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第十三魔導武装学院  作者: 黒姫
第一章 学内順位戦編
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第29話 運命の剣

黄瀬隼斗きせ はやと

 刹那のクラスメイト。元十二校で自称情報屋。VRゲームで鍛えた反射神経で二丁拳銃を使いこなし、また魔法による後方支援も得意としている。明るく軽い性格なのだが、厄介事によく巻き込まれる体質で苦労人。


小桜風香こさくら ふうか

 緑髪のお姉さん、元七校の風紀委員長であり、真面目で礼儀正しいのだが、基本的な問題解決方法が武力的なのが玉に瑕。


常盤文乃ときわ ふみの

 元気で明るい茶髪の女の子。ムードメーカーで順位戦の実況者を自ら志願した。


柊奏ひいらぎ かなで

 落ちついていて物静かな印象を受ける白髪の女の子。物事を見極める洞察力と声の良さから、解説者に抜擢された


蒼崎凛あおざき りん

 蒼髪のお姉さん。元二校の生徒会長で刹那と海翔の先輩。天性の治癒能力を持っている。喋り方が独特で誰に対しても老人口調で話す。可愛いモノ好きで可愛いモノを見掛けると愛でたがる。


沢木境さわき きょう

 眼鏡をかけた真面目そうな紫髪のお姉さん。元二校の生徒会書記で戦闘歩法の縮地しゅくちを極めており、瞬間移動を基点とした高速戦闘が得意。凛の命令を絶対としている。


碧川海翔みどりかわ かいと

 青髪の青年。元二校の生徒会副会長で実力主義者。相手を見下したような言動が多く、弱者が強者に虐げられる事を当然だと思っている。


『決まったァッ!アルウィン選手、ギルバート選手を見事倒しました!』


 実況の文乃の声が高らかに会場に響き歓声が沸き起こる。それは観客席は勿論、フィールドで戦っている選手の耳にもやかましく聴こえていた。


「くそッ!あんにゃろうやられたのか!?」


 そしてその声を聴いた隼人は、風香と交戦している最中にも関わらず舌打ち混じりに悪態をつく。


(いや、互角の勝負をしてた時点で上出来か…)


 そのまま独り言で文句のひとつふたつを言いそうになったが、アルウィンを相手によく戦っていた方だと思い改める。

 がしかし、今は戦闘中。文乃の声に気を取られたとはいえ、不用心の極みだった。


「戦闘中によそ見とはいい度胸ですね!」


「っ!しまっ!」


 風香の声で我に返った隼人の目の前に双刃刀が迫る。


「っく!」


 辛うじて、刹那から借り受けた双銃剣で軌道を反らしたものの、衝撃で得物が手から弾け飛ぶ。

 そして無防備を晒す隼人を風香が見逃すはずなかった。


「かはっ!」


 間髪を容れずに脇腹を蹴りを入れられる。まともに食らった蹴りに隼人はよろめいて数歩後退る。さらに追撃が来るかと思いきや、無手の相手に斬りかかるのを風香が躊躇ためらい、見逃された。

 脇腹に残る痛みに耐えながら、トドメを刺さない風香を睨み付けると風香は呆れたような顔をしてこちらを見ていた。


「はぁ……このままでは貴方に勝ち目はありませんよ。いい加減、固有武装デバイスを出してはどうですか?持っていないというのなら話は別ですが……。勿論、私との勝負を諦めてもらっても結構ですよ」


「チッ!」


 風香の挑発に苛立ちを覚えて、隼人は魔銃を取り出して引き金を引く。

 しかし、風香が纏う風に弾丸が弾かれ、明後日の方向へと飛んでいき。薬莢が転がる音が辺りに虚しく響く。


「くそッ!」


 隼人と風香の距離およそ5メートル。こんな近距離にも関わらず魔銃が全く機能していない。自分の攻撃が通用しないのを嫌でも分からされて、更に苛立ちが積み重なる。


「無駄な抵抗は止めて、大人しく降伏してください。…と言ったところで、どうせする訳ありませんよね」


「当たり前だろ!自分が上だからってナメんなよなっ!」


 風香の勧告という名の挑発につい反射で吠え返す隼人だが、既に八方手詰まりの状況で、それがただの虚勢であることは風香にも見え透いている。

 隼人は頭をフル回転させて、この状況を打開する方法を必死に考える。


「全く。貴方という人は……これ以上は時間の無駄なので大人しくやられてください!」


 そう言って、トドメを刺しに風香が踏み込んで来る。


「せやぁッ!」


「っ!」


 咄嗟に身を引きながら銃を盾にする。しかし右手の魔銃が、分離された双刃刀に叩き落とされてしまう。


「ぐぅ!」


 そして視認するよりも先に鋭い痛みが脳に信号が送られる。その痛みを送る左の脇腹には風香の剣が浅く突き刺さっていた。

 身を引いていたのが功を奏して深手は免れ、すぐに剣は抜けたが、突き刺された脇腹から痛みが一瞬にして広がり、全身がまるで燃え上がるかのように熱くなる。


「チッ!仕損じましたか」

 

 風香の舌打ちを聞いてやはり、いまの攻撃が加減されていたものだと理解する。


「これで御仕舞いです!」


 そして今度こそ終わらせるために風香が隼人に襲い掛かる。


「ぐっ...くぅ!」


「っ!?」


 襲い来る凶刃に対して、隼人はやむを得ず虚空から剣を掴み取り、風香の一撃を寸でのところで防ぎ止めた。その行動に風香が驚いた表情をする。


「ハアッ!」


「がはっ!」


 しかし驚いていたのもほんの間、何を思ったのか隼人を突き飛ばし、風香は距離を取った。

 なれない鍔迫り合いから突き飛ばされた隼人は尻餅を付いて倒れるが、そのままの勢いで後転して起き上がって、すぐに臨戦態勢になる。

 風香からの追撃が来るかと思っていたが、さっきの場所から動かずこちらの様子を窺っているようだった。

 正確には、隼人の持つ剣を見つめていた。と言った方が正しかった。


 隼人が取り出した剣は、飾り気が無く素朴な見た目をしていて。一見、学校側から支給されている剣のように見えるが、その最大な特徴として言えるのは、りがないだという事だった。

 それは所謂いわゆる、"直刀"と呼ばれ分類される剣だが、突くにも斬るにも騎士剣や刀に劣り、実用性に欠ける事から、学校では支給していない武器である。

 そんなものを好き好んで使う人は極稀で、隼人がその手の人間とは風香は思っていなかった。だから、この武器こそが隼人の固有武装デバイスなのだと、風香は直感的に判断した。


「「……」」

 

 二人の間に沈黙が走る。片や未知の得物を警戒し、片や打開策を模索している状況。先に口を開いたのは風香だった。


「やっと本気を出そうと思ったわけですか?」


「…よくも、俺に剣を抜かせたなッ!」


 風香の問いに、怒気を含んだ強い語気で言葉を返す隼人。

 予想外の返答だったためか、彼女は少し面食らった表情をする。そして怒りをあらわにする隼人は、その態度とは裏腹に内心ではかなり焦っていた。


(チクショウ。固有武装こんなもの適当に振り回したとこで、どうこう出来る訳ねぇだろ!)


 風香が警戒してくれて手を止めてくれたのは隼人にとって好都合だった。何故なら、風香の警戒とは逆に、固有武装デバイスを出した隼人には、一つも状況が好転してはいなかったからだ。


(一か八かで展開するか?いや、勝つためとはいえリスクがデカ過ぎる。できればやりたくない!)


 固有武装デバイスの展開は、強大な力を得る代わりに使用者にそれ相応の負荷が掛かる言わば”諸刃の剣”。解放しようと思えばできるが、その力が強すぎて隼人は固有武装デバイスが使えなかった。

 それが?と思うかもしれないが。言い方を変えると、固有武装デバイスの出力を制御できていないのだ。制御できていないということは、相手だけでなく展開者にも危険があるということであり。たとえ直接的な怪我はなくとも、下手をすれば後遺症が残す可能性がある。隼人が持っている固有武装デバイスはそういう代物しろものだった。 


(どうする!?)


 固有武装デバイスの展開は危険。かと言って魔銃での交戦は無意味。魔法で対抗しようにも風香の速さに詠唱が追いつかず、やられる結果が見えてる。

 唯一の救いは、風香の速さに辛うじて食らいついていけてる事だけ。


(もっと速く反応できれば!)


 打開策を見つけるため、隼人は必死に頭を回転させる。

 そしてふと、脳裏によぎった記憶が、勝機への道筋をほんの少し照らした。


(上手くいくか賭けだけど、固有武装デバイスを展開して事故るよか、こっちの方が遥かにマシか…!?)


「見せてやるよ!俺の本気を!」


 失敗したら失敗したで、固有武装デバイスを展開しよう。そう肚を括って勝負を仕掛ける。


「やっとですか、と言いたいですが。そんなの出させる訳ないでしょう!」


「ぐっ!」


 一瞬にして間合いを詰めて隼人を追い立てる風香。その絶え間ない攻撃を隼人は辛うじて凌ぐ。

 このまま行けば敗北を喫するが、迷信じみた話に隼人は全てを賭け、言葉を紡ぐ。


「今から俺は銃だ…」


 しのぎを削る攻防の中、戦っている風香にしか聞き取れない声量で隼人は唱える。


 "過去に七英雄の内、一人のある天才は言った"

 "曰く、魔法とは想像(概念)の具現なのだと"


「体は銃身…」


 風香の絶え間ない攻撃を辛うじて捌きつつ、言葉を介して想像(創造)する。


 "詠唱とは想像(概念)を形にする工程プロセスすなわち鍵であり、安全装置セーフティーなのだと"


「心は撃鉄…」


 風香の振るう双刃刀が胴や腕を掠れても、隼人の集中力は尚も揺らがない。


(こんなに攻め立てているというのに、なんて集中力!?)


 "ならば、その具現(装置)固定()してしまえば…"


「言葉は引き金…」


 "魔法なんて、詠唱リロードなしで撃ち放題なのでは?"……と。


「魔法は弾丸!」


 そう言い切って、隼人は手に持っていた固有武装デバイスを天高く投げ、腕を風香に向かって突き出す。

 いまの全ては概念の固定。つまりは詠唱だった。


 他人の目から隼人は、まともな近接武器を使えず、物珍しい魔銃を好んで扱う、典型的な魔法中心の戦闘スタイルな、少し変わっている凡庸ぼんような魔導騎士に写るだろう。


 しかし、それは違う。確かに身体能力や技能面では平凡かそれ以下だが、それを補えるほどの尋常じゃない集中力、もとい精神力と。人の心理を逆手に取って操る力が隼人にはあった。

 そうでなければ、攻撃を凌ぎながら精神を編み。攻防の最中にいきなり武器を投げるような馬鹿な真似はしない。


「しまっ!くっ!」


 その行為ミスリードに目を惹かれてしまった風香は、咄嗟に回避することを優先し、転がるように横に大きく飛ぶ。

 風香の行動は最良だった。


 そもそも目の前の相手から目を離すなんて…。と思うのは第三者の目線の話。戦っている相手がいきなり武器を上に放り投げるなど、自殺行為も甚だしい。

 常識人なら、詠唱し終えて投げた固有武装デバイスから何かが起きると考えるのが普通の判断なのだから。


「『フレアバースト』!」


「なっ!?」


 隼人が言葉を発すると同時に、手から一瞬にして業火が吹き出して前方を焼き払う。

 辛うじて避けた風香だが、大きく横に転がったことで隙を晒す格好になる。

 しかしそれよりも、隼人が詠唱をせずに魔法を発動したことに、驚きを隠せなかった。

 そして隼人は、隙を晒す風香に追撃を仕掛ける。


「『ストームブラスト』!」


「かはっ!」


 今度は強烈な衝撃波が風香に襲いかかる。態勢を整える間もなかった風香は直撃を免れず、フィールドの端まで吹き飛び。壁際では視界を乱すほどの砂埃が一面に舞う。


「『ダイヤモンドダスト』!」


 その砂埃が舞う一帯に、隼人は更に言葉を重ね。鋭い細氷を豪雨の如く降り注いで追い打ちをかける。

 一見やりすぎに見える攻撃だが、風香が相手ならせいぜい重傷、当たりどころが悪ければ致命傷になる程度だ。そしてこの追い打ちが決定打になったのは言うまでもない事だった。


『決まったぁ!黄瀬選手、見事小桜選手を倒しました!』


 文乃の司会で会場が盛り上がり、なんとか勝利を掴んだのだと実感が湧いてくる。


「うっ…!おええぇっ!」


 しかし、勝利の味に酔いしれる間もなく、急激な目眩めまいと吐き気、頭痛が襲い、堪らず隼人はその場でうずくまる。


『おぉっと!黄瀬選手大丈夫か!?』


 心配する文乃の声が聞こえるが、それどころではなかった。


(なる……ほど…な。これが…ダメな……原因か…)


 何故、七英雄がのたまった『無詠唱化』が世に知られなかったのか。その理由を悟る。

 負荷が激しすぎるのだ。詠唱を取っ払って連発が可能になっただけで、負荷の無くなった訳でも軽くなった訳でもない。どれだけ放てるかは個人の魔法適正にる。

 そして急激な負荷は様々な体調不良を引き起こし。最悪、死に至る事もある。

 そんな欠陥を抱えた方法が、世に広まるはずもない。


 しかしまだ試合は終わってない。体調不良も収まってはいないが、目の前に無造作に落ちている固有武装デバイスを拾い、それを杖にして立ち上がる。


『黄瀬選手、なんとか立ち上がりましたぁ!奏さん、黄瀬選手は一体どうしたんでしょうか?』


 魔導騎士なら誰でも知っている現象を、文乃は敢えて知らぬふりをして奏に解説を振る。


『はい。魔導を連続使用した負荷が一気に身体に襲って来たのでしょう。それで体調を崩されたのかと。決勝戦で負けられないとはいえ、無理をしないといいのですが…』


 疎い人にも分かるように説明し、最後に隼人を気にかけて心配する奏。

 奏の心配はありがたいが、意地でも負けるわけにはいかない。隼人は力を振り絞ってしっかりと立つ。


「はぁ……はぁ……うえぇっ!」


 立ってもなお、吐き気は全然収まらず。正直試合どころではなかったが、せめて状況の整理と今後の展開、戦略を練る。


(委員長は倒した。ギル(アイツ)脱落ロストして。んで王子は健在。姫はまだ刹那が持ち堪えてるけど勝てる見込みは五分ってところか?……このまま王子に特攻を仕掛けるか、刹那の援護に行くか…)


 刹那の決着が着くまで、アルウィンのようにしばらく休んで、回復に専念しようかとも考えたが、その考えはすぐ却下した。

 刹那がステラに勝って、二人でアルウィンへ挑めば、まだ勝算はある。それには絶対にステラを倒してもらうのが条件だ。体調不良が収まったらすぐにでも加勢したいところだが、問題はこの二人の戦いへの参戦をアルウィンが黙って見ているかだった。

 いまのところ動く気配は見せていないが戦況を見極めているのは確かだ。もし隼人が加勢し、それを見過ごさずアルウィンも加勢して二対二の戦いになれば、隼人の力不足が否めず、刹那の負担が今以上に増えるだけになる。それだけはなんとしても避けたい。

 刹那が自身の力でステラをくだしてくれれば万々歳(ばんばんざい)だが、このままではそれも難しいだろう。


 そうして頭に中で整理をしてうちに吐き気も次第に収まり。そしてここまで思考して、ふと、隼人はおもむろに振り返る。それは風香の安否を確認しようと行おこなった何気無い行為だった。

 しかし、隼人が目にしたのは風香が倒れている姿ではなく、双刃刀を両手に斬りかかってくる寸前光景だった。


「っ!?『エアスレッド』!」


 咄嗟に隼人は詠唱し、風糸かざいとを風香との間に展開する。

 エアスレッドは場に空気の糸を張り、通った相手の動きを鈍くする魔法だが、音速に届く速さで跳躍して来た風香には、紙一枚程度のものでしか無かった。

 鬼気迫る勢いで斬りかかる風香に、隼人も一刀目はなんとか防いだが、二刀目が頬を掠める。


 そしてそのまま風香は隼人を追い越し、地面を滑るように着地する。


「チッ!また仕損じましたか」


 舌打ちをして悪態をつく風香。信じられない事に、その身体には目立った外傷が無かった。流石に制服はズタズタではあるが、あの猛攻を凌いだ、或いは避けきったというのは、隼人にとって受け入れがたい事実だった。


『なんとぉ!小桜選手、あの猛撃を耐え凌ぎ、ここに復活だァ!』


「マジかよ……嘘だと言ってよバーニィ…」


 最悪な展開に、思わず古いネタを口にしてしまうが、内心ではそんな事を言っている場合では無いと分かっていた。風香が復帰してきた以上、さっきまで考えていた戦略が全て水の泡になってしまったのだから。

 目を覆って天を仰ぎ、叫びたい気分にもなるが。そんな事をしても状況が変わる訳でも無く、隼人は諦めて目の前の脅威を見据える事にする。


「ったく、あのまま大人しくやられてりゃ良いのによ」


「それはこちらの台詞です。まさかあの状況で振り返るとは、貴方も運が良いと言うか勘が良いというか…」

 

 決定打に欠けた。というのはお互い様なのだろう。違う点を挙げるなら、隼人は詰めが甘く、風香は加減し過ぎているところか。

 何はどうあれ、隼人の不利は変わらないまま、勝負は振り出しに戻った訳だ。


「それより随分と余裕そうですが、体調の方は大丈夫なんですか?先程まで苦しそうにしてたようですが」


 やはり、気丈に振る舞っていても風香にバレているようだった。無詠唱化の欠点を知った以上、もうその手は使えない。そもそもあんな事を続けてたら身体がいくつあっても足りない。

 風香の問いは、それがもうできないと知った上での嫌味だった。


「ケッ!そんなんで心配してるつもりか?見え透いた挑発って分かってるんだよ」


 だけど、バレているのは復帰してきた時点で想定済み。そして隼人の覚悟を決めるきっかけでもあった。


「ふぅ…あくまでも続ける気なんですね?」


「当たり前だ。でもあんた、本当は怖いんだろ?」


「なんですか?いきなり」


 肚を括った隼人は風香にケンカを吹っ掛ける。


「ちょこまかちょこまか動いて、安全圏から優位に仕掛けてばっかで正面からやりあおうとしない臆病者だって言ったんだよ」


「そういう貴方こそ、人影に隠れてコソコソしたり、遠距離から撃ってばかりで、人の事を指摘する様子ではないと思いますが?」


 隼人の論理に正論を返す風香。ぐうの音も出ない正論だが、聞く耳を持つ気のない隼人にはそんなこと関係無かった。

 何故ならこれは、風香を正面勝負へ引きずり出す為の挑発なのだから。


「そうかよ。じゃあ一騎打ちでもするか?俺が本気を出しゃあ。あんたなんか一撃で終わりだぜ?」


「そんな見え透いた挑発に乗るわけ…」


「ほら見ろ、やっぱり負けるのが怖いからそう言って逃げるんだろ?ハイ見え透いてる〜!」


 分かりやすく、幼稚に、ウザく煽る。この手の挑発が一番ムカつくのはハッカーである隼人がよく分かっていた。


「ハァ……。良いでしょう。もうどうなっても知りませんからね」


 呆れて会話する気にすらならなくなった風香が投げやり気味に挑発に乗り、双刃刀を構える。

 風香は間違いなく強者だ。数字付き学院(ナンバーズ)の中でも一、二を争うスピードで動ける彼女に、隼人がどう足掻いても勝てっこない。いままで戦えていたのは彼女が加減していたからに過ぎない。


(悪いな、刹那。俺はここまでだ)


 風香はどうなっても知らないと言ったが、隼人にはこの勝負の結末がどうなるか既に分かっていた。

 隼人は倒れる。勝とうが負けようがその結果だけは決して覆らない。それが隼人の知る結末だった。


(けど、意地でもアイツ(ギル)みたいにはしねぇからよ)


「これが俺のッ!」


 高らか吠え、固有武装デバイスを手に、果敢に駆け出す。


(後は頼んだぜ!)


「全力だァッ!」


 こうして自ら強敵に立ち向かうは、これが初めてだったかもしれない。


「斬り裂けッ!」


 詠唱を口にしながら、剣を振り上げる。


「運命の剣よッ!」


「ハアァッ!」


 交差の瞬間、煌めくほど鮮やかな魔力が弾け、そして散った。


 隼人は剣を振り下ろし、風香は振り抜いた。

 たったそれだけの行為だった。

 隼人は膝から崩れ落ちて倒れる。風香の一撃をまともに受けて致命傷を負い、身体からは血が留めどなく流れ、血溜まりを作り始めていた。


「ハァ……ハァ……」


 しかし、勝った風香も無傷では無かった。むしろ隼人より凄惨な状況だった。右腕が、肩から肘にかけて筋肉が削げ、腕の骨が見えおり、血が大量に流れていた。


「ッ!して……やられました。これでは…続行は不可能…ですね」


 だが、こういった大怪我に慣れている風香は、慌てることなく冷静に、これ以上の流血と細菌の侵入を防ぐ為に傷口に魔法で生成した水を覆って応急処置をする。勿論それだけで治るようなものでも無いが、やらないよりはマシだった。

 ただ、もう右腕は動かせず、そのまま大会を続けるのはおよそ不可能な状態だった。だから風香は気持ちを切り替えて振り返り、倒れている隼人を見る。


「まさかその剣が、かの有名な"斬絶剣ざんぜつけん"とは…」


 斬絶剣ざんぜつけん。それは知る人ぞ知る固有武装デバイス。"鉄をも斬る剣"として有名な斬鉄剣ざんてつけんから着想を得て造られ、"何をも斬り絶つ剣"としてその名が与えられた剣である。

 展開すれば名の通り、触れたもの全てを問答無用で斬り裂く出力が出せる日本が誇る最強の剣であるが、唯一にして最大の弱点が、誰にもその負荷に耐えられないことだった。

 斬る事だけを突き詰めた結果の剣であるが故に、人が耐えられるように造られていない。そういう剣なのだ。


「黄瀬……日本魔導協会に名を連ねていた一家。よくある苗字だと思い、勝手に除外してましたが、本家の人間だったとは…」


 そして、その最強の剣は。先の戦争で様々な人の手を渡り。最終的に魔導騎士連盟に在席していた往年おうねんの黄瀬家の手に落ち着いたらしい。

 黄瀬という苗字は人口が多く、まさか隼人が直系の人間とは、風香は思っていなかったのだ。


 そして風香は倒れた隼人を仰向けにし、自分が付けた傷を見る。深い裂傷で血が止まることを知らずに流れ続けて、なんともひどい有様だった。

 これが、ただ風香を再起不能にするためだけに、馬鹿正直に突っ込んで、斬られてできたのだから呆れてしまう。


「馬鹿な人ですね……」


 そう言って隼人の傷口に水を覆わせて、応急処置を始める風香。その言葉は、隼人の素性に気付けなかった自分に言ったのか、はたまた隼人の行為に対して言ったのか。知るのは彼女のみだった。


□□□


「境よ」


「はい、会長」


 風香と隼人の勝負を観客席から眺めていた凛が不意に、海翔を間に挟んで反対に座る境に声を掛ける。


「すぐに医務室に向かい、水姫みずきに集中治療の準備をさせい。このままゆくと死人が出るやも知れぬ」


「畏まりました」


 いつになく真剣な面持ちで指示する凛。雰囲気だけでも圧倒されそうになるほどだが、境はさも当然の如く命令を承り、立ち上がる。


「それから、会場にいる二校出身の生徒数名で救急隊を編成し、出入り口に待機させておくのじゃ」


「畏まりました」


 凛から追加の指示を受けると。境は縮地を使い、一瞬にして消えて行った。そして凛は次に海翔へ目を向ける。


「海翔よ、お主は…」


「ここで待機。でしょう?分かってますよ会長」


 こちらも当然の如く、凛の言わんとした事を理解しているふうの海翔。気障きざわりな態度だが、凛はそんなこと気にも留めて無かった。


「僕が出しゃばったところで、治療行為では役には立ちませんからね。誰かと違って、身の程はしっかり弁えてますよ。でも、もし力仕事が必要なら呼んでください。その時は行きますので」


 言葉だけ聞けば謙虚に見えるだろうが、いま海翔は"自分は手伝わない"と凛に向かってハッキリ口にしたのだ。

 確かに弁えてはいるが、薄情に感じられるだろう。しかし海翔はこういう人間だ。物事を合理的に見て、自身の目的ではない行為。或いは誰かに求められない事はしないスタンスなのだ。


「うむ、分かっておるのならばよい。大人しくして置くのじゃぞ?」


「了解です」


 海翔がそういう人間だと知っている凛は、彼の返事を聞いて席を立ち、その場を離れた。

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