試合続行
黒神刹那
黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すからよく負けてしまう。
黄瀬隼斗
刹那のクラスメイト。元十二校で自称情報屋。VRゲームで鍛えた反射神経で二丁拳銃を使いこなし、また魔法による後方支援も得意としている。明るく軽い性格なのだが、厄介事によく巻き込まれる体質で苦労人。
ギルバート・エストレア
金髪の刹那のクラスメイトで元四校出身。無愛想な性格で実力主義者。昔の事件で失った親友のことを今でも悔やんでおり、二度と同じことを繰り返さない為に強さを求めている。
ステラ・スカーレット
紅い髪の女の子で元一校のエリート。少々意地っ張りでツンデレ。自分の気持ちに素直になれないことに対して自分でも悩んでいる
小桜風香
緑髪のお姉さん、元七校の風紀委員長であり、真面目で礼儀正しいのだが、基本的な問題解決方法が武力的なのが玉に瑕。
アルウィン・エストレア
ギルバートの兄。秀才で礼儀正しく、誰に対しても敬意を持って接するため、とても人望が厚い生徒。容姿はギルバートと全くそっくりだが、髪型だけ違う。
行き場を無くした砂埃がフィールドを嵐の如く吹き荒れる。一寸先すら見えないの見通しの悪さは、砂嵐と言っても差し支えなかった。
「ゴホッゴホッ!」
その砂嵐の動きが落ち着き始めた頃、ひとつの影がむせながらゆらりと立ち上がる。その影は依然として視界の悪い中、うっすらと見える光景を見渡す。
床に敷き詰められていたタイルは割れて飛び散り、フィールド上空に設置してあったモニターの残骸が辺りに無惨転がって、鉄骨が所々に突き刺さっていた。
「ったく、ひでぇ目にあったぜ」
その影。この事態を引き起こした本人である隼人は、まるで被害者のように独り言を漏らして更に辺りを見渡した。
(上手くいったけどこの有り様じゃ流石に試合どころじゃねぇよな……てか、他のやつらは大丈夫か?)
あんな事が起きたのだ、試合は一時中断しているはず。そう思って隼人は他の事に気を傾ける。
幸い、爆発が起こる瞬間に伏せたのが功を奏したのか、隼人はこうして生き延びている。まったくの無傷とはいかなかったが、軽い傷で済んだのは奇跡と言えるだろう。唯一の誤算は、あれが自死同様の魔法であったことぐらいだが……。
そんな事より、ただ突っ立って考えながら見回すよりは、歩いて探す方が合理的だと考え、早速行動に移す。
「うおっ!?」
そうして探そうとして二、三歩脚を進めると突然砂埃の中から出てきた手に胸ぐらを掴まれ、乱暴に引き寄せられる。
隼人を相手にそんな事をするのは複数名挙げる事が出来るが、予想通りギルだった。
見た限り、ギルの状態は制服は所々擦り切れていて、髪も乱れているぐらい。外見からはどのくらいの傷を負ったのか判別できないが、殺気立てている様から無事だというのは明らかだった。
「…誰があんな馬鹿げた事をしろと言った!」
「いきなりそれかよ!どうにかしろって頼ってきたのお前らだろうが!」
今にも殴りかかりそうな勢いで怒鳴り散らされ、隼人もついカッとなって胸ぐらを掴み返す。
そしてもう何回目か数えるのも馬鹿らしくなるほどの言い合いが始まった。
「…だからと言って自爆する阿呆がいるか!」
「じゃあ他にどうすりゃ良かったってんだよ!俺だってしたくてした訳じゃねぇ!」
互いに歯止めが効かず意味のない言い合いするが、途端に二人の間を落ち着きを取り戻し始めてた砂埃が逃げ惑うように激しく吹き抜けた。
「…これは」
「嘘だろ、こんな状況でまだ試合続いてるのかよ……」
響く剣戟と伝わる熱量。砂埃の幕の先で戦闘が起きているのは疑いようがない。伝わってくる状況から鑑みて、恐らく戦っているのは刹那とステラだろう。
こんな状況でも試合を続行するなど、何かの冗談だと隼人は思いたかったが、こうして二人とも立って呑気にケンカしている時点でこの場の全員が生き延びているのは明白。さっきの爆発の威力が異常だったという点を除けば、試合の続行は当然の判断となる。
「「!?」」
すると突然、砂嵐の中からアルウィンと風香が飛び出して来て、挟み撃ちを仕掛け来るのが二人の目に映る。
二人の判断は一瞬だった。
「っ!」
「うお!?」
ギルは目の前の脅威を排除する為に掴んでいた隼人を横に振り払い、槍を取り出してアルウィンを迎撃する。
「くっそ!」
そして払われた隼人はバランスを崩しつつも、ギルの横をすれ違うようにすり抜け、刹那から借り受けた双銃剣を取り出して風香を止める。
互いの背中を守り合った状況だが、二人は自身の背後で響く斬音を聞くまで、互いに背中が襲われている事に微塵も気付いていなかった。
「良い反応だギル。以前に増してより迅速果断になったね」
「…兄貴」
聖槍と聖剣で鍔を競り合い、称賛の言葉を述べるアルウィンを仇敵を見るかの如くギルバートは睨む。
「っく!おい、邪魔するな!」
しかし紡ごうとした言葉は背に掛かった衝撃によって遮られる。
文句を言って振り返ると隼人が風香との力比べに負けて押し込まれていた。
「無理言うなって!つか、いまなかなか頑張ったと思うんだけどな俺!ぐぅっ!」
慣れない鍔競り合いで風香から更に押され、ギルの背に深くもたれ掛かる隼人。
「まさかあの状態から割り込んでくるとは思いませんでしたが、思っていた通り貴方は接近戦は不得手のようですね」
「ああそうだよ!苦手だよ!けどな。こっちはちょっと本気をチラつかされたぐらいで焦って潰しにかかるほど、冷静さを欠いちゃいないんでね!!」
押され気味で余裕がない状態で風香の弱みを突かれるが、嫌味をたっぷりと乗せた皮肉を言い返す。
「本当に無駄に回る口ですね。あの時にその喉を掻っ斬って置けばと後悔しますよ」
挑発に乗りはしないものの、それでも隼人の口撃にイラつきを覚えた風香が更に押し込もうとする。
「フンッ!」
「おっと」
途端にギルが聖槍を振り抜いてアルウィンを退ける。
「らぁっ!」
「っく!」
その勢いで背を押されたのに乗じ、隼人も風香を押し退ける。
「サンキュー、助かったぜ」
「…邪魔だ」
「それが背中守った恩人に言う事か!」
窮地を脱し、束の間の余裕を得て互いに背を向け合ったままでもなお、相変わらずのやり取りをする。しかしそんなやり取りをしていても、ギルと隼人は己が相手すべき者を見据えてしっかり警戒していた。
「…隼人」
「なんだよ?」
張り詰めた緊張。一触即発の状態でギルは隼人に声を掛ける。
その呼び掛けにどこか居心地の悪さを隼人は感じたが、それが何故なのかすぐに理解する。初めてギルが自分の名前を呼んだのだ。
本人は意識しているのか、それが何を意味しているのか。憶測でしかない事ではあったが、次第に居心地の悪さは薄れていった。
「…そっちの相手、出来るか?」
だが、こっちがそう感じている事など関係なくギルは続ける。
「出来る出来ないじゃない、やれ。だろ?」
「…フッ、分かっているなら話は早い」
元々ある戦力差に挟まれているという不利な状況化だが、さっきまでいがみ合っていた二人がこうして通じ合っているのがおかしくてギルが微かに笑う。それは隼人も同じだった。
「一緒になってまだ日も浅い上に、そのセリフまだ三回目だけど、なんとなく言われる気がしてたぜ。どうせ無茶でも無理でもやれってんだろ?」
「…そうだ」
「そう言うからには、お前だって王子の相手ぐらい出来るよな?」
「…誰に向かって言ってる阿呆」
その返答を聞いて隼人は不適な笑みを浮かべる。照れ隠しか否か、それはともかく。一番認めさせたかった相手に信頼されている事の方がよほど気分が良かった。
「お前にだよギルバート。それじゃあ、少しだけ本気を見せて風紀委員長に一泡吹かせてやんよ!」
「…当てにしないが、出来るものならやってみろ」
「やってやるさ、だからお前も王子相手に負けんなよな!」
そう言って隼人は緊迫が続くこの状況をぶち壊す為、ポーチから缶を取り出して地面に叩き付ける。瞬間、軽い衝撃波と閃光がフィールドに瞬いた。
その衝撃波が宙を舞う砂埃を追い出す助けとなり、外へ換気されてフィールドが綺麗に晴れ渡った。
「同じ手が何度も通用するとでも!」
「…思ってなどいない」
不意打ちの閃光弾を読み、防いだ風香の前に飛び出して来たのはギルだった。
(入れ替わった!?)
一瞬の目眩ましで急襲を仕掛けてくるまでは予想していたが、その相手がギルだとは思いもよらず。意表を突かれて反応が遅れた風香は思わず後退する。
その行動を見逃さず、ギルは更に踏み込んで攻撃を仕掛け、元の場所から引き離していく。
「あんな会話してて、違う方を相手するとは予想外だったろ」
そしてその場に残された隼人とアルウィン。
ギルが風香を引き離していくのを見届けて、後ろを気にしなくても良くなった隼人は、ポーチから手榴弾を取り出してアルウィンへと軽く投げた。
「そうだね、確かに予想外だったよ」
だがアルウィンは口ではそう言いつつも、余裕そうに剣を掬い上げて手榴弾を打ち返す。
「うお!嘘だろッ!?」
打ち返された事に驚愕する隼人。返された手榴弾をキャッチしてすぐに放り投げると思いきや、隼人は取ったそれを手元で余裕そうに転がして弄び始める。
「少しぐらい焦ると思ってたけど、流石の王子様はよく見ていらっしゃる」
「君がそれのピンを抜いていれば多少は焦っていたさ」
アルウィンの言う通り、隼人は手榴弾のピンを抜いていなかった。それだけで倒せるような相手ではないと重々承知している。
隼人としては、ギルが風香を引き離す間の足止めが出来れば良いだけだったが、初めから時間稼ぎの脅しが見抜かれていたという事になる。
「衝撃だけで爆発する代物とは考えなかったんすか?」
「考えはしたけどね、君があれだけ激しく動き回っているのだからそれは無いだろう。それにこれまでの試合での君を鑑みて、君は切れ者だ。事前に策を講じ、入念な準備をした上で挑む"策士"と言い替えても良い。そういった者がそんな杜撰なものを作るハズはない。と読んだだけの事さ」
「……」
数字付学園最強の実力の持ち主に冷静に分析されて褒めちぎられ、普段なら気恥ずかしさを覚えつつも謙遜の言葉を一つや二つ並べてただろう。しかしアルウィンと目を合わせてその言葉を聞いていた隼人には分かっていた。"君は危険だ"と逆に暗喩されているのだと。
そう理解すると下手な事が言えなくなる。いや仮に上手い事を言って揺さぶったとしても逆手に取られて嵌められるかもしれない。隼人はそういった疑心暗鬼に陥り、何もできなくなってしまう。
「おーいギル!」
己の限界を感じて耐えきれなくなった隼人は、本来の状態に戻すべく、振り返って遠くで風香と交戦しているギルを呼ぶ。
「ほらよ、パス!」
「!?」
戦闘離脱の助けをするつもりでピンを抜いた手榴弾をギルへと投げ付けたのだが、その意図が理解できていなかったのか激しく動揺するギル。
初めて見る焦った表情に思わず笑いが出そうになるが……
「…阿呆ッ!」
「うおっ!?」
それより先に手榴弾が打ち返されて、それがすぐ横を通り抜けたせいで笑い事にならなくなった。
手榴弾は隼人の後方にいるアルウィンよりも更に後ろへ飛んで行き、盛大に爆発する。
あと一、二秒爆発のタイミングが早かったらこちらが大惨事だった。
「馬っ鹿野郎!打ち返すなっ!」
「…味方に爆弾を投げる阿呆が何言っている!」
「お前の為にやったんだよッ!」
「フフ、あのギルを相手に気後れしないとは、君は実に面白いね」
いつも通りの口喧嘩に発展していくが、後ろでアルウィンの笑う声を聞いて隼人は我に返る。
「ってこんな事している場合じゃなかった。それだけ距離稼げればもう十分だ、交代!」
気を取り直して、伝わらなかった意図を声に出して合図する。
「…だそうだ。あんたの相手はまた今度だ、小桜風香」
「今回は不意を突かれて防戦一方でしたが、次は私が圧倒してみせますよ」
「……楽しみにしておく」
負け惜しみにも聞こえる風香の言葉に。ギルはそう言い残し、風香に背を向けて走り去った。
「ハァッ!」
そしてギルは何も言わず隼人の横を通り過ぎ、そのままアルウィンへ槍を振るって攻撃を仕掛けて行った。
「さ~て、こっからが本番だな」
隼人もギルには一切見向きもせず、独り言を漏らしながら風香と対面する。二人の間の距離はおよそ三十メートル。普通に走れば五秒で間合いになるこの距離は、隼人にとっても風香にとっても不利とも有利とも言えない絶妙な距離だ。
無論、距離を詰めて仕掛けるのは風香の方であって、隼人は迎撃する事しかできない。
「結局、分断されないようにしていたのに、まんまとしてやられたと言う訳ですか」
隼人の後ろでアルウィンとギルバートが斬り結ぶ姿を見て、同じく独り言を漏らす風香。
右の方では、遠く離れた先で刹那とステラが凄まじい戟音を響かせて相争っている。
「まあ……こちらを早く終わらせて、援護しに行けばいいだけですが…」
そこまで言い掛けて自分が独り言を言っている事に気が付き、口を閉じて思案する方へ切り替える
(どちらにも水を差すわけには行きませんね)
それぞれの因縁を持つ二人二組の戦いを邪魔するほど風香は無粋ではなかった。
風香はステラのような相手に愛憎混合を抱いている訳でもなく、ギルバートみたいに複雑な事情が絡んでいるという訳でもない。
ほんの少し、隼人に悪印象を抱いているだけであって、ステラやギルバートみたいに、戦闘に影響するほど強い執着を持ち合わせてなかった。それは相手である隼人も同じだった。
結局、そういった感情とは無縁でのけ者にされた二人は、互いに余った者同士で相手をする事になった訳なのだ。
「兎に角、いまは目の前の相手に集中しますか……」
そう最後の独り言を吐いて隼人を見据える。
正直、風香の中での隼人の戦闘評価はイマイチである。二丁の魔銃と魔法での援護、そして近接戦はからっきし……それでもって、いまも何処かおちゃらけた雰囲気を纏って立っている。そんな印象である。
しかし、今までの試合での行動を思い返して、この中で誰よりも予測のつかない男であると評価を改める。セオリーや程度を無視したトリッキーな行動を取る驚異の存在が、いまの自分が相手すべき人なのだと再認識する。
「おーこわ、めっちゃ睨んでんじゃん」
一方の隼人は、口ではおどけたように独り言を言っているが真剣そのものだった。隼人は近接戦は得意としていない上に、同年代はおろか、その上の世代でも数える程しかいないスピードで攻め立てる七校の風紀委員長を相手にしているのだ。懐に飛び込まれでもしたら一瞬で詰む。
先ほど距離三十メートルで五秒とは言ったが、それは常人の話。
風香がその気になれば一秒で間合いになる。だから隼人は一瞬も気を抜く事ができなかった。
「「……」」
剣戟が響く最中、静かに見合う二人。
(一撃で決める!)
(来る!)
風香踏み出す為に身を屈め、それに反応して隼人も動こうとした瞬間。
「「!?」」
二人の間を何かが弾丸の如く横切った。
一瞬の出来事で何が起きたのか理解不能だった二人は飛んでいった方角を見る。フィールドの端に、大きな折れた刃が無残な姿で転がり落ちていた。
そして飛来した方角を見ると刹那とステラが激しい攻防を繰り広げていたが、次の瞬間、刹那の剣が折れ、その破片が飛来してくる。
さっき横切ったのは刹那の大剣だったのだ。
「刹那!」
目の前の相手である風香より、押されている刹那の援護しようと隼人はステラへ銃を向ける。
「させません!」
それを阻止しようと風香は自己強化と風を纏って踏み込む。流石に最初の一発は止めきれないが、隼人が気を逸らしている今、一撃で仕留め切れる自信があった。
「なーんてな」
そう言って向こうを見ながら隼人が不敵に笑う。そしてもう一つの魔銃を取り出してこちら向けるのが目に写る。
「っ!」
銃口を向けられ、反射的に回避しようとして風香は咄嗟に踏み止まる。
(釣られた!)
風を纏っている以上、弾丸が当たる筈がない。動揺を誘って遅らせるのが隼人の真の目的なのだとすぐに理解し、再度踏み込んで突進する。
隼人の魔銃から発射された銃弾は、風香の予想通り、纏う風で弾道が逸れて明後日の方へと飛んでいく。そのまま風香は隼人へ双剣を振り抜いた。
「ぐっ!」
その突進に隼人は慌てる事なく二丁の魔銃で風香の一太刀を受け止めるが、慣性を乗せた重い一撃に思わず苦悶の声が漏れる。
「よくも引っ掛けてくれましたね」
「引っ掛かる方が悪いんだよ。それはそうと、お得意の風切刃はどうした?俺相手には必要ねえってか?」
優位に立ち、釣られた事への悔しさが混じった風香の問いに、隼人は現状の苦しさを感じさせない口調で啖呵を切る。
「お望みであれば切り刻んであげてもいいですが、生憎といたぶる趣味は持ち合わせていませんので……大人しく降参した方が身のためですよ」
「へっ!降参だって?バカな事言って笑わせるな。自分が強いって勘違いしているようだから言ってやるよ。嫌なこった!」
強気な拒絶の言葉と共に風香を突き飛ばして距離を取る隼人。風香が風切刃を隼人に使わない理由を察していたからこそ啖呵を切ったが、いま言われた事気に入らない事が二つあった。
一つ、降参するぐらいなら初めから順位戦にエントリーなどしていない。
二つ、風切刃に対処しきれないと勝手に決めつけている事。
風香の申し出とその行動は、隼人にとって、勝たせはしないけど、見栄が良くなるように手加減しましょうか?と言われているのと同じだった。
「強がりを…!」
だが風香からすれば、ゼロ距離でしか意味を為さない魔銃と使い慣れない双銃剣だけで挑む隼人は一切の勝機もない無謀とも呼べる行為同然だった。
しかし、それは全ての切り札を使い切り、万策が尽きて必死に足掻いているように見えるから、そう見えてしまう話だ。
風香は隼人が持っている手札の数を読めていなかった。
□□□
学内順位戦決勝戦。学院ナンバーワンの座と栄誉、そして己の誇りを懸けて凌ぎを削る戦いの場であるが故に、それが仮に私闘に染まってたとしても、そこには戦いよって織り成される美しさがあった。
中でも、レヴァンテインに紅蓮の焔を纏い舞うステラと、それを往なし時に防ぐ刹那の攻防は他の一線を画していた。
「ふん!」
「くっ!」
轟く剣戟、飛び散る残火。くぐもった声を漏らしながらも、刹那はステラの一撃を太刀で防ぎ往なす。
「ハァ!」
そしてステラはレヴァンテインを切り返して二撃目を振るう。それに合わせて刹那も防ぐように太刀を動かす。
「っ!」
しかし、太刀がレヴァンテインに触れた途端、刀身が熱量と衝撃負荷に耐えきれず砕け折れる。
折れる直前、辛うじてレヴァンテインの軌道をわずかに逸らして避けた刹那だが、それに動揺する間もなく残った太刀の柄を捨てて距離を取り、虚空から剣銃を掴み出して仕切り直す。
大剣、刀、太刀と武器を使い潰したのはこれで三本目。このままでは剣銃も同様に折れるのは火を見るより明らかだが、刹那は頑なに黒曜を出そうとしなかった。
(どうする?どうすればいい?)
ステラに対して真正面から臨めば勝ち目はない。だが皮肉な事に真っ向勝負で挑まなければ刹那には勝機はなかった。
(どう来る?どうすれば勝てる?)
その二律背反を抱えたまま刹那は思考する。ここからの切り口、勝利への糸口、ステラの一挙手一投足、思考から己を固執する訳を。
(何故ステラはそんなにも僕を意識する?憎悪?嫉妬?恋慕?ダメだ止めるな、動け、考えろ)
瞬間、ステラが突進してくる。レヴァンテインを下から斜め上に掬い上げる逆袈裟切り。それを上に軌道を逸らす形で剣銃を振るい、交差の瞬間に剣銃のトリガーを引きいて内部爆発で更に衝撃を加える。
「っぁ!」
それによって少しだけステラの態勢が乱れる。
(いまだ!)
作った隙を逃さず虚空からナイフを取り出し、がら空きになった右半身を狙って突き出す。
「くっ!」
「チィッ!」
しかし突き出したナイフは刺す直前にステラが取り出した騎士剣によって阻まれ、叩き落とされてしまった。
剣銃とナイフの二刀流で意表を突いたつもりだったが、それをステラはレヴァンテインと騎士剣で見事に迎撃しきってみせた。
だが感心している場合ではない。今のでナイフは失い、剣銃もさっき内部爆発とステラの一撃を受け止めて砕け散った。
持ちうる武器はあと一つ……。
「フン!」
そして間髪容れずにステラがレヴァンテインと騎士剣の両方に炎を纏って斬りかかってくる。
(ここまでか……)
回避は不能。普通の武器での迎撃など以ての外。相手は"受ければ圧砕、往なせば灰塵"と謳われるレヴァンテイン。背に腹はかえられぬと刹那は腹を括り、黒曜を取り出しての迎撃を選んだ。
「っ!」
レヴァンテインと騎士剣の横薙ぎを黒曜で受けて吹き飛ばされた刹那。
「ゴホッ!ゴホッ!くっ!」
まともに受け止めるのではなく、敢えて重心を浮かせて飛ばされたのが功を奏し、思いの外軽傷で済んだ。だが全く無傷とまではいかず、少なくとも受けた一撃で、軽い火傷と挫創が右半身にできてしまった。
「ハアァァァッ!!」
そしてステラの追撃もそれだけで止まる事なかった。彼女が跳び上がりレヴァンテインを振り翳す姿が刹那の目に飛び込む。
(まずい!)
避けるか?否、間に合わない。
それに彼女は炎を纏っている。尋常じゃない威力を前に何処へ避けようと意味はない。
ならば受けるか?否、無理だ。
さっきは横薙ぎだったから吹き飛ばされるだけで済んだが、今度は振り下ろし。受ければ圧力を受け流せずそのまま叩き斬られる。
土を纏って硬化すれば辛うじて切り抜けられるだろうが、隼人を守る時で刹那は消耗しきっていて纏が出来かった。
「く……そっ!」
脳裏に浮かぶ死、身体中に走る悪寒。
誰がどう見ても、過剰攻撃だと思う行為をする彼女は一体何を考えているのか、観客の多数には理解不能だった。
「神契れッ!吼され狼ッ!」
誰もが刹那の死を予感した中、刹那が吼える。
僕ではない俺が発した声。その声に呼応し、本来あるべき固有武装と使い手の繋がりが甦る。
決して強くはない、がしかし確固たる支えの力。
それは、魔導騎士が当たり前に行っている固有武装の解放、強制解放だった。
解放した力の息吹を感じる余韻もその確認をする暇も無く、迫り来る凶刃への対処に刹那の身体は動いた。
ステラの渾身の斬撃、それを蒼炎を纏って斬り返す。緋色の炎と蒼色の炎が入り交じり、激しく火花が飛び散る。
「「ッ!」」
ステラの渾身の一撃を相殺し切って退ける。
退かされたステラは軽やかに着地するが、もう攻め込む意志が無いのか、こちらを睨みつつその場で佇んだ。
刹那とステラの間に空白の時間が生まれる。
「フン、ようやくその気になったってところかしら?」
緊迫した雰囲気の中、最初に静寂を打ち破ったのは意外にもステラからだった。
清々(せいせい)した。といった顔をしているが。表情だけでなくその声音から彼女の気分は悪くはなさそうだった。何故ステラが過剰な攻撃を仕掛けたのか。その答えが、刹那の本気を引き出したかったからだった。
しかし刹那はそれとは別の事で気を揉んでいて、それどころではなかった。
(……嗚呼遂に……遂にやってしまった……ごめん黒曜。僕が至らなかったせいで…)
黒曜を強制解放した事と自分の我儘よる後悔の気持ちで胸がいっぱいなっていたのだ。
(許してくれなくていい。けど今だけは、今だけでいい……どうしても負けたくないんだ)
でもいまは己を責めている場合ではないと、刹那は悔いを噛み締めて心を奮い立たせ、気持ちの切り替えと一息入れるために、彼女の気まぐれの会話に乗っかることにした。
「まあそうだね。本当はやりたくはなかったんだけどさ…。どっかの誰かさんが熱烈にアプローチをしかけてくっから仕方なくな。応えてやらなきゃだろ?」
当たり障りのない受け答えをし、次の言葉を紡ごうとした途端にもう一つの意識に先を越されてしまう。
「それってどういう意味で捉えたら良いのかしら?」
その言葉を聞いてステラがムッとした表情をし、場が不穏な雰囲気へと変わる。
(ちょっと、勝手な事を言わないでくれないかな)
(そう言うなよ、お前だけの問題じゃねぇんだ。それにお前も知ってるだろ、姫様は意地っ張りで怒りっぽい癖して無駄に繊細なんだ)
僕が内心思っている事を俺が言って思わず、呆れて表情が綻びそうになるが、流石にそんな愚を冒さずに済む。
(そんな奴を下手に誤魔化すのはいくらなんでもセンス無えとは思わないか?)
(…確かにそれもそうだ、ありがとう。けど絶対それステラに言わないでよ)
(分かってるさ…)
自責していたのを見かねた俺の気遣いに礼を言う。同じ自分だから何に傷付いてどう思ったのかなんて見透かされ、それを誤魔化せる訳がないというを改めて感じる。
「ねぇ聞こえてるわよね?どういう意味かって聞いてるんだけど?」
「あぁごめん、聞こえてるよ。何て言おうか考えてたんだ……ふぅ、よし」
苛立ちを覚え始めてきたステラの声で、感慨に耽っているところから引き戻され、彼女が不機嫌にならないよう茶を濁しつつ、刹那は小さく深呼吸して決意を固める。
「要するに、君の事が好きって事さ」
そしてとんでもない事を明け透けなく言い放った。
「なっ!何よ急に!そんな事言って絆そうたってそうはいかないわよ!バカじゃないの!」
急な告白に激しく動揺してたじろぐステラ。
言う方もなかなか恥ずかしい思いをしたのだが、顔が紅潮して盛大に慌てふためく彼女の姿を見ると、その恥ずかしさも消え去った。
しかし、いま言ったのは言葉の綾であり、色々な言葉を端折って直接的に言ってしまったせいで、本当に伝えたかった意味が彼女に伝わっていなかった。だからそのまま言葉を続ける。
「別に絆すつもりで言った訳じゃないんだけどね……ただ好きな人の想いに応えたかっただけさ」
ほんの少しの切なさを胸に、真摯に、真剣に彼女を見据えてゆっくりと言葉を紡ぐ。
曇りのない純粋な、この不器用な気持ちを知って欲しいと。焦がれるほどに慕いながら。
「ねぇステラ、僕がどうすればいい?」
"好き"という言葉通りでありながら、そうではない想い。疚しさはなく、下心はなく、ただただ真っ白で真っ直ぐな献心。
「僕が何をすれば君は嬉しい?」
「……」
それを聞いて押し黙るステラ。
彼女はこの不器用な気持ちを決して嗤ったりしないだろう。そう信じられる物が彼女にはあった。
(ああ、そうか……)
だから"好き"なのだと、今更ながら自分の言葉選びに納得する刹那。
「はぁ……勘違いした私がバカみたいじゃない」
そして思いが通じたのか、先ほどまでの動揺も消え失せようで溜め息をつくステラ。誤解していた事が恥ずかしかったのか、ばつの悪そうな表情をしていた。
「そりゃそっちが勝手に勘違いしたんだろ」
「うるさいわね!誤解を招いた人に言われたないんだけど!」
「あぁいや違うんだ!いまのは……」
口が滑った。というより勝手に言われたのだが、自分が言ったことには変わらなかったので、なんと言い訳して良い物か言葉に困ってしまう。
「まあ良いわ」
しかし、ステラは特に機嫌を損ねた素振りを見せなかった。そこまで気にしてなかったのか、或いはそれよりも優先すべき事柄があったのか。
「そんな事を言うんだったら。約束、果たして貰うわよ」
「約束?」
「覚えてるわよね」
そんなのしたかな?と目を瞑り、首を傾げて記憶を遡る。
「ぅん?う~ん……?」
けれどそうしたところで、ステラと約束をした出来事を思い出す事はできなかった。
そもそも何時、何処でそう言った話をしたのか身に覚えのないのだが、身に覚えの無いことは大体、もう一人の自分が勝手にしたのだと思ってさらに深く考え込む。
「入学式の時に言った奴よ!」
煮え切らなくなったステラがヒントを教えてくれたが……。
(マズい、何の事だろう……)
入学式当日の記憶と言えば、不運な事故で胸を掴んでしまった事ぐらいしか覚えていない。そのあとの事は攻撃を避けるのに必死で、どんな言葉を交わしたのかすら記憶が曖昧なのだが、最後に何か物騒な事を言われたと思うが……もしかしてそれなのだろうか?
「あ~アレね、アレ」
「その言い方、本当にちゃんと覚えてるわよね?」
覚束無い返答に苛立つステラだが、その怒気に当てられて言われた事を思い出す。
「うん、勿論覚えてるよ。"僕を殺す"って」
確かそう言われたはずだ。これで間違っていたら、天を仰ぐ他ない。
というかあれは約束じゃなくて、完全な捨て台詞だったと思うのだが……そんなに彼女は自分を殺したいのだろうか。いや、彼女の性格上、単なる照れ隠しという事もあり得るが、そうではなかったら胸を触ってしまった事をどれだけ根に持っているのか。
「そう、それよ」
ぐるぐると思考が回り、悶々としかけているとステラから肯定の返事が返ってくる。
当たっていてホッとした反面、そこまで恨んでいたのか。という残念な気持ちが刹那の中で渦巻いて何とも言えない気持ちになってしまう。
「ケジメ、きっちりつけてもらうんだから……私と決闘しなさい」
そしてステラは、そんな刹那の退路を奪って追い詰めるように、決闘の相手を迫ってくる。
「ええっと、それとこれは話が違うって言うか……」
「じゃあさっきのは口先だけだったの?」
急な申し出に返答を言い淀むが、その気丈な言葉とは裏腹に、縋るように求め問うステラの目を見て気付く。
彼女にとってこれが、精一杯の"素直さ"であり"甘え"なのだと。
「いや…分かった。受けて立つよ」
彼女にそこまでさせて、刹那は自分の平和主義を貫きたくなかったし、これが彼女なりの"やり直し"なのだと分かって、快く受け入れた。
「それでこそ私が認めた相手よ。絶対に殺すわ」
そう言ってステラは少し笑って嬉しそうな顔すると、レヴァンテインを構え真剣な表情となる。
"殺す"という言葉は物騒だが、それが素直じゃない彼女の思いの裏返しであるのならと思うと、少し嬉しく感じてこちらも表情綻ぶ。だがそれもほんの少し間だけ、ここから先は手加減なしの真剣勝負。
「ふぅ…よし!」
刹那はほんの少しだけ息を入れて気を張り直し、黒曜を構えた。




