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第十三魔導武装学院  作者: 黒姫
第一章 学内順位戦編
30/35

第30話 決着

黒神刹那くろがみ せつな

 黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すからよく負けてしまう。


ステラ・スカーレット

 紅い髪の女の子で元一校のエリート。少々意地っ張りでツンデレ。自分の気持ちに素直になれないことに対して自分でも悩んでいる。


アルウィン・エストレア

 ギルバートの兄。秀才で礼儀正しく、誰に対しても敬意を持って接するため、とても人望が厚い生徒。容姿はギルバートと全くそっくりだが、髪型だけ違う。


常盤文乃ときわ ふみの

 元気で明るい茶髪の女の子。ムードメーカーで順位戦の実況者を自ら志願した。


柊奏ひいらぎ かなで

 落ちついていて物静かな印象を受ける白髪の女の子。物事を見極める洞察力と声の良さから、解説者に抜擢された。

『黄瀬選手!決死の覚悟で挑みましたが小桜選手に一歩及ばずっ!…ってお二人共、流血が凄いですけど大丈夫ですかっ!?』


 文乃の司会により、風香と隼人の勝負にも決着が着いた事が、刹那とステラの耳にも知らされる。

 がしかし。刹那とステラはその声が聞こえないくらいに二人だけの世界でしのぎを削り合っていた。

 刹那は変わらずステラの斬撃を絶妙になしては隙を突いて斬りかかり、ステラはそれを防いではまた斬るといった。斬っては斬り返し、攻めては防ぐ、一進一退の戦いを繰り広げて観客席を圧倒していた。

 刹那に至っては、さも当然のようにステラの攻撃をなし続けているが、なし方を少し間違えれば、隼人の二の舞になりかねなかった。

 ステラの実力、能力を知っているのなら、巧みになし続けている刹那が、剣聖けんせい並の腕前を持っているのは疑いようのない事だった。


 そして実を言うと、この攻防は決闘が始まってからしばらく続いている。

 その理由は、刹那に決定打が欠けている事と、ステラが攻めあぐねていたからなのだが……。

 拮抗きっこうと言い表すには、あまりに力の差の激しい戦闘であり。刹那が攻めきれないというのは分かるが、ステラが攻めあぐねているのは、観客には理解し難い事だった。

 ステラが意図的に手を抜いている訳ではない。

 苛烈かれつに、荒々しく攻撃を仕掛ける彼女を見れば、それはないと分かる。

 むしろ観客達は、いつ刹那がミスをしてしまわないかハラハラして見ているぐらいだ。

 ただ、炎を纏った攻撃が派手あるが故に気付きにくいが、ステラの動きそのものは単調である。そして動きが単調になっている原因はステラが心の中で苛立ちを覚えていたからだった。


(なんでよ?どうして!?)


 ステラには"刹那は自分より強い"という印象が強く存在している。

 過剰な期待と理想を、ステラは無意識に刹那に押し付けているのだ。だから全く歯の立たない刹那に対して、ステラは勝手な失望と怒りを感じていた。

 その怒りがステラの攻撃を単調にさせている原因であり、刹那はそこに付けって攻撃をなしているに過ぎなかった。

 だが、レヴァンテインは使用者の怒りによって出力が増加する固有武装デバイス。既に出力が上がり切って過剰出力オーバーヒートの状態では、如何にステラが単調な動きであっても刹那にとっては常に危険が伴っていた。

 危険な分、手に取るように動きが読みやすく、そこを上手く付け入れれば刹那に勝機はある。

 しかしそれでも刹那は、それを黙って見過ごせられなかった。


「……ステラ。君の太刀筋は綺麗すぎる。それでは捕まえて下さいって言ってるようなものだ」


 攻防を繰り広げながら、ステラをさとすように刹那は語りかける。

 勿論。その言葉に彼女を煽る意図も感情も決して無いが、その一言はステラの怒りを沸させるのに十分なものだった。


「うるさいっ!」


「っ!」


 拒絶の言葉と共に横薙ぎを振るわれる。辛うじて上へ逸らしたものの、いまの一撃は他に比べ、明らかに火力が上がり。強烈な怒りと殺意が含まれていた。


「なんで……!なんで全力で戦ってくれないのよ!?」


「…っ!?違う!僕は全力で戦っている!」


「嘘よッ!あの時の貴方あなたはもっと強かったッ!もっとにくらしかったッ!なのにッ…!」


「!?」


 今までにない程、猛烈な勢いでレヴァンテインから炎が吹き出す。

 その炎に近付くだけでも燃え、その刃に触れれば跡形も無く溶ける。そう思わせるほどの熱量を放っていた。


貴方あなたを見ているとイライラするわ!殺したいくらいにッ!!」


 ステラがレヴァンテインで横に薙ぎ払う。

 刹那はそれを上へと弾いて受け流して避けたが、黒曜が悲鳴を上げるように激しく軋む。


「半端な覚悟でッ!私の気持ちを踏みにじらないでッ!!」


 刹那にはステラが。何かに怯えて必死に突き離しているように感じた。

 そしてもう一度繰り出される薙ぎ払いを受けようと黒曜を構える。


「なッ!?」


 二度目の薙ぎ払いを受けた後。レヴァンテインが放つあまりにも凄まじい出力に耐え切れず、黒曜の刀身が砕けて折れる。

 あまりの事態に刹那は後ろに跳んで、ステラと距離を取る。


「本気だって言うなら!私の気持ちを受け止めてみなさいよッ!!」


 黒曜が折れたに関わらず、レヴァンテインから炎を吹き荒らしながら、ステラは構わず突っ込んでくる。

 なんとか場をしのごうと刹那は虚空を掴む。

 がしかし、刹那にはもう、一つの武器も残ってはいなかった。


(ありがとう黒曜。そしてごめんよ。無茶をさせたうえに、君を折ってしまって…)


 心の中で黒曜に謝罪し、残った刀身だけでもと、鞘におさめて、そのまま腰に差す。

 目の前に死が迫る危機的状況下で、刹那は思考の加速と時間の減速、そして心境の変化と思考が入り交じるを感じ始める。


 何処までも一直線フラットで。激しく、静かで。冷たく、熱い…。

 まるで荒れ狂った水面みなもが、たった一雫ひとしずくの水滴から発せられた波紋で澄み渡り、静まり返るような、異様な感覚。

 これが沙織さおりに教えられたセレネアスモードかと、改めて実感する。

 古くも新しく、懐かしくて新鮮な感覚。十年の時を経たが、思考がわかたれる前の自分は、確かにこうだったと感じる。

 唯一ただひとつ、ひどく鮮明で論理的な思考をしている事だけを除けば…。


「ハアアアァァァッ!!」


 思考の加速と時間の減速が終わり。ステラがレヴァンテインを振り下ろしに掛かる手前にまで迫っていた。

 そんな状況下においても刹那は左手をステラへとかざし、静かに言葉をつむぐ。


しきすなわち、これくうれば。くうすなわち、これしきる……」


 有は無へ、無は有へ。


「第八秘剣『無纏むてん』……」


 そして刹那はかざした左手で何かを取るかのように掴み、更に言葉をつむぐ。


こころかたどつるぎす。故に…」


 激しく燃え盛るステラのレヴァンテインが、刹那を斬り裂く手前で、けたたましい戟音げきおんを鳴らして止まる。


「「なっ!?」」


 ステラは当然、見ていた観客全員が驚愕した。

 ステラと刹那の間には何の障害物は無く、かざしている左手にすら触れてはいない。にも関わらずステラの攻撃を止めた。それはまるで見えない力で抑えているかのようであった。

 中でも一番驚くのは、燃え盛るレヴァンテインの一撃を微動だにせず止めた事だ。既に出力過剰オーバーヒート状態のレヴァンテインは、どんな強度の武装も熱で溶かして斬り裂くか、その火力で有無を言わさず叩き潰せる程の力があった。

 それを容易に受け止められる程の尋常ではない力が働いている事に、観客はただ呆然と見つめていた。


つるぎは心で出来ている!」


 刹那がそう唱えると、握ってかざした左手から、突如として刀が現れる。

 これこそがレヴァンテインを受け止めた正体だった。

 だがその刀はひどくボロボロであった。

 柄の握り部分は擦り切れ、刀身には無数の切り傷とり傷、そして何度か折れた様な形跡があり、そこには無理矢理むりやり刀身を繋ぐように布切れが巻かれている。

 しかしやいばだけは異様に鋭く、風すらいて切れるくらいではないかと見紛みまがう程、洗練されている刀だった。


「くっ!ハアァァァッ!!」


 ステラは刹那を圧倒しようとレヴァンテインを更に振り、攻撃を仕掛ける。

 それを見て、刹那は手から滑るように刀を落とす。刀は地に着く前に粒子となって消え、次に虚空から大剣を掴み取って、ステラの攻撃に合わせて打ち合ったみせた。

 ステラがレヴァンテインを振るい攻撃するたびに刹那は得物えものを捨て。太刀、短剣、騎士剣、銃剣ガンブレードと。いままでステラが壊してきた刹那の得物えものへと次々に変わっていった。

 さながら手品を見せられているかのようだが、そのどれもが、今にも折れてしまいそうなほど傷だらけで、おびただしいほど使い込まれているのが見て取れた。


 そして斬り合いで刹那が再度、刀を取り出した時。遂に二人は鍔競り合いになる。


(くっ!どうして折れないの!?)


「この剣は折れはしないよ」


「っ!?」


 思っていた事を刹那に口にされて、ステラに動揺が走る。


「今は、今だけは折れないし、折らせなどしない。これは俺の心だから…」


 そう。刹那は単一の魔導だけではなく”心の具現”と”事象の反転”の二つを同時に使ったのだ。

 心とは本来目に見えないものだが、八型一刀流の八の型には心を具現させ、変幻自在の武器として扱うものがある。自在に操るには、かなりの習熟が必要で、その時の意志の強さがそのまま具現させた武器の強度となる。

 そして『無纏むてん』は、事象の力差ちからさを反転させる八ノ型の秘技で。簡単に説明すると、触れたモノの魔導事象の差が大きければ大きいほど、反転して事象が打ち消される。

 炎を纏い、圧倒的な力を出しているステラのレヴァンテインを、何も纏っていない刹那の剣で、いとも容易く抑えられているのは、この技のお陰であり、いま二人の間で実際に行われているのは、純粋な剣技のみだった。


 そして刹那は、静かに駆け巡る思考によって、これまでの事柄からステラの心境を推測して一つの答えに至る。


「…ステラ。手を放したくない君の気持ちは分かる」


「っ!やめて…っ!」


 刹那の言葉にステラは過剰に反応して拒絶する。


「でもある時、突然振り払われるのが怖いから…」


「それ以上言わないで…!」


 その言葉はステラの胸を深く刺し、心に触れる。


「その前に自分から放そうとしているんだろう?その方が傷付かなくて済むから」


「やめてって言ってるでしょ!!」


 あと少しのところで、強い拒絶と共にステラの方から突き放される。拍子ひょうしに鍔競り合いも解けて、二人の間に距離がく。


「なんで…。なんで貴方あなたは!そんなに踏み込んでくるのよ!」


 怒りと不快感をあらわにして問うステラ。だが刹那の目には彼女が怯えて、威嚇いかくしているように映った。

 だから、本当の気持ちを吐露とろする事を決めて、言葉をつむぐ。


「君が繋いでくれた手を、放したくはないから…」


「っ!?」


「君は弱いと言って証明した俺を否定してくれた。卑屈で不甲斐ない俺をしかって、自信を取り戻すきっかけをくれた。それが俺にとってどれほど嬉しかったか……」


 十三校ここに来て、ステラと初めて模擬戦を行った後、彼女は刹那を怒った。それはただ戦いの結果と内容に、彼女が納得いかなかっただけだったのだろうが、彼女は刹那に強くいて欲しいと期待をかけてくれた。望んでくれた。

 それは単なる彼女のエゴだったのかもしれない。それでも、刹那にとってそれは新しいささえになった。

 刹那はただ、そのささえをくれたステラに返したかった。


「言ったろう、好きな人の気持ちに応えたいって。俺は、君が真に望まない限り、君の繋いでくれた手を放さない。絶対にだ」


 刹那は思う。ステラは自分と似て臆病なのだと。


「だから俺は君に殺される覚悟はできている」


 失望されたくないから、頼れない。

 嫌われたくないから、甘えられない。

 傷付きたくないから、触れられない。

 でも、ひとりにはなりたくない。


「君は本当に、俺を殺す勇気があるかい?」


 そんな臆病で甘えたい気持ちと、傷つきたくない気持ちで雁字がんじがらめになって、彼女は葛藤しているのだろう。


 決して口にはしないが、本当の気持ちを理解されたい(分かって欲しい)と願うのは、いけない事なのだろうか?

 それを単なる我儘わがままと言うには、ステラが掛ける想いは、あまりに強かった。


「バカにッ……するなァッ!」


 そしてついに、ステラが言葉責めに耐えられなくなり、怒りに任せて斬りかかる。

 ここまで口説いても、口説き落とせないのを、刹那は予想していた。今更心を開けられるのなら、こうもあま邪鬼じゃくにはなっていないからだ。

 ステラは、喩え信頼の置ける相手だとしても、心を開こうとはしない。

 だから言葉ではなく、戦いの中で示して開く。互いを思う熱意、気持ちを。だからこれ以上の言葉二人には不要だった。

 ステラは自身の意地の為。刹那はステラが素直でいられる為に剣を振るう。


 激しく斬り結ぶ攻防。

 燃え盛る炎を身体からだとレヴァンテインに纏い、戦場をあかいろどるステラ。

 そして斬る度に得物が変わる刹那のその様は、手品のようにも見えて、底尽きぬ無限さを表していた。


 そんな中、刹那は身体に違和感を覚える。不調ではない、むしろ調子が良い。消耗している筈なのに全く息切れしていない。身体からだも軽く、思考も鮮明なままだ。

 だが本来、そんな事はありえない。


 一つ。刹那の魔法適性値は魔法を一回放っただけで息が上がる程に低い。

 二つ。八型一刀流の"まとい"は負荷を小さいだけであって、全く消耗しないわけではない。

 三つ。無を司る"八ノ型"であってもまといをしている以上、それも例外ではない。


 これらの抱えている問題を抑えこみ、あり得ない状況を維持しているのは、唯一ただひとつしかなかった。

 

(黒曜、君なのか…?)


 斬り合いの最中さなか、刹那は腰に下げている黒曜に意識を向ける。

 折れてしまったはずの黒曜から、微かながら魔力を感じる。

 それどころか、折れた状態で鞘に仕舞ったはずなのに、折れる前の質量に戻っているのが分かる。


(ありがとう、黒曜。もう少しだけ、力を貸してくれ…!)


 信じられない事態だが。刹那はそこから、黒曜に"戦え"と言われているように感じた。

 だからその感じた気持ちを信じて、ステラの攻撃を振り払って距離を取り、具現させた心を胸に仕舞う。


『おおっと、黒神選手どうしたのか!?突然剣を仕舞いましたぁ!!』


 そして刹那は鞘と柄に手をかけ、ゆっくりと黒曜を抜き出して構える。

 黒曜の刀身は元に戻っていた。完全に、一つの欠けも無く。

 たった数分前に折れた事実が無かったかのように。


『な、な、な、なんとぉっ!?折れた固有武装デバイスが復活してます!柊さん!確かに黒神選手の固有武装デバイスはスカーレット選手によって折れたはずですよね!?』


『はい、その筈なのですが……どうやら私達の見間違いか、或いは黒神選手の固有武装デバイスの能力なのかも知れません』


 いくら特殊な力を持つ固有武装デバイスと言えど、道具が自己修復する事などあり得ない。あまりの出来事に会場は騒然とするが、戦っている刹那とステラには、いまはどうでもいい事だった。


固有武装デバイスが戻ったからって何よッ!サラマンダー!」


『!!』


 ステラの呼び声に応じて、レヴァンテインからより一層強い炎が吹きあふれ、色が深紅しんくに染まっていく。


「呑まれて死になさいッ!『荒れ狂う紅炎の奔流レイジング・プロミネンスストリーム』」


 突き出したレヴァンテインから、火崩なだれの如く炎が扇状に吹き出す。

 全てを呑み、焼き尽くさんと迫る紅炎こうえんに、刹那は為す術もなく、呆気なく呑まれた。

 全身が火に包まれ、炎のいきおいにされる。身体からだは当然、息を吸えば肺まで焼かれる熱量。

 刹那は飛ばされないよう、ただ踏ん張る。


「っ……ぉぉおおおおおッ!!」


 このまま焼け死のうが構わないと雄叫びを上げ、炎の火崩なだれの中を逆らって駆ける。

 脚に自己強化と力を込めて、勢いよくちゅうへ跳び出し、炎の渦から抜け出す。

 炎を抜けた眼下にはステラがレヴァンテインを突き出しているのが見える。

 ステラもこちらが跳んで抜けた事に気付く。


「オオォォォォォォッ!!」


 刹那は自由落下する身体の勢いを乗せて黒曜を振り下ろし、斬り掛かりに行く。


 だが、渾身の兜割りはステラ不意を突く事ができず、呆気なくレヴァンテインで打ち合わされて防がれる。

 その前に防がれると悟った刹那は、打ち合った時の衝撃を利用して、着地の際に身体が向かい合う様に身体からだじり、地面を滑るように着地してすぐにステラの方に向かって駆け出す。


「しつこいッ!!」


 炎に呑まれて終わっていればいいものを、それを抜け出して斬り掛かり、あまつさえ、息をつく間もなく更に突撃をする刹那に、ステラは悪態をつく。

 しかし、そうでなくてはいけない。

 互いにそう簡単に負けるわけにはいかない戦いなのだから。

 ステラは自己強化をしてレヴァンテインに炎を纏い、刹那に向かって駆け出す。

 対する刹那は自己強化のみでそのまま突っ込む。

 互いに袈裟斬りを放つと分かりきった状況、このまま行けば正面衝突は間違いなく、これで決着が着くと誰もが予感する。


「ハアァァァァァァッ!!」

「オオォォォォォォッ!!」


 刹那は黒曜を、ステラはレヴァンテインを振り下ろす。


 重量や火力を考えれば、大剣であるレヴァンテインの方が、刀である黒曜に力比べで勝る…………はずだった。


「っ!」


 黒曜とレヴァンテインが打ち当たった瞬間、刹那が出したあまりの力により、ステラの手からレヴァンテインが弾け飛ぶ。


「ッ!」


 そして刹那は袈裟斬りを放ったときの勢いを殺さず、左手に黒曜を持って、踏み込んだ右足を軸に回転し、ステラの横を通り抜けるよう逆袈裟斬りを放つ。


「かふッ!」


 口から吐血するステラ。

 逆袈裟で斬り上げをした時に、深く斬らぬよう加減はしたが、それでも斬った場所がどうである限り、重傷は免れなかった。


「ステラ!」


 力を失い、背中から倒れ込むステラを。刹那は黒耀を捨てて抱き止め、そしてしゃがみ込みながらゆっくりと寝かせる。

 ステラの気絶の原因は出血多量ではなく、長時間に及ぶ固有武装デバイスの展開による負荷と、緊張の糸が解けた事で疲労感が一気に襲ってきて、気を失っているようだった。


『決まったァァァァ!!黒神選手!激闘を制し、見事スカーレット選手を倒しましたァッ!!』


『スカーレット選手の炎に呑まれた時はヒヤっとしましたが、それを乗り切っての逆転。本当に見事でしたね』


 文乃と奏、解説陣二人の声が響き渡り、会場が沸く中で刹那は気を失ったステラを気遣う。


「ごめん、ステラ。全部が終わったら、また話そう……」


 彼女の顔色が悪いが応急処置をせず、代わりに謝罪と約束の言葉を口にして、彼女を放って刹那は立ち上がる。

 そう、まだ試合は終わっていない。彼女の様態を気に掛けていられる余裕は、まだ刹那にはない。


 遠方に目を向ける。

 遠くに佇むアルウィンは、真っ直ぐこちらを見ており、激闘を制したのを称えるように拍手をしていた。


「見事だ。君ならステラを下せると思っていたよ。」


「信じて頂いて、ありがとうございます」


 アルウィンから手放しに称えられるが、刹那はそれをお世辞として受け取って社交辞令を返す。


「さて、あと残るは君とボクだけだね」


「…」


 アルウィンの言葉に無言の同意を示す刹那。

 その会話だけで一瞬にして空気が張り詰め、会場が静まり返る。


『さあ、決勝戦もいよいよ大詰め!最後に残ったのは『流星の王子』アルウィン・エストレアと『無能者』黒神刹那!勝つのは我らが数字付き学園(ナンバーズ)最強の男か?それとも十三校ここに来て頭角を現したダークホースか!?』


『皆さん注目です』


 二人の司会によって、場により一層の緊張感が漂い、二人の一挙手一投足に注目が注がれる。


「本当はお互い、万全な状態で勝負がしたかったけど、実戦でそれはありえないからね…。でもだからこそ、ここまで切り抜けてきた君に敬意を払って、ボクも全力でいかせてもらうよ」


 アルウィンの全力宣言を聴いて会場がどよめく。

 これまでアルウィンが全力を出した試合は数あれど、決して多くはない。

 それが一騎打ちで彼の全力を見れるとなれば、みな驚かずにはいられないだろう。

 そしてアルウィンは、チーム代表を集めた時に沙織の言った。"戦場に公平などない"という発言にならうような言葉を漏らしたのを、刹那は聴き逃さなかった。

 戦いとは非情である。沙織が真に伝えたかったのはその事なのだろう。

 自力の差がありながら、更に広がる余力の差。現実の残酷さを身にみて教えられている気分だった。


「…」


 いまの刹那に戦い続けられる程の余力はない。

 セレネアスモードも終わり、意識も元に戻っている。当てにするつもりはもう無いが、切り札である黒曜も、いまは力を使い果たしたかのように反応しない。


(あと僕に残っているのは…)


 それでも刹那は何かないかと考える。


 考えた結果、一つだけ方法があった。


 その方法は刹那にとって選びたくない方法。躊躇ためらいや出し惜しみではなく、本当に手を出したくないモノ。


 神気しんきだ。


 神気しんきは強力だ。しかし、制御できない神気しんきを解き放つのは無謀を超えて自殺行為に等しい。暴走しても上手くいけばアルウィンを凌駕できるかもしれないが…

 果たして、理性を捨ててまで得た勝利に意味があるのか?


 刹那は迷う。このまま挑み負けるか、神気しんきを解き放って暴走した先の僅かな可能性にすがるか……

 後者には、勝ったとしてもアルウィンを殺してしまう可能性を孕んでいて、あまりにリスクが大きい。


 そしてついに刹那は心を決め、黒曜を正眼に構える。


(それでも…勝ちたい!)


 危険と知りながらも刹那は自身の"勝ちたい"という気持ちに正直に向き合い、迷った末に後者を選んだ。

 精神を統一させてイメージをし、自身の内に刺されたくさびを外す。

 すると刹那の身体から黒い魔力がにじみ出てくる。


『これは!?黒神選手、準決勝で碧川選手を追い詰めた時の切り札を出した!これで勝負の行方が分からなくなって来たかァ!?』


「うっ!……ぐっ!」


 文乃の声を余所に、溢れ出る黒い魔力が刹那の意識をむしばみ始める。強烈な侵蝕しんしょくに刹那は意識を呑まれまいと必死に抗うが、その抵抗は少しの意味もなかった。


「ぐっ…!あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!」


 先程決めた覚悟が簡単に消え失せるほど、徐々に押し潰されていくような恐怖が刹那を襲う。耐え難い恐怖から、苦しむ刹那の声が会場に響く。


(抑え……きれないッ!)


「オ"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!」


 力を制御するどころではなく、気を保つのに精一杯だった

 視界は端から暗くなり、少しづつ意識が薄れていく。得体の知れない何かに意識を半分以上が持っていかれ、あと十秒もすれば完全に消えてしまう。


 けれど刹那には、どうする事もできない。


 ただゆっくりと自我が呑み込まれ、押し潰される恐怖が…

 こんな苦しい思いをするなら、解かなければ良かったという後悔が…

 自ら望んでおこなった事の失敗を、変えられない無力さが…

 

 刹那の意識を黒く塗り潰していく。


"こんな苦しみを受け続けるだけなら、いっそ諦めて手放そう。もう何もかも無駄なのだから"


 そう意識を手放しかけた刹那の手に、何かが触れる。

 後ろから抱きしめるように伸びた白い光(それ)は手のようで、刹那の両手を上からそっと包み込む。

 触れ重なった手から温かさが広がり、刹那をむしばむ得体の知れない何かが、みるみると霧散し、消えていく。


「かはっ!ハァ……ハァ……!」


 短くも長い侵蝕から解き放たれ、水中から抜け出し、酸素を求めるかの様に刹那は息を吸う。


『おっと!黒神選手どうしたのか!?』


『おそらく、力の制御に気力を消耗したようですね。その証拠に、黒神選手から物凄い量と質の魔力を感じられます』


 奏の解説が何を言っているのか、頭が追い付いていなかったが、刹那は息を整えながら自分がいまどうなっているのか一つだけ理解する。

 何が起こったのか分からないが、神気しんきの制御には成功したようだった。


『ですが、準決勝の時のような気迫がないですね?急に魔力の禍々(まがまが)しさが消えてしまいましたし…。黒神選手は一体何をしたのでしょうか?』


 奏も不思議がっているが、彼女の発言から察するに。

 刹那の手を包んで、神気しんきの侵蝕を中和してくれたあの白い光は、刹那以外の人間には見えていなかったようだった。


(あの光は何だったんだ…?)


 精神が極限状態に陥って見えた幻覚か、或いは単なる妄想だったのか。

 だがこうして神気しんきを制御できるようになったのは事実だ。疑問は多いが、いまは目の前に集中する。


「さあ準備は整ったようだ。天門よ、ここに開け(ゲート・オブ・スカイ)!」


 刹那の様子を見て、アルウィンは少し嬉しそうにするが、すぐに真剣な顔つきになり詠唱する。

 アルウィンの頭上に無数の光がともり、両サイドへと広がっていく。


『ま、眩しい!眩しすぎます!』


『これは…!流星雨(メテオ・レイン)!アルウィン選手の全力宣言は本当のようです!』


 展開された無数の光が、乱反射して観客の目をくらませるが、それはほんの少しの間だけだった。

 何故なら、帯状に広がって乱反射する光は全て刹那の方へ向けられたからだ。


「っ…!」


 向けられた無数の光の眩しさと熱波に思わず手で影を作る。

 さながら注目を集める為のスポットライトだが、刹那からすれば標的に狙いを付けるレーザーポインタそのもの。少なくとも向けられて気分が良いものではなかった。


「眩しいのはすまない。そのお詫びとして君が踏み出すまではこちらから手を出さないと約束しよう。ただし、こちらに一歩踏み出せばそこから加減は無しだ」


 視覚妨害をしたお詫びに、アルウィンから先制権を譲る旨を伝えられる。

 騎士道精神きしどうせいしんあふれる提案だが、人の身で光速で放たれる熱線を避けろと言っている時点で、微塵みじんの容赦も無いが、する事は定まった。刹那は止めどなく溢れ出る神気しんきを体内に凝縮させる。


 在りし日の誇りはとっくの昔に打ちのめされ、砕け散った。


(けて切れろこの思考。せて砕けろこの身体からだ!)


 それでも生者はその欠片を掻き集め、必死に抱えて這い上がる。


「『覇者剣聖はじゃけんしょう』」


 覇者とは、力によって天下を取った者の事をそう呼ぶ。故に"覇を成す者はすべから剣聖けんせいである"と。


 刹那の身体全体が淡く輝く。

 一見すると単なる自己強化のように見えるが、思考の加速を行う『血壊けっかい』と、身体能力を飛躍的に向上させる『身破しんは』。

 そしてそれらを併用した『血界身破けっかいしんは』は通常の十倍の思考加速と、それに反応して動く身体能力を得られる。

 しかし神気を取り入れて『覇者剣聖はじゃけんしょう』となったそれは『血界身破けっかいしんは』を遙かに上回っていた。


 これなら或いは…と思い。刹那は黒曜を振り払い、力を抜く。

 セレネアスモードの時のように心を落ち着けて、明鏡止水めいきょうしすいの境地で静かに言葉を紡ぐ。


唯一無二ゆいいつむにのこのけんと…」


 いまの刹那に神童と呼ばれた時の自信はない。いずれ剣聖になるとはやされていた頃の力もない。


再三再四さいさんさいし使い果たした我が五体ごたいは…」


 世に出て人は初めて思い知るのだ。"自分は特別なんかじゃない"と。


六道りくどう羅刹らせつの如く…!」


 それでも、あの頃の自分が自信を失わず、才能を持ったまま同じ歳月さいげつを経たなら、どうるのだろうと。思いせずにはいられず…。


不全ふぜんなりし八型やけいに、我が全身全霊を以ってして十全と成す!」


 故に。自信に満ち、才能を持ち得たはずの自分のたましいを己の内に宿やどす。

 それは証明。いまは無き過去の栄光をもってして、あり得ざる理想(多次元の自分)の存在証明。

 神童しんどうと呼ばれたままの自分なら、きっと光さえ越えると確信して。


 刹那の中で時間が急激に加速し、視界が色褪いろあせる。

 全てが止まったかのように錯覚するほど緩慢な世界。

 そこは一秒のおよそ千分の一。〇,〇〇一秒の速さで進む世界の中。一人、刹那はく。


(目を逸らすな、見続けろ!おそれるな、踏み出せ!)


 光を超えんとする為に…


(一番弱いのは僕だ(一番強いのは俺だ))


 敢えて高慢に……


(誰より(誰より)挫けてきた(這い上がった)のは僕だ(のは俺だ))


 そして不遜に思おう…


(だから勝つべき(だから勝つべき)なのは僕なんだ(なのは俺なんだ)!)


 自分が一番なのだと。


 誰かが言っていた。全力とは文字通り”全ての力”

 だから全力を出した後には何一つとして残らず、終わった後に立つ力さえも残さないと。


 そう、だから。たとえ最後に命が尽き果てたっていい。


(我が名は刹那せつなごう那由多なゆたきざむ者)


 懸けるのは全身全霊とこの命。出すのは光を越える全力。


「八型一刀流奥義…」


 刹那は止まりかけた世界で、誰にも聴かれぬ奥義の名を口にして…


「『刹那せつな』」


 誰に知られる事なくただ一人、はしった。


□□□


 流星雨メテオ・レインまたたき、会場を閃光フラッシュで包んだ瞬間には、既に決着が着いていた。


 何が起こったのか、どうなったのかもみな分からないまま、全てが終わっていた。


 ただ分かるのは、戦場フィールドには堂々と立つアルウィンと。アルウィンの遥か後方を通り越して、身を投げたような如く地面を転がっていく刹那のみ。


『おぉっとぉ!一体何が起こったのでしょうかぁ!?』


 あまりの状況に理解が及ばなかった文乃が声を出す。

 それもそのはず、僅か〇,〇一三秒の出来事だったのだから無理もない。

 流星雨メテオ・レイン閃光フラッシュで視界が妨げられたとは言え、常人が目で捉える事は不可能だ。


『えぇと、あまりに一瞬の事だったので私にも分かりません』

 

 状況把握に困惑する司会陣に、会場もざわつきはじめ、見かねたアルウィンは、分かりやすく勝利を誇示こじするように右腕を高々と掲げる。

 その行為を見て、すぐさま司会の二人は察してコールをする。


『最後の一騎討ちを制したのは!数字付き学園(ナンバーズ)最強の男!アルウィン・エストレア選手!優勝はッ!Aクラスチームですッ!』


『おめでとうございます!』


 二人のコールにより、会場は少し戸惑いながらも歓声と拍手喝采が起こる。


 十三校、学内順位決勝戦は、Fクラスチームの大番狂わせを感じさせつつも一歩及ばず、Aクラスチームの優勝で幕を閉じたのだった。

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