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第十三魔導武装学院  作者: 黒姫
第一章 学内順位戦編
31/35

第31話 祝賀会(前編)

黒神刹那くろがみ せつな

 黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すのでよく負けてしまう。


ティア

 蒼白の長い髪の少女で刹那の妹。魔導研究所出身で研究所閉鎖の際に刹那のおかげで黒神家の養子として引き取られた。無口で何を考えてるのか分からない不思議ちゃん。常に自分の事を気に掛けてくれる刹那の事が好きで、積極的にアピールしているがいつも刹那に誤魔化されている


黄瀬隼斗きせ はやと

 刹那のクラスメイト。元十二校で自称情報屋。VRゲームで鍛えた反射神経で二丁拳銃を使いこなし、また魔法による後方支援も得意としている。明るく軽い性格なのだが、厄介事によく巻き込まれる体質で苦労人。


蒼崎凛あおざき りん

 蒼髪のお姉さん。元二校の生徒会長で刹那と海翔の先輩。天性の治癒能力を持っている。喋り方が独特で誰に対しても老人口調で話す。可愛いモノ好きで可愛いモノを見掛けると愛でたがる。


桃井芽愛ももい めあ

 ピンク髪の女の子。元一校出身で現代で希少な魔法使いで明るく元気な性格でドジっ子。一人ではしっかりと目的地まで辿り着くことができるが、集団で行動すると何故か方向音痴になる疫病神。


レノンハルト・フォン・イグニス

 燃える様な赤く結われた長い髪が特徴の青年。不良校で有名な五校の元生徒会長、兼風紀委員長を務めていた。まともな仕事はしていないが、人一倍仲間を大切にする人で、五校の生徒からは尊敬の意を込めて『兄貴』と呼ばれている。


アルウィン・エストレア

 ギルバートの兄。秀才で礼儀正しく、誰に対しても敬意を持って接するため、とても人望が厚い生徒。容姿はギルバートと全くそっくりだが、髪型だけ違う。


木代嵐子(きしろ らんこ)

 黄緑色のショートヘアーと小柄さが印象的な女の子。元三校の生徒会長であり頭脳明晰、その頭脳であらゆる策略や戦略を練ることを得意としている。クールを気取っているが身長のことを言うとすぐに怒る。


三谷沙織みたに さおり

 十三校の学院長であり科学者。主に固有武装デバイスの研究を行っている。常に物事の先を見据えて行動しているが、その真意は誰にも分からない。


湯川熱揮ゆかわ あつき

 体躯のいい青年。レノの弟分でレノの事をかなり尊敬しているため、レノに対する言動が悪いやつにたびたび突っ掛かってしまう。


桃井紅愛ももい くれあ

 紅に近いピンク髪の女性。第二次魔導大戦を終結させた七英雄の一人。魔法騎士で、『戦場の歌姫』と呼ばれていたが、大戦中に両目を負傷し視力を失った。個人差はあれど触れた相手の視力と同調して視ることができ。ルーファスとはかなり相性が良いらしく、いつもベッタリくっついている。芽愛の姉でもある。


緋櫻紅司ひざくら こうじ

 真っ赤な髪が特徴的な五校の元生徒会副会長。昔からレノンの右腕であり、よき理解者。常に飄々とし裏表の無い性格。センスと要領が良く、どんなことでもこなすことができる。五校ではレノンに代わり、実質的な生徒会の業務を担っていた。

 順位戦も終わって日も沈み、人々が寝静まる頃。

 代表チームが宿泊しているホテルの最上階会場スイートルーム・ホール。そこで順位戦の祝勝しゅくしょう慰労いろう懇親こんしん会が盛大に開かれていた。


「みんな、グラスは持ったかい?」


 壇上に立つ順位戦の立役者こと、アルウィンの声掛けに、各クラス代表メンバーとその他数名全員が顔を上げる。

 ちなみにその他数名は。沙織と紅愛くれあ、順位戦進行を手伝った司会&解説の文乃と奏、そして芽愛めあの五人である。

 ルーファスは一階の大会場ホールで代表者達を除いた、十三校全生徒へと開催されている懇親こんしん会の責任者として出向いていて、この場には居なかった。


「それじゃあ、乾杯かんぱい!」


「「乾杯かんぱい!!」」


 アルウィンの乾杯かんぱいの音頭に合わせて、それぞれのグラスが掲げられる。


「ぷはっー!」


「隼人、みっともないからやめなよ」


 刹那は横でグラスに注がれた飲み物をイッキ飲みをする隼人を注意する。


「いいんだよ!飲まねぇとやってられねぇし!折角の宴会なんだから楽しまなきゃ損だろ?」


「それはそうだけど…」


 決勝戦で負けた事が悔しかったのか、隼人は少々投げやり気味だった。

 実際に自棄ヤケを起こしている訳ではないので、刹那も軽い注意に留めて、グラスを傾ける。

 刹那の周りにいるのは、隼人とティアのみで、それ以外は皆バラバラに歓談している。

 ギルも参加はしているが、代表チームで固まる必要が無いので、初めからそばには居なかった。

 もし居れば、ちょっとした事で隼人との言い争うのが容易に想像できるので、居なくて良かったと、刹那は内心胸をなで下ろす。

 流石に今回ばかりは気を遣う事なく、刹那も宴席を楽しみたかったが、胸の中では心配事が一つ減った分、会場の雰囲気とは不相応な感情が渦巻いていた。


"本当に自分はここにいて良いのだろうか?"


 そんな後ろめたい気持ちを紛らわせようと、隼人の方を見る。


「ん?どうした?ジロジロ見て」


 隼人は決勝戦で一、二を争うぐらいの重傷を負った割には随分と元気そうだった。

 しかしそれは表面的な話であって、制服の下は身体中包帯でグルグル巻きにされているのはお互い様ではあるのだが…。


「いや、何でも無いよ」


 そんな他愛無い事を思っていると、そばにいるティアから袖を引っ張っられた。


「どうしたのティア?」


「……おかわり」


 空になったグラスを差し出して、新しい飲み物を取ってきて欲しいとせがんでくるティア。

 なんとも可愛らしい要求。準決勝の事があってからか、以前より積極的にティアが甘えに来ているのがよく分かる。

 しかしその好意は兄として頼られて嬉しくもあるが、教育上、困るものでもあった。


「ティアが好きなのを取ってきていいよ」


 なので刹那はティアの要求を適当にあしらう事を選ぶ。


「……ダメ?」


「〜っ!…分かったよ」


 どうしても刹那に取ってきて欲しいティアは、上目遣いで首を傾げる。

 その破壊力抜群の仕草に刹那はあえなく撃沈した。

 

「お前ってホント、シスコンだよなー」


「隼人、ちょっとこっちに来て…」


 シスコン呼ばわりして揶揄からかう隼人の発言にカチンと来て、隼人を呼び寄せる。


「なんだよ、俺は使いパシリになんかならねぇからな!?」


 怒って何かされる。或いは代わりに取りに行かされると隼人は思ったのだろうが、刹那がやろうとしているのはそんな事ではない。


「な、何する気だよ?」


 二人でティアの後ろに回り込み、刹那は隼人の陰に隠れる。そして隼人の頭をガッチリ掴んで少し下に向かせて準備を整え、少し離れる。


「ティア」


「?」


「ぐはっ!純粋無垢じゅんすいむくな上目遣いっ!!」


 振り返って見上げるティアの上目遣いの殺傷力にのけぞる隼人。

 刹那は普段からこれをされている苦しみを味わえと。隼人にも同じ思いをさせたかったのだ。


「ティアはこれをよく、無自覚でやってくるんだよ」


「確かにノーとは言えなくなるな…」


 多少強引だったが隼人もこっちの苦労を理解してくれたようだ。


「楽しんでいるようだな?」


 隼人とちょっとした茶番をしていると、後ろから声を掛けられる。


「博士」


 振り返ってみるとそこには沙織がいた。


「そうやって身内で親睦を深めるのも良いが、これからここにいる面々は同じクラスで過ごす事になるからな。顔見知りで固まってないで打ち解けに行くのも今後の為だと思うが…」


 話しながら辺りを見渡して言葉を濁し、目線を刹那達の後ろに向ける。


「それが難しい者もいるようだ…。久しいな、ティア」


 そう言って刹那と隼人の間を抜け、ティアへ近付いて頭を優しく撫でる沙織。

 その様子はまるで我が子を愛おしむ母親だった。


「……うん」


 ティアの方も沙織の事は覚えているようで、恥ずかしさと嬉しさ。そして久し振りの再開で掴めない距離感が混ざって、ただ小さく頷く。


「君は頼れる義兄あにが側いるだけで良いと思っているかもしれない。だが君はもっと交友を広げるべきだと私は思っているが、どうかな?」


 沙織はティアと同じ目線までしゃがみ、言い聞かせるように問い掛ける。それは沙織が見せる誠意であり、真に相手の事を考えている事の表れでもあった。


「……うん」


 沙織の伝えたかった事が、ティアにちゃんと伝わったようで、ティアは頷いて一人でドリンクカウンターへと可愛らしく駆けて行った。


「感服しました。博士」


「お前が甘やかし過ぎなだけだ」


 沙織の子供の扱いに感心して褒めると、呆れたように言葉を返される。

 ティアの好意を無下にはできないと、見過ごしてきた刹那には、ぐうの音もでない指摘だった。


「それはそれとして。黒曜の件だが…」


 沙織の話題転換に、和んでいた気が引き締まる。

 元より沙織は無駄な事をしない人間だ。こちらに接触して来たのは、重要な話をする為であるのは明白。

 黒曜に関する話は、持ち主である刹那にとっても大事な話だから気も締まるのも当然だった。


「試合後。君の代わりに回収したが、私が回収した時には見事に折れていたよ。修復にはかなり時間が掛かりそうだ」


「そうですか…」


 決勝戦の最後。アルウィンのもとにはしり抜けるまで黒曜は耐えていた。

 止まる力すらもついやしてはしり抜き、そのまま倒れるように転がってようやっと止まった刹那の手元で、最後に黒曜が静かに折れたのを刹那は鮮明に覚えている。


「一つ聞くが。試合中、黒曜が何故元通りになったのか、思い当たる節はあるか?」


 沙織の問いに、黒曜が折れた後の記憶を思い返す。

 確か、黒曜が折れた後。刹那は心の中で謝罪し、残った刀身だけでもと思い、鞘に収めた。

 そこから元通りになったと気付いたのは、体調に良さに違和感を覚えてからだったが、特にそこまで何らかの兆候があったわけでもない。

 思い当たるのは沙織から貰った鞘ぐらいなものだが……


「博士がくれた鞘に、修復機能とかが付いていたんじゃないんですか?」


「ふむ。使っていたお前にも分からないか…」


 沙織の言い方から察するに。刹那が感じていた通り、その推測は違うようだった。

 もしそうならば、贈り主である沙織がわざわざそんな質問をする必要がないからだ。


「私が贈ったあの鞘は、本当にただ刀を収める為だけの物だ。自動修復機能など、そんな近未来な機能は付いてない」


 刹那が言った内容を沙織は鼻で笑う。

 馬鹿にしているとかではなく、単にそういう発想が面白いと思ったのだろう。

 しかし沙織がくれた鞘でないのなら、黒曜が修復された事について、謎が深まるばかりだった。


「まあいいさ。この件は私の方で調べるよ。とにかく、黒曜の修復にはそれなりに時間が掛かるというむねを、お前に伝えねばと思ってな」


 これ以上話し合っても進展しないと判断した沙織は、話を終わらせる方向に持っていく。


嗚呼ああそれともう一つ…」


 と思ったが、沙織にしては随分とわざとらしく、一般的にしては自然に用事を思い出したかのように振る舞って見せた。

 話し掛けに来た本当の目的は黒曜の話ではなく、これから言おうとしている事だったのだと、長い付き合いから刹那はなんとなく察する。


「優勝、おめでとう」


「準優勝の間違いですよ」


 そして間違えている沙織の祝辞の言葉に、すかさず刹那は訂正する。


「私の中では、君が一番さ」


 こちらがその訂正をするのを見越して、更に言葉を返した沙織に刹那は少し面食らう。

 その驚いた表情を見て、沙織は少し笑った。


「それと黄瀬、お前には話がある」


「んあ!?俺!?」


 そんなおだやかなやり取りを、空気を読み、気配を消してただ横にいた隼人は、いきなり矛先を向けられ、変な声を出しながら自身を指差す。


「そうだお前だ。是非は聞いていない。ついて来い」


 刹那と話している時とは打って変わり、全く違う温度差の沙織は、きびすを返してさっさと歩いていく。


「うへぇ、いきなり何だよ。つか急に人変わりすぎだろあの人。はぁ……取り敢えず行ってくるわ!また後でな刹那!」


「うん、また後で」


 そう言って溜息を吐いて、沙織を追いかける隼人を見送り。その場に残された刹那は、飲み物を取りに向かったティアを探しに行く事にした。

 代表メンバーのみで行われている最上階と、全生徒向けの大規模な懇親会が一階の会場から広場にかけて開かれている為に、最上階を運営するスタッフは相対的に少ない。

 つまり何が言いたいのかと言うと、食べ物や飲み物は全てセルフサービスであるという事だ。

 そして飲み物を取りに行ったティアが向かう場所は、必然的に飲み物が大量にあるドリンクカウンターになる。

 刹那の予想通り、ティアはドリンクカウンターにいた。そしてそこでティアが意外なメンバーと話しているのを見つけ、刹那もその輪の中に混ざることにした。


「なんだか赤い人で集まってるね」


「あ、刹那君!やっほー」


「おう刹那!」


 声を掛けて、こころよく迎え入れてくれたのは芽愛とレノ。

 レノの横には熱輝。ティアの側には芽愛と紅愛がいた。


「それで、この四人はどういう集まりなの?」


「んー。集まりというより、みんな飲み物を取りに来て偶然揃っただけだよ?」


「俺はただ兄貴に付いてただけだが…」


「私も芽愛の付き添いよ」


 芽愛の説明に、熱輝と紅愛が補足情報を付け足す。

 この場にいる六人中、三人が飲み物を取りに、残りの三人がその付き添いだった訳だ。

 それはそうと。刹那は紅愛くれあに向き直り、深く腰を折る。


「挨拶が遅れてすみません。紅愛くれあさん、黒神刹那と言います」


 桃井家は日本魔導騎士協会を統括する十家じゅっけの一つ。しかも紅愛くれあは第二次魔導大戦を集結に導いた七英雄の一人。

 彼女の成した功績や持つ権威から、無礼講とはいえ、刹那は襟を正して挨拶せずにはいられなかった。


「ああこちらこそ気が回らなくてごめんなさい!今日の主役は貴方達だから、私の事は全然気にしなくていいのよ!?」


 刹那の礼儀正しい挨拶に紅愛は慌てて砕けるようにすすめる。


「そう言って頂けて助かります」


「いいのよ。開会式でも言ったけど、私はみんなと仲良くなりたいから、気軽に紅愛さんって呼んでね」


「もしくはお姉ちゃんとか」


「ふふ、それも良いわね」


 恐らくそう呼ぶのは芽愛しかいないだろう。というツッコミは、口にせずともこの場にいる男子三人が心の中でしていた。


「まあそう緊張すんなよ!紅愛さんもああ言ってんだし、これから教官として教鞭取んだから、いちいち礼儀なんて気にしてたら身が持たねぇぜ?」


「紅愛さんは戦争を止めた七英雄で、いまは世界中を飛び回っている有名歌手だよ?緊張するなってい言う方が無理だよ。レノはよくフランクに話せられるよね」


 それだけでなく、桃井が日本魔導騎士協会に名を連ねる十家じゅっけのうちの一つ。という事も含めると紅愛へ無礼な事は慎むべきなのだが、当の本人は、学生達と親しくなりたいようなので、いまはレノの明快さが刹那は羨ましかった。


「おう!それが俺の取り柄だからな!って誰が礼儀知らずだこんにゃろう!」


「うわっ!?ちょっ!やめてよレノっ!」


 そう言ってレノが一方的に肩を組んで、髪をくしゃくしゃにしてくる。

 知り合い、或いは友人と呼ぶべき者とのちょっとしたじゃれ合い。

 いままでこういった交流が少なかった刹那にとって、十分な居心地の良さを感じさせるものだった。


「黒神。ずっと気になってたんだが。決勝戦の最後、結局どっちが勝ったんだ?」


「お、そうだそうだ!ホントはどっちが勝ったんだ?」


 熱輝の問い掛けにより、レノは刹那の髪を乱す手を止めて、便乗して聞いてくる。

 それと同時に、他の三人から好奇の目が向けられる。


「確かに場の空気に流されちゃって終わってしまったけれど、あれは実質アルウィン君の勝ちじゃないかしら?」


「俺もそうと思ってるんすけどね。だからどうだったのかアルに聞いたんだが、分かんねぇって言うんすよ。それに…」


 レノはそこで言葉を区切って刹那に目を向ける


「通り過ぎてたなら、届いてたって事だろ?」


 そう言ってニッと笑うレノ。

 伊達にアルウィンと張り合う程の実力があると言われているだけある。

 確かに最後に刹那は倒れたが、それがアルウィンの前と後ろでは話が変わってくる。そして刹那はアルウィンの後ろで倒れていた。正確には止まる力すらも残さずに走って、そのまま力尽きて転がったのだが。

 レノはその辺りの事をよく見ていたようだ。


「僕は自分の全てを懸けてはしっただけだよ…」


 試合の最後の事を思い出す。

 一瞬のようで刹那にとっては途方も無く長い、永遠が圧縮された時間だった。

 走馬灯のように思い出す景色は、とてもじゃないが言葉では形容し難かった。


「ただ、はしるのに必死で。剣の切っ先が届かなかった…。たったそれだけの話さ」


 だから言葉は濁しつつも、結果は鮮明に伝える。


 そう。刹那は届かなかった。勝てなかったのだ。


 そう改めて思うと悔しさで胸がいっぱいになる。本気だった分、涙溢れてくるが。ここでは流すまいと必死に堪える。


「ハハッ!なんだそりゃ!まあそんな事もあるか…。むしろそうだったから、見えたもんもあったんじゃねぇか?」


 一歩及ばなかった自分の至らなさを噛み締めていると、レノが肩を叩き、慰めるかのようにそれを笑い飛ばしてくれる。


「そんじゃ結果は引き分けっつー事が分かったし、感傷に浸るの終わり!」


 そして、自ら振った話題で空気が重くなったのを感じ取ったレノは無理やり話を終わらせ。次の話題へと転換しに掛かった。


「そうだ聞いてくれよ刹那!熱輝が特務科の編入、辞退するっつーんだよ!」


 その転換先の話題で思わぬことを聞かされるとは思っていなかった。


「兄貴!?その話はここではしないようにって言ったじゃないっすか!」


 それはいきなり矛先が向けられた熱輝も同様で、話を振ったレノに慌てて口止めをしていた。


「え、なになに?初耳なんだけど?」


 しかしもう手遅れで、芽愛が興味津々といった感じで、話を掘り下げに熱輝へ詰めていた。


「芽愛、理由を問い詰めちゃダメよ。熱輝くんが自分で決めた事なら、それは尊重しないといけないわ。レノンハルト君もそれが分からない訳じゃないでしょう?」


「へーい」

「はーい」


 紅愛に諭され、叱られてヘソを曲げる子供のような返事を返す二人。

 この二人の幼稚さは案外似ているのかもしれないと。それを見て刹那は勝手な所感をいだいていた。

 熱輝の編入拒否の理由は気になるところだが、それよりもっと気になる事が出てきて、それを聞こうと刹那は口を開く。


「でもじゃあ、熱輝さんはどの科に入るつもりなんですか?」


「おう!良い質問だな!俺が編入するクラスは勿論…!」


「強襲科っ!」


「違ぇよ!防衛科だ!防衛科!!」


 熱輝が言おうとしたところで、それを当てようと横から芽愛が口を挟む。

 一瞬おかしな空気がただよったが、熱輝に的確なツッコミ兼訂正のお陰で、気まずい雰囲気にはならなかった。


「ちぇ〜違った〜」


 予想が外れて少し残念そうな顔をする芽愛。一人だけ妙にテンションが高いのが気になるが、そこには触れずに話を進める。


「こう言っては失礼ですけど、意外ですね」


「まあ無理はねぇわな」


 意外と言うのは"強襲科ではないのか"という意味であり、熱輝もそう思われている自覚はあるようで、苦笑いしながらそれを認める。


「けど今回の大会で自分の力不足っつぅのが嫌でも分かっちまったんだ。だから防衛科そっちで俺は力をつけて、いつか兄貴や紅司さんに背中を預けられるようになりたいって思ってんだ」


「立派な考えね。ここまで言われたら引き止めにくいんじゃないかしら?」


「〜っ!」


 紅愛がそう言うと、レノはこれ以上は何とも言えない表情をして頭を掻きはじめた。

 その他の理由ならともかく、理由が自分の為と聞かされれば、尚更引き止めづらいだろう。


「それはそうと、芽愛が一生放そうとしないこの小さな子が、刹那くんの妹のティアちゃんだったわよね」


 負けた。といった表情で熱輝の説得を諦めたレノを余所に、急に紅愛に話を振られて改めて状態を見る。

 輪に混ざった時から変わらず、芽愛はティアの上に覆いかぶさるように両手でしっかりと捕まえていた。

 そして捕縛されている側であるティアは、この状態に何も感じていないのか、それともただ諦めているだけなのか、無表情で芽愛の前に収まりながら飲み物を飲んでいた。


「大人しくていい子だし、本当に可愛らしいわね」


「ね〜。私の妹に欲しいくらいだよ〜」


「いや、家族いるんだからダメに決まってんだろ」


「あはは。勿論僕の答えはノーだけど、その前にまずティア自身の意志を聞かないとね」


「ティアちゃんは良いって言うもん!ね〜」


「……やだ」


「ガーン!!」


「だそうよ芽愛。いい加減放してあげなさい」


「い〜や〜だ〜!連れて帰るも〜ん!」


 紅愛がティアを放すよう芽愛を諭すが、芽愛は駄々をこねて、ティアを抱えたまま振り回して暴れ始める。


「……おぉ〜〜」


「うおっ!暴れんなって!こぼれてるだろ!」


 振り回されているティアは、それをアトラクション感覚で楽しげにしており、見かねた熱輝が芽愛を止めに入っていた。


「駄々っ子かよ、ったく。にしてもうちの里穂りほもあれぐらい可愛げがありゃ良んだがなぁ…」


 その状況を見て呆れるレノは、自身の環境と比較して一人愚痴を溢していた。 


 といった具合で、各々ティアを中心として好き勝手に話をしていたが、芽愛はティアを手放す気は全く無く。

 ティアの方も、話題が話題なだけにイヤと言ったが、芽愛の腕の中に収まっているのは割と気に入っているようだった。

 無理に引き剥がすのは少し可哀想だったので、刹那はここでティアと別行動をする事を決める。


「じゃあそろそろ僕は他の人にところに…」


「なんだ、もう行くのか?」


「うん。作者が尺と語彙力がツラいんだって」


「メタ事情かよ!というかそんな事わざわざ書いて言わせんなよ!」


「まあ遊び心と思ってね?じゃあ悪いけどティアの面倒見て貰えると助かるよ」


「それは私にまっかせて〜!」


 全部レノに向かって言ったのだが、何故か芽愛が自信満々に返事をする。

 ……なんだろう。恐ろしく不安しか感じない。


 その不安感は他三名も感じていたようで微妙な表情をしていた。

 芽愛だけなら兎も角、それ以外の人も面倒を見てくれるなら、心配する必要はないはずだと思って、芽愛に抱きしめられているティアに目を向ける。


「じゃあティア。僕は他の人のとこに行ってくるよ」


「……ん。いってらっしゃい」


 刹那とティアは互いに手を振って、しばしの別れをした。


□□□


「そういえばみんなは、学校の引き継ぎをどう済ませて十三校ここに来たのかな?」


 祝賀会の主役であるアルウィンは、周りに集まっている旧友と新たな友に向かって、ふと抱いた疑問を問い掛ける。

 旧友とは凛と嵐子。そして新たな友とは紅司の事だった。


「なんだい?藪から棒に…」


 唐突な話題に、嵐子がいぶかしげな表情をして聞き返してくる。

 単なる興味本意で振った話題なのだが、それを嵐子はそれを何かの意図があるのではないかと怪しんでいるようだった。


「いや、特に深い意味は無いんだ。ほら、凛のところは生徒会メンバー全員がこっちに編入しているだろう。二校もそうだけど各校の状態は大丈夫なのかな?と思ってね」


 嵐子の深読みを解きつつ、アルウィンは凛に視線を向け、話を振る。


二校こちらの生徒会の運営なぞ、あって無いようなものじゃからのう。引き継ぎなど特に何もしておらぬぞ?それに向こうには保健委員長も残して来ておるし心配もいらぬ。二校こちらより五校の方が余程、大変じゃったのではないかの?」


 アルウィンの振った話を"なにもしていない"と凛は答えて、チラリと紅司の方に目を向けて話を振った。


「確かに、バカイグニスのところも会長と副会長の両方が抜けて来ている訳だしね。今頃、生徒が暴れまわって近隣住民に迷惑でも掛けてるじゃない?」


 それに対してレノンと因縁を持つ嵐子が、口を挟まずにはいられなかったようで、心にもない嫌味を紅司に向かって放つ。


「ハハッ!ハルトが能天気なのは認めるけどな。だが木代、お前が本当にどう思っているか知らねぇが、あれでもアイツは慕われてんだ。人前ひとまえ他所よその大将をバカバカ言うのはやめといた方が良い。いつか後ろから刺されるぞ?」


 紅司はこういった嫌味を言われ慣れているのか、認めながら笑って受け流し。逆に嫌味を言う嵐子をたしなめた。


「フン、御忠告どうも」


 レノの様に煽りに乗らない紅司の大人の対応に、不服そうに鼻を鳴らして子供っぽく、そっぽを向く嵐子。


「それを聞いた後で言うのは難だけど、僕もレノンが生徒会を運営。なんて全然想像つかなくてね。恐らくだけど、引き継ぎは全部紅司氏がやったのだろう?」


 嵐子の嫌味により少し空気が悪くなりかけたが、アルウィンは自らの感想も交えつつ予想を話しながら紅司に問う。


「流石は王子、ご明察だな。アイツはまとめ役で俺は主に裏方ってな。ああ見えて自分の役割を分かって下手な事はしないでいてくれるから、こっちも仕事がしやすいのさ。まっ、考えなしに突っ走りがちなのがたまきずだけどな」 


「アイツが頭を使わないで動いているのはいつものことだろ」


 そしてそれに対して、レノへの嫌味を言わずにいられない嵐子が再度口を挟み、またもや何とも言えない微妙な空気が流れるが、それはいつもの事なので無視してアルウィンは話を続ける。


「それじゃあ、五校の方は大丈夫なのかい?」


「愚問だな、俺がここにいるんだぜ?」


「フフ、確かに愚問だったね」


 紅司の自信ぶりに、アルウィンは思わず納得と笑いがこぼれる。


「それはそうとアルよ。学院長に言われた例のアレ。もう誰にするか決めたのかの?」


「例のアレって何の事さ?」


「ああ、特務科の副席任命の件かい?」


「そうそれじゃ」


「何だそれ?初耳だな」


 凛とアルウィンの会話の内容に首を傾げる嵐子と興味を示す紅司。

 懇親会が始まる前、アルウィンが凛と丁度話している時に沙織から直接話をされたのだから、後から来た二人が知らないのも無理はなかった。


「学院長は開会式の時、生徒により実戦的な事を学ばせたいと言っていただろう?それには生徒自身に自主性を持たせる事も含まれている。だけど、いきなり「自分で考えて行動をしろ!」なんて言われても、みんなバラバラに動くのは目に見えているからね。だから各科にあらかじめ、まとめ役を選出して、ある程度は統率を取れるようにしたいみたいなんだ。そして特務科のまとめ役、もとい全科の指揮役に僕が抜擢ばってきされたって訳さ」


「ハッ!十三校に来てまで生徒会長とは、王子も御苦労な事だな」


「うわ〜、マジか…」


 沙織の施策しさくをかいつまんで話すと、それを聞いた紅司はこちらに気の毒そうな顔を向け、嵐子は引いていた。

 二人が言いたい事はアルウィンも分かっていた。

 全体の状態を把握し、束ねるというのがどれほど難しいのか。

 それだけでも難しいのに、各校からエリートを集めた十三校で、それを行う側になると思うと嫌な顔をしたくなる気持ちも分からなくなかった。

 というより、絶賛その立場に立っている状態ではあった。


「して、学院長はこれから振り分けさせる各科にも一人づつ、まとめ役である主席を挙げさせるそうなのじゃが、主席は副席を任意で決める事ができるそうじゃ」


「フフン!それならこのボクが適任…」


「いや、申し訳ないが嵐子に副席は任せられない。僕には全体指揮が任せられている。その副席というのはつまりサブリーダーの事だ。僕が不在の時には副席が指揮を取る事が想定される。どんな状況でも冷静に判断を下せて、その責任を負えなきゃいけないんだ。きっと荷が重くなる」


 凛の話を聞いて、得意気に立候補しようとした嵐子をアルウィンは止める。


「なにさ、ボクには冷静な判断も責任も負えない人間だっていいたいのかい?」


 案の定。止められたのが気に入らなかったようで、嵐子は膨れっ面をしながら、アルウィンに抗議をし始めた。


「そういう事じゃないさ、嵐子の実力は十分に分かっている。ただそういったプレッシャーに晒されて、君の作戦立案に支障が出るのは困るんだ。だから嵐子には戦略家として補佐役をお願いしたい。同年代で嵐子以上に人を上手く運用できる人材は他にいないからね」


「君にそこまで言われるのなら、仕方無いな…」


 おだてながらしっかりとした理由を述べると、嵐子は納得してくれたようで、抗議の矛を収めた。


「では誰にするつもりかの?まさかレノンとは言うまい」


「アイツは指揮するより先に飛び出すだろ」


「確かにな…」


 凛が候補者としてレノを挙げるが、この場にいる全員が向いていないと判断し、即刻却下される。


「てか蒼崎、お前がなったらどうだ?」


「儂か?」


「どうせ前線に出張るつもりはねえんだろ?」


「そうだね。凛なら意外ときもが座ってるし、影響力もあるから、アリといえばアリかも」


 紅司の案に賛同する嵐子。

 妥協案、と言うわけでもなく二人と同じ様にアルウィンもそう思っていた。

 この場の全員に注目を集められる凛。だがアルウィンは返される答えを既に知っていた。


「嫌じゃ!儂には後ろで傷付いたカワイコちゃんを癒して愛でるという重要な使命があるのじゃ!」


「お前、何しに十三校ここに来たんだよ…」


 意味不明な理由で駄々をこね、なりたがらない凛に紅司がツッコミを入れる。

 アルウィンは凛が副席にならない本当の理由を先に聞いているので、このやり取りには口を挟まず、そろそろ頃合いと見て、話を切り出す。


「僕は紅司氏が副席に相応しいと思っているんだ」


「あーやっぱそうくるか…」


 薄々感じていたのか、その一言を聞いて紅司は全てを悟ったような声を出した。


「緋櫻家として名も知られて、実力もさることながら、頭も切れる上にカリスマ性も備えている。君がなってくれるならみんな納得するだろうし、僕の負担も減りそうで助かるんだけど、どうかな?」


「はぁ……ったく、王子は性格が悪いな。わざわざ持ち上げなくたって、ここまで聞かされている以上、断る訳にはいかねぇだろ?」


 諦めたように誘いを受ける紅司。観念したという風には見えない程の潔さにも好感が持てて、人選は間違っていなかったと確信する。


「了承してくれて感謝するよ。それはそれとして紅司氏、その呼び名はしてくれ。そう呼んでくるのはレノンだけで十分だ」


「ならそっちもわざわざ"氏"なんてつけんなよ、アルウィン」


 似たようなやり取りをレノともよくやるが。これは始めから、紅司の事を仰々しい敬称を付けて呼んでいたアルウィンへの嫌味だったというのが分かり、思い改める。


「…分かったよ、紅司」


 自身の言動が悪かったと反省して、アルウィンは紅司を呼び捨てる。


「なんか上手く纏まったみたいだね」


「じゃな」


 そしてそんなアルウィンと紅司の仲が深まった?のを見届けた嵐子と凛であった。


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