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第十三魔導武装学院  作者: 黒姫
第一章 学内順位戦編
22/35

イカサマイーブンゲーム

黒神刹那くろがみ せつな

 黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すからよく負けてしまう。


黄瀬隼斗きせ はやと

 刹那のクラスメイト。元十二校で自称情報屋。VRゲームで鍛えた反射神経で二丁拳銃を使いこなし、また魔法による後方支援も得意としている。明るく軽い性格なのだが、厄介事によく巻き込まれる体質で苦労人。


ギルバート・エストレア

 金髪の刹那のクラスメイトで元四校出身。無愛想な性格で実力主義者。昔の事件で失った親友のことを今でも悔やんでおり、二度と同じことを繰り返さない為に強さを求めている。


蒼崎凛あおざき りん

 蒼髪のお姉さん。元二校の生徒会長で刹那と海翔の先輩。天性の治癒能力を持っている。喋り方が独特で誰に対しても老人口調で話す。可愛いモノ好きで可愛いモノを見掛けると愛でたがる。


常盤文乃ときわ ふみの

 元気で明るい茶髪の女の子。ムードメーカーで順位戦の実況者を自ら志願した。


柊奏ひいらぎ かなで

 落ちついていて物静かな印象を受ける白髪の女の子。物事を見極める洞察力と声の良さから、解説者に抜擢された


三谷沙織みたに さおり

 十三校の学院長であり科学者。主に固有武装デバイスの研究を行っている。常に物事の先を見据えて行動しているが、その行動は誰にも予測がつかない。

「ふぃ~、一時はどうなるかと思ったが、何とか無事でいて良かったぜ。まあ全っ然無事には見えねぇけどよ……」


 刹那と海翔の激闘をモニター越しに観戦していた隼人は、その結末に胸を撫で下ろし苦笑いを溢す。

 刹那が暴走したときは、恐怖で全身の毛が逆立つほど戦慄したが、大惨事にならずに本当に良かった。


「あの傲岸不遜な海翔を見事打ち負かしたのは痛快であったのぅ。まさかあやつに大衆の前で自ら敗けを認めさせるとは……儂が見込んだ通りじゃ」


 振り返って見ると満足げな顔をして鉄扇を扇ぐ凛。扇から覗かせるその顔はとても綺麗で、思わず見惚れてしまうほどだった。


「そんじゃま、いい加減この物騒な茶番を終わらせてはくれませんかね?先輩殿」


 しかし、ほうけてばかりいる隼人ではない。気を取り直して一刻の早く凛に降参してもらうように声かける。


「ん?何を惚けた事を言うておるのじゃ?」


「……はぁ?」


 だが想像していた返答とはあまりにかけ離れた言葉が返ってきて、彼女が何を言っているのか理解できず、変な声が出てしまう。


「はぁ?ではない、まさかお主、儂がそのまま降参するとでも思っておったのか?このまま儂があっさり降参してしまっては皆に示しが付かぬであろう?」


「イヤイヤイヤイヤ冗談だろ、だってあんた戦わない主義なんだろ?」


「何を勘違いしておる。確かに儂は戦わぬが、他の事でも決着を付ける事ができるではないか」


 え、何?相手を物理的に傷付けなければ何でもやる系の人だったのかこの人……。

 と内心思いつつ嫌な展開に冷や汗が出てくる。


「例えばそうさのぅ、お主が好きそうなゲームで決めるのもやぶさかではないぞ?」


「……マジで?」


 凛が言った事がとても信じられなかった。

 ゲーム?こんなザ・和風でゲームという横文字すら分からなさそうな老人口調で話す可憐な美少女が?冗談にも程があるだろ。

 彼女が真顔で言っているのならともかく、扇で口元を隠しながら薄ら笑いをして言っている辺りが本気なのか揶揄からかっているのか判別し辛い上に質が悪い。


「と言うても、お主が想像するようなゲームではないがの、まあそれもそれで少しは嗜んではおるが、試合にそんなもの持ち込んでやる訳も無し……していまからやるのはこれじゃ」


 嗜む程度であれ、本当に現代ゲームをやってることに驚きを隠せないが、それよりも彼女が取り出したものを見て、何をするつもりなのか予想がつく。


「コイン?……もしかしてゲームってのはコイントスか?」


「そうじゃ、二者択一の方が都合が良かろう?ルールは簡単、飛ばした後に裏か表か言うだけ、その後は落ちて上に向いた面が出た方が勝ち。そしてそれを決めるのはお主じゃ」


「え、俺?」


 その取り決めに疑問符を浮かべる。普通こういうのって、先にどっちが出たら勝ちって決めるものだが、後決めでやる理由がよく分からなかった。


「勝負は時の運という。儂とお主の運、どちらが勝って先に進むのか決めるのも一興じゃろう?してお主自ら選ぶのであれば悔いも無かろうし、儂はお主の選択に身を委ねるだけじゃ」


 よく分からないがお互いの運勝負で、その選択権は自分にあるということは分かった。


「なんだよ、勝負つっても簡単じゃねぇか」


 勝負の内容を理解して安堵する。

 勝負と聞いて一体どんなことをするのか身構えていたが、単純な運勝負であれば怖いものはない。自分でもそれなりに運が良いと思うし、悪運にも強い自信はある。その証拠に''現在いま''があるのだから


「ほぅ、威勢が良くなったのぅ……一応聞くが。お主、運は良い方かの?」


「まぁそこそこだな……」


「そうか、ではゆくぞ?」


 凛が指に乗せたコインを振り上げながら弾き飛ばすと、キンと高い音を響かせて宙高く舞い上がる。

 ぽっかりといた闘技場の天井、青空が澄み渡るその吹き抜けに吸い込まるようにだんだんと遠退いて小さくなっていく。


(確率は二分の一……どちらを選ぼうが五分五分のフェアプレイ。さて……裏か表か)


 裏か表か。二つに一つを選ぶ簡単な選択を慎重に、かつ真剣に思案する。そんな中隼人はふと、あることを考え始める。


(二分の一、50%……あれを思い出すな、なんつったっけ。スレ、シュレ……そうシュレディンガーの思考実験。まぁあれは確率論じゃねぇけどさ)


 詳しく覚えていないが、シュレディンガーの猫というのが有名な量子力学の思考実験だ。

 箱に猫とその他色々な物を入れ、箱の中の猫が生きているか死んでいるかを推測するのだが、箱を開けて見なければその両方の結果が二つとも重なって存在しているという摩可不思議な事を証明する実験だったはず……。

 よく確率の話に間違われるが、そのようなものではなく、観測する者の見方の話。という事で認識している。

 そんな考えを続けているうちに、コインが上昇限界を迎え、重力に引っ張られるまま落下しようとする。

 下らない事を考えてあまり無い時間が更に足りなくなった。そう思ったときにはすでに魔銃を構えて、引き金に指を掛けてコインを狙っていた。


「何を……?」


「こうするんだよ」


 引き金を引いて銃声を轟かせる。


「チッ!」


 格好つけて余裕ぶって撃ってみたは良いが、そう簡単にコインに当てることができるはずもなく、弾は空に消えていく。

 空いていた左手を添えて銃身を安定させ、落ちてくるコインを狙ってもう7回ほど引き金を引く。


「あぁックソ!」


「一体何をしておるんじゃ……と言いたいが、あらかたやりたいことは察しが付いたわ……」


 落下する小さなコインを狙うのは想像の3倍以上難しく、思わず悪態をつく。

 そしてそれを呆れ気味の様子で、何をしたいのか察した凛は静観に徹する


 魔銃の装弾数は十発。本当は最大で十五発だが、さっき凛に向かって撃ったものが半端に残った分だ。そのあと氷壁に撃ったので一発、いまので八発。つまり次がラストチャンスということになる。


「ワンチャン、一発ありゃ十分だろ」


 外しても弾装マガジンを変えれば良いだけの事。そう自分に言い聞かせ、余裕を持って再度狙いを澄ます。

 さっきよりコインが落下して距離が近いからか、幾分か大きく見える。


(まだ高い位置にある。外してもまだ余裕だ)


 再度自分に言い聞かせて、深く息を吸い込んで止める。

 ドクンと脈を打つ心臓の感覚が大きく感じ、集中を掻き乱される。


(いや違う。余裕なんて何処にもない。これを外したら終わりだ)


 自分に言い聞かせた言葉を自分で否定する。

 もし仮に外したとして、リロードして再度狙うのに恐らく5秒以上は掛かる。そんな悠長な事をしてたら間に合わない。コインが落ちて跳ねたり転がったりする可能性も否定できないが、そんなか細い可能性に望みを託すより、いまある最大の瞬間を狙うべきだ。


 余裕を捨て、これが最後と思って真剣にリアサイトを覗く。

 すると不思議と脈打つ感覚はだんだんと薄れ、狙いやすくなる。


 この好機を逃す手はない。そう思ってゆっくりと落ちるコインに向かって引き金を引く。

 魔銃から発射された弾は真っ直ぐに飛び、見事コインを撃ち抜いた。

 その証拠に金属片と打ち響くような高い音をそこらに撒き散らしていた。


「うむ、見事」


 徹頭徹尾を見ていた凛が手を叩いて称賛を声を上げる。


「しかし、これでは勝敗のつけようがのぅ……」


「運命ってのはさ……」


「ん?」


 どうしようか決めかねてた凛に向かって独り言を言うようすると、彼女はキョトンとした顔をする。


「こんなもので決めるんじゃなくて。自分で選んで、切り開き、掴み取るものだろ?」


 コインが砕け散った事で結果が分からなくなったが、そもそも裏か表かも答えていなかったので二重で結果が分からないままだ。

 観測して結果が初めて分かるのであれば、観測させなければ勝敗は着かない。いわゆる無効試合というもの……。そういう意味では、シュレディンガーの思考実験と似通ったものがあるんじゃないかと隼人は感じていた。


「……」


「あの、そこで黙らないでくれませんかね?恥ずかしくなって来るんですが……」


 自己完結した思考はともかく、自分が口走っていた事に後から恥ずかしさが押し寄せて堪えきれそうになかったから、間を持たせるために適当に声を掛ける。


「ふ……」


「ふ?」


「ふ、ふ、フハハハハハッ!」


「ッ、笑うなよ!」


 そりゃ滅茶苦茶キザッたらしい言い方してたけど、冷静になってみたらやっぱ死ぬほど恥ずかしいこと言ってたと思う。


「いや~すまぬすまぬ。お主があまりに突拍子の無いこと抜かすから面白可笑おもしろおかしかったのでの」


 凛は潤ませた目を拭いながら、笑うのを止める。


「勝負の結果は良い、儂の負けじゃ。『降参リザイン』」


 そういうと凛はあっさりと降参の言葉を口にする。すると試合終了のブザーが鳴り響く。


「人に委ね、与えられるままでなく、自ら考え行動する気概、しかと見届けたぞ」


 隼人を認め、後を託したように言う凛の言葉には、形容し難いが確かな重みがあった。


「餞別じゃ、くれてやる」


「ぉっと」


「それはお主が撃ち抜いたのと同じ代物じゃ。捨てるも良し、取っておくも良し……好きするのじゃ」


 そう言って彼女は踵を返して背を向けると指を鳴らす。すると中央から分断していた分厚い氷の壁が一気に砕けて霧散し、吹き抜けから入る太陽光が反射して目映いほどのダイヤモンドダストが起こる。

 幻想的で明媚な光景もさることながら、受け取ったコインを見てみると。表面はまっさらで自分の顔が映る程綺麗だった。裏を返しても同様で、裏表共に何も無い加工前のコインであることが分かる。


「くそ、一杯食わされたな。というか色々な意味で負けたな……」


 つまり隼人は凛にイカサマされていたということになる。

 最初からこちらを勝たせる為に動いていたのだろうが。何故勝たせてくれたのか、そもそも勝たせるのであれば何故こんな回りくどい勝負を仕掛けてきたのかという疑問が湧いてくるが、それは彼女のみぞ知る事。聞いたところで答えてくれるかどうかは定かではないが、それよりもいまは勝ったことを噛み締めるべきだろう。


『釈然としない方々も多いと思いますが、大丈夫です。私も釈然としてません!ですがこれが勝負の世界!これが結果!明日の決勝戦見事勝ち上がったのはぁ!Fクラス代表です!決勝戦進出おめでとうございます!』


『おめでとうございます』


 文乃と奏の祝辞により、まばらな拍手と歓声が上がり、刹那へ罵詈雑言を飛ばしていた人々も純粋な祝いの念を込めて拍手をする。

 紆余曲折があったものの、これにて準決勝は無事に幕を閉じたのであった。


□□□


「うぅん……?」


 全身を襲う疲労感と顔……主に眉間と額に巻かれた包帯の違和感で刹那は目覚める。

 横たわっていたベットから身を起こして見渡すと、そこは代表者達にあてがわれたホテルの一室だった。


「起きたか、ふぅ……」


 声のした方向、真横を向くと沙織がいた。

 いままでのパターンで行くと、気絶してからの寝起きは大体誰かがいると思ってはいたが、今回はそれが沙織だとは少し予想外だった。

 さっきまで作業をしていたのか、彼女は端末を閉じて一息いれる。

 彼女がいるのは珍しいことではあるが、彼女はデータ収集の後の報告を毎度の如くしてくる。それはいつもの事だ。


「まずは決勝戦進出おめでとう、と祝辞を述べさせて貰おう。傷は大丈夫だとおもうが、痛むところはないか?」


「いえ、大丈夫です。それより僕は……僕達は勝ったんですね」


 勝敗の行方を知らない刹那は、沙織の言う事実を再度確認する。


「二度も同じことは言わん、私が無駄を省くのは知ってるだろう?それとも聞き違えたか?」


「いえ、夢なんじゃないかと思って」


「安心しろ、現実だ。顔の傷は蒼崎の方からもお墨付きで大丈夫と言われているが、一週間程は跡が残るらしい」


 そう言って淡々と色々言ってくる沙織。

 無駄を嫌う割には、他愛のない会話を好む彼女は些か変人だと思うが、科学者というものはそもそも変わり者が多いと聞く。会話が成立し、こちらを気遣ってくれるだけ彼女は他の者よりまだ何十倍もイイ人である。


「私が此処にいるのは分かってるだろう。今回は君に話したい事が二つある」


 そう言って真剣な面持ちをしながら、いつも羽織っている白衣のポケットからパイプを取り出して咥え、吹かし始める。


「博士は相変わらず変わった物が好きですよね」


「レトロ好きと言え。温故知新、古きを知って新しきを知るだ」


「それはそれとして、ここ禁煙ですよね?」


「私を誰だと思っている、学院長だぞ」


 古い物が好きというのはともかく、学院長なら堂々とやっちゃいけないことやっていいのか?という疑問が湧くが、どう考えてもやったらいけないと思う。

 そう思いつつも口では言わず、沙織もそれを察しているはずだが、無視して話を進めていく。


「冗談はさておき、一つ目だが……今回君の協力のお陰で良いデータが取れたよ。ありがとう。これで私個人としての知的好奇心の探求、もとい研究が捗ったよ」


 包み隠さない本音は彼女から信頼を得ている証拠である。逆にそういうのを包み隠さず率直に言うのが彼女の美徳だと刹那は思っている。


「そしてもう一つ……。試合中に起きた君の状態についてだが、その前に……自覚はあったか?」


「いえ、海翔を追い掛けるのに無我夢中だったので……でも良くないことをしていたのは分かってます」


「あぁあの黒い魔力とはまた別の話だ。あれは君自身が持ち得る可能性であり災厄だ。今回のは君が怒りで我を忘れ、それが制御できなかっただけの事だろう?」


「博士はあれが何なのか知っているんですか?」


 刹那と身内だけしか知り得ない事を知っている沙織に少し驚く。


「昔、君が研究所に連れて来られたときに両親から聞いた。そういう家系に生まれたのなら、その手のものは憑き物だろうと私は考えているよ」


「不気味だとは思わないんですか?」


「いいや、むしろ興味が湧く。面白そう……と言っては君に失礼だな。まあ私は科学者だ。珍しいものを見ると興味関心が湧くのさ。……と、話が脱線したな。ふぅ」


 そう言って彼女は一息入れるためにパイプを吸い、口から煙を吐き出す。煙草特有の臭いはしないが、代わりに甘い香りが漂う。


「私が言っているのは君自身の思考や行動の話だ。難しい話になるが、君は碧川を攻め立てた際に余計な情報を削いで最良の行動を取った。そこまでは分かるな?」


「はい」


「その時の君にとっての最良とはなんだ?」


「……できるだけ彼を傷付けずに無力化する事でした」


「それならいい。問題はその後だったからな。暴走と共に冷静さが欠けてセレネアスモードが解けたのだろう。もしそのままだったのなら彼はとっくにやられてただろうな」


「あの、セレネアスモードとは?」


「いわゆるゾーンや覚醒に極めて近いが、一つ間違えればとても危険な状態の事だ。冷静に思考し厳正に行動をする状態だからそう命名されている。昔君に施された忌まわしい実験の一つさ」


「冷静に思考し、厳正に行動する……」


 沙織が言った事を噛み砕いて理解するように復唱する。


「この状態の最大の欠点はモラルの欠如だ。今回みたいに君が無力化という正しい行いをしようすれば良い物になるだろうが、殺戮などといった目的で行えば殺害する方法を突き詰めて行動してしまうだろう。なんの躊躇いも無くそれが当たり前であるかのように平然とな……まあどちらにせよ歯止めが効かなくなるのも欠点の一つだ。……要点をまとめて分かりやすく言うと。セレネアスモードは目的の為に手段を選ばなくなり、そしてその手段もより過激になりやすい状態の事だ。……君に話せば気に病むだろうと思って、今まで黙ってた。本当にすまない」


 一気に話し尽くした彼女は、最後に謝罪の言葉を述べ頭を下げた。


「謝らないで下さい博士。僕の事を気遣って黙ってたんですよね。博士は聡明で配慮の出来る方ですから、話すタイミングを伺ってたんじゃないですか?」


「それは買い被り過ぎだ。私だって計り違える事はある。聡明も行き過ぎれば愚かと変わりはない。今回はその時が過ぎず早からずだったというだけさ」


 少し笑って誤魔化す沙織。そういうところがまた彼女の良い所だろう。


「さて、長居し過ぎたな。そろそろ私は戻らさせてもらおうか」


「もう少しゆっくりしても良いんじゃないですか?急いでも研究データは逃げませんよ」


「それも一理あるが、どちらかと言うとドアの外(そこ)で盗み聞きしてる君のチームメイトを待たせるのも悪いと感じていてね」


「え……?」


「おい。聞こえているんだろう?入ってこい」


 そう言うと柔和な感じが消え、少し厳しめな声で扉に向かって沙織が言うと、ラウンジと繋がっているドアが開き、隼人とギルが入ってくる。


「やっぱバレてるよな~」


「……」


 バレて気まずそうな隼人と、相変わらず無愛想という名をしたポーカーフェイスのギル。


「え……じゃあまさか、いまの会話全部……」


「あー……。バッチリ聞いてたぜ!」


 戸惑ったような素振りをするが、開き直る隼人。親指を立ててドヤ顔しているのがなんか腹立たしかった。


「何が聞いてただ。どんな会話をしているのか気になって聞き耳立てているだろうと踏んで、私が聞かせるように喋ってただけだ」


 ギルは口が固そうだからともかく、隼人をどうしてやろうかと思ってた矢先に沙織がシレッととんでもない事を言い始めた。

 いまの会話を二人に聞かせるためにわざわざ話してたらしい。どうりで妙に説明口調だったり、他愛無い話をしていたのか。

 そう感心している間もなく、誰にも言ったことのない、秘密にしている事が聞かれていたという事に我に返る。


「お前は良くも悪くも隠し事が多すぎる。折角信頼できる友人が出来たんだ。たった少しの秘密で仲違いするのは嫌だろう?こういう奴らを大切にしろ。……さあ私は忙しいんだ、そこを退け」


 そう言い残して沙織は二人を退かし、部屋を出ていった。荒らすだけ場を荒らした彼女が去ったことで、部屋に空白の時間が漂う。


「ぁ~。盗み聞きしてたのは悪かったと思っちゃいるよ……ちょっとだけな」


 気まずい雰囲気を和ませるために口を開いた隼人は、バツの悪そうな顔をしながらぎこちない感じで言う。


「…あの黒い魔力は一体なんだ?」


 だが隼人のフォローをまるっきり無視をしてギルはストレートに聞いてくる。


「っておいぃ!お前はデリカシーの欠片も無いのかッ!」


「…がなるな」


 その配慮のない発言にツッコミながら怒る隼人。対するギルはそれが煩わしそうにしていた。


「いいよ隼人。ギルと同じように本当は気になってるんでしょ?あの黒い魔力について……」


「そうだけどよ……別に無理に聞き出そうってつもりは……」


「…知る必要のあることだ。一時とはいえ俺達はチームだ。その一人が制御出来ない力を持っているなど、いつ爆発するか分からない爆弾を背負って戦っているようなものだ……。いまここで説明して俺達を納得させるか、黙ってこのまま抑えながら戦うか。もし試合中に抑え切ることができないのならただの重荷だ。足を引っ張るぐらいだったらいますぐに降りろ」


「おい!言い過ぎだろ!」


 ギルの過剰な言い方に怒りを感じた隼人は胸ぐら掴む。


「…事実だ。隠したところでなんになる」


「いででででっ!あ''ぁ''ぁ''ぁ''!!」


 そのまま隼人と取っ組み合いをし始めるかと思いきや、ギルは突っ掛からず逆に掴まれた手を捻って返す。

 前から感じていたことだが、ギルは思い遣るからこそ辛辣にするタイプなのだろう。普段は相手が喧嘩を売ってくるようなら武力を以て挑むが、こういう思い遣るときは言葉や口調は荒々しいものの、先に手が出る事がないのだから。それを彼自身が気付いているかどうかは知らないが。

 それはそうと、どのくらいの強さで捻っているのか……腕を捻られている隼人が物凄く痛そうだった。


「ギル、話すから大人しく手を放して。隼人も静かに……」


「…フン」


「ってぇ~、くそ……!」


 そう注意するとギルは大人しく手を放して壁際に行き、隼人は悪態をつきながらも側にあったイスに座る。

 険悪な雰囲気が漂うが、元はと言えば自分のせいであり、自業自得だと思いつつ紡ぐんでいた口を開く。


「僕の家系はいまでこそ近代魔術の祖とも言われるまといを確立させた名家として知られているけど、でも最初から武術を生業としている家系じゃなくて元々は巫女、神職を生業としてたらしいんだ……」


「…らしい?」


 はっきりと断定的な言い方ではなく、婉曲させた曖昧な言い方に予想通りギルが気に掛けてきた。


「僕も両親から聞かされたからさ……もう何十代も前の話らしい」


「…昔といってもそれでも何世紀か前、その時ですら神職は形骸化しているものだろう?」


「ところが残念レグレッタ、生きてたんだなぁこれが……だろ?」


 同意を求めるようにこっちに振る隼人だが、そもそもその台詞はこっちの台詞だろう……。ギルへの対抗心からか見栄を張っているのが垣間見えるが、取り敢えずそれは無視して話を進める。


「そう。ギルの言う通り神職は形骸化して中身のない形だけのものだった、それは僕のところも例外じゃない。でも魔法という新たな力が世に知れ渡って、争いの種になり始めた頃。僕の祖先は戦禍に呑まれるのでは無いかと危惧して救いを求めたらしい」


「…まさか、神に祈ったとでも?」


「その通り。祈り、願った末に魔法とは似ても似つかない力を僕の祖先は手に入れたんだ。それがあの黒い魔力……''神気''だ」


「マジかよ……現実にしちゃファンタジー過ぎるだろ」


 にわかに信じがたい話に難しい顔をする二人。そりゃそうだ、初めて両親から聞かされた時は何の抵抗も無くで受け入れて聞いていたが、大きくなって考えてみれば法螺話にも程があると思える。


「…力の名前や起源などどうでもいい。俺が知りたいのはそれをお前が扱いきれるかどうかだ」


 意外と言うべきかギルらしいと言うべきか。話の切り捨てて少し苛立ったように問う。


「正直……分からない」


「…ならいい。暴走しそうに見えたら即座に叩き伏せてやる。それとお前も…」


 不安を抱えながら答えたものの、ギルはすぐにそれを了承し、隼人へと目を向ける。


「は?俺?」


「…準々決勝から二試合、まともな戦闘をしたか?」


「しただろ!」


 ギルの言い方と隼人の反応から、またもやケンカになりそうな嫌な雰囲気を醸し出す。


「…準々決勝は談合試合みたいなものだ。あんなの勝って当然な上に戦いとは言わない。準決勝では二校の生徒会長相手にイカサマでの決着……」


「文句があんならハッキリ言えよ、何が言いたい?」


「…決勝はいままでのような生ぬるい相手じゃないって事だ」


「当然だろそんなの」


「…談合試合でギリギリ、イカサマ紛いの賭けで勝利。そんな体たらくで決勝戦がまともに戦えるのか疑わしいものだ。俺は遊びで戦っている訳じゃない。生半可な覚悟で決勝に出るくらいならここで降りろ。目障りだ」


「ふざんなっ!言わせておけば好き勝手言いやがって……遊び?俺だって真面目にやってらぁ!まともな戦略も無しに突っ込む猪野郎がよく言うぜ。じゃあお前が決勝で相手を全部蹴散らしてみろよ?どうせできねぇだろ?できねぇ癖に吠えんじゃねぇ!」


 さっきギルに腕を簡単には捻り返された事を気にしてか、隼人は突っ掛かるような真似はせず、悪態を吐くだけ吐いてそのままを部屋を出ていく。


「…フン、小さいヤツだ」


 確かに小物くさいセリフを吐いて出ていったが、挑発したギルが言うと余計にそう感じてしまう。


「いまのは言い過ぎだったんじゃない?」


「…あれぐらいで挫けるぐらいなら、アイツはその程度のヤツだったという事だ。そんなヤツはチームにいらん。生半可な覚悟では勝つのはおろか最悪死ぬ。そして殺した相手に罪悪感を刷り込んでしまうくらいなら降ろした方が余程いい」


 あれでも気遣っていたのだろう……か?正直普通に聞いていた分には罵っているようにしか聞こえなかったが、いまの話を聞いていると配慮をした上での発言だったらしい……。


「…決勝戦相手は準決勝とはまた別次元のレベルだ。お前もあの二人を相手したのなら分かるだろう?」


「うん」


「…姫と委員長の個々の力が桁外れている上に連携もしてくる。それに加えて兄貴……アルもいる。あの三人と互角に渡り合うには俺とお前とあの阿呆が全力を出して、やっとのぐらいだ。だがアイツにはその自覚と挑む覚悟が見受けられん」


「だからキツいこと言って発破したと?」


「…そうだ」


 つくづく不器用な性格だなと思う。人の事は言えた性質たちじゃないが、自分でもここまでひどい事にはならないだろう。


「はぁ、もう少し言い方ってものがあるでしょ?」


「…阿呆に言う言い方など知らん」


 再度溜め息を付きたくなるが、それを堪えてベッドから立ち上がる。


「ちょっと隼人を探してくる」


「…おい」


 部屋を出ていこうとした所でギルに呼び止められる。


「何?」


「…アイツもそうだが、俺はまたお前を疑ってるからな。それだけは覚えておけ」


「……分かった」


 そう言って再度ドアノブに手を伸ばす。 


「…それと」


「今度は何?」


 二度も呼び止められると流石に不機嫌をあらわにして態度に出る。


「…これを着ていけ、そんな格好でうろうろしたらどうみても変質者だ。その包帯も外せ、傷は癒えているんだろう」


 だがそれを気にもせずギルはTシャツとズボンを投げ渡す。

 言われてみれば病衣と額に包帯を巻いたままで、これから仮装パーティーにでも行くような面白可笑しな格好だった。これじゃあ外をまともに歩けるはずもない。


「ありがとうギル」


「…フン、sure thing(どういたしまして)


 お礼を言うとギルは少し気に食わなさそうに返事し、それを聞いて隼人を探すため服を着替えながら部屋を出た。

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