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第十三魔導武装学院  作者: 黒姫
第一章 学内順位戦編
3/35

模擬戦

登場人物紹介


黒神刹那くろがみ せつな

 黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すからよく負けてしまう。


ティア

 蒼白の髪の少女で刹那の妹。魔導研究所出身で研究所閉鎖の際に刹那のおかげで黒神家の養子として引き取られた。無口で何を考えてるのか分からない不思議ちゃん。常に自分の事を気に掛けてくれる刹那の事が好きで、積極的にアピールしているがいつも刹那に誤魔化されている


ステラ・スカーレット

 紅い髪の女の子で元一校のエリート。少々意地っ張りでツンデレ。自分の気持ちに素直になれないことに対して自分でも悩んでいる


小桜風香こさくら ふうか

 緑髪のお姉さん、元七校の風紀委員長であり、真面目で礼儀正しいのだが、基本的な問題解決方法が武力的なのが玉に瑕。


白神琥珀しらがみ こはく

 白髪の少女で刹那の幼なじみでティアと同い年。刹那と同じく八型一刀流の使い手。心優しく謙虚で小動物を彷彿させるような少女。刹那に対して強い憧れと恋愛感情を抱いているが、謙虚さが仇となっている。


碧川海翔みどりかわ かいと

 青髪の青年。元二校の生徒会副会長で実力主義者。相手を見下したような言動が多く、弱者が強者に虐げられる事を当然だと思っているが、その代わり強者が弱者を庇護するべきだと思っている。

 刹那は夢の中で過去の思い出を見ていた。


 ベッドで仰向け寝かされて、白い天井だけが視界いっぱい映る。

 嗚呼、またこの夢か。と何処かで思いながら体を動かすこともままならぬ事に、得も言われぬ恐怖心が掻き立てられるが、大人の会話が耳に聞こえてくる。


「この子の適性値は本当に低いな。要望を通すのは難しいが、アレに試すにはいい被験体なるな」


「あの実験をやろうというのか?まだ検証段階で色々と保証も無いんだろう?マズイんじゃないか?」


「臆していては成功など夢のまた夢だ。それを確認する為の実験だと思えばいい」


 よくわからない事を言っている大人達の会話だが、いま思えばこれが悪夢の始まりだったのだろう。

 その意味を考える間もなく、麻酔薬を打たれて刹那の意識が遠くなる。


「成功したのか?」


「どうだろうな。経過観察する他ない」


 どれ程の時間が経ったのか。また大人達の声が聞こえてきて、ようやく目が覚める

 だがさっきより意識に霞がかった感覚に刹那は囚われていた。


「検査は終わったから、戻っても良いよ」


 そう言って一人の大人が刹那をベッドから降ろして部屋から出してくれる。

 しかし付き添う訳でもなく、刹那はただ一人で廊下に追い出されただけとなった。

 フワフワと宙を浮いているような感覚の中、刹那はティアが待っている部屋へ向かって廊下を歩く。


(やっと終わったな)


「え!誰?」


 いきなり声が聞こえてきて周りを見回すが、探してみても近くには誰もいなかった。


「バカ!そんな大声出すな。バレたら大変なことになるぞ」


(体が勝手に!?)


 勝手に体が動いて喋ったことに刹那は驚きを隠せなかったが、それを表現する事すらその時の刹那にはできず、ただそう"思う"ことしかできなかった。


「俺の事はまだ黙っててくれよな、って言っても俺もお前も"俺"なんだけどな。ハハっ!」


(君は一体誰?)


 理解の及ばない状況に頭が混乱する刹那。自分の体を勝手に動かす"何か"に刹那は慎重に問いかける。


(俺はお前だ。さっきの実験で一つだったものが別れたんだ)


(君が僕?実験?別れた?)


 自分を名乗る存在の真偽は定かではなかったが、それよりも抜けている記憶とあったはずの何かが抜け落ちたような感覚に、言われて初めて気付いた。


(あー、どうやら大体の記憶、俺が持っているようだな)


(みたいだね)


(他人事みたいに言うなよ。いいか?よ~く思い出せ。俺とお前は同じだ。お前の意識があるうちの記憶も一緒のはずだから、お前が今思い出せない事が多いのは、多分今だけだ)


 自分に言われた通りに、記憶を振り返ってさっきの大人達が言ってた事を刹那は頑張って思い出す。


(じゃあ、僕達は実験に成功したの?)


(それは分からない。ただ別れたのだけは確かだ)


 歩きながら頭の中で話を続けていると、いつのまにかいつもの部屋の前にたどり着いていた。


(この事はまだ大人達に言うなよ?)


(うん、わかった)


□□□


 そしてその会話を最後に、目覚ましの音で刹那は夢から目を覚ます。


「またあの夢か」


 嫌な思い出を思い起こしたからか、少し頭痛がするが、体を起こして夢の続きを思い出す。

 その後数日して、実験の成功に喜んでいた大人達の一人の言葉に衝動的に体が動いて、近くにあったナイフを取って、その大人に突き立てたのを今でも鮮明に覚えている。


『あの子は廃棄処分するか?』


 その発言が許せなくて動いたのは仕方のない事だった。

 しかし叫び、苦しむ大人をただ平然と見ている自分の異常さにトラウマを感じていた。もっと他の行動ができたはずなのに。何故あんな事をしたのだろうと、自分を許すことができなかった。

 動かしたのは自分なのかもう一人なのかは今でも分からない。

 でもその出来事が無かったら、ティアと一緒にいられなかっただろうとも思う。

 やってしまった事は良くなかったが、結果的には良かったんだ。と刹那は自分に言い聞かせている。

 ふと時計を見ると時刻は六時十五分を示していた。


「……起きて朝食作るか」


 そう言って、刹那はベッドから降りて部屋を出ることにした。

 部屋から出るとリビングには風香はまだいなかった。まだ寝ているのだろうと思って、先に顔を洗いに洗面所へと向かう。

 部屋の配置は昨日の夜に確認しているので問題ない。

 しかし寝起きだったために、この時の刹那は注意力が落ちていた。

 平時なら気を付けて慎重に行動してた事だろう。ただその前に憶測で"まだ起きていない"と決めつけたのがよくなかった。

 そして極めつけは洗面所と脱衣所が一緒になっているのを忘れていた事である。

 顔を洗おうと手を掛けて開いたドアの向こうには、下着姿の風香の姿があった。


「っ!むぐ」


「しー!騒がないで下さい。みんな起きちゃいます!」


 刹那自身、自分でも信じられないほど素早い行動だった。

 二次被害が出ぬよう咄嗟に風香の口をおさえて黙らせ、自分は見ないようにするために目を瞑った上で更に下を向いたのだから。

 仄かにシャンプーの匂いが香る。

 彼女がお風呂から出てきたばかりだったと分かるが、社会的に殺されそうないま、そんな事を気にしている場合ではなかった。


「確認せず入ったのはすみません。僕はこのまま出ますので…!」


 目に写った彼女の姿はほんの一瞬だった。

 しかもほとんど見てなかったし、その一瞬の記憶も危機感で、記憶から飛んでいるので見ていないも同然だった。

 と言っても正直言い訳に過ぎないので、余計なことは言わずに刹那はそのまま身を引く。


「っぷは!ちょっと待って下さい」


 刹那は後ろ手でドアを探りながら後ろに下がって出ようとするが、途中風香に呼び止められる。

 仕方なく風香の言う事を聞いて刹那は待った。本当は逃げ出したかったが、ここで逃げたら、後で何されるか分からないので大人しく言うことを聞いた方が、今後の身のためだったからだ。


「すぅ……はぁ……」


 目を瞑っているせいか、やたら音が大きく聞こえるように感じる。そして何故か深呼吸している風香の声が聴こえてくる。

 衣擦れの音が一切聴こえないが、刹那には聞こえてないだけで、流石に服は着ているだろうと思う。というよりそう信じたかった。

 こんなとんでもないハプニングのせいで、刹那の学院生活が一気に危ぶまれるとは想像だにしてなかった。

 しかも相手はあの風紀委員長。下心がなかったにせよ、女子の着替えを覗いたなんて報告されれば一発で退学になりかねない。


「目を開けてもいいですよ」


 そして世の中には、人の願いとは逆の事がよく起こるものである。

 恐る恐る目を開けると、そこには先程と変わらない姿の風香が少し恥ずかしそうにして立っていた。


「わ、私のこと。どう思っていますか?」


「ど、どうって言われても」


 極力見ないように目を逸らしながら質問の意図を考える。

 急にどう思っているとか聞かれても、困るのは答える方である。


「美人で綺麗でしっかりしてて……か、可愛いです?」


 初めて会った時に受けた印象を包み隠さずに答える刹那。


「そうですか?ありがとうございます」


 褒めた感想を聞いても少しも恥じらう事もせずお礼を言う風香だが……


「少し、痛いかもしれませんが。我慢してくださいね」


「え?」


 無情にも風香に思い切り平手打ちされた音が、朝焼けの中に響き渡った。


―5分後―


 正座で座る刹那と、その前で立つ風香。

 怒られた訳でも説教されている訳でも無いが、犯してしまった過ちに対する誠意を風香に示す為に、刹那は正座をしていた。

 よく見ると、先程平手打ちされた刹那の右頬が少し赤くなっていた。


「今日一日、私の言うことを何でも聞いてください」


「...はい」


 いきなり無茶な注文を吹っ掛けられたが、刹那は拒否できる立場にはなかったので、少し迷ったが了承した。


「じゃあ、朝食でも作りましょうか?」


「...了解です」


 気まずそうな刹那と、少し嬉しそうな風香。二人の表情は相対していた。


□□□


 風香は朝食を作る準備をしながら、刹那に何を聞こうか考えていた。

 さっきあった事は自分の不注意(鍵を掛け忘れてた)もあったことなので、あまり責めはしなかった。

 刹那の身体能力であれば、さっきの平手打ちも容易に避けられただろうが、そうしなかったのは、自分が悪いと認めてそれなりの罰を受けたつもりだったのだろう。

 責任感があり紳士的な人だ。と心の中で刹那の評価をする風香。

 一日何でも言うことを聞く。というのは流石に自分でも過分な要求だった気がするが、刹那も承諾してしまった事なので、こちらが変な要求さえしなければ、問題ないのだろうと思って風香は自分を納得させる。

 とにかく、さっきの事で互いに気まずい状態なので、こちらから何かしらのアクションを起こさなければ、気まずいままになってしまう。

 それだけは避けたかった風香は、取り敢えず他愛ない会話でもしようと試みる。


「刹那さん…」


「年下なんで敬語じゃなくていいですよ」


 一声掛けただけで予想外にも刹那から返答が返ってくる。

 そしてその声音からは、畏怖や緊張、不機嫌さといったマイナスなものはなく、ただ風香を気遣っているものであるのが分かる。


「これから一緒に過ごすんですから、お互い肩の力を抜きましょう。僕の事は刹那って呼び捨てて大丈夫です。その代わり、今更だけど僕も風香って呼んでいいかな?」


 声を掛けただけで想定以上の返答が返ってきて少し戸惑いを覚える風香。

 さっきの事を全く気にしてないかのように振る舞う刹那の気持ちの切り替えの早さと、フランクさに思わず目を丸くしてしまう。

 

「ええ、そうですね。その方が言いかもしれませんね。私の事は敬称を付けなくても構いません。あと敬語ですが、これは私の癖みたいなものですのでどうか気にしないで下さい。一応、努力はしてみますが…」


 刹那に勧められたように呼び捨てしようと風香は試そうとするが、やはり恥ずかしいのと、柄ではないと思って呼び捨てようとするのをやめる。


「で、僕に何か聞きたい事があるんじゃないの?」


 打ち解けたようの気楽にしながら、脱線した話を元に戻す刹那。様子を見るに、こちらが素なのだと分かる雰囲気だった。

 そして気付いた事だが、刹那は話をよく逸らす。気のせいかと思ったが、明らかに身の回りの話をされると察知した時に、異様に話題転換がされる。

 だが逸らしておきながらちゃんと元には戻す辺りは彼の性格が出ているのかもしれないと風香は感じた。


「そうですね。刹那さん、私やステラさんに何か話すべき事はありませんか?」


 話しかけた初めの目的は、気まずさの解消であって、それが既に成されているならばと、包み隠さずストレートに風香は問う。

 すると朝食作りを手伝う刹那の手が止まる。目だけを横に向けて刹那を見ると、考える素振りをしていた。


「例えば、貴方の素性や妹さんについてですが、別に無理に言わなくても構いません」


「いや、何でも言うことを聞くって約束もあるし、いつかは言わないと思っていたことだから話すよ…」


 流石にすぐに言えるわけがない。風香はそう思って敢えて逃げ道を用意したが、刹那は話す決心をしてたようで、少し意外に感じた。



「知りたいことは、僕とティアの事でしょ?」

「そう...ですね」

「少し長い話になるけど、僕とティアは魔導研究所から来たんだ」

「!」


風香はそれを聞いて驚いた。

魔導研究所とは魔法を研究する施設であることは、名前を聞くだけでわかることだが。研究の為に子供を使ったりしたりするから非人道的な印象を植え付けられている人が多い。研究所出身の子供を普通の魔導騎士達は魔導兵器と呼んだりする偏見もある。それほど魔導研究所に悪い印象を持っている人がいるということなのである。10年前に全ての研究所は閉鎖されていると風香は聞いている。


「僕の家は魔導騎士の家でね。魔法が使えない僕をどうにかしようと両親が魔導研究所に預けたんだ。その時にティアと出会ってね」


悲しそうな目をしながら淡々と話す刹那。


「研究所が閉鎖される直前まで僕らは実験させられていたんだけどね。ティアは遺伝子操作で元から魔法を使えるように、僕は適性値が低いことを改善するための実験をさせられてたけど、途中で終わってしまってね」



「閉鎖されたからですか?」

「それもあるけどね。僕が暴れて以降、大人達が怖がって実験が進まなくなったんだ」

「暴れた…とは?そんなに酷い実験をさせられてたんですか?」

「ああ、ごめん違うよ。僕の実験が成功したときに、ティアを廃棄処分するっていう話が聞こえてさ。カッとなってその時にその大人をナイフで刺したんだ。これでね」


そう言って、虚空から昨日の決闘で使っていたナイフを取り出す刹那。


「そうだったんですか...」

「これは、あの時の事を忘れない為に持っているもので、使うつもりはなかったんだけどね」


刹那は苦笑いしながら、ナイフを見つめる。


「では何故、使ったのですか?」

「それは、僕じゃないからわからないよ。もう一人に聞いてくれないかな?」

「貴方ではない?もう一人?」


一体、刹那が何を言っているのかわからない風香。


「僕が受けてた実験はね。心を別ける実験。つまりは二つの人格が僕に存在している」

「そんな...」

「だから、僕に持っていないものをもう一人が持っていて、もう一人が持っていないものを僕が持っている」

「だから昨日の決闘で、途中から話し方が変わっていたのですね...」


刹那の中に二つの人格があるのは未だに信じられない事だった。理解はしたが、まだ納得がいかない感じの風香。風香自身は、刹那やティアが研究所出身であっても偏見を持つつもりはない。みんな、どんな形であれ一人の人間なのだから、兵器とか言うのは間違っていると風香は思っている。


「すみませんね。辛いことを言わせてしまって...」


頭を下げて謝る風香。


「いやいや、謝らなくていいよ。いつかは言わないといけないことをだったからね」


慌てて頭を上げるように促す刹那。


「じゃあ、この事は黙っておきますね」


口に人差し指を当てて小悪魔っぽくウィンクしてみる風香。


「そうしてくれるとありがたいかな」


話を和ます為という意図が伝わったのか。苦笑いしながら答える刹那。


実際、10年前に研究所が閉鎖されて以降の今でも、実験を受けていた子供に偏見を持つ人はいまだに多い。風香は、話してくれた刹那の事を思って、絶対に他言をしないと心に誓った。


□□□


「うわぁ、おいしそう」


朝から重い物を食べたら胃もたれしそうだったから。食パンとスクランブルエッグとベーコンにした。

あまりこういった物を食べないのかステラの目が爛々としている。


「ステラは、普段どんな朝食を食べていたの?」

「ふん、あなたには教えないわ」


いきなり怒られた。ただ聞いてみただけなのに、理不尽極まりない。


「僕、ステラに何か気に障るような事した?」

「...別に」


どうやら相手にトゲを刺してしまう癖があるらしい。

ちょっと、思い付いた事をやってみる。


「そういう人は朝食抜きだな」

「あっ!」


ステラの皿を取り上げてみる。


「何か言うべき事があるんじゃないのかな~?」

「うぅ~」


うめき声を出しながら、涙目でこちらをにらむステラ。

ステラは助け船を求めて横を見るが、風香は一切こちらの問答を無視して朝食を食べている。その前にいるティアを見るが、同じく無視して朝食を食べている。両者の違いは、前者がわざと、後者が気がついていない、という点だけだろう。


「うぅ~」


再度こちらをにらむステラ。そんなに嫌われるような事をした覚えはないのだが、なぜかステラのこの姿を見てると、だんだん可愛く見えてくる。


「ゴメンゴメン、冗談だよ。はい、どうぞ」


そう言ってお皿を返す。するとパァっと笑顔になり、朝食を食べるステラ。喜怒哀楽がしっかりしているのは良いことだと思うが、少し現金な気がする。


「ステラはもう少し、素直になればもっと可愛いのにな」

「「「っ!」」」


ガタッ!


ほぼ無意識で言ってしまった事に三人が反応する。

風香は一瞬だけこちらを見てそのまま食事に戻り、ティアは皿を見つめて硬直している。ステラは顔を真っ赤にして俯きながらプルプル震えている。


「ご馳走さまです」

「.....おいしかった」

「わ、私も。もういいわ」


それぞれ食器を片付け始める。

無意識で言ってしまったから、言ってしまった本人は気付かないものである。

刹那も急いで食べて片付け部屋に戻り学校に行く準備をする。準備といってもここは魔導学院。制服を着て登校するだけで他に必要な物はない。ちなみに改造制服を着て来るのもありだが、悪目立ちするから刹那は普通に配布された制服を着て部屋を出る。

部屋を出るとステラと風香が待っていた。昨日と違うのは二人とも白い制服を着ているところだろうか。


「あれ?ティアは?」

「まだ準備ができていないようですね」


少し気になり、ティアの部屋に向かってドアをノックする。


「ティア、大丈夫?」

「.....ん」


ティアが返事したかと思うと唐突にドアが開く。


「.....着られない、手伝って」


そこにはあられもない下着姿のティアが、制服を刹那に差し出している。


「またか、いい加減一人でできるようにならないと」

「.....努力する」

「あ、あなた達、なにやってんのよ!?」

「あ~、ティアはちょっと常識が足りないと言うかなんと言うか...ちょっと待ってて」


そう言うとティアの部屋に入ってドアを閉める。

ティアから制服を受け取り着させていく。上着、スカート、ブレザーと次々に着させて着替えが終わる。

制服を着たティアはお人形さんのように可愛い。触ることを躊躇うほどに。


「.....兄さん」

「ん?」


こちらを見て刹那を呼ぶティア。


「.....好き」


ティアがこんなことを言うのは久し振りだった。昔も初めて言われた時には、戸惑ってしまったが今は違う。ティアがこんなことを言うのは、ティア自身が刹那に何かを感じた時の表現である。それを知っているから、いつからか、同じ返答を返すようにしている。


「僕もだよ。ティア」


そう言って、そっと頭を撫でる。


「.....ありがとう」

「じゃあ行こうか。遅刻したら大変だ」

「.....うん」


部屋から出ると、ステラと風香が椅子に座って何かを話していた様子だった。


「長かったですね」

「ゴメンね、待たせてしまって」

「こちらも話をしていたので待っていないですよ。さて、行きましょうか?」

「そうだね。遅刻したらまずいしね」


そう言って学校に向かう一同。



十三学校は、各学校の生徒を集めてきているため他の学校に比べると比較的に生徒の数は少ない。

A~Fのクラスがあり。今、刹那がいるクラスはFクラス。別にクラスによって力量が決まっているわけではないのだが、Aから順に実力者を入れているのは、暗黙の了解と言ったところで。つまりこの学校では最底辺の実力という事になる。

そんな刹那にとってどうでも良いことを考えながら教室に入ると、一気に注目を浴びるがそれもすぐに消えていく。そのかわりジロジロかコソコソといった目で見られる。

周りからはヒソヒソ話が絶えず聞こえてくる。


「あいつって昨日の...」

「あぁ、一校のエリートと七校の風紀委員長を倒したヤツだ」

「何でこんなところにいるんだ?」

「さぁな、元はどこの学校にいたのかも知らない」

「一体何者なんだ?」


そんなやり取りが聞きたくなくても嫌でも聞こえてくる。居心地が悪くて刹那は教室を出ようとすると、ちょうど教師が教室が入ってくる。教師と言っても別に何かを教えるわけではなく、元魔導騎士で現役を退いた人である。魔導学院の教師は生徒を管理をするだけが仕事である。魔導騎士達は基本的に、学院順位戦に向けて日々自主練習をして高みを目指す。学院順位戦で上位になれば将来は輝かしいモノになることが約束される。だから、登校してやることといえば他人と模擬戦をすることだけである。


「えー、全員いますね。明後日は学内順位戦があります、以上。では後は任せますので」


適当な説明をすると出ていく。

刹那もどうせやることがないから席を立ち教室から出ようとする。何よりさっきから刺さるような視線が嫌だった。


ッドン!


「キャッ」


早くこの教室から出たかったからか、白髪の女の子とぶつかってしまった。


「ゴメンね。大丈夫かい?」


しゃがんで声をかけてみて気が付いたことが、15歳くらいでちょうどティアと同じくらいだな、と刹那は思った。

魔導学院には、クラスはあるが別に年齢制限がない。実力があるのなら下級生でも飛び級して同じクラスにいるなんて当たり前である。


「あ、大丈夫ですぅ」

「なら、良かった。じゃあ僕はこれで」


さらに気付いた事に頭の中で警鐘を鳴らして、逃げるように早足に立ち去ろうとするが


「あ!待ってください黒神先輩」


やはり少し遅かったようだ。刹那はこの子の名前を知らない。だが彼女は自分の名前を知っている。刹那の名前を知っている人物はごく一部だ。


「少々お聞きしても良いですか?」

「...答えられる範囲でなら」


どんな質問をされるのか警戒しながら返答をする。


「黒神先輩って、元二校の黒神刹那先輩ですよね?」

「人違いだよ」

 

刹那自体マズイと判断して、そう言い残して立ち去ろうとする。


「あ!ちょっと」


教室のドアを開けて右に向かって行く。それを追いかける白髪の少女だが。


「ふぇ?」


そこに刹那の姿は無かった。



「はぁはぁ。なんか、とんでもなくどうでも良いことに体力を消耗してる気がするよ」


刹那は中庭にある木に座って、息を切らしていた。魔法を使って全速力で逃げたのである。適性値の低い刹那にとって、何回も使えるものではない。


(別に逃げる必要は無かったんじゃねぇの?)

「いや.....あそこで.....あの話をするのは.....マズイ」

(まぁ、お前がそう感じたのならそうなんだろうな)

「本当に.....君は.....他人事だね」


息が切れているせいで、途切れ途切れで自分と話す。


「ふぅ、それにしてもここは良い場所だな」


気分転換と回復を待つために少し目を瞑り休む。


「まったく、こんなところで何しているのかしら?」


目を開けると腰に手を当てて呆れたようにステラが見ている。


「ここは良い場所だな~って思ってたところだよ」


適当にはぐらかす。ステラにはまだ自分の事を話していない。それに魔法を使って人から逃げた、なんて言ったら何を聞かれるか分かったものじゃない。


「そうね。日当たりも良いし、見張らしも綺麗だし...」


本気でそう答えているのだろう。話をはぐらかした事に少し罪悪感が出てくる。


「ステラはこんなところでどうしたの?」

「私?私は別に...」


言えない事でもあるのだろうか?気になるが、自分も言えない事が多いから詮索しないようにする刹那。


「そういえば、あなた。模擬戦やったのかしら?」

「ん?まだだよ」

「呆れた、あなた模擬戦をやった結果を提出しないといけないの知らないの?」


魔導学院ではちゃんと努力しているか、1週間に一回報告しないといけない。それが成績や学内順位戦での組み合わせにも直結する。


「知ってるよ。初めて会ったときにも言ったけど、僕は無用な争いはしたく無いんだ」

「っていうことは、まだ誰とも模擬戦していないのね?」

「そうだけど...」

「ならちょうどいいわ。セツナ、私と模擬戦をしなさい」

「...断る」


模擬戦の申請を拒否し、そのまま目を瞑りまた休む刹那。


「なんでよ!?あなたは私よりも強いじゃない!」

「僕は.....強くなんかない」

「え?」


刹那が急に目を開け、立ち上がりながら悲しそうに言う。


「じゃあ、証明して見ようか?僕が弱いこと」

「何を馬鹿な事を言ってるの?」


驚くステラに模擬戦の申請が送られる。それを少し躊躇いながら許可を押す。

刹那はステラと距離をあけるために離れる。10m程の離れたところで振り返り虚空から刀を取り構える。

ステラも大剣を取りだし構える。


『are you ready、3、2、1、GO!』


合図がなった瞬間に、刹那は走ってステラに距離を詰める。


「全てを塵にせよ!『バーンストライク』」


突っ込んでくる刹那に牽制で魔法を放つステラ。それを避けつつ変わらずに突っ込んで行く刹那。


「えい!」

「っく!」


ステラは大剣を降り下ろして、当てようとすると刹那は両手を使って刀で受け止める。拮抗していた状態になるが、刹那がステラ押し飛ばし5mくらいの間が空く


「一撃で決める」

「こっちこそ」


刹那の周りが白く輝く、ステラも魔力を集中させて周りが紅く輝く。刹那は居合い斬りの構えを取る。それを見てステラは正面に大剣を構える。


「うぉぉぉぉぉぉ!」

「でやぁぁぁぁぁ!」


カーン!


刹那の刀が宙を舞う。


「...」

「ほらね。僕は強くない」

「...」

「これでいいかな?結果も得られて僕も良かったし」

「嘘よ!あなたはこんなじゃなかった。もっともっと強かった!」


そう刹那に何かを求めるように叫ぶステラ。


パチパチパチ


不意にどこからか拍手が鳴る。


「誰!?」

「あぅ、驚かすつもりは無かったんですぅ」

「君はさっきの?」


そこにいたのはさっき刹那が逃げていた白髪の少女だった


「お久しぶりです。黒神先輩。私の事覚えていますか?」


正直に言えばまったく面識がない訳ではない。刹那は記憶を辿って思い出そうとするが、まったく思い出せなかった。


「白神琥珀ですよ。最後に会ったのは、かなり昔だったので覚えていないのは無理も無いんですけど...」


刹那が覚えていないから、少しシュンとする琥珀。


「あぁ、琥珀ちゃんか!大きくなったなぁ。昔はいつも僕の後ろにくっついていて一緒に遊んでいたね」

「はい!」


昔のこと思い出して話すと、琥珀はパァっと笑顔になる。刹那はステラを放置してしまっていることに気が付き紹介する。


「彼女は、幼なじみの白神琥珀ちゃん。黒神家と白神家は同じ魔導騎士の家で、親交があってね。よく遊んでいたんだ」

「ふーん」


なんだか冷たい目で見てくるステラ。


「で、その子が何の用かしら?」

「あ、用事ってことでも無いんですけど。さっきはいきなり逃げられたので探してたんです」

「いきなり逃げた?」


ジロッとこちらを睨むステラ。どうやら言い訳が出来るような状況じゃない。


「こ、琥珀ちゃんは、さっき僕に何を聞こうとしていたんだっけ?」


取り敢えず最悪な事態だけは避けたい。背に腹は変えられないと決めて、さっきの質問の内容を聞き返す。


「あ、刹那先輩は元二校の生徒でしたよね。って聞いて確認を取ろうとしましたけど、今はもう大丈夫です。私の知っている刹那兄さんだったからもう良いんです」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。セツナどういう事かしら、あなた元は二校の出身だったの?」

「刹那兄さん、ちゃんと言ってなかったの?」


二人から答える間もなく質問攻めをされて途方にくれる刹那。


「琥珀ちゃんだったかしら、少しセツナについて詳しく教えて欲しいわ。セツナったら、自分の事をなんにも話してくれないのよ」

「わ、分かったちゃんと話すから!」


人間、常に最悪な事態だけは避けたいものであるが、さすがに最悪な事態の一歩手前まで来ると、なんか意味が無い気がしてくる。


「話すかわりに質問は最後にして欲しい」

「えぇ、分かったわ」


ステラはやっと刹那の口から彼の事を聞けると少し安堵していた。

刹那のことは今朝、刹那がティアを着替えを手伝っているときに風香からある程度は聞いている。正直に信じられない事だらけだったけど、あの真面目そうな風香が言うのだから本当の事だろうと思っていたが、本人からいってもらえないと嫌われていると思い、不安になってくる。

刹那は風香に話した事と同じことをステラと琥珀にする。更に二校にいた話も続ける。


「僕が二校にいた理由は、ティアの付き添いみたいなものだよ。僕はまともに魔法が使えないから、どこに行こうがあまり大差無いからね。僕はティアのために二校に入ることにしたんだ」

「で、あなたはそこで何かあったのでしょう?」

「うん、まぁね。学内順位戦でいつも最下位だった僕についた異名が...」 

「『無能者』ですよね...」


琥珀があまり刹那が傷付かないように代わり言ってくれる。


「...よく知っているね」

「私も二校にいましたから...」


苦笑いしながらフォローしてくれた事に感謝する。


「あなたが無能者?あんなに強いのに?」

「多分、魔法がまともに使えないっていうことと、無属性系統に入る自己強化しか使わない皮肉を混ぜたんじゃないのかな?そんなやり方でも、一時期は学内順位戦でも勝ち進めてたし...」


過去の自分を思いだし、自虐的に言う刹那。

ただ無我夢中で、誰かに認めてもらおうとした、痛々しい日々を。


「それでも、いくら努力しようが、天才には勝てない...そこからかな、僕が変わったのは」


自分の事を話し終わると、明後日の方角を見る。


「おやおや~?こんなところに誰がいると思ったら白雪姫と深紅のお姫様、そして無能者か」


不意に声を掛けられる。どこか挑発的で相手を見下したような口調。この声の持ち主を刹那は知っている。


「海翔こそ、こんなところでどうしたんだい?」

「僕が用があるのは君じゃない、そこのステラさんだ」


碧川海翔、刹那と同じ歳で元二校の生徒会副会長。刹那が今一番会いたくない人だった。


「ステラさん、僕と模擬戦をしてもらいたい」

「...嫌よ」

「そこの無能者に比べれば、まともな相手はできるつもりだけど...何か不満かな?」

「少なくともセツナは、あなたよりは強いわ。あなたなんて、私の足元にも及ばないわ」

「ちょっと!買いかぶり過ぎだよステラ」

「私を一度は負かして、そして本気にさせてくれる相手なんて、そうはいないわ」


どこにそんな自信があるのか。刹那を過大評価するステラ


「アハハッ、面白い冗談を言う。僕が勝てない?この無能者に?あり得ないね」


何がおかしいのか腹を抱えて笑い出す海翔。刹那は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「知らないだろうから言っておくけど、二校であった学内順位戦で、彼を完膚なきまでに叩き潰したのは僕だ。結果なら出ている」


刹那の頭にあの嫌な思い出がよぎる。真剣勝負を弄ばれ、挙げ句には観衆の目の前で秘密を晒された過去を。


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