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PHASE.3 アツイ金の行方

「間違いありません。絶対に息子です」

南部で農場を営む夫妻は、遺体を見ると膝が崩れ、お互いを支え合った。

「息子さんには何か、身体的特徴があったそうですね?」

夫人は言葉にならなかったが、ミスター・バーマンの方は、息を呑んで頷いた。

「後ろ足の内側に、タトゥーがあるんです。あっ、(あじ)の開きの」

私たちは、ケースの遺体を検めた。確かに毛の薄い腿の内側に、こんがりと美味しそうに焼けた鯵の開きのタトゥーが彫ってあった。

「あれほどカイルの奴の言うことは聞くなと、きつく叱っておいたのに!」

「カイル?」

思わず私は聞き返した。

「…近所に悪い同級生が住んでいたんです。カイル・コーウェン。ハイスクールを中退してから仕事も無くて、ふらふら酒を飲んでいる男で。元々はそいつに『大きな金になる仕事がある』そう言われてリス・ベガスに。…馬鹿なことを」

夫妻はそれ以上、言葉にならないようだった。

「南部の警察から照会があった。カイル・コーウェンはつい半年前、酒屋のパートをオーナーと喧嘩してクビになり、車で出かけたまま消息知れずだ。その男が、フレデリックをそそのかして街から連れ出しに、戻ってきたかまでは裏付けが取れてないが、現場にはフレデリックの他に誰かがいたことは確認されている」

それは射殺されたキングス・レイドに致命傷を与えた弾丸が、フレデリックが撃ったものではない、と言うところから分かったのだった。

現場検証によると、フレデリックは銃を撃っていない。よっぽど焦ったのか彼の銃には安全装置(セイフティ)が掛かったままだった。引き金を絞った形跡はあったが、持ち出してきた父親の拳銃で型が古いのと、手入れが悪いのとで銃は故障し、弾丸は発射されなかったのだ。

「現場にはいくつかタイヤ痕があったが、フレデリックが乗ってきたはずの車は、発見されてねえ。銃撃戦(ドンパチ)のあった場所は、車でもなけりゃ行き来もままならない場所だ」

私はハードボイルドな勘を研ぎ澄ませながら、頬袋を膨らませた。

「つまり、レイドを射殺した誰かは、殺されたフレデリックを置き去りにして逃げた、と言うことになるな」

ダドは大きな鼻の孔を鳴らした。

「刑事の勘、ってやつで表立っては言えねえが、十中八九カイル・オーウェンだろうと俺は踏んでる。こいつが恐らく、偽造IDをフレデリックにも手に入れさせて、この街で何か企んでやがったんだろう。『大きな金になる仕事』ってえのが、今度の事件(ヤマ)のミソだよ」

ビンゴだ。ダドの刑事の勘は、ハードボイルドのツボを外したことがない。

「と、なると、カイルは偽名を使って、まだこの街に潜伏してるな」

私のぱんぱんの頬袋が途端に引き締まった。ちなみにダドによるとカジノ強盗や現金輸送車強奪などの、大金が絡むような事件はまだ、市内では発生していないと言う。

「仕方ない、もうひと肌脱ぐよ。ハードボイルドに面白くなってきた」

「そうこなくちゃな、スクワーロウ」

やれやれ、ただの行方不明探しが、お誂え向きにハードボイルドになってきた。毎日サラリーマンみたいだったので、思わずにんまりしてしまう。

「でな。ノッてきたみたいなんで言うが、実は一つ、気になる話がある」

「なんだ、ダド。珍しく勿体ぶるな?」

「極秘の捜査情報だ。よそには漏らすな」

何だろう。ちょっとわくわくしていた。だがそのダドの情報こそが、事件の大きなカギを握ると、そのときの私はもちろん気づいていなかった。


オフィスに戻るとちょうど、クレアが戻ってくるところだった。クレアは自宅が、事務所のすぐ近くにあるのだ。プラタナスの枯れ葉が舞い落ちる通りの向こうは、赤レンガの倉庫街だ。乗ってきたのは彼女の車ではなかった。私はその車が停車して、彼女が降りてくるまでそれと分からなかったのだ。

「やあ、クレア」

目が合ってしまったので思い切って言うと、クレアはお土産を手に寄って来る。ヤマネコらしい彼氏も一緒だ。リア充退散、を私は口の中で唱えたが、効き目はなかった。しかもクレアのお土産が微妙だった。なんだ、ヴェルデんとこの油揚げじゃないか。

「スクワーロウさん、これ栃尾揚(とちおあ)げって言って今、流行ってるんですって。フライパンで焼いて、生姜醤油で食べると美味しいんだそうですよ☆」

一日に二度も聞いた情報だ。相槌をするのも、疲れる。

「オフィスで食べるよ。今日はまだ、仕事が残ってるんだ」

「じゃあ手伝います、スクワーロウさん」

「いいさ、ごゆっくり」

これから独り、ハードボイルドな推理に耽る時間なのだ。邪魔はしてほしくない。

「ごめんなさい、所長さん。遅くまで彼女を連れ回してしまって」

「気にすることはないさ。彼女はこの街に来たばかりだ、色々教えてあげてくれ。そう言えば君の名前を聞いてなかったな」

すかさず私は、自分の名刺を彼に手渡した。

「アル…アルフレッド・ジーンズです。この二つブロック先でソーシャルワーカーをしてます」

「南部の(なま)りがあるようだね?」

反射的に私は訊ね返していた。

「こっちに来て三年です。資格を取って早く、仕事に慣れないと」

「仕事が大変そうだ。車もかなり年代物みたいだけど、よく手入れされてる」

私が穴が開いた跡を補強したらしいドアを見ると、アルフレッドはさりげなくその唖間に立って身体で隠した。

「ええ、安給料で買い替えが出来なくて困ってます。ドアが凹んだまま修理できなくて、立てつけが悪くって」

「スクワーロウさん、仕事に戻りましょう!」

クレアがぱたぱたと戻って来る。そのとき私からアルは、堪え切れなくなったように目を離した。

「どうかしたんですか?」

「何でもないよ。クレアはいい子だ。よろしく頼むよ、アル」


オフィスに戻ると、私は無農薬栽培のピーナッツをバターをひいたフライパンに取り、豪快に強火で炒めはじめた。推理をする時は、ナッツが一番だ。どうやら事件の背景が読めてきた。

ちんぴらのカイルは、『大金になる』ある大きな仕事をものにするため、相棒にフレデリックを選んだのだ。彼らは犯行後、行方を(くら)ますために偽造IDを手に入れようと考えたが、キングスとトラブルを起こし、銃撃戦の果てにキングスもフレデリックも死んだ。

そして、あれだけ時間が経っていまだでかいヤマは起きていない。連中の目的がカジノ強盗でも、銀行の現金輸送車の襲撃でもないとすると、この街で今、大金を抱えているのは奴しかいない。マイケル・ジャッジスだ。

あの金融マン崩れは株価操作と証券偽造で稼いだ金を、一億一千万ドルも貯めこんでいる。しかしオンラインを凍結されているため、その資産は今、一切使えない。凍って死んだカネを生きたアツアツのカネにするためには、この金をさっさと現金化して洗浄し、市場に出回らせることだ。そのためにあの大量のID偽造があったのである。

リックの捜査によると、ヴェルデがマローネにそそのかされて建てた栃尾揚げの自社工場はほぼ百パーセントジャッジスの息がかかっており、架空の子会社や存在しない役員の報酬で、不正な金をじゃぶじゃぶ洗えるよう、手筈が整っている。

だが問題が一つある。ジャッジスの一億一千万は、逐一現金化する必要がある、と言うことだ。それを怪しまれず地味に少しずつ、洗浄していくと言う手口なのだが、常に大量の現金を管理・保管しておく必要に迫られるはずだ。

あのせっこいヴェルデもさすがに自社工場はちょくちょく見回るだろうし、時間が経てば発覚するリスクも大きくなる。だが何しろ一億一千万は伊達じゃない。それなりに時間は掛かるだろう。連中はどうにかして大量の現金を隠している。それが言ってみれば、カイルたち襲撃犯の狙い目だったのだ。

おっと気が付くとバターピーナッツをもう、クッキングペーパーに落としていた。いやあナッツがあると推理が冴える冴える。だがこれからが大事なときだ。大切にバターと塩を絡ませたナッツを、皿にあけ、適切に冷やすのだ。

冷えればパリパリサクサクになると、簡単に言ってくれるが、自家製バタピーは温度も大切なのだ。煎りたての温度と香ばしさを保ちつつ、持ち味のサクサクも活きる賞味時間と言うのは、それほど長くはない。

これ以上ないくらい神経を研ぎ澄ましていると、クレアが栃尾揚げ持って入ってきた。

「フライパン空きましたね。これもお料理しちゃいませんか、スクワーロウさん!」

「今話しかけないでくれクレア!ハードボイルドにとってッ!最も大事な時が今なンだッ!」

分かってない。全く分かってない。クレア、君は優秀かも知れないが、ハードボイルドが分かってない。ああ、ついイライラしてしまった。ったくクレアのせいだ。普通、リスだったらお揚げよりナッツに飛びつくはずなのに、あんな汁を吸わないお揚げさんで、煮物作って喜んでやがる。けっ。

「汁を吸わない、だって!?」

私は思わずフライパンから、アツアツのお揚げを取り出していた。

「な、なにするんですか!?」

「クレア、君は本当に優秀な助手だ、お蔭で事件は解決だ」

私はやたら丈夫に揚げられた栃尾揚げを、ぐにぐに弄びながら言った。

「食べ物で遊ばないでください!」

「今回は君に、ハードボイルドになってもらうよ」

いつにない私のシリアスな声音に、クレアは顔色を変えた。

「済まないが少し辛い仕事を、してもらう」

「え…?」

私はフライパンに揚げを戻した。それは防水加工がなされているごとく、見事に煮汁を吸わなかった。

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