第1話 始まりの始まり
S高校虐殺事件。
表向きは「精神異常者による、通り魔的な生徒及び教員の殺傷事件」と報道される。
被害者の数は100人を超え、類を見ない大量殺人事件と世間を騒がせる。
これは、その被害者の1人である青年の話である。
白川雪路は平凡な高校2年生である。
自宅に近いという理由で、近所のS高校に通い。
バスケ部に入っているが、スタメンではなくベンチ。
テストの成績も中の上が定位置だった。
そんな彼は、いつもの様に高校に登校した。
教室へ行くと、違和感に気づいた。
「アレ?」
そこには1ヶ月前から『不登校』だった女子生徒が教室に居た。
彼女は以前、とある生徒を数人でイジメていた「いじめっ子」たちのリーダーだった。
しかし、突然とイジメをしていた集団が相次いで自主退学する。
そして、リーダーである彼女は『不登校』となり高校に来なくなった。
噂では、「イジメていた生徒の復讐にあった」と言われていた。
雪路は『不登校』の彼女に何があったか知らないが、以前の彼女とは雰囲気が変わっていると感じた。
以前は服を着崩し、頭の悪そうな言動に傲慢な態度だった。
だが、いま教室にいる彼女は別人だ。
物静かに自身の席に座り、何かの本を熱心に読んでいる。
その顔つきは殺気立っており、目を鋭く細めていた。
醸し出す雰囲気はヒリついており、まるで幾千の修羅場をくぐり抜けた猛者の様だった。
彼女の殺気のせいで、教室中が緊張感に包まれていた。
雪路は居心地悪く自身の席に着く。その後も、クラスメイトたちが入ってくるが、『不登校』だった彼女を見つけると、静かに席に着くと黙って時間が過ぎるのを待った。
時間は過ぎ、朝のホームルームの少し前。
1人の男子生徒が遅刻ギリギリで教室に入ってきた。
「おい〜っす!」
その男子生徒はどう見ても『不良』だった。
髪を染め、制服のボタンを外し、ズボンはだらしなく履いていた。
彼はよく学校をサボったり、途中で学校を抜け出したりして教員からも目を付けられている。
しかし、停学や退学になる事は無く、教師たちも彼の行動に何も言わないのだった。
雪路は彼のことをよく知らないが、なぜなんの処罰も受けないのか、いつも不思議だった。
そして『不良』の彼が学校に来るのも久しぶりだった。
ガニ股で元気良く入る不良は、すぐに教室中が緊張感に包まれているのに気がつく。
「・・・なんか、静かだな〜」
不良は教室を見渡し、ひときわ殺気を放っている『不登校』だった女子生徒を見つけた。
不良は怯む事なく、その女子生徒に近づくと顔を覗き込んだ。
『不登校』の女子生徒と不良は睨み合う形になる。
数秒間、2人が睨む合うと不良が口を開いた。
「うっす!」
「・・・おはよう」
2人は何事も無く挨拶をすると、不良は自分の席へと向かった。
不良の席は雪路の隣だった。
ガタンと音を立てて座ると―
「おっす。なあ、あんな女、うちのクラスに居たか?」
不良は雪路に話しかけてきた。
「え。一応いたけど、ちょっと雰囲気が・・・変わったかな?」
「はへ~、フインキねぇ。眼中に無かったけど、ありゃ要チャックだな!」
不良は「チェック」と「チャック」を間違えているが、『不登校』の女子生徒に興味をしめしたようだった。
そんないつもとは、少し違う一日が始まった。
事件の予兆は3時限目にあった。
突然、『不登校』だったの女子生徒と『不良』が授業中に立ち上がった。
雪路や他の生徒、教員が驚いて2人を見つめる。
2人の顔は、危機迫るものだった。
教員が2人に、「どうした?」と尋ねると―
「あ~、ちょっと糞してきまっす」
『不良』はそう言って、机に掛けてあるカバンを取った。
「体調が思わしくないので、早退させていただきます」
『不登校』だった女子生徒はそう言って、机に掛けてあるカバンを取った。
そして2人は仲良く教室から出て行った。
教員や他の生徒は唖然と2人を見送り、雪路は何か嫌な予感がした。
明確には分からなかったが、雪路の第六感が2人のどちらかに付いて行くべきだと訴えていた。
しかし、雪路はただ2人を見送るのだった。
4時限目。事件が起こる。
1階から突然と叫び声が上がる。
その声は大きく、校内の全員に聞こえた。
雪路がいた教室にも届き、教員や他の生徒も叫び声を聞く。
皆、体がビクつき、動作が一瞬止まる。
教員は何事かと顔を顰め、生徒たちはお互いに顔を見合う。
それから事態は急速に進む。
叫び声が連動するように校内に響き渡り、少しずつ雪路のいる教室へと向かってくるのである。
叫び声以外にも、乾いた破裂音、何かを砕く音、金属を引きずる音なども混じっていた。
雪路の教室では、皆がその音に耳を澄ましていた。と―
『ガラガラ!』
教室のドアが勢い良く開く。
すると、なぜか警察官が立っていた。
教室に居た皆は最初は驚いたが、警察官だと分かると安堵した。
「・・・あっ!おまわりさん!?どうしてこんな所に?」
教員は戸惑った笑顔でそう言いながら警察官に近づく。
『バーン』
乾いた破裂音が教室に響く。
警察官が持つ、拳銃の銃口からは紫煙が立ち上がる。
教員は何が起きたか理解できなかったが、自分の体から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「これから、『選定』を始める」
そう、警察官は教室に居る生徒たちに告げた。
警察官は、血を流し痙攣する教員の頭を打ち抜くと、残っている雪路と生徒たちを見た。
「強い『魔』を感じたが・・・ここにあるのは残滓だけか・・・」
警察官は独り言を呟く。
「わざわざ本官がこの教室に来る必要もなかったが、正義のためにも『選定』を急がねばなれない。諸君に重要事項を伝える。心して聞くように!」
警察官は意味不明な事を雪路や生徒たちに喋る。
「まず、男子諸君は皆殺しである。そして女子諸君、君たちの中から優れた母体を『選定』していく・・・」
警察官は生徒たちに伝そう言うと、拳銃を構えた。
「では男子諸君は速やかに起立して、一列に並んで欲しい。殺処分の手間を少しでも省きたい」
警察官が無慈悲に伝えるが、教室にいる雪路含む男子生徒は呆然するだけだった。
数秒の静寂が流れ、痺れを切らしたのか警察官は1人の男子生徒に銃口を向けた。
『バーン』
再び乾いた音が教室に響く。
雪路が覚えているのは、その後に生徒たちはパニックになり教室中を逃げ惑った事。
教室を出ようとした者は叫び声と共に、何者かに肉塊にされた事。
警察官は淡々と男子生徒だけを撃ち殺した事。
そして、13番目に自分が撃ち殺された事だった。
雪路はぼんやりとした意識の中、何度もその事を思い出していた。
胸に、今までの人生で体験した事のない衝撃を受け、強烈な熱さと痛みを感じた。
体は手足から冷たくなり、穴の開いた胸から血液が流れ出る感覚。
そこら中に響き渡る叫び、破裂音。
そして、教室の外にいた『異形の怪物』。
『死んだはず』なのに何度も思い出していた。
たしかに雪路は死んだはずだった。
だが、なぜかぼんやりと意識があった。
「やったね!」
ぼんやりとする意識の中、そんな声が聞こえた。
「危ない!あっちに敵がいる!」
それは少女の声だった。
「レベルアップして強くなったんじゃない?」
誰かが自分に問いかけていた。
―と。突然、雪路の頭に掛かっていた霧が晴れたように、意識がハッキリとした。
目の前には、血だらけの半裸のバケモノ。
雪路はそのバケモノに馬乗りになっていた。
「はあ、はあ・・・」
雪路の手は血に汚れ、息を切らしていた。
半裸のバケモノを良く見ると、真っ赤な肌、頭には角を生やし、口からは鋭い牙を見せ、トラ柄のパンツを履いていた。
雪路は状況を理解出来なかった。
と、後ろから誰かに抱きつかれた。
「やったやった!まさか『赤鬼」を倒すなんてやるじゃん!」
初めて聞いた、聞きなれた少女の声がした。
雪路は振り返り、少女を見つめた。
初めて見る、見慣れた少女は嬉しそうに雪路に抱きついていた。
「・・・誰?」
雪路が思わずそう言うと、少女は驚いたように目を見開いた。
「・・・え?しゃべった?」
「・・・君は誰?」
雪路はまたそう問いかけた。