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第十三魔導武装学院  作者: 黒姫
第一章 学内順位戦編
4/35

刹那の過去

登場人物紹介


黒神刹那くろがみ せつな

 黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すからよく負けてしまう。


ティア

 蒼白の髪の少女で刹那の妹。魔導研究所出身で研究所閉鎖の際に刹那のおかげで黒神家の養子として引き取られた。無口で何を考えてるのか分からない不思議ちゃん。常に自分の事を気に掛けてくれる刹那の事が好きで、積極的にアピールしているがいつも刹那に誤魔化されている


ステラ・スカーレット

 紅い髪の女の子で元一校のエリート。少々意地っ張りでツンデレ。自分の気持ちに素直になれないことに対して自分でも悩んでいる


小桜風香こさくら ふうか

 緑髪のお姉さん、元七校の風紀委員長であり、真面目で礼儀正しいのだが、基本的な問題解決方法が武力的なのが玉に瑕。


白神琥珀しらがみ こはく

 白髪の少女で刹那の幼なじみでティアと同い年。刹那と同じく八型一刀流の使い手。心優しく謙虚で小動物を彷彿させるような少女。刹那に対して強い憧れと恋愛感情を抱いているが、謙虚さが仇となっている。


碧川海翔みどりかわ かいと

 青髪の青年。元二校の生徒会副会長で実力主義者。相手を見下したような言動が多く、弱者が強者に虐げられる事を当然だと思っているが、その代わり強者が弱者を庇護するべきだと思っている


蒼崎凛あおざき りん

 蒼髪のお姉さん。元二校の生徒会長で刹那と海翔の先輩。天性の治癒能力を持っている。喋り方が独特で誰に対しても老人口調で話す。可愛いモノ好きで可愛いモノを見掛けると愛でたがる。


沢木境さわき きょう

 眼鏡をかけた真面目そうな紫髪のお姉さん。元二校の生徒会書記で戦闘歩法の縮地しゅくちを極めており、瞬間移動を基点とした高速戦闘が得意。凛の命令を絶対としている。

3年前、刹那が初めて魔導学院の中等部に入学した時、その頃から成績は悪く誰の目にも止まらないような人だった。学校では模擬戦ですら、誰も相手をしてくれなかった。そんな環境をどうにかしようと、刹那は家で学んでいる剣術以外の事にも手を出した。とにかく各学校の有名人の戦いを見て真似をして覚えた。そのお陰で魔法が使えなくても勝てるようになっていった。だんだん周りから認められていったが、自分が研究所の出身だった事は誰にも話しておらず秘密にしていた。

暫くして悲劇があった。刹那の実績が認められてから初めての学内順位戦があり、あらゆる武器を使いこなし勝ち進んでいた。

準々決勝に当たった碧川海翔。彼の戦い方に手も足も出ず、消耗戦を強いられ負けた。負けるだけならまだ良かった、更に悪いことは碧川海翔がどこから知ったのかは分からないが、刹那が研究所出身であり、実験台になっていた事実を大衆に暴露したのである。

その日から、周りからの刹那を見る目が変わった。人として見られず、努力して身につけた技術も、埋め込められたものだと、根も葉もない噂さえ流れはじめて、そこから刹那は退学にならないギリギリで登校していた。

刹那はそんな嫌な過去を思い出して、海翔を見る。


「それは昔の結果だろう?」

「ほぅ、魔導兵器ごときが僕に勝てるとでも?随分生意気な事を言うじゃないか」

「...今の僕は昔と違う」

「なら、本気で来てくれて構わないよ。君の専用武器で僕に挑んで見ればいい」


専用武器。一人一人が持っている固有武器の事を指し。常時なんらかの特殊魔法を展開した状態になる武器で、切り札みたいなものであり、そう簡単に他人に見せるものではない。それを防ぐ為に武器登録があり、バレないように様々な武器を使いこなす人もいる。

そして、特殊魔法とは系統外の魔法ことで、学んで使える魔法とは違い、個人が得意としている魔法を極限まで引き上げる事ができるようになり、詠唱すらも必要なくなる代物だが、代償として負担がかなり大きい。たまに火、水、風、土以外の系統外の特殊魔法を扱う人もいる。そして、刹那は今まで他人に専用武器を見せたことは一度もない。


「君の妹、ティアとか言ったっけ?君よりは強いけど、所詮彼女も魔導兵器だろう」

「っ!」


ステラと琥珀は感じていた。後ろからでも刹那から凄まじい程の魔力が発せられているのを。


「ハハッ、怒ったのかい?魔導兵器に感情は不要だろう?」

「...今の言葉、取り消してもらう」

「なんでだい?君達兄妹は魔導...」


話している途中の海翔の顔の横を何かが掠れて行く。刹那を見ると魔銃を海翔に向けて立ってる。顔を触ると血が出ていた。


「それ以上は、言わせない」

「やろうと言うのかい?この僕と」

「僕が勝ったら、さっきの言葉を取り消してもらう」

「いいだろう。僕が勝った場合は何もいらないよ。君みたいな雑魚に勝って得るものなんて無いからね」


ニヤニヤしながら挑発する海翔。刹那の頭の中ではそんな挑発は一切入って来ていない。自分が魔導兵器扱いされるのは問題ない。だけど、ティアがそんな扱いされるのは刹那にとって許せないものだった。


(じゃあここは、俺にやらせてもらうぜ)

(あぁ、頼んだよ)


刹那の目付きが変わり飄々とする。


「俺は、昔からお前のことは気に入らねぇんだよ。人を見下してる、その態度が」

「だったらどうするんだい?」

「斬り捨てる」


そう言って刹那が虚空から取り出したのは大剣。


「そんなもので、僕に勝てるわけないだろう」


海翔が取り出したのは騎士剣。


「手加減してあげるよ。精々死なないように、ね!」

「後で泣き言を言うんじゃねぇよ、な!」


お互いに突っ込み、激しい攻防をする。

その攻防を見ているステラと琥珀は凄まじいと感じていた。海翔の戦い方は危なげなく可憐に見え、刹那の戦い方は大剣の重さを感じさせない軽やかな動きをしており、刹那の方が少し有利に見える。同じ大剣を使っているステラにとって、とても目を見張るものだった。かなり重たい大剣を軽々と扱う、実際軽いと思っていたが剣戟の時の音と衝撃がその大剣の重さを物語っている。


「君は変わらないな」

「何?」


不意に刹那に声を掛ける海翔。


「そうやって、相手に情けをかける所がさ!何故弱いのに戦う。何故弱いのに相手のことを考える。弱いんだったら、大人しくしていろ!」

「確かに僕は弱いかもしれない。だけど、それを寛容して努力しないことは間違っている」

「だったら、その考えを僕が射抜き砕いてやるよ」


そう言うと海翔は距離を取り、剣をしまう。


「幻の弓よ、今こそ夢と現を射抜き、その姿を現せ」


詠唱して、海翔の手にしたのは弓。だがその弓は輪郭がハッキリとせずぼやけている。


「『幻影弓』。見覚えがあるだろ?そしてその能力も知っているはずだろ?」


そして弓を手にし、話している海翔の姿も輪郭がハッキリとせず、次第に風景に溶け込んでいく。


「だが知っていても対処ができない。さぁ、僕を見つけられるのなら見つけてみろよ!この無能者が!」

「うぐっ!」


刹那の左肩が射抜かれ、血が出る。


「ハハハハッ、手も足も出ないだろう。そうやって前みたいに、じっくりいたぶってやるよ」

「うがぁぁぁぁ!」


そう言うと、今度は両足を射抜かれ膝をつく刹那。


「あなた、そんなの卑怯よ!」


見ていられず、堪らず批判するステラ。


「お姫様は黙っていて欲しいね。これは僕と彼の勝負だ。僕は失礼の無いように本気でやっている。悪いのは全力でやらない彼の方だ」


ステラの目の前に現れ、ニヤニヤしながら方便を言う海翔。


「このゲス野郎」

「おやおや、汚い言葉を使う。もう少し慎ましくした方が良いよ?」


海翔を睨むステラ。それも気にもせず言葉使いの指摘をする海翔。


「刹那もなんで、本気でやらないのよ!?」

「僕はいつでも最初から本気だよ。言っただろう、僕は弱いって」


身動きが取れない中で、声だけでステラに返答する刹那。


(でも、今アレを見せるわけにはいかない。だろ?)

「あぁ、その通りだ。君だって分かってるじゃないか。なんか嬉しいよ」


小さな声で自分と話す刹那。


(自分と同じ考えを共有できてそんなに嬉しいのかよ?)

「まぁね。今はまだその時じゃない、悔しいけど、今はどうしようも無いよ」

(チッ!しょうがねぇな)


刹那はそのまま倒れこみ、意識を手放す。


「セツナ!」

「刹那兄さん!」


ステラと琥珀が慌てて駆け寄る。


「怪我がひどい。琥珀ちゃん保健室に行って先生呼んで来て!」

「は、はい!」


琥珀に指示をして保健室に行かせる。ステラは治癒魔法を使って出血を止める。水の魔法が苦手なステラにはこれが精一杯だった。止血が終わり海翔を睨む。


「そんなに怖い目で見ないで欲しいね、可愛い顔が台無しだよ?」

「...ここまでやる必要は無かったんじゃないかしら?」

「言ったはずだよ。僕は失礼の無いように本気でやったって」

「私が言いたいのはやりすぎだって事よ」


ステラの体が怒りで震えている。


「なんだい?君もそいつに同情してるのかい?そいつは自ら魔導兵器になったようなヤツだ。そんなヤツに同情するとか欠片も無いね」

「言わせておけば!」


大剣を取り出し構える。


「おっと、思ってもみない事が起きるね。僕はあまり女の子を痛めつける趣味は無いけど。これでやっと君と模擬戦ができる」


騎士剣を取り出して構える海翔。だが


「そこまでにせぬか」


蒼い髪の丈の短い浴衣みたいな制服を着た女の人がステラと海翔の間に現れ空気が張り詰める。


「!」

「蒼崎生徒会長!」

「儂はもう生徒会長じゃのうて、何回も言っておろうに、普通に先輩って呼べぬのか貴様は」


生徒会長と呼ばれて不機嫌になり、呆れたように海翔に指摘する蒼崎と言う名前の女性。


「お主も矛を収めてはくれないかの?」


そう言いながらステラを見る。ステラも黙って武器を収める。


「すまんのぅ、こんなことになってしまって」

「別に.....まだ私は何もしていないわ」

「フフッ、そうじゃったの。儂の名前は蒼崎凛。うちの後輩が失礼した詫びをしよう」


そう言って頭を下げて詫びをする蒼崎。そして頭を上げてこちらに近寄ってくる。


「な、何よ?」

「いやのぅ、そっちも元は儂の後輩じゃからのう。そして、儂は詫びをするって言ったはずじゃぞ?」


倒れている刹那に近づき治療する蒼崎。射抜かれた傷がみるみる塞がっていき、傷なんて何もなかった様になる。ここまでの治癒魔法が使える人は稀である。


「全く、何でもかんでも射抜きよって。貴様は阿呆か!少しはこいつを見習え」

「ですが、弱いくせに相手に傷つけない様になんて、バカがやることです」

「貴様、少しは治す者の事をちっとも考えたことはないのかのぅ。これだけを治すのに普通なら3日は掛かるぞ?」


そんなやり取りを聞いてステラは驚く。3日掛かる治療を目の前ですぐに治してしまった彼女の能力。ステラは聞いたことがあった。二校に天性の才能を持った生徒がいる話を。だが、歳が二つ上だということを知っているだけで、ほとんど聞き流しておりあまり覚えていない。


「本当にすまなかったのぅ。うちの阿呆のせいで。後で彼に謝っていたと伝えて欲しいのじゃが」

「...わかったわ」

「うむ、素直でよろしい」


そう言って歩き出し帰ろうとする凛。


「彼を、刹那の事をよろしく頼むのぅ」


ステラを通りすぎ途中で、小さな声でステラに言う。

一体刹那とどんな関係なのか気になり聞こうとするが


「ステラさん、先生連れてきました。ってあれ?」


ちょうど琥珀が戻ってくる。刹那の傷が治っており困惑する。


「あ、蒼崎先輩!そうですか、先輩が治してくれたんですね」

「おぉ琥珀ちゃんか、久しぶりじゃのぅ。相変わらず琥珀ちゃんは可愛いのぅ」

「あぅ~」


そう言って琥珀に近づいて、ナデナデし始める凛。琥珀はすっかり凛のオモチャになっている。先生も傷が治っているのを確認すると帰っていく。

凛はさっきまでの張り詰めていたような感じはしておらず。むしろ、無邪気な感じになっていて。なんと言うか、掴み所ない人だとステラは思った。


「ひゃあ!」

「ん?ここがええのかの」

「ひゃん!だ、だめ~」


なんかナデナデがエスカレートして、マズイ方向に向かっている気がする。


「あの~、会長?」

「ん?なんじゃ?」

「何をやっているのですか?」


海翔も同じことを思ったのか。止めるために仲裁に入る。


「何って、見りゃわかるじゃろ。スキンシップじゃ」


そう言いながら延々と琥珀の体中を撫で回してる。


「ひゃぁぁ!」

「おっと、ここから先は男子が見るところじゃないぞ」


そう言ってパチンッと指を鳴らすとどこからともなく眼鏡をかけた真面目そうな女の人が出てきた。


「お呼びですか?」

「境よ、碧川海翔をここから何処かへ連れて行け」

「わかりました」

「え、ちょ、沢木会計。冗談ですよね?」

「会長の命令は絶対です」


境は海翔の制服の襟を掴むと、海翔ごと一瞬で消える。

呼ばれて一瞬で来るのは、聞こえていないと出来ないと思うが。指を鳴らしただけで分かるものなんだろうか?なんと言うか、二校は不思議な人が多いとステラは思う。


「さて、邪魔者もいなくなったし。続きをしようかの?」


最後が疑問系になっていたのは琥珀が消えていたからで。いつの間に逃げたのか、ステラの後ろに隠れている琥珀。


「うぅ~、もういい加減にしてくださいよ~」

「ハッハッハ、泣きそうな琥珀ちゃんも可愛いのぅ。でも琥珀ちゃんに嫌われるのは本望じゃないからのぅ。今日はこれぐらいにしておくかの」


今日は、って毎日これをやっているのか?と疑問が湧いてくるが、言ったら巻き込まれそうな気がするし、琥珀が可哀想だから聞くのは止めた。


「しかし、身体の傷は治したが、心の傷は時間にしか治せないからのぅ。こればっかりは儂でもどうにもならぬ」


刹那を愛おしげに見ながら言う凛。


「心の傷?」


一体どんな傷を負ってるのか気になり聞き返す。


「こやつは、二校で散々貶されながらも生き抜いておっての。限界まで心を磨り減らされ、折れる寸前までいっておったわ」


昔の事を思い出しながら、凛は話を続ける。


「大人は言う。生きていると毎日心が折れる、と。でもその表現は間違っていると儂は思う。人間が本当に心が折れたら死んでしまう。折れた心は希望も気力も感じられなくなり、絶望で埋め尽くされてしまう。こやつは非難されながらも毎日諦めずに限界まで心を磨り減らし努力しておったわ。喩えそれが報われない努力だとしても」


懐かしそうに、だが悲しそうに話す凛。


「儂がこやつと出会ったのは、学内順位戦で海翔にボロボロにやられた時での。傷が治って気がついた時には死んだ目をしておってのぅ、近いうちに死ぬのではないのかとその時は不安に思ったのじゃ。取り敢えず少しでも悪い方向に向かわぬように、度々会って話をしたものじゃ」


凛は初めて刹那に会ったときを思い出す。


□□□


「全く、ここまでやる必要はどこにもなかろうに...」


刹那の全部の傷を治し安静させる。凛はベッドの隣にある椅子に座り愚痴る。


「後で説教しなければならんのう」


どう言えば、海翔の態度が変わるか考えながら時間を過ごす。


「っう!」

「お?気がついたかの?」


そんな事を考えながら待っていると。刹那が気が付き刹那が起き上がる。


「ここは?僕は一体?」

「お主は碧川海翔にやられてのぅ。儂がお主の傷を治したのじゃ」

「っ!」


何が起こったのか全く覚えていないのか、事態を把握させるために簡単に説明するが。それを聞いた途端目を見開き、声を失って硬直する刹那。


「そうだ...僕は...僕は...」

「お、おい。お主の大丈夫かの?」


虚ろな目をして何か言っているから心配して声を掛けるが。


「あぁ、あああぁぁぁぁぁぁぁ!」


この時、初めて凛は心が壊れる瞬間を目の当たりにした。


「おい!おい!しっかりせい!」

「あぁ、うああああぁ!」


どうにかしようと声を掛けて落ち着かせようとするが、刹那は頭を抱えて泣き始めて止めようがなかった。

15分くらい経ち、刹那が泣き止み落ち着いたが、目の焦点は合っておらず、魂の抜け殻のようになっていた。


「おーい、大丈夫かの?」

「...」


声を掛けても無反応の刹那。心が折れた人間がどんな末路を向かうのか凛は聞いたことがある。


「はぁ、こやつも死ぬつもりなのかのぅ?」

「...っ」


独り言で言ったその言葉に一瞬だけ刹那が反応する。


「...僕は...まだ...死ぬわけにはいけない」

「あぁ、そうだ。ティアを守ると約束したはずだ」


自問自答しているのにかなり疑問を持ったが、取り敢えず絶望の淵から救うために落ち着いて慎重に言葉を選ぶ。


「そのティアって子は、お主のなんなのかの?」

「僕の...妹だ。無口で無愛想で物知らずで危なっかしい。だけど、大事な可愛い妹なんだ」

「ほぅ、気になるのう」


可愛いもの好きの凛にとって、そっちに興味があった。


「今度会ってみてもよいか?」

「えぇ、ティアさえ良ければ...」


刹那の心の傷を癒すという目的をすっかり忘れて、私情を挟む凛。


「あ!」

「どうしました?」


それを思い出してつい声を出してしまう。刹那もそれに反応する。


「いや、何でもないんじゃ。お主が元気であればそれで良しじゃ。さて」


お茶を濁して凛は立ち上がる。


「そろそろ行こうかの。体に気を付けるのじゃぞ」

「...はい」


そう言って保険室から出ていく。


(あの分だと、大丈夫だとは思うじゃが。しばらく観察しておこうかの)


そう思いながら帰る凛。

そして次の日から職権濫用して、一週間に一回位のペースで刹那とティアを放送で呼び出して。ティアを撫で回したり、話をしたり、撫で回したり、主に撫で回していた話は秘密である。


□□□


そんな過去を思い出してステラと琥珀にお願いをする。


「どうか、刹那が壊れてしまわぬよう。見ておいてほしいのじゃ」

「えぇ、わかったわ。セツナには借りがあるし」

「か、会長の頼みならもちろんです!」


二人から返事をもらって少し安心する。


「フフッ、こやつも良い仲間を持ったものじゃな」


凛は小さく笑って立ち去る。


「ねぇ、琥珀ちゃん。」

「はい、何でしょうか?」


改まって琥珀に向きなおるステラ。


「どこの部隊にも入っていないのなら、私達の部隊に入らないかしら?」

「ふぇ?」

「セツナや他の人達には、私が説得するわ」

「本当ですか!?喜んで入りますぅ!」


琥珀にとって思ってもみない申し出だった。琥珀が刹那を追いかけ回していた理由は、自分の知っている刹那かどうかを確認する事と、出来れば部隊に入れてもらおうとしてたからである。


「これからよろしくお願いいたします」

「えぇ、こちらこそよろしくね」


□□□


気が付いて目を覚ます刹那。周りを見渡すと自分の部屋にいることが分かったが、最近見たような風景がそこにあった。

ティアは同じベッドに入って添い寝しており、ステラは座って壁にもたれて、風香はベッドの横にある椅子に座って船を漕いでる。前と少し違うのは、何故か琥珀もいることであった。


「あ、刹那兄さん気が付いたんですね」


目を擦りながら琥珀が起きて声を掛ける。それに反応して周りも起きる。


「ステラさんから聴きましたよ。本当にあなたは無茶ばかりしますね」

「あはは、心配掛けてゴメンね」


そう言って左手で頭を掻いて思い出す。


「あれ?傷が治ってる」


左肩と両足を確認してみる。制服は破けているが傷はどこにも見当たらない


「蒼崎元生徒会長が治してくださったんですよ」

「蒼崎先輩がか...あの人には本当に迷惑をかけてばかりだな」

「あなたに謝って欲しいって伝言を残していたわよ」

「そうか...先輩なりに責任を感じていたんだろうね」


自分の手握ったり開いたりしながら考え事をする刹那。


(僕は一体何をやっているのだろう?周りの皆に迷惑をかけて...)


手を見ている視界がだんだん涙で滲んでいく。


「あ~、わりぃ。ゴメンだけどちょっと席を外してくれないか?」

「え?なんで」

「ちょっと一人にさせてくれ。俺もこいつも、見られたくないものはあるんだ」

「「「「.....」」」」


そう言って涙を流しながら少し笑う刹那。みんな黙って部屋を出ていく。


(ゴメンね。君にも迷惑をかけて)

「気にすんなよ。迷惑だと思っちゃいねぇから」

(でも...)

「でもじゃねぇよ。少しは考えろ、迷惑だと思ってるなら最初から手を差し伸べたりするわけねぇだろ?」

(.....そうだね)


自分に説得されるのはなんか不思議な事だが、自分の事を一番知っているのは自分とはよく言ったものだと思う。


「君は普段、残酷で冷徹だけど、やっぱり優しいね」

(チッ!変なこと言うな。俺はお前だ、どんなに別けられていても根は同じなんだよ)

「ハハッ、そうだったね」


コンコンッ


自分と話してるとドアのノックが鳴る。


「.....兄さん、もう大丈夫?」


ドア越しに聞こえる声でティアだと分かる。


「あぁ、大丈夫だから入ってきて良いよ」


そう答えると遠慮なくティアが入ってくる。


「他のみんなはどうしてるの?」

「.....ご飯作ってる」

「そうか」


てっきり他のみんなも入ってくると思っていた刹那だが、その言葉を聞いて納得した。


「.....兄さん」

「なんだい?」

「.....兄さんは元に戻さないの?」

「何を?」


ティアが何を言っているのか全く分からないフリをする刹那。


「.....心を」

「なんだ、やっぱり気付いていたんだ」

「.....うん」


苦笑いしながら、相変わらずティアには敵わないな、と思う刹那。


「いつから気付いていたんだい?」

「.....兄さんがあの言葉を言った日」


『お前を、ティアを絶対守ってみせるって事だ。だから、そんなに俺の事を嫌いにならないでほしい』


「.....兄さんは元から二面性があった。それがそれぞれ増幅されて別の人格のようになる。.....そして頭に聞こえる声もそれぞれの性格の考えを纏めるために自問自答している。.....違う?」


長い間、刹那を観察して気付いた点をまとめて、推理するティア。


「そうだな、大体当たっているよ。俺は、いや僕はそれぞれの部分が増幅されて冷徹な自分と甘い自分とで話をしている。そこで思考止めたら両方がうちどちらかが行動を起こす。そして」


一度ティアを見て、話を区切る。


「今はまだ、心を戻すつもりは無いよ」

「.....そう」


そう答えると悲しそうにするティア。刹那は胸が苦しかった。そして自分が感じている本当の事を言う。


「僕は、怖いんだ」

「.....怖い?」

「心を元に戻して、弱くなってしまうことが怖いんだ」


今はまだ戦える自信があった。でも昔の自分に戻ったら、失ってしまったものを取り戻したら、きっと今より脆くなってしまう。


「.....大丈夫だよ。昔の兄さんは、今よりもっと強いよ。ティアが保証する。」


そう言って、真っ直ぐな瞳で刹那を見るティア。


「.....だからいつでも戻ってきて」

「っむ!」


ティアはそう言いながら、刹那を押し倒し馬乗りになってキスをする。あまりにも衝撃的過ぎて、抵抗ができない。というか、実際抵抗できるような状態ではなかった。


バンッ!


「ちょっと!?あんた達なにしてんのよ!?」


急に部屋のドアが開かれ、ステラが入ってくる。


「.....スキンシップ?」

「いや、僕は違うと思う」

「どう見ても違うでしょ!?」


ティアが刹那にそう聞いてくるが、やってる本人が疑問系で答えたら意味がないだろう。それより。


「ステラは何していたんだい?」

「うっ!」


ステラはその指摘をされて怯む


「風香と琥珀ちゃんも隠れていないで出てきてよ」


そう言うと、ステラが開けっぱなしにしたドアの陰から風香と琥珀が出てくる。


「バレていましたか」

「あの、その、こんなことをするつもりは無かったんですぅ」

「アハハッ、僕はそんな事気にしていないよ」


思わず笑ってしまう。結局みんな、心配してティアと刹那が何を話しているのか、気になっていたと言うわけだったのだから。


「でも、どこから聞いていたんだい?」

「ティアさんの元に戻さないの?の所からです」


どうやら、ほぼ最初から聞かれてしまっていたらしい。


「全く、隠し事が多い人ですね」

「別に隠すつもりは無かったんだけどね」


風香にそう言われ、苦笑いしながら否定する。


「僕が弱くなったら君達に負担を掛けてしまうから、今は...今だけはまだ戻すつもりは無いんだ」

「そう。でもティアちゃんと同じで、いつでも戻って来てくれてもいいからね。私も本当のあなたに興味があるから...」

「えっ?それって.....」

「なっ!?ば、バカ!勘違いしないでよね!別にそんなつもりで言ったつもりじゃないんだから!」


赤面しながら部屋を飛び出していくステラ。


「まぁ、ステラさん同様、いつでも戻して来てくれても構いませんので。何でもかんでも背負わずに、少しは私達を頼って下さいね」


風香もそう言って部屋を出ていく。


「あ、スープ作ったので持ってきますね」


琥珀も出ていくが器を持ってすぐ戻ってくる。


「ここに置いておきますね。食器は後でティアちゃんが持って来てね」

「.....分かった」

「じゃあ、私はこれで」


ペコリと一礼して出ていく琥珀。さっそく持ってきたスープを食べる。


「うん、おいしい」

「.....」


スープを食べる刹那をただジッと黙って見ているティア。無表情に見えるが、何か物欲しそうにしているのが刹那には分かり聞いてみる。


「どうしたんだい?」

「.....おいしそう」

「あはは、ティアも食べに行ってきていいよ。食器は自分で片付けるから」

「.....うん、わかった」


ティアは椅子から立ち上がりトテトテと部屋を出ていく。

刹那はスープを食べ終わり、少し考え事をする。


(元に戻して良いのだろうか?)

(さぁな、物事に良い悪いなんてねぇよ)

(.....君って本当に竹を割った様だよね)

(お前は疑心暗鬼しすぎだよ)

(僕は、君の事をたまに理解できないよ)

(理解されなくてもいいのさ)

(.....ねぇ)

(どうした?)

(元の僕は、一体どんなだったかな?)

(.....さぁな、忘れたよ)


そんなとりとめのない事を考えながら夜が更けていった。

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