宿怨の行く末
黒神刹那
黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すからよく負けてしまう。
ティア
蒼白の長い髪の少女で刹那の妹。魔導研究所出身で研究所閉鎖の際に刹那のおかげで黒神家の養子として引き取られた。無口で何を考えてるのか分からない不思議ちゃん。常に自分の事を気に掛けてくれる刹那の事が好きで、それとなくアピールしているがいつも刹那に誤魔化されている
白神琥珀
白髪の少女で刹那の幼なじみでティアと同い年。刹那と同じく八型一刀流の使い手。心優しく謙虚で小動物を彷彿させるような少女。刹那に対して強い憧れと恋愛感情を抱いているが、謙虚さが仇となっている。
碧川海翔
青髪の青年。元二校の生徒会副会長で実力主義者。相手を見下したような言動が多く、弱者が強者に虐げられる事を当然だと思っている
氷雨閃
氷のように蒼白い髪を持つクールなお姉さん。二校の元風紀委員長。真面目で真っ直ぐな性格であり、常に率直に物事を言う。そのせいで現実的、合理的な人だと思われがち。左腕全体に大きな火傷痕があり常に包帯を巻いて隠している。凛とは腐れ縁の仲。
三谷沙織
十三校の学院長であり科学者。主に固有武装の研究を行っている。常に物事の先を見据えて行動しているが、その行動は誰にも予測がつかない。
ルーファス・ブレイヴ
金髪の伊達男。第二次魔導大戦を終結させた七英雄の一人。白兵戦に於いて無類の強さを誇り『最強』の異名を取る人物。『斬った』という因果を反転させて絶対不可避の一撃にする固有武装『神剣ハルシオン』の所持者。現在は紅愛の護衛として、いつも彼女のそばにいる。
桃井紅愛
紅に近いピンク髪の女性。第二次魔導大戦を終結させた七英雄の一人。魔法騎士で、『戦場の歌姫』と呼ばれていたが、大戦中に両目を負傷し視力を失った。個人差はあれど触れた相手の視力と同調して視ることができ。ルーファスとはかなり相性が良いらしく、いつもベッタリくっついている。芽愛の姉でもある。
絶え間無く弓引く幻影達を相手に、刀を振り続けて数分。戦況は膠着状態となり、刹那は消耗戦を強いられていた。
(このままだとキリがない……)
ひとつのミスが命取りの状態。いくら黒曜の能力で魔法の負荷が無くなったと言えど、射続けられる矢を凌ぐのと不意に襲う不可視の矢を見切って振り払うのが精一杯で姿を消した海翔を探す余裕なんてどこにも無かった。
「おいおい、いつまで粘ってるんだー?」
「さっさとやられろよ、魔導兵器!」
雑音として聞き流していた観客の罵倒の言葉が聞こえてくる。
「くっ……」
一瞬そちらに気を取られてしまい。矢を撃ち損じて肩を掠める。そこから焼けるような痛みと脈が打つ感覚がやけ早くなるのを感じる。
「変われ」
(ちょっ、何を!?)
急に体の制御をもう一つの意識に奪われてしまう。
「こういうことは俺がやる。お前はこの状況を切り開く方法を考えるのに集中しろ、得意だろ?そういうの」
(……分かった。任せたよ)
願ってもいない要望に乗り、もうひとつの意識に対応を任せて、思考を切り替える。
(海翔は目に見える物が全てじゃないって言っていた……つまりいま見えている海翔の幻影は全部偽物。この中に本人がいることはまず無いはずだ……)
まるでスクリーンに写し出している映像を見ているかのように勝手に動く目と体を他所に、現状を整理する。
(いまこの場に於いて、視覚はいらない)
そう念じると、視界が闇に覆われる。
勿論それはこっちの意識だけであって、矢を撃ち落とし続けている方の意識は何ともない。
視覚からの情報を遮断した事で刀を握る手、肩の負傷の痛み、勝手に動く体の感覚……と触覚の情報が激しく主張し始める。
(幻影弓を使っている限り、海翔の姿は捉えきれない。視覚は迎撃には必要だけど、先手を打つ為には余計な情報が入って返って惑わされやすくなってしまう)
さらに触覚情報を排除して、感覚を研ぎ澄まし気配を探る。
「おい、まだか?そろそろこっちもキツイぜ?」
(待って……あと少しなんだ)
もう一つの意識の催促に少し気が散るがいつもの事だ。慣れている。すぐに集中し直して、さらに雑音となる観客の声を排除する。
(何処だ?)
刀を振る音、弦を張る音、矢を射る音……。一定のリズムに感じるそれぞれの音の中から一つだけ違うものを探す。
氷を踏み締めて割れた時の小さな音。どの音よりも小さく聞き分けづらいが、他とは違うものだった。忍び、追い詰め、陥れようとする邪な感覚を感じる。
「そこだッ!」
気配を感じた右後方に向かって魔銃を数発撃ち込む。
「ッ!」
すると危機を察した海翔は、姿を現し騎士剣で弾丸を弾く。
「ハァッ!」
そしてすぐさま消えようとする海翔に間合いを詰めて刀を一閃するも、そこに手応えは無かった。
「フン、やるじゃないか。君のマグレ当たりにしては上出来だよ」
「本当にそう思ってるのか、よッ!」
木霊す海翔の煽りの声に対して、何もない左側に刀を振り払う。
「っく!?」
振り払った刀は剣戟の衝撃と音を響かると、何もなかった空間に海翔の姿が現れる。
見えていないのに二度も居場所を割られて、攻撃を防いだ海翔の顔は驚愕と苦い表情が入り交ざっていた
「君の幻影弓の能力は見切らせてもらった!もう俺には通用しない!」
「認めたくないけど、どうやらそのようだね。いくら無能といっても学習くらいはするらしい」
「減らず口を、素直に驚いたらどうだ?」
「驚いてるさ。それより化けの皮が剥がれてるぞ?魔導兵器」
そう言って海翔は口の端をつり上げ、何かを企んでいるかのように嘲笑った。
□□□
「セレニティ、シリアス……か」
「どうした三谷?」
フィールドで戦う二人と端末を交互に見る沙織が珍しく独り言を溢す。
「これを見ろ」
数字の羅列が常に変化し、見ただけでは何を表しているものなのかは不明だった。
「これは?」
「刹那のバイタルサインだ。酸素濃度、脈拍などのサインは戦闘時相応の数値だが、脳波だけ異常値を示しているだろう?」
「そのようだな。それで?彼は一体どういう状態なんだ?」
「聞き馴染みやすい言葉で言えば、ゾーンや覚醒、と言ったところか……」
沙織は少し嫌そうな顔をしながら、そこで言葉を区切る。
言い淀んだ話を聞くために口を閉ざし、先を続けるように促す。
「だが、厳密にはそういった代物とはかけ離れていて、とても危険な状態だ。周りがな……」
「周りが?」
「ルーファス。無力化した相手がこちらの隙を突いて再び襲い掛かって来た場合君ならどうする?……いや待て、愚問だな。言い換えよう。君が指導するならその状況をどう対応させる?」
『最強』の二つ名が与えられた私に歯向かう人はいないと思ったのか。例え話に切り替えて聞いてくる。
「自己防衛を優先させる。襲い掛かる相手への配慮は二の次だ。自分が死んではどうにもならないからな」
「普通はそうだな。だが、ある馬鹿な研究者が考えた愚かな理論がこうだ。"先に殺しておくべきだ"と……」
笑止千万と言わんばかりに冷めた口調で露骨に嫌そうな顔をしながら彼女は語る。
「前提として無力化なんて甘い事をしていなければ襲われる心配がないと言ったのさ。突き詰めると『専守防衛』という耳触りの良い言葉だけが残るがな」
そう言って沙織は最後に嘆息を漏らして煙草を吸う。
「その理論では最悪の状況が常であり、殺人が道理であるかのようだ。話にならんな……」
「実際いたんだよ。そんなことを言った馬鹿者が……。戦闘における標的と相対し状況に対処する冷静さと、相手を厳粛に裁く冷酷さを求め、思考を冷静かつ厳粛にする理論、それが『セレネアスモード』……。かつて刹那に人体実験を行った研究者が言った戯言だ」
「要するに人を機械のようにする思考で、彼はその第一号だと?」
「そうだ。普通の人にはできないことも当然のように選択肢に入れる事がある。例えば''殺されるかもしれないから先に相手を殺す''とかな」
「……」
沙織の例えを聞いて呆れる。それでは誰も彼もが危険分子と判断される。過剰な防衛も行き過ぎればただの暴力だ。
「咄嗟の事や怒りに任せて衝動的にそうする人間は多かれ少なかれいる。が…所詮は衝動だ。時を経れば冷静さを取り戻して自然と落ち着く。だが、セレネアスモードは違う。最初から冷静であるが故に一度箍が外れるとその思考と行動を自身で抑制することが不可能になる」
「喩えそれが取り返しの付かない行動になると理解していてもか?」
「逆だルーファス。理解しているからこそ、その行動を取るんだ。二度は無い。再び立ち上がる事がないよう反逆の芽は摘む。その思考の持ち主はやり過ぎがやり過ぎじゃなくなるんだ」
「……本当に話にならないな」
呆れて物も言えない。ルーファスはそのまま口を噤んで試合の傍観に徹した。
□□□
「たぁっ!」
振り下ろして袈裟切りをするがあっさりと受け流され、反撃を返される。
「っく!?」
その反撃を避けて間合いを取り。一息つく。
「ふん。やっぱり君は何一つ変わらない上に、何処までも生ぬるいヤツだね」
「何?」
海翔は失望したような口振りで見下して来る。
「甘ったれてる、と言ったんだ。さっきから手足を狙うばかりで急所を突こうとしない。首や頭はわざとがら空きにしているにも関わらずだ。これを甘ったれと言わずして何て言うんだ?お人好しかい?」
「相手に致命傷を与えるのはルール違反だろ」
正確には相手に後遺症が残るような傷を与えないだが、それでも顔や首を狙う理由にはならない。
「ああ、勿論そうさ。けどそれがどうした?君が人間だと言うのならそのルールを破ってみろよ」
だが妥当な理由を述べた所で、海翔は揚げ足を取ってくる。実に安い挑発だ。
「そんな事をしなくたって俺は人間だ!俺は誰かを不必要に傷付ける為に闘っている訳じゃない!」
「ふん、腑抜けの善人者気取りが。何が傷付ける為に闘ってないだ……。これならまだ感情に流されず冷徹に行動する義妹の方が兵器として優秀だ」
その発言に怒りが沸き上がる。ティアの事になると冷静さを失うのは自分でもよく理解してつもりだ。
「黙れ……」
だが、体の奥から沸き上がるこの感情は制御しきれない。
「だってそうだろう?君とは違って最初から兵器して育て上げられたような存在なのだから……」
「黙れっ!」
声を荒立てるが、尚も海翔の饒舌な挑発は止まらない。
「先日の試合も、彼女は兵器としてずいぶん様になっていたね。敵味方全てを巻き込む広範囲無差別攻撃魔法、スノウフェザー。殺戮を目的とした魔導兵器として真っ当な仕事をしたんじゃないか?」
「ダマレェッ!」
そして刹那の中で張っていたモノがキレて溢れだす。
全身から黒い魔力を吹き散らし、力の限りを以て海翔に斬りかかる。
「ハッ!やっと本性を現したか。化けの皮が剥がれるのも存外はや……っ!?」
その攻撃を余裕そうに受け止めた海翔だが、急激に増加した力に圧され、左手
に持っていた幻影弓を弾き飛ばされる。
「コロスッ!オマエダケハユルサナイッ!」
「ふん。やってみろよ魔導兵器。そして証明しろ、君が兵器であると」
□□□
観客席は刹那の黒い魔力に恐怖や不安感じてに圧され、固唾を飲んで試合を見ていた。
その一部である閃、琥珀、ティアは周囲とは別の感情を抱えてながら戦闘を見守っていた。
「凄いな……。ここから見ているだけでも全身が逆立つほどの魔力なのに、それに対面して物怖じ一つしないとはさすが碧川だな。だが刹那のあの黒い魔力は一体……、白神?どうした?」
感嘆の声を出しつつ、流し目で琥珀を見ると少し不安そうな表情をしてた。
「あ、いえ。何でも……ありません」
何でも無い。と言う割りには全身が強ばっており、いつも帯刀しているデバイスの鯉口を切り掛けている。それを見てただ事ではない事を察する。
「……」
「こちらも……いつも無表情に見える子が不安そうに見える辺り、やはり今の彼は尋常ではないようだな」
いつも何を考えているか分からない表情でボーッとして見えるティアが、何か怯えていた。正確には違うと思うが、確かにそんな感情が読み取れる顔して、戦っている刹那の姿をただじっと見つめている。
「……」
「心配することない。君もよく知っているだろう。君の兄は強くて優しい人だ。いまは信じよう」
閃自身も不安を覚えていたが、年上である自分がしっかりせねばと気を引き締めて、ティアを元気付けるように声を掛け、再び試合を見守る。
□□□
「あの黒い魔力はなんだ?」
「……私の口からは何も言えないな」
大体の事は聞けば何でも話す沙織が珍しく目を瞑り口を閉ざす。
「だがルーファス。ハルシオンを抜いておけ。もし刹那が碧川を殺そうとしたら斬れ……お前とその剣の能力なら最悪の事態は回避できるだろう……」
「最悪の事態は……か。了解した」
帯刀してるハルシオンを鞘から抜き取り、いつでも振れるように構えて海翔と争う刹那に狙いを付ける。
「あの。沙織さん……多分だけど、あの子はきっと大丈夫ですよ……優しい子だもの」
関わったことも無い相手にここまで言う紅愛の言葉には、嘘でも気休めでもない安心感があった。
「だと良いけどな……」
だが、その言葉だけでリスクが消える訳ではない。そう信じたい気持ちは山々だが、いまは最悪の事態を回避する為の選択を沙織はしなければならないのだから。
□□□
「オォォォッ!」
刹那は怒りと勢い任せに黒曜を振り回して怒涛の連続攻撃をする。
いまの彼は完全に理性を失い。ただ海翔を殺す事だけしか見えない狂戦士だった。
観客からすれば本性を現した、あるいは暴走した魔導兵器見えていることだろう。
「ふん、大振り過ぎて止まって見えるぞ?これならさっきの方がまだマシだな」
刹那の突き、一閃、袈裟、逆袈裟と。その連続攻撃を凌ぐ海翔は更なる挑発をする。
「シャァッ!」
「っ!」
だが防いだと思った逆袈裟から、切り返しで持っていた騎士剣を弾き飛ばされる。
「シネェェェッ!!!!」
「がはッ!」
無防備になってしまった状態でそのまま胸を突き刺される。
凄惨な光景に、観客席から声を押し殺そうとして小さく漏らした悲鳴が聞こえた。
「……なんてね。甘い甘い」
だがそんな観客席を余所に突き刺されたはず海翔はニヤリと笑うと靄のように霧散し、代わりに別の場所から風景を暈しながら悠然と歩いて現れる
「視野狭窄とは正にこの事だ。まさか手元に幻影弓が無いからって能力が使えないとでも思ってたのか?デバイスは近くにあれば能力を行使できるのは常し…」
「ゼャァッ!」
嘲って喋る海翔に斬りかかるがまたもその姿は霞がかり霧散する。
「はぁ、話してる途中に攻撃してくるなんて興醒めだよ。折角君に合わせてやってるんだ、もっと盛り上げてくれないかい?」
木霊す声から何処にいるのか探すが、それより先に弾き飛ばして氷上に転がっていたはずの騎士剣が消えている事に気付く。
「ソコカァッ!」
直感でさっきまで剣があった場所を一閃する。
その勘は当たり、一閃の途中で打ち合った時の特有の甲高い音と衝撃を伴って海翔が姿を現す。
「そうそう。君は腑抜けで非情にもなりきれない出来損ないだけど、できない訳じゃない。もっと、もっとだ!そして僕を殺してみろ!」
「シャベルナァッ!」
一撃、二撃、三撃と刹那は荒々しく本能のままに黒曜を振り、海翔に猛攻を仕掛ける。
海翔はそれをものともせず、むしろその剣筋に合わせるように打ち合って煽り立てる。
理性が消え、本能まま目の前の敵に襲い掛かる刹那の剣筋は大振りで、それを受け切る海翔には容易く。むしろ隙だらけになった四肢や胴を斬り付け、ジワジワと追い詰めていた。
だが理性を捨てた刹那は四肢や胴を傷つられても動きは鈍らず、むしろ振るう剣の切っ先が冴え、その大振りで振り切った剣筋とは思えないほど、恐ろしい速度と力を以て刹那は鋭い切り返しをする。
「っ!」
その切り返しを海翔は余裕を持って防ぐが、いまの攻撃で騎士剣が軋む音が右手に伝わる。そしてそれが彼にとってイヤな直感へと変わる。
「シャァッ!」
もう一撃。今度は先ほどよりも速く、そして力強く刹那は黒曜を振るう。
しかし海翔にとってそれも反応できないほどのものではない。だが頭の中のイヤな直感はこれを受けてはいけないと激しく警鐘を鳴らすが、その警鐘を無視し攻撃を受け止める事を海翔は選ぶ。
そしてイヤな直感は的中し、攻撃を受けた瞬間、騎士剣に亀裂が入り甲高い音と共に刃が砕け散る。
「チィッ!」
海翔は思わず舌打ちを漏らす。それは剣が折れたことに対してではなく、刹那の力量を甘く見ていた自分に対してだった。
そして理性を捨てても尚、武器を失い無防備になった海翔の隙を逃す刹那ではなかった。
「っぐ、かはっ!」
間髪を容れず腹に向かって前蹴りをして吹き飛ばす。
それをまともに喰らった海翔は氷上を滑る様に転がって、波が変形してできた氷壁に当たってやっと止まる。
「ゲホッ!ゲホッ!」
腹部に攻撃を喰らったことにより、激しい吐き気と軽い呼吸困難に襲われるがいまの脅威はそれじゃなかった。
「コレデ、オワリダ」
いつの間に詰め寄ったのか、すぐそばに立ち佇む刹那。
その声に抑揚は無く、その目に熱は無く、ただ禍々しく黒い魔力を放出している姿には、彼の怒りとそれへの恐怖以外の何物も感じられかなかった。
いまここで死ぬ。そう悟る海翔。だがそこに恐怖はなく、むしろ刹那を嘲笑うかのように不適に嗤っていた。
「シネェェェッ!」
高々と上げた黒曜を海翔に向かって突き刺すようにして振り下ろす。
誰もがこれから目の前に広がるであろう惨劇に思わず目を閉じようとしたその時……
「兄さんやめてッッ!!」
会場に一つの声が響く。
「っ!」
振り下ろした黒曜は海翔の頬を掠れて氷を突き刺す。
「……もう……いいから…!」
観客席の一席。小さな姿で立ち上がり、声を張り上げるティアを見上げる。
刹那だけではない。会場いる全ての人が彼女を見ていた。
「もう……兄さんがティアの為に……頑張らなくていいから……!」
あんなに大人しくて感情を出さないティアが今にも泣き出しそうな顔で、声を震わせながら精一杯に出してる。
「もう……にぃが……傷付かなくていいからぁ!だからっ……だからぁっ……ぅく、ひくっ……!」
溢れる想いを抑えきれず、彼女は言葉の続きを言えずにそのまま泣き出す。
隣にいた閃が気を使い、人目のつかないように連れて行く。
その背中姿を追うように刹那はただぼうっと見つめる。
「ティア……」
ティアの声で我に帰った刹那は、さっきまで身体中から放出していた黒い魔力と鬼気迫る気迫は霧散し、いつも通りの温厚な状態になっていた。
「ハッ!泣かせてくれるね……所謂兄妹愛ってヤツかい?」
「……」
海翔の煽る言葉を無視し、静かに突き刺した黒曜を引き抜いて、海翔の首筋に黒曜を突き付ける。
「何故君はそうまでして弱者を虐げる?何故僕に突っ掛かる?僕が君に一体何をしたって言うんだ?」
海翔のいままでの行為とその真意を問い質す。
「何故?一時の激情に身を任せないとロクな力も振るえないヤツが何故と問うか?じゃあ逆に聞こう。弱者に何ができる?」
首筋に刃先を当てられてもなお海翔の威勢は良く、悪びれるような素振りは一切無かった。
「己の才に悲壮し、それを周りのせいだと責任を押し付け、あまつさえそれでもと言って扱えない力を使い、守れもしない人間を犠牲にして、敵に要らない情けをかけてやられる弱者に何の意味がある?大人しくしていれば良いものを、余計な事をして犠牲を増やす。それが弱者だ」
「……確かに君の言うことはある意味正しい。何も反論しようがない。でも前にも言ったけど僕は弱い……相手に情けをかけて負ける愚か者なのかもしれない。だけど、それで諦めて強くなろうと努力しないのは間違っている。例え愚かだとしても相手に情けをかけないのは人として間違っている」
「ハッ!魔導兵器が人を説くか…笑わせる」
「僕は兵器じゃない!ただまだ未熟なままなんだ……それは君だって同じだろ」
「君みたいなのと一緒にしないでくれないか?」
圧倒的に劣勢な状況であれど、海翔の毅然とした態度は変わらず。話し合いではやはりお互いの価値観は相容れられないと悟る。
「……どうも言葉を交わすだけでは終わりそうにないみたいだ」
「不愉快だけど同感だよ」
刹那はおもむろに当てていた黒曜を下ろし、虚空に仕舞う。
その不可解な行動に海翔は警戒しつつ制服を払いながら立ち上がる。
海翔と距離を取るために数歩下がり、虚空から騎士剣と刀を取り出し、騎士剣を海翔に向かって投げ渡す。
「何のつもりだい?」
受け取った海翔は訝しげに至極真っ当な疑問を聞いてくる。
「海翔君、君に真剣勝負を……全力での戦いを挑む」
「……」
「勝敗はどちらかが戦えなくなるまで、僕が勝てば、いままでの事を謝罪してもらう。君が勝てば…………僕は魔導騎士を辞める」
魔導騎士を辞めるということは十三校だけでなく、元いた二校すらも退学するという意味を指す。
ここで海翔に負けるのであれば彼の言う通り、これから先も誰かの足を引っ張り、迷惑を掛けるだけの弱者なのだろう。だから意を決してそれを公言する。
「本気で言っているのかい?」
「伊達で言っているとでも?」
海翔の問いに二言は無いと返すと静かに刀を構える。
「ふん……」
冷ややかな目で気に食わなさそうに鼻を鳴らすと海翔も騎士剣を構えた。
合図も無く二人は剣を振り始め、激しい剣戟を会場に響かせてしのぎを削り合う。
魔法を使わない、互いに持ち得る純粋な剣技のみでの仕合が繰り広げられる。
両者の剣技は拮抗し、攻撃しては往なされ、反撃しては防がれる、その二人の攻防に誰もが目が奪われていた。
「本当……残念だよ」
不意に剣を振る手を止め、海翔は口を開く。
「……何が?」
「君という存在がさ……。剣術、体術、直感、どれを取っても一流……は過大評価だな。精々三流相手には引けは取らず、食い下がれるほどの実力を兼ね備えている」
多少の嘲りが混じっているが本当に憐れみを感じているような口振りで話す。
「ところがそれに魔法という要素を加えると途端に全部が霞んでしまう。どんな綺麗な太刀筋だろうが魔法を纏った剣には敵わない。どんなしなやかな動きが出来ようが自己強化した身体性能には敵わない。どんな勘を持ち得ても魔法が避けれなければ意味はない……、これを残念と言わずしてなんて言う?……加えて研究所出身ということも踏まえれば最悪なものだ」
「一体何が言いたい?」
不愉快な発言に耐えきれず問い質す。
「いや特に……ただ冷静に事実を整理したら君があまりに可哀想だったからね、ほんの少しだけ同情してやっただけさ」
同情の目で見ていたのもすぐに消え、いつものように嫌味ったらしい口調で煽ってくる。
「癪に障るけど少し感心したよ。君でも同情するんだね……」
「当然さ、それが強者の特権というものなのだから」
同情するのなら、その侮辱するような態度を改めて欲しいものだが、言ったところで変わらないだろう。
「強者……ね。君は強者が正義とでも?弱者は虐げられて当然だと?」
「実際世の中はそうできている。強者が全て、弱者はただ強者に庇護され従属されて最終的には世の為人の為と大義名分の名の下に切り捨てられるか、自然淘汰されるだけだ。だから僕が強者になってそんな間違った常識を変えて見せるのさ」
問いに対する返答と同時に海翔は斬りかかってくる。
「でもそれを君がやる必要はないだろう」
それを受け止め、鍔迫り合いの状態で更に問う。
「いいや必要だね。僕が頂点立って全てを動かさなければ実現できない」
「それで世の中が平和になるのか?その結果みんなが君の言うことを聞くのか?」
「するのさ!弱者は黙って強者の意向に付き従うのが道理だ。聞かないのなら強制し、異を唱えて反旗を翻すのであれば立場というものを分からせてやる」
競っているはずだが僅かに向こうの方が勝ち、ジワジワと押し込まれていく。
「そんな平和……力にものを言わせて押し付けているだけだ!」
「それがどうした!それで平和になるんだ。君みたいな理想だけを口にする無能がいるから世界はいつまで経っても変わらないんだ」
「理想を口にして何が悪い!理想が……夢があるから!それに向かって努力しようと思えるんだろう!君がいま言っているそれも理想だ!」
「偉そうに……そんなの百も承知さ。そうやって今できる最善から目を背け、届きもしない理想に手を伸ばすから君は弱者で無能なんだ!」
「変えられないから仕方無いと、届かないから諦めるんだと……そうじゃないだろ!」
押し込まれて片膝を着かされていたが逆に押し返し、そのまま突き飛ばして距離を開ける。
「変えられないなら変わればいいッ!届かないなら掴み取れッ!……変われないから……届かないからって。大切なものを守りたいという理想を捨てる理由にはならないッ!」
そして刀を脇に構えて地を蹴り、駆け出す。
「そんな綺麗事じゃあ!何も変えきれはしないッ!」
海翔もこちらの動き合わせて立ち向かってくる。
「「オオォォォォォォッ!」」
交差する手前で刀を振り上げる。対する海翔は剣を振り下ろした。
会場に甲高い剣戟の音が響き渡り、遂に勝負に決着が付く。その勝者は……
「……確かに僕は弱者で無能かもしれない……でも、それだけで諦める訳には……」
視界が霞む、顔に焼けるような激痛が走り、手の感覚が薄くなっていく。
まともに受けた袈裟斬りに、そのまま意識を失って倒れる。
会場上空にあるモニターには刹那の所に戦闘不能と表示される。
「ふん……」
倒れた刹那を見下ろす海翔。少しの間立ち尽くしていると、宙高く舞った剣の刃がすぐそばに落ちて氷の上に転がる。
海翔が手に持つ騎士剣は折れていた。
交差の瞬間。彼は刹那を狙って振り下ろしたが、刹那は彼ではなく剣を狙って刀を振り抜いていた。その結果剣は折れたが、折れた先端で刹那の顔を斜めに斬り割いたのだ。
刹那の優しさか未熟さ故の行動だろうが、それでも己の信念を貫く行為であった事には変わり無かった。
「変えきれないなら変わればいい、届かないなら掴み取れ、か……」
そして彼は刹那の言った言葉を思い出すように口にすると、残った柄を放り捨てて踵を返す。
「剣が折れてしまっては騎士は戦えない……認めてやるよ、君は強者だと。『降参』」
降参を意味する言葉を口にし、弾き飛ばされて転がったままの幻影弓を拾い上げる。
「精々、君の理想に殺されないよう足掻くことだね」
海翔は最後にそう言い残して出口に向かって立ち去っていく。
刹那と海翔。二人の長きに渡る深い怨恨と嫌忌は互いの中でほんの少しだけ晴れて勝負の幕は下りたのだった。




