

「ラギは……、彼女は、私が十六才になった日の夜に現れて、私を娶りたいって言ってくれたの。嬉しかった、子供の頃からずっと焦がれてきた精霊さんが、同じように私を想っていてくれたなんて……、それに私が想像していたよりもずっとずーっと素敵なひとで……」

「はい、惚気はそこまで。お嫁さんになりたいだけなら、別に魂抜いたり入れたりしなくてもいいんじゃないの?」

 羽奈は無理矢理さらわれたわけではなく、自分の意志でラギについてきた。それはよくわかった。しかし、何故、魂だけを連れて行ったのか。何故、フィリーの魂を身代わりにする必要があったのか。肝心な所がまだわからない。

 亜理沙の疑問にはラギが答えた。

「私と共にあるためには、人としての肉体は邪魔になるだけだ。既に羽奈の魂は樹と同化しつつある。元の身体に戻ることはできない」

「人の身体がいらないなら、どうしてフィリーの魂を入れたりしたわけ? そのせいで、フィリーは……!」

「ラギを責めないで。私が頼んだの」

 羽奈がラギとの間に立ち、亜理沙を宥めようとする。

「お父さんとお母さんを悲しませたくなくて……、いつも傍に置いていたフィリーなら、私のことをよく知ってるはずのフィリーなら、私の代わりができるんじゃないかと……」

 羽奈の言い分は、余計に亜理沙を激昂させるだけだった。

「フィリーの意志はガン無視? 呆れた! 身勝手にも程があるわ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 項垂れ涙声で何度も謝る羽奈を、ラギがそっと抱き寄せた。

「今ならまだフィリーを元に戻すことは可能だ」

「ホントに!?」

 ラギの言葉に亜理沙とフィリーは顔を見合わせた。フィリーの面差しがどことなく複雑な色を示しているように見えたのは、気のせいだろうか。

「ああ、だが……勝手なのは重々承知の上で頼む。どうか、羽奈の人として最後の望みを聞き入れてやってはくれまいか。このとおりだ!」

「フィリー、お願い……」

 羽奈とラギは深々とフィリーに頭を下げた。

「アンタたちねぇ!」

 怒りを爆発させた亜理沙が、感情にまかせて羽奈に掴みかかろうとする。しかし、その手が羽奈に届くことはなかった。

 寸前で後ろからすがりつき亜理沙を止めたのは、フィリーだった。

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