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第十三魔導武装学院  作者: 黒姫
第一章 学内順位戦編
25/35

決勝戦の幕開け

黒神刹那くろがみ せつな

 黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すからよく負けてしまう。


黄瀬隼斗きせ はやと

 刹那のクラスメイト。元十二校で自称情報屋。VRゲームで鍛えた反射神経で二丁拳銃を使いこなし、また魔法による後方支援も得意としている。明るく軽い性格なのだが、厄介事によく巻き込まれる体質で苦労人。


ギルバート・エストレア

 金髪の刹那のクラスメイトで元四校出身。無愛想な性格で実力主義者。昔の事件で失った親友のことを今でも悔やんでおり、二度と同じことを繰り返さない為に強さを求めている。


ステラ・スカーレット

 紅い髪の女の子で元一校のエリート。少々意地っ張りでツンデレ。自分の気持ちに素直になれないことに対して自分でも悩んでいる


小桜風香こさくら ふうか

 緑髪のお姉さん、元七校の風紀委員長であり、真面目で礼儀正しいのだが、基本的な問題解決方法が武力的なのが玉に瑕。


アルウィン・エストレア

 ギルバートの兄。秀才で礼儀正しく、誰に対しても敬意を持って接するため、とても人望が厚い生徒。容姿はギルバートと全くそっくりだが、髪型だけ違う。


碧川海翔みどりかわ かいと

 青髪の青年。元二校の生徒会副会長で実力主義者。相手を見下したような言動が多く、弱者が強者に虐げられる事を当然だと思っている


常盤文乃ときわ ふみの

 元気で明るい茶髪の女の子。ムードメーカーで順位戦の実況者を自ら志願した。


柊奏ひいらぎ かなで

 落ちついていて物静かな印象を受ける白髪の女の子。物事を見極める洞察力と透き通る声の良さから、解説者に抜擢された。

『お集まりの皆さん!盛り上ってますかぁッ?』


 順位戦の司会を担う文乃の明るい声に、隣の人の鼓膜を破らんとする程の大歓声が大気を震わせる。


『本日は学内順位戦三日目!各校のエリートが集うこの十三校で!その頂点を決める決勝戦がッ!いまッ!始まりますッ!それではまずはAクラス代表選手からの入場ですッ!』


 文乃の気合いの入りまくった司会に、選手達は皆この試合がどれぐらいの重圧を背負ったものなのか改めて思わされ、ある者は緊張し、ある者は気を引き締めていた。


『まずはこの方!七校で数々の素行不良生徒を取り押さえた実力者!風を纏って繰り出す連擊はまさに疾風怒濤!七校にこの人ありと言わしめた『風紀委員長』!小桜風香選手ッ!』


 重く開かれたシャッターから出てくる風香。

 日に日に文乃の紹介が誇張こちょうされている事に選手達は辟易を覚えずにはいられなかったが、それとは裏腹にその誇張された司会が更に会場を熱を沸かせているのも、また事実だった。


『続いてはこの方!数字付き学院(ナンバーズ)最強と囁かれているの男『炎帝』レノンハルト選手を下した実力は本物!その炎で全てを薙ぎ払う『深紅のお姫様』!ステラ・スカーレット選手ッ!』


「俺は負けてねぇっての」


 ステラの紹介に観客席の何処かいるレノが愚痴を溢すが、そんな事は露も知らず、ステラは凛とした仕草に少し不満げな表情をしながら現れた。


『そして最後はこの方!数字付き学院(ナンバーズ)最強と誰しもが認める実力者!この試合で彼の本気を見ることは叶うのか!?完全無欠の秀才!『流星の王子』!アルウィン・エストレア選手ッ!』


 アルウィンの紹介で一層大きく沸く歓声に、彼は笑顔で応えながら現れる。


『そして次はFクラス代表選手の入場ですッ!』


「ぅっし!いよいよだな!」


「うん、そうだね」


「…怖じ気付いたか?」


 緊張したような面持ちと声音こわねで気合いを入れる隼人に同調するが、ギルは小馬鹿にするような態度で言う。

 確か開会式でも似た様な会話をしたが、流石に今回は刹那も緊張していた。


「あ?ビビってねぇよ!緊張してんだよ。決勝戦だぞ?決・勝・戦!普通は緊張するもんだろ」


 昨日のケンカからなんとか取り持ち、"仲良く"とまではこの二人じゃ一生無理だろうが、いつも通りの状態までにはなんとか関係を戻せて内心ホッとしている。

 後はこのまま試合にのぞめれば良いのだが……その心配もどうやら杞憂で済みそうだ。


『まずはこの方!二丁の魔銃の使い手!その実力は計り知れないが、未だ活躍を見せない彼こそがチームの切り札なのかッ!?黄瀬隼人選手ッ!!』


『準々決勝、準決勝とも彼は実力を隠し通して決勝にのぞんでいますからね。彼の活躍に注目していきたいところです』


「へっ!言ってくれるじゃねぇか。そんじゃあ先行っとくぜ!」


 文乃と奏におだてられた形の紹介で上機嫌になった隼人は意気揚々と会場へ向かって歩いて行く。


「…単純だな」


「あはは……」


 その様を見て言ったギルの一言が否定できず、苦笑いせざるを得なかった。


「…お前も緊張しているのか?」


「少しだけね……。自分がこんな大舞台おおぶたいに立つ事なんて考えもしなかったからさ。いまでも夢を見ているんじゃないかって思っているよ」


 様子を探るように問うギルに刹那は包み隠さず本音を返す。

 いままでの自分だったらここまで意地を張って来ることは絶対なかっただろう。本当によくここまで来たと思う。


『続いてはこの方ッ!獅子奮迅の活躍でここまで勝ち抜き!完全無欠の兄に対しても決して引けを取らないその実力を魅せつけた『狂犬』!ギルバート・エストレア選手ッ!』


「…俺もだ」


「え……」


 紹介されて会場に出る間際、そう小さく呟いたギルの一言に呆気を取られ、その背中が見えなくなるまでただただ見つめていた。


『そして最後はこの人ッ!みなの注目を惹き付けて止まない順位戦一番のダークホースッ!『無能者』!黒神刹那選手ッ!』


 文乃の紹介によって呆然から我に返るが、代わりに前日同様のあまりの紹介のされ方に頭痛と躊躇いを感じずにはいられなかった……。紹介の方はまだ良いが、先日海翔によって暴露された素性の件もあって、人前に出るのが少し怖い。現に文乃の紹介から盛り上がっていた会場は一切の歓声が止んでいる。

 やはり偏見というものは何時いつまでも、そして何処どこまでも付いて回るのだろう。昨日のようにまた大衆からの心無い罵声を浴びせられるのではないかと思うと、どうしても踏み出すのを躊躇ってしまう。


「すぅ……はぁ……よし」


 不安に震える身体と心を落ち着けるように小さく深呼吸する。

 ティアや琥珀、閃に凛と。少なからず応援してくれる人がいる。そして隼人とギル、これから戦うステラ達も待っている。自分を待っている人の為にも、不安を振り払って会場へ踏み出す。


「「「……」」」


 シャッターゲートをくぐり、刹那を出迎えてくれたのは歓迎の声でもなければブーイングでもなく、沈黙だった。

 いち生徒として応援するべきなのか、研究所出身というレッテルに侮蔑の言葉を投げつけるか、どちらの反応を示していいのか分からない。といった戸惑いの空気が会場を包む。

 どちらにせよ、ただ研究所出身であるというそしり受けるのも、善人を装った中身のないうつろな応援をされるのも、刹那に取っては気分が悪いだけだったので、この状況は幾分いくぶんマシな方だった。


「まあ知ってちゃあ知ってたけどよ…」


「…フン」


「気に入らないわね…」


「正直、不愉快です…」


「……」


 アルウィンを除いた選手の皆は、刹那への同情と観客への不快感を感じながら思い思いの言葉を漏らす。

 刹那はこの場の雰囲気をただ受け入れ、先で待っている隼人達と合流するために歩く。


「ハッ!来たのか…」


 合流しようと踏み出した途端、後方から人を不快にさせるあざけり声が聞こえてくる。

 それに反応して立ち止まり、振り返って観客席を見上げると、その声の主である海翔が見下ろしていた。

 

「君の事だ。怖くて逃げ出したと思っていたが……どうやら僕の検討違いだったらしい…」


 やれやれといった風な動作を目に見えて分かるよう、わざとらしくする。相変わらず傲慢で不遜で、人を見下みくだした態度に、いちいち鼻につくような話し方と所作しょさ、これから紡がれるであろうトゲトゲしい言葉の端々(はしばし)を考えると、不快感が一気に限界点まで達しようとしていた。


「あんにゃろ!ふぐっ!?」


「…お前は黙ってろ」


 海翔の言葉に隼人が怒りを露にして口出ししようとするがギルに襟を引っ張られて制止させられる。

 海翔の横には凛が座っているが彼女は海翔を制する事なく、ただ目を瞑って傍聴していた。彼女はこの会話に口を挟むつもりはないのだと、その態度から理解する。

 つまりは「当人同士で収めろ」と。


「ここまで来たんだ。逃げる訳ないだろう」


「…そうだな、現にいまそうしてそこに立っているんだ。その変わらない向こう見ずな所だけは評価してやるよ」


 海翔の挑発を強気つよきに言い返すと嘲り混じりに呆れられるが、不思議とその言葉に不快感を感じることはなかった。


「けど、虚勢や見栄を張る奴ほど口では何とでも言う。精々これからも行動で示し続けて見せろよ"無能者"」


 そう言って彼は驚くほど呆気なく言い合いから身を引くと、気乗りしない感じで緩慢に拍手する。

 それに呼応してアルウィン、ステラ、風香とフィールドにいる選手達が暖かく拍手をし、それを皮切りに一人また一人と会場全体へと伝播でんぱする。

 もう話すことは何もないと判断して、背を向けて隼人達と合流しに行く。


「アイツ何がしたかったんだ?」


「…知らん」


 拍手喝采のなか二人と合流すると、怪訝そうな顔をしながら納得がいかないように首をかしげる隼人と、相変わらずポーカーフェイスなギル。


「多分、気を抜くな。って海翔君なりの忠告……気遣いさ」


「マジかよ……」


 そんな二人の疑問に、彼の意図を唯一理解している刹那が代わりに答えると、隼人があり得ないものを見たような顔をする。

 そんな会話を余所に解説陣の会話が進んでいく。


『さあ、いよいよ決勝戦という訳ですが柊さん。先日、学院生徒へ独自にアンケートと取ったところ、決勝戦のレートは8:2という結果が出ましたが柊さんはどうお考えですか?』


『そうですね。応援の形は人それぞれですが。私としては両チームとも遺憾無く、そして余すことも無く最高のパフォーマンスを発揮して欲しいですね』


 奏が何も訊いてはいなかった様にスルーして話を進めた為に気付き難かったが、文乃の"レート"という単語に引っ掛かりを覚える選手一同。

 まさかこの二人、裏で試合の賭けを主催しているのでは?と全員が疑う。


「そこのところ、実際どうなの?」


「あん?何の事だ?」


「…とぼけるな、賭けの事だ」


 情報通を自称する隼人なら何かしら知っているだろうと思い、興味本意で探りを入れると、それに便乗して追い討ちをかけるようにギルも問い詰めてくる。


「あーあれかー。どんな賭けも元締もとじめが損しない様できてるからな、ヌカリはねぇぜ!」


「「……」」


 キメ顔でグッと親指を立てる隼人。まさかその賭けの主催に隼人も入っているとは思いもせず、ギル共々その言葉に呆れて声も出なかった。

 因みに試合の賭博行為は重い罰則があり、共犯者も漏れなく懲罰対象だと訊く。酷い場合は危険思考を持つ者として判断され、半年間の謹慎、再教育という事になるらしい。

 こちらとしてはそんなことは御免こうむりたいので、いまのは何も聞かなかったことにして試合の方へ意識を向ける。

 遠くに見えるアルウィン、ステラ、風香と。Aクラスの面々。

 ざっと百数メートルの距離があって表情までは見えないが、目には見えない強者のプレッシャーが、会場の空気を通して肌にピリピリと伝わってくる。ただの高校生の順位戦であろうと、それだけ向こうは本気なのだと感じる。


「しっかしまあ、あ~ヤだねぇ~、これ俺ら本当にいけんのか?瞬殺されんじゃねぇの?」


 そのプレッシャーを受けて気が引けてしまったのか、横で隼人が気を削がれた言葉を漏らす。


「どちらかというと、心配なのはあっちがどう出て来るのかっていうのと……」


「…お前だ。お前が上手を打たなければこっちは総崩れだからな」


「人に上振れを期待すんな。てかお前らこそちゃんとしろよ!俺に集中攻撃飛んできてもさばくの無理だかんな!絶対助けろよ!」


 他力本願、という言葉を体現したかのような頼りぶりに、いささかそれはどうなのだろう?と思わざるを得なかったが、相手が相手なだけにそれも仕方ない事だろう。


「…そうか、役に立たずでも的役まとやくぐらいになるか。考えものだな」


「人をデコイにしようとすんじゃねぇ!」


「…初めから当てになどしていない。精々喋って騒ぐうるさいまとぐらいにはなれ」


「な・ん・だ・と!コルァッ!!」


「あはは……」


 と、いい加減慣れたじゃれ合いが隣で繰り広げられて苦笑いを零す。そのお陰もあって全員の緊張や気負いといったものがほぐれて、程よく肩の力が抜ける。


『では、皆さん準備はよろしいですか?』


 確認をする奏に答えるため、放送席に向かって手を上げて合図を送る。


『それでは会場の皆さんで試合開始のコールを致しましょう!』


 文乃の提案により、会場は期待と高揚の入り交じった空気でピンと張り詰める。


『『Are You Ready……?』』


 文乃と奏が声を重ね。普段は機械が行っているコールを言う。

 それは選手だけでなく、会場で見る全ての人にも"準備はいいかい?"と問い掛けているようにも聞こえた。


「「「3(スリー)!…2(ツー)!…1(ワン)!…GOッ!!」」」


 切って落とされる決勝戦の幕。大勢のコールと歓声で震える大気。

 そしてそれが収まらない中、両チームとも開始の合図と共に前衛組の四人が自己強化を使って一斉に飛び出し、その後に続いて隼人とアルウィンがフィールドを駆ける。先に仕掛けたのは風香だった。


「ハァッ!」


 自己強化に加え、風を纏ってフィールドを駆ける彼女が固有武装デバイスである双刃刀そうじんとうを取り出し、大きく回転させながら刹那に斬りかかってくる。

 それに対して刹那も刀を取り出して鍔競り合いに持ち込むが……。


「っ!」


 防いだ瞬間、彼女は双刃刀を分離させ、双刀に持ち替えて空いた脇を狙って刀を薙ぐ。


「っぁ!」


 下から上へと切り上げるように虚空から太刀を取り出し、寸での所で受け止めるが、あまりの重さに一歩も動けず抑え込まれる。


「ぐぅっ!」


 入学式の決闘で戦った時のような、力量を計るような浅い一撃などではなく、ただ重い。同じ片手で武器を扱っているのにも関わらず、どこからそんな重い一撃が出るのか。思わず呻き声を漏らす。


「流石の反応ですね。でも相手は私だけではありませんよ!」


「ヤアァァッ!!」


 風香との押すに押せない迫り合いの均衡を打ち破るように横からレヴァンテインの切っ先を地に走らせてステラが襲ってくる。


「…そうはさせん」


「っ!?」


 だが間にギルが横から割り込み、振りかぶったレヴァンテインを聖槍で弾き、迫り合いをしていた風香に槍を振るって牽制する事で二人を退かせる。


「ありがとう。ギルがいなかったら危なかったよ」


「…礼は勝ったあとだ、目の前の事に集中しろ」


「あぁ勿論」


 礼を言うためにギルに気を向けると油断するなと諭されるが、言われずとも気は抜いていない。

 むしろ適当な会話で向こうを油断させて不意打ちを仕掛けたい所だが、初めから彼女達に完全に敵意を向けられ、油断させ様にも逆に警戒されててはそう上手くいきそうになかった。

 入学式の時の決闘でそういうやり口をしたのだから警戒されるのは当然言えば当然だろう。


「ギルバートさん、でしたか。そちらもタッグでやるというのであればこちらも出し惜しみしている余裕はありませんね」


「もう入学式の時みたいに油断もしないわよ!刹那!」


 真剣そのものの風香と、何故か敵意剥き出しでこちらに指を差してくるステラ。

 別段怒らせるような事をした覚えはないはずだが……恐らく決闘の時のリベンジに燃えているのだろう。


激情げきじょうほのお、この身を灼き尽くせ!」


「吹き荒し舞い散らす、そよぎ撫で斬れ!」


 展開されるそれぞれの固有武装デバイス。強く打ち付ける風と、うねりを上げて荒れ狂うほのお。立っているだけでも焼けそうなるほどの熱量と踏ん張っていなければ飛ばされそうになる強風がいまにもこちらを襲わんとばかりにさかる。


『おぉぉっと!!Aクラスチーム!ステラ選手と風香選手が固有武装デバイスを展開しましたッ!これは速攻で試合を決めに行くのかぁ!?』


 普段なら「不要な争いを好まない」と言ってっくに逃げ出していただろう、だがいまは違う。

 戦うと決めてここに来たのだ。だから相手が強かろうと誰であろうと全力を尽くして戦うまでだ。


「ヤアァァッ!」


 焔を纏ったレヴァンテインを地をなぞるように走らせて再度仕掛けてくるステラ。狙うはギル。

 ギルはそれを真っ正面から受けて立とうと防御姿勢で待ち構える。


「…相変わらずひねりが無いな、お嬢」


「うっさい!お嬢って言うなッ!」


 ギルの挑発に吠えると、ステラはステップを踏むように足を踏み込んで身をねじって回る。それに遅れて回転による遠心力を上乗せしたレヴァンテインが左下からギルに襲いかかる。


「ぐッ!」


 固有武装デバイス同士の衝突。耳をつんざくような甲高かんだかい悲鳴が会場に響き渡る。

 能力を展開し焔を纏ったレヴァンテイン。その焔はギルに襲いかかる前に聖槍に阻まれて行き場を失い、乱反射するように宙をはしって散っていく。

 火を纏っている事による威力増加させた強力な一撃。"受ければ圧砕あっさいなせば灰塵かいじん"と謳われるレヴァンテインの一撃。それはどんなものでも例外はない。しかしその一撃をギルは絶妙な力加減で外へと受け流し、圧砕されること無く受け切った。

 しかし、ステラはレヴァンテインを振り下ろしたのではなく、左下から右上へと斬り上げた。するとどうなるだろう。

 結果として斬り上げを防いで尚且つその衝撃も緩和させたが、必然的に地から足が離れ、ギルの体は浮いて後ろに弾き飛ばされる(ノックバックする)形となった。

  

「ハァ!」


「ッ!?」


 その隙を風香が逃すはずなく、態勢を整える間もないギルに音を置き去りにした速さで素早く横に回り込み、彼女はその脇を微塵の躊躇いも無く、全力で斬りかかる。


「ギル!」


 声を出して名を呼ぶ行為に意図はない。

 しかし、そう叫びながらも刹那の体は動いていた。風香の攻撃にギリギリの所で割って入り、身を呈してギルを守る。


「っつ!」


 咄嗟に差し込んだ刀で双刃刀は防いだもの、風香の固有武装デバイスで展開してまとっている風切刃かざきりばまでは防ぎ切れず、身体中を浅く切り刻まれるが、無理矢理突き返して深手を逃れる。


「…助かった。大丈夫か?」


「礼は勝ったあとでしょ?このくらいギルが深手を負うより安いもんさ」


 さっき言われたことをそのまま返し、決して小さくない傷を強がってみせて心配をかけないようにする。

 本来、学院から支給されれいる学生服には簡易的に対魔導アンチマジックコーティングが施されているが、それを容易たやすく切り裂いた風切刃かざきりばの切れ味に戦慄を覚えずにはいられなかった。


「本気の私達相手に固有武装デバイスを使わないのは得策じゃないと思いますが?」


 ギルではなく、刹那こちらに向かって忠告をする風香。その口調には彼女からの期待と、気遣いが見え隠れしていた。


「まさか()()私達を舐めてるんですか?それとも……」


()()"傷付けたくない"って甘ったれた事を考えてるんじゃないでしょうね?そう思うのは勝手だけど、こっちは手加減なんてしないわよ。だ・か・ら!間違っても私に人殺しなんかをさせないでよ、ね!」


 そう言って風香の言わんとしていた続きを言うと、ステラはレヴァンテインに魔力を注ぎ、振りかぶって薙ぎ払うように勢いよく一閃する。

 すると纏っていた焔が扇状に大きく広がり、まるで津波の如く全てを呑み込もうと押し寄せて襲い掛かってくる。


水殻すいかくよ、おおへだてろ!『アクアシェル』」


 どこからともなく聞こえてきた詠唱により、刹那とギルの周囲を包み込むように球体状の厚い水膜が張られ、押し寄せる焔から守ってくれる。


「ふぃ~、間一髪だったな」


 そう言いながら慌てる様子もなく後ろから悠々とこちらに合流してくる隼人。彼の魔法のお陰で炎の波に呑まれて消し炭にされることは回避されたが、正直もう少し早く参戦して欲しかったというのが二人の思うところだった。

 けど、いまのが間に合っただけでも及第点だろう。


「あ……」


「うわっ!」


「……」


 しかし、隼人の間の抜けた声と共に、効果が切れた水膜が重力に引かれ、バケツをひっくり返したような勢いでぬるま湯が降り注がれて、二人揃ってズブ濡れになる。


「…やる気がないならそう言え、お前から先にってやる」


「わあァァァッざとじゃないんだってッ!?てか俺のお陰で助かったんだからちっせぇことで文句言うなッ!」


 ズブ濡れになったことにキレて聖槍を隼人の喉元に突き付けるギルと、窮地を救ったことを引き合いに魔法の制御ミスを帳消ししようと必死に言い訳する隼人。

 試合中だと言うのにチームの調和の乱れ具合に刹那の中で別の緊張感が走る。


「はぁ……。そう言えば、気の削がれるような鬱陶しいのがいるのを忘れてましたね」


 それを見ていた風香が溜め息を吐いて呆れたように独り言をこぼす。

 端から見れば試合中だというのに中断させられて緊張感のない味方同士の仲割れなどという、下らない茶番を見せられれば、溜め息の一つも出てしまうのだろう。


「おい聞こえてんぞ!人のことを鬱陶しいとか言うんじゃねぇやい!」


「失礼、聞こえてましたか。そちらが和気藹々(わきあいあい)と楽しそうだったので聞こえてないと思ってました」


「…ちょっと待ってろ、すぐ終わらせる」


「これの何処どこが和やかだッ!?」


 風香の冗談に何故か乗っかって本気でしょそうとするギル。誰もが冗談であると分かっているが隼人はそれに激しくツッコミを入れざるを得なかった。


「フン、バカそうなのが一人増えたところで固有武装デバイスを展開した私達に敵う訳ないでしょ?」


「本人の目の前で"バカそう"とか言わんでくれませんかねッ!普通に傷付くわッ!つかあとそれ、思っくそフラグだかんな!?そういう慢心が刹那ん時みたいに足元掬われるんですよ姫さん!」


「うっさいわね!二流セカンドのクセに気安く姫とか呼ばないでくれない?虫酸が走るわ!ていうかあんたなんか二流セカンドですらないわ。どうせ、ちょっと腕が良いぐらいで十三校ここに配属できて、ギルと刹那のお陰で決勝戦ここまでこれたド三下でしょ!」


「ド三下っ……!?」


 "二流セカンド"に"三下"と、ステラからの心無い揶揄やゆで的確に心がえぐられる隼人。結構な大ダメージを受けているように見えるが、彼のメンタルならまだ大丈夫であろう。

 しかしこれ以上彼女達からの思ってもいないければ、いわれもしない罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられたら、さすがに精神崩壊メンタルブレイクしかねないので、刹那はギルと隼人の陰に隠れて黒曜を取り出し、能力を解放するために小さく唱える。


「応えてくれ、され狼」


『汝……何ヲ求ム』


 刹那にしか届かない声にならない想い。先日とは打って変わってすぐに黒曜から返事が返ってくる。


(君の力を貸して欲しい)


何故(ナニユエ)……』


(それは……)


 能力の解放を望むと、相も変わらず何故(なぜ)と黒曜に問われる。そしてその理由を答えようとして言葉に詰まる。

 それはいままで、黒曜を固有武装デバイスとして展開しようとしてた時にはなかった"余裕"から生まれた思議しぎ。無我夢中であったが故に、考え得なかった理由。

 何故、解放しようとする度に黒曜は"何故"と問い掛けるのか?自分はその力を何の為に使おうとしているのか?何の為に戦い、何故戦うのか……。 

 刹那は初めて、自分が戦う理由に向き合って考える。


(それは……戦って勝ちたいからだ!でもこのままでは勝てない……だから君の力を貸して欲しい)


『……』


 俊巡しゅんじゅんし、自分なりに考え出した"理由"を、正直にありのままに答えると、ただ沈黙が走る。


『……セヌ……不承知フショウチ


「なッ!?」


 そう言って黒曜は一方的に応答を切り、眠りついたように静かになる。

 いままで一度も協力を拒否されたことは無かったのに、思いもよらない返答に激しく動揺する。

 その拒絶は、先ほどまでの刹那の覚悟を奪い、絶望の淵に追い込むには決定的なものだった。


「そんな……どうして……!」


「…どうした?」


 あまりの事で愕然としていると、異変に気が付いたギルが振り返って声を掛ける。


「黒曜が……固有武装デバイスが応えてくれない……」


「……」


 ショックから立ち直れないままそう告げると、ギルはこっちを見据えたままただ黙り込む。


「ハァッ!?おま、こんな土壇場でそりゃねぇだろ!どうすんだよ!」


「…黙れ」


 予想外の事態にステラ達の注意を惹き付けてた隼人もそれを聞いて食い付くが、ギルが制する。


「……まだ、向こうに固有武装デバイスを使えない事は気付かれてない」


 ステラ達に気付かれないよう軽く一瞥いちべつし、淡々と話すギル。


「…アイツらが無闇に突っ込む様な真似をしないで慎重に仕掛けているのはお前を過剰に警戒しているからだ」


 わざと言葉を切る話し方は、状況を冷静に確認しているようであり、言い聞かせているようでもあった。


「もし、お前がまともに戦えないと気付かれれば、一気に畳み掛けられて終わる」


「ちょっと、何時いつまで話してるつもり?」


 戦闘の途中にも関わらず放置させられて話し込んでいる事に、痺れを切らしたステラが不機嫌そうに声を掛ける。律儀に待っているあたり、彼女の育ちの良さが窺えるが、今はそれが幸いしていた。


「…少し待て、予想以上にそっちが手強いから作戦を練り直しているしてるだけだ。……不名誉の勝利を得ても構わないと言うのなら、斬りかかって来てもいいがな」


 いつもより饒舌なギルが、苛立ちを覚えているステラに向かって適当な理由を言い、その場を取り繕って話を続ける。


「…使えないなら使えないなりに戦え。決闘の時もそうだったろ」


「でも、あの時と今じゃ訳が…!」


「あ、おい!」


 自信失い、先程までの勢いが何処にも見当たらない刹那の姿勢に、ギルの手は隼人が止める前に刹那の胸ぐらを掴んでいた。


「甘えるな!お前は何の為にここにいる!」


「っ!!」


 その言葉が刹那の胸に突き刺さる。

 相手チームには聞こえないよう抑えられた声量だったが、それが刹那の心を動かした。


「……ごめん、少し弱気になってた」


「…世話を焼かせるな」


 その言葉を訊いて、胸ぐらを掴んでいた手を突き飛ばすようにして放す。

 一連の出来事で会場が騒然としているが、それが大きくなることはなく、見守るようだった。

 刹那が絶望するのも無理はない。使用者の心の支えであり、全面的な信頼を置いているはずの固有武装デバイスから突然拒絶されたのだ。はショックを受けない方がおかしい。

 だがギルと隼人は刹那の固有武装デバイスが異常なものであるということに薄々ながらに気付いていた。

 固有武装デバイスもただの武器の一つに過ぎず、は所有者が解放を望めば、多大な負荷が掛かるもののそれに見合った以上の能力と恩恵を与えてくれる。これが常識だ。

 展開が不可能というなら、何らかの形で固有武装デバイスが故障しているという事に他ならないのだが、刹那が「応えてくれない」と言った事が、二人に異常性を感じさせていた。


「ギルの言う通り、無いと戦えない訳じゃない。やるよ…」


 そんな察しをしていた二人の事を差し置いて、刹那は気丈に振る舞って見せるが、それが虚勢であると二人には見え透いていた。


「でもな、どうするよ?」


 見え透いていたが、それが虚勢や見栄であろうと構わなかった。折角持ち直したのだ。わざわざ掘り返したり、水を差して戦えなくなったら意味がない。

 だから気を紛らわすために、隼人は話題転換も兼ねて作戦の相談をするが……。


「…どうするもなにも無い」


「真っ向から潰しゃ良いだけの話だろ」


 当初の予定に変わりはないという意見がギルと刹那の二人から返ってくる。

 昨日の作戦会議で彼女らの連携にどう対抗するか、色々話し合い、こちらも同じように連携を取って対抗する。という提案を隼人がしたのだが。

 所詮練度の低い付け焼き刃で、連携を取っても上手くいく訳がないと断じられ。準決勝、準々決勝の時のように、それぞれ一対一で戦う。という話で纏まった(そもそも"対抗"でなく"対応"という受け身な作戦が気に入らないと却下された)。

 しかし、出たとこ勝負と言えば何となくカッコ良く聞こえるが、それが行き当たりばったりであると言い換えれば、聞こえも良くなくなる。

 何せ現状、こちらは相手の連携を崩せず、一騎討ちに持ち込めない上に、向こうはこちらの意図を知ってか、一騎討ちを避けているようだった。

 だがそんな事よりも先に、隼人は気になってしまったことができた。


「お前な……言いたかねぇけど、さっきまでへこんでた癖に変わり身早すぎるだろ」


 それは刹那の態度だった。

 入れ替わっている事はなんの問題もないのだが、流石にどちらもショックを受けているだろうと思っていた方の片割れが、何食わぬ顔で「真っ向から潰す」なんて楽しげに言っていれば、肩透かしもいいところ。いまの気遣いを返して欲しいぐらいだ。


「へこんでんのはアイツで、オレはなんともねぇよ。一緒にすんな」


「お前がそう言うなら良いけどよ…」


 薄情はくじょうというか、頼もしいというか……。かく、こっちの方が大丈夫なら、戦闘での憂慮ゆうりょすることが減ったと前向きに捉えて気を取り直す。

 臨時作戦会議という名の時間稼ぎ兼、刹那の失調回復ができたところで、意識は再度対戦相手へと向く。


「話は、終わりましたか?」


 こちらが終わるの待ちわびながら、見計らったように声を掛けてくる風香。試合中にも関わらず待たされたのだ。当然不機嫌そうにしているものの、彼女の態度や声音の方はまだ抑えられていた。

 その横にいるステラと比べればマシな方だろう。何せ彼女は微塵も不機嫌さを隠す気は無いようで、腕を組んで足を揺すり、少し煽れば、すぐにでも斬りかかってきそうなほどに怒気を放っているのだから。

 おそらく、こちらに刹那がいなければ、喩えどんな状況だろうと有無も言わさず襲い掛かって来ていたに違いない。そう思わせる気迫が彼女達にはあった。

 だがその待っていた甘さが、こちらに取って小さくも重要な足掛かりとなり、向こうに浅くも大きな痛手になる。

 ここは戦場。知り合いだろうがなんだろうが、敵対したのであれば問答無用で、どちらかが力尽きるまで戦うのが道理であろうに……。

 そう隼人は思いつつも、話し合いが終わったからと言って、わざわざ向こうが動くのを待たず、行動を起こす。


「ああ、終わったぜ」


 隼人は回答と共にホルスターから魔銃を抜き出し、彼女らに向かって二回、引き金を引く。

 距離にしておよそ十五メートル。十分に魔銃の射程が届く範囲内で完全な不意打ち。喩え不意打ちで無くても、この距離からの射撃を防ぐのも避けるのも、人間が反応するには不可能に近い。条件反射で刷り込んでもいない限り、魔導騎士と言えどそれは変わらない。

 しかし放った弾丸は、隼人の()()()()彼女らに当たる前に一発は燃え尽き、もう一発は空々(からがら)しく弾け飛んだ。


「チッ!知ってたけどやっぱ無理だよな…」


 魔弾は、着弾した魔法を打ち消す効力があるが、それには限度がある。

 魔法はAからFまで等級で割り振られていて、理論的にはF級からD級までに指定されてる低級の魔法であれば、その等倍の魔力量を注いだ魔弾で打ち消せる。C級からB級はその二倍、A級は二乗、S級指定されているものに至っては四乗分の魔力を注いだ魔弾を撃ち込まなければ、打ち消せないと言われており、それを下回れば逆に打ち消されてしまう。

 そして最高のランクを称されるS級魔法。これを一回放つのに必要な魔力量は、平均的な魔導騎士が持つ全体魔力量のおよそ九割だと言われてる。

 全体の九割。そんな量の魔力を一度に消費した場合。急激な魔力消費から頭痛、吐き気、目眩、という症状はおろか、生命活動が著しく低下し、最悪の場合は死に至る。

 仮に一命を取り留めたとしても、その反動で受けたフィードバックで、失明や失聴、神経麻痺など身体に甚大な後遺症を残す事となる。

 ここまで言われれば理解できるだろう。つまり、魔銃はC級以上の魔法に対して何のメリットを持たない、ただ使用者に負担を強いるだけの道具となるのだ。

 戦闘で魔銃が起用されない、普及しない最大の理由がこれである。

 そして、ステラと風香が纏っている炎と風、これらはどう甘く見てもB級以上のものだと、隼人は大方見当を付ける。


「それで不意打ちのつもり?」


「私達相手に、そんなもの通用しませんよ」


「くッ!だったら……」


 余裕そうな二人に魔弾が通用しない事を指摘されて、ほぞを噛むが、すぐさま愛用のポーチから円筒上の缶を取り出し、二重構造になっている安全装置を外して、意趣返しと言わんばかりに下手しもてで投げる。


「「「!!?」」」


 両チームの丁度ちょうど間に落ちた缶は、地を跳ねた途端、鼓膜を突き破るほどの甲高い炸裂音と、激しい閃光をまたたかせる。

 隼人手製の閃光音響手榴弾スタングレネード閃光の強撃(フラッシュバン)とも呼べるソレは、目を瞑る、耳を覆うなどの行為で防げる様なちゃちな作りはしていない。むしろ正規の軍や警察が使用している物よりも数段威力が高い。

 突然の事に対応が遅れたため、投げた本人である隼人以外がまともに閃光と爆音を喰らい、もろに眼と耳をやられる。

 否、隼人自身も耳をやられてしまったが、閃光で眼が潰されるのを避ける為に両手で眼を抑えたのだ、致し方無い犠牲だった。

 周りが目潰しと耳鳴りで行動不能となっている傍ら、鼓膜にやかしく主張する耳鳴りと平衡感覚を失ってぐらつくを脚を気合いで抑え込んで、隼人は更にポーチから手榴弾を取り出してステラ達へと放り投げる。

 彼女らの手前で転がった手榴弾は数秒の間を溜めると、圧倒的な破壊力を生み出し、閃光に巻き込まれた刹那とギルは、状況が分からないまま爆風にされて、3歩程後退さった。

 よく転ばなかったな、と思いつつ。爆発によってできた砂ぼこりが一帯に舞う中、人影を探すべく目を凝らす。


「やったか!?」


 見る限り、人影は見えない。

 しかし、やれなかった(・・・・・・)なんていうフラグを立ててしまったことに言った後で気付いたが、そんなもの杞憂と思って折ってしまえば問題ない……はずだ。

 投げた手榴弾はCクラス戦でも使用した対重装甲(プレートアーマー)用。ティアに使用した時はつばさで防がれてしまったが、あれは物理的に身を守ったからで、彼女らのように炎や風をただ纏っているだけでは、爆発の衝撃を防ぎきれず、飛散する破片は無力化される前に彼女らの元に達している。ーーそのはずだった。


「マジかよ……」


 晴れた視界に映ったのは、くろがね色をした大きな塊。鋼鉄を思わせるそれは表面に大きな爆発痕を残していたが、端からガラスのように砕け始め、地に着く前に灰となって舞い散ると、目眩ましから立ち直れていないままのステラと風香が無傷の状態で姿を現わす。

 誰があの鋼鉄を生み出したのか。それを思考する前に頭では既に理解していた。


「不意討ちとは、あまり紳士的じゃないんじゃないかな?」


 収まった耳鳴りから、嫌味に聞こえない爽涼な声が聞こえてくる。

 さっきのくろがね色をした塊を生成し得る人物、その声の主であるアルウィンは、少し苦い面持ちをしてこちらを見ていた。

 手榴弾を投げた時の記憶が脳裏をよぎる。

 あの時は必死で気にも留めなかったが、アルウィンが何かを詠唱していたのだ。


「くそ、不意討ちも通用しねぇってかよ!」


 彼の眼は真剣そのものだが、何処どこか隼人をあざけっているように見えた。


「殺す……!!」


「い"ッ!?」


 アルウィンに気を取られているうちに、閃光と耳鳴りから復帰したステラが怒気を放ち、間髪を容れずに斬りかかってくる。

 アルウィンがさっき向けていた眼差しが嘲りでなく、ステラを激怒させた代償が降り掛かる事を憐れんだ同情だというのが今ならば分かる。

 しんに迫る殺意と恐怖に気圧けおされて思わず目を瞑る。恐怖心のままに咄嗟の取った行動だったが、身を斬り裂かれるより先に、爆ぜ狂う剣戟けんげき音と衝撃が襲う。


「お前……」


 目を開くとギルの背が目一杯に映り、ステラの斬撃を受け止めていた。


「ッ!さっきから邪魔ばかり!」


「…そう易々とやれると思うな!」


「ステラさん!」


「チッ!」


 ギルが抑えている所に刹那は横から斬りかかるが風香の声によって避けられてしまう。結果として、襲ってきたステラを引き剥がすだけに留まった。


「…おい、次の手はなんだ」


「あ?」


「…この次の手はなんだと訊いている。あるんだろう?」


 相手を見据え、隙を見せないようにしながらもギルは隼人に次の行動をたずねる。


「……んなもんねぇよ、さっきので終わりだ」


 しかし、勝手に奇襲を実行した隼人からは、この"次"は考えていない、と返される。


「…合図も打ち合わせもナシの独断行動で、味方を巻き添えにしておいて失敗でしたとは、作戦が聞いて呆れるな」


「う、うるせぇ!敵を欺くにはまず味方からって言うだろ!」


 ギルに言われたくない所を突かれ、隼人は必死にもっともらしいことを言い返すが、その必死さが狼狽えているのを如実にしていた。


「…それで相手に効いて無ければ世話がない」


「ぐっ……!」


 そしてついにギルの正論が隼人の思考と言葉を詰まらせる。


「言い争いもそこまで。今は反省するより目の前に集中しよう!」


 刹那はそれを見かねて、余計な口論で戦意が削がれる前に会話に割って入り、二人の意識を試合へと戻す。


「…フン、どっかの阿呆みたいにお嬢に気圧けおされるなよ。一撃で潰されるぞ」


「ああ、了解!」


「さっきのはちょっと油断してただけだッ!」


 ギルの忠告にそれぞれが応える。

 しかし相手を見据えた隼人は少し決まりの悪い表情をする。


「…言いたくねぇけど、俺はあの二人との相性が悪い、アイツらの相手はお前らに任せた。代わりに王子の攻撃は俺が抑える!」


「オーケー、じゃあそっちは任せたよ隼人!行くよギル!」


「ああ!」


 三人は慣れていないスリーマンセルで、格上のステラ達に挑む事にした。

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