第2話 部隊結成
登場人物紹介
黒神刹那
黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すからよく負けてしまう。
ティア
蒼白の髪の少女で刹那の妹。魔導研究所出身で研究所閉鎖の際に刹那のおかげで黒神家の養子として引き取られた。無口で何を考えてるのか分からない不思議ちゃん。常に自分の事を気に掛けてくれる刹那の事が好きで、積極的にアピールしているがいつも刹那に誤魔化されている
ステラ・スカーレット
紅い髪の女の子で元一校のエリート。少々意地っ張りでツンデレ。自分の気持ちに素直になれないことに対して自分でも悩んでいる
小桜風香
緑髪のお姉さん、元七校の風紀委員長であり、真面目で礼儀正しいのだが、基本的な問題解決方法が武力的なのが玉に瑕。
夢。それは微睡み揺蕩う意識の世界。
睡眠時に見る夢とは、脳が記憶の整理を行う時に見せるもので、今日あった事から遥か昔の事までの所謂"思い返し"であり、本来決して交わる事のない過去と現在の交差点とも言えるだろう。
そして肝心な場面や最大の恐怖の瞬間に目を覚ます。などといった経験は誰もがあるはずだ。
刹那は混濁する意識の中、体の悲鳴よって現実へと引き戻された。
目が覚めると見知らぬ天井が視界の九割を占めていた。そんな情報だけでは足りないと体を起こして周りを見ると、見覚えのない部屋に、見覚えのある人達がいた。彼女らは何故か寝ているのだが……そもそも何故いるのか?
義妹のティアは当然の如くベットに潜り込んでは横で添い寝していて、記憶の最後では戦ってたはずのステラは壁にもたれて器用に寝ており、風香はベッドの横にある椅子に礼儀正しく座りながら船を漕いでいた。
「ここは……あの後何があったんだ?」
どういう状況なのか整理するために刹那は記憶を遡る。
戦闘で体の負担に耐えきれず気を失ったまでは覚えてる。義妹であるティアが一緒にいるのもわかる。が、何故彼女らがいるのかが全くわからなかった。
「うぅん?……にぃ……おはよ」
こちらが起きたのに気付いて寝惚け眼を擦りながらティアが起きた。
仕方ないのでついでにステラと風香も起こしたが、どうやらこっちが起きるを待っていたら寝てしまったらしい。
「こ、コホン。黒神さん、貴方をここまで運んだのは私達です。貴方が倒れたあと、どうしようかと迷っている時にこの子が……」
わざとらしい咳払いをし、気を取り直して状況の説明をする風香。どういう経緯でこうなったのかを把握するが、少し納得できないこともいくつか出てくる。
「そうか、ありがとうティア。でも他の人を巻き込むのは良くないよ?」
「……うん、気を付ける」
取り敢えず、まだ世間知らずな部分があるティアに注意をしつつ頭を撫でる。するとティアは目を細めて気持ち良さそうにする。
「君達にも迷惑をかけてしまったね。ありがとう、そしてゴメン。」
「なんで謝るのよ。私達はあなたを傷つけたのに、あなたは何もしてないじゃない……むしろ謝るのは私達の方よ……」
さっきの戦闘を思い出したのか、少しバツの悪い表情するステラ。
「お詫びのつもりじゃないけど。私達、あなたと部隊を組むことにしたわ」
「…え?」
思わず変な声が出てしまったが聞き違えたのだろうか?そもそも彼女らが自分と部隊を組もうとする理由が分からない。
「だ・か・らッ!あなたと部隊を組むって言ってるの!何度も言わせないで!」
恥ずかしかったのか顔を赤くしながら強引に押しきろうとするステラ。
部隊を組む。劣等生である刹那にとってありがたい話だが、即答して組もうとするほど重要な事ではない。彼女らの意図を知った上で考えても遅くはないはずだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな事急に言われても僕は良くてもティアが!」
「……ティアは問題ないよ?」
「ティアまで!?」
時間稼ぎで出したティアに即答で裏切られ、刹那は考える時間と逃げ場を失ってしまう。
「妹さんの了承も得ましたが、貴方はどうしますか?」
追い打ちをかけてくる風香に、詰みです。と言われている気がした。
「はぁ、わかったよ……」
いまさら嫌とも言えず、仮に言い訳を並べたところで論破されると何となく悟り、どうにもできないと観念して不承不承ながら了承した。
「ホントに!?良かった~」
「でもなんで僕と組もうと思ったの?」
胸を撫で下ろすように喜んだステラに気になってた事を訊く。片や殺そうと、もう片や自白させようと戦ってたはずなのに、その相手と部隊を組もうとした心変わりがあまりにも異様過ぎて気味が悪かったからだ。
「貴方の実力は確かなものだと判断して、ステラさんと相談して決めました」
その問いに対して至極真っ当な答えらしい返答を風香が言って、やっぱりそんなものかと納得しかけるが……
「ま、本当のところはあんな事やっていた私達と組もうとする人がいなかったのよね」
「……」
事実をぶっちゃけたステラに唖然としつつも大いに納得した。
確かに入学式をぶっ潰してまで問題を起こすような輩と組もうとする人はいないだろう。当然と言えば当然である。
「そういえば、ちゃんとした挨拶はしていませんでしたね。小桜風香です。得意魔法は風、これからよろしくお願いしますね」
「知ってるだろうけど一応ね、ステラ・スカーレットよ。得意魔法は火、別によろしくなんかしなくてもいいわよ」
風香は礼儀正しく丁寧に、ステラは少し上から目線で自己紹介する。
「僕は黒神刹那。こっちがティア。ほら挨拶して」
二人に軽い挨拶をして、今度はティアに挨拶を促す。
「……ティア……得意なの、水。……よろしく」
「よくできました」
口下手なティアが自分でしっかり自己紹介出来たのを褒めて頭を撫でる。
「……にぃも、ちゃんと挨拶する」
「あ~、やっぱり?」
上手く流したつもりだったがティアに指摘され、どう話を切り出したものかと迷ってしまう。
「それより、ここは何処なんだ?」
取り敢えず誤魔化す為にあからさまではあるが、適当な方へ話を逸らした。
「貴方の部屋です」
が、逸らしたつもりの話題で風香から意外な答えが返ってきた。
「僕の部屋?」
「部隊を組んだ者達に与えられる部屋のうちのひとつです。勝手に貴方の部屋としました。荷物も運び終わっていますよ」
「えっ?って言うことは……」
さも平然を装って淡々と説明する風香をまじまじと見つめる。
「……お察しの通りです」
その目線に堪えきれず観念した風香が目を逸らしながら答える。
さっきの部隊に入るという話は何だったのだろう?元から有無も言わさず組むつもりだったのがわかる。というか事後承諾も甚だしかった。
「で、あなたは?」
さっきから気にしてないフリをしていたステラが痺れを切らし、話を割ってまでこちらの事を訊いてくる。
「僕……ね。実は僕、魔法適正が低くてね。魔法をまともに使って戦ったらすぐに消耗して倒れちゃうんだ。だから得意魔法もないよ」
「「え?」」
「だからさっきの決闘で倒れたってわけ」
魔法適正とは、文字通り魔法に対する適正を表す指標で、適正が高ければ高いほど高度な魔法でも体へ負担が小さくなる。逆に言えば、低いと簡単な魔法でも体への負担が大きく、最悪の場合その負荷に体が耐えきれず気絶する。
「じゃあ、あなたなんで、あんなに強いの?」
「なんで?って言われてもね……」
ステラの質問がまだ知られたくない事のド真ん中を付いてきて、どう上手く返そうか言葉に詰まって困る。
「……にぃは、戦闘になると人が変わる。……悪いクセ」
「ふ~ん」
「なるほど、そういう事でしたか。だからあの時喋り方が変わっていたのですね」
返答に困っているところをティアが助け船を出してくれる。ティア自身、本当の事を言ったつもりなのだろうが、その答えを解釈違いをして納得するステラと風香。それに便乗して一芝居打つことにする。
「僕そんなに戦闘中、人が変わってる?」
「変わってるわ」
「変わってます」
「……自覚無いのも、にぃの悪いところ」
「……善処します」
打った芝居で三人から責められるように言われてバツが悪くなり。知っててそういう風に振舞うのは大変だというのが身に沁みて感じる。
「それはそうとティア、いつも言っているけど"にぃ"はやめてくれないかな?そう呼ばれると、ティアがかなり幼く感じてしまうからさ」
居心地の悪さを誤魔化すために、ティアの方へと話題を転換する。普段から呼び方の事を言っているが、流石に十三校に編入してきてまでこのままでは、事情を知らない人達から刹那が変な趣味の持ち主だと思われてしまう。
「ティアさんはおいくつですか?」
「いまは十五だよ。僕の一つ下だ」
「ぜ、全然見えないわね」
風香の問いに答えるとステラが驚いて、まじまじとティアを見つめる。年齢にそぐわず幼く見えるから当然といえば当然だろう。
「……じゃあ何て呼べば良いの?」
困った様に首を傾げ訊いてくるティア。小動物味を感じる可愛らしい動作に釣られそうになるが、心を無心にして話を続ける。
「ん~、刹那じゃダメ?」
「……だめ、無理。呼び捨て出来ない」
年頃の女の子がよくやる呼び捨てを提案するが即座に却下され、さらに困ったように上目遣いで見るティア。
「はぁ、じゃあ兄さんは?」
その行動に根負けし、他に聞かれても問題のないワンランク上の呼び方を提案する。
「……分かった。兄さん」
「よし、よくできたね」
ちゃんと言えた事を褒めて頭を撫でてあげるとティアと嬉しそうに目を細める。
「甘いわね」
「甘いですね」
それを見ていたステラ達に非難されるが、これから学院生活を思えば知ったことではない。
「そういえば、みんなは荷物の整理はしたの?僕はまだできていないから、やりたいところなんだけど…」
そんなシスコンを見るような冷ややかな目で見てくる彼女らの目線を無視して要望を言う。
正直な事を言うと、まだあまり親しくない間柄の人達を自分の部屋(仮)に居座られると落ち着かないからなのだが…。
「そうね、私もまだ整理できていないし」
「私もまだですね。お詫びと自己紹介も終わりましたし、各自荷物の整理でもしましょうか」
それに同意して部屋を出ようとするステラと風香。
「……兄さん、私も部屋に戻る」
「うん。戻って荷ほどきしてきて」
彼女らに続くようにしてティアも部屋から出ていく。それを見送った後に刹那はベッドにまた横になり思考する。
(これから一緒に部隊を組む仲間だ。本当の事を話すべきなのか?)
さっきは自己紹介では魔法適正の話でやり過ごしたしたが、一緒にいるだけでも気付かれてしまう可能性がある。自分の事情やティアとの事も。
(いつかはその時が来るだろ)
(分かっている。それでも……)
(悩んでもしょうがねぇだろ?俺は現在を生きる、それだけだ)
(僕はそうも行かないよ)
(だからお前は情けないって言われるんだよ)
(そう言う君は軽々過ぎる。いつかは話す時が来る。その時に僕や君が受け入れられるかどうか……)
(どちらにせよ、俺にはどうだって良いことだ)
そう言ってもう片方の意識が薄れて消える。
刹那の中に宿るもうひとつの人格、彼はいまの刹那とは対称的でとても同じ人とは思えないほどだが、切ろうにも切れぬ存在だからか信頼が置けた。
薄情で横暴で残忍だが、自分と同じで決して人の心を知らぬ存在ではないと分かっているからだ。
「……荷ほどきでもするか」
ベッドから起き上がり、部屋の片隅に置かれていた荷物の荷ほどきと整理をする。
山積みになっている箱を下ろして、中身を開けると様々な武器が沢山出てくる。
短剣、騎士剣、刀、太刀、大剣、拳銃。と多種多様な武器を次々と取り出し、端末でそれらを武器登録していく。
武器を登録すると学院の武器保管庫に転送され、保管装置から一定以内の距離であれば、いつでも任意で武器を取り出す事ができるようになる。魔導騎士達が虚空から武器を取り出している原理はこれを利用しているからだ。そしてよほど特殊な武器を除けば、汎用武器の予備は沢山あるため、いくら破損してもすぐに取り換えが効くようになっている。
登録した武器を手入れするために再度取り出して床に並べていると、不意にドアをノックされた。丁寧だが何処か無遠慮な感じ叩き方でステラだろうと予測する。
「いい?入るわよ」
「どうぞ」
声を聴いてステラだと確信しつつ、構わず武器の手入れを続けながら入室を許可した。
「な!なによこれ?」
部屋に入った途端にステラは驚いた表情になる。まあさっきまで箱とベッド以外何も無かった部屋に、足を踏み入れるのを躊躇うほど綺麗に武器を並べれば、誰でも驚くだろう。
「ちょっと武器の手入れをね」
「にしては多すぎじゃない?」
「まあね。ちょっと手入れが大変かな」
ステラの当然の疑問に苦笑いをしつつ、最後に取り出した拳銃をバラバラに分解して一から組み立ていく。
「それって魔銃?」
「そうだよ、よく知ってるね」
ステラの質問に素直に関心したつもりの回答だったが、その言葉を聞いて急にステラがムッとした表情をする。
「なんか私の事バカにしてる?」
「いやそんな事ないよ。まあこれなら魔法適正値の低い僕でも使えるからね。かなり重宝しているんだ」
ステラの誤解を解きつつ、魔銃を組み立て終え、最後に構えて動作確認をするために引き金を引いて空撃ちをする。
魔銃とは、弾にあらかじめ魔力を込める事ができ。魔法適正には関係無く魔法を放つ事ができる。あらかじめ魔力を込めているものだから魔法の威力はかなり低いが、最大の利点は、他の魔法に当てると当てた魔法の効果を打ち消す事ができるところである。
「うわぁ……じゃあこの武器は?引き金があるけど剣?銃?」
目の前にあった武器に興味が湧いたのか。ステラは子供見たいにキラキラと目を輝かせて聞いてくる。
「それは珍しい武器でね。こっちにも似たような物なあるんだけど……」
魔銃を置き、ステラが持っている物より小さな剣を二つ取って見せる。
「そっちは剣銃。こっちは双銃剣だよ」
「両方、魔銃と同じなの?」
「双銃剣はそうだけど剣銃は違うよ。これは斬る瞬間に引き金を引いて爆発させて、その爆発させた衝撃でさらに威力を上げる仕組みになっているんだ」
初めて見るステラにも分かりやすい様に簡単に説明する。
「じゃあそっちは?」
「こっちは魔銃に刃を付けたような物かな。戦闘中に武器を切り替えなくてもいいようにね」
「ふ~ん。魔法が使えないのもかなり不便なのね」
「武器を多く持っておくと色々な状況に対応できるようになるから、ステラも大剣以外にも他に武器登録していた方が良いよ。そうだな……ステラならこれとか使いやすいと思うけど……」
そう言って並べて置いてあった騎士剣を取ってステラに手渡す。
「使った事はあるけど…使いこなせる自信がないわね……」
「持っておくだけでもそれは有利になるものだよ。それはステラにあげるよ」
「え、良いの?これ大切な物なんじゃないの?」
「僕が持っていても大体使うのはコレとコレだから」
そう言って刀と魔銃を取って見せる。
騎士剣は刹那の所有物ではあるものの、所詮は学院側から支給されている汎用武器だから、いくらでも代替が利く。
「その剣も鑑賞用じゃなくて、使ってもらった方が嬉しいだろうからね……」
「そこまで言うなら……貰っておくわ」
口では嫌そうに言っているが、少し嬉しそうに端末を操作するステラ。そして、あげた騎士剣がステラの所有物となり、転送されて消える。
「そういえば何か用があってここに来たんじゃないの?」
「あ、忘れてたわ。そろそろ夕食の時間だけどいつまで経ってもあなたが部屋から出てこないから呼びに来たのよ」
部屋を訪ねた用件を尋ねると思い出したように言うステラ。
まあ部屋に入るなり床が武器だらけになっていたから、用件を忘れるのも多少は無理もないが、そもそも声は聞こえてるのだからドア越しに言えばいいだけで、部屋にまで入ってくる必要は無いはずだが、それは言わぬが華だろう。というか言ったら斬りかかられそうなので心の中にそっとしまっておいた。
「そっか、もうそんな時間か」
ステラに言われて初めて端末で時間を確認すると、時計は7時前を示していた。
「呼びに来てくれてありがとう。集中すると時間が過ぎるのは早いね」
笑ってお礼を言うとそれを見てステラは顔を赤くする。
「べ、別にこれは部隊の交友を深める為よ」
「うん。これからよろしく、ステラ」
名前で呼ばれた事で更に赤くなっていくステラ。
「……よろしく」
顔を見られたくないためか、うつむきながら手を伸ばしてくる。その手を掴んで握手をする。
「さて、行こうか?」
「…えぇ」
顔が赤くなっている事を、敢えて気付かないフリをしてそのまま部屋を出ようとする。
「あ、あの!」
「ん?」
「わ、私もあなたの事、名前で呼んでいいかしら?」
「もちろん!」
ステラの提案に快く了解すると、彼女は少し嬉しそうな顔をする。
「ありがとう、刹那」
「こちらこそ。じゃあ、行こうか」
「えぇ」
部屋から出ると、リビングルームになっていた。テーブルやソファーやテレビなど4人で使うにはまだ余裕のある部屋だった。テーブルには膳料理が並んでおり、風香とティアは席に座って待ってくれている。
「遅れてゴメンね」
「今準備できたところですから大丈夫です」
「.....気にしてないよ」
長方形の机に三対三で椅子が六個あり。刹那はティアの隣に座る。そして目の前にステラ、ステラの隣に風香が座っている。
「お口に合うか分かりませんが、どうぞ食べてください」
差し出された料理をみんなで食べる。
「うん、美味しい」
「.....美味しい」
「美味しいわね」
「美味しいですね」
誰が作ってても当たり障りない感想を述べたのだが、みんなして同じことを言ってくるのに疑問を持つ。
「これ誰が作ったの?」
その疑問の晴らすべく、気楽を装って尋ねてみた。
「学食です」
「.....」
風香からまさかの返答が返って来て、刹那は心の中で感謝しながら黙って食べる事にした。
「「「「.....」」」」
それ以上の会話もなく、黙々と学食を食べる時間だけが続いていく。
「学食って栄養バランスもしっかりしてて美味しいけど、何か物足りないわよね」
「確かに味気ない感じはしますよね」
沈黙の空気に耐えきれなくなったのかステラが食べながら愚痴った。それに同情する形で風香も異を唱え始めた。
「見たところキッチンもあるし明日から僕が何か作ろうか?」
「え、刹那。料理できるの?」
「まあ人並みにはね。逆にステラはできるの?」
「なによ。できたらいけないわけ?」
「いえ、ただ想像に思い至りませんでしたね」
「風香まで失礼ね!」
「……ティアも手伝う」
「では、明日から担当を決めて自炊しましょうか」
と。ステラが放った愚痴から話が盛り上がって、最終的には一人に負担を掛けないように二人一組で作るという話でまとまり、明日の朝食を作るのは刹那と風香、夕食はステラとティアが作る事となった。
「では、6時半に起きて作りましょうか」
「了解、6時半だね」
和気藹々と空気のまま明日の予定も取り決めたところで丁度食事が終わる。準備を何もしてなかった刹那が全員分の食器を洗い、玄関先にある機械に乗せて置いておき、そのままキッチンへ戻る。
「みんな、食後の飲み物は何がいい?」
自身の食後の飲み物を淹れるついでに、念の為に聞いてみる。
「私、紅茶ね」
「私は緑茶でお願いします」
「.....ティアはミルクティー」
全員、見事にバラバラだった。取り敢えず、要求にあったものは全部備えられていたので淹れ、自分が飲む為のコーヒーもカップに注ぎ、リビングへと持っていく。
「お待たせ」
テーブルに着くと彼女らはそれぞれの時間を過ごしていた。ティアは虚空を見つめボーっとしていて、ステラは端末をいじり、風香は紙媒体の本で読書をしていた。
注文にあったものを邪魔しないようそれぞれの場所に静かに置き。刹那もくつろぐことにした。
ただ静かにゆっくりと時が流れていく。15分ぐらい経った頃だろうか、風香が本を閉じたことで静寂が途切れた。
「明日も早いですし、そろそろ寝ましょうか」
「えぇ、そうしましょう」
「.....眠い」
「そうだね」
そう言って食器を片付け、みんな自分の部屋へと戻った。
□□□
部屋に戻った刹那は、手入れの続きを始める。刀、魔銃の整備は終わっているから、太刀の手入れをする。2mほどある長さの太刀を鞘から抜いて構えてみる。
色々な構えをとってみるが、やはり身の丈ほどある武器を扱うのは今の自分には難しいと再確認する。
きっと、もう一人なら使いこなす事ができるだろうと思って、一応キレイに手入れする。
太刀を閉まって、今度は大剣を取り出す。先ほどと同じように構えたり軽く振ってみたりなどをして手入れを続ける。
集中していると、ふと時計を見ると10時になっていた。
そろそろ終わろうと思って出した武器を片付け、そのままベッドに横になる。目を閉じると、疲労感が一気に押し寄せ急激に体の重さを感じる。意識を手放す前に今日あったこと思い返す。
ステラと風香の二対一の決闘。最初は様子を見ていたのだろうが、後半のステラと風香の連携はとても合っていた。もう一人の自分に代わってもらわなければ負けていただろうとつくづく思う。
そんなとりとめのない事を考えながら意識を手放した刹那だった。
□□□
ステラは自分の部屋に戻るとベッドに倒れ込み、枕に顔をうずくめ、足をバタバタさせる。
そして思い出したかのように起き上がり刹那から貰った騎士剣を登録して取り出す。なんの変哲もない騎士剣だが、貰った事が嬉しくていつまでも眺めていた。
今朝ブラックリストに入れていた人物に、こんな形容しがたい感情を抱くとは思ってもいなかった。そう思いながら騎士剣を構えて降ってみる。いつも使っている大剣とは違い、あまりに軽く感じて、使えないと思ってしまう。
だが今日の決闘を振り返ると、必要な物だと改めて感じる。リーチや力だけが全てでは無いことを。不利な状況からナイフ一本で、二人を戦闘続行不能までに持って行った刹那にステラは興味を抱いていた。
あの後、刹那は勝ったと思っているが、決闘のルールは気絶か降参。こちらが降参する前に先に刹那が気を失ってしまったから、事実上、こちらが勝ったことになってしまっている。そんな意味のわからない勝ち方をしても嬉しくなかったから、風香と話合って彼と組もう。という方向で話がまとまったのだ。しかし治療しようにもどうすれば良いのか全くわからず、二人で途方に暮れてるときに、ティアが対処方法を教えてくれたのを思い返す。
彼と彼女の関係はなんなのだろうと考える。ただの兄妹に見えない、だがこれから共に過ごす部隊で深く突っ込む事ができずにいるのがもどかしい。仲間の事情を知っておきたいだけで決して気になっている訳ではない。
気が付いたら、自分がずっと刹那の事を気にしてることに対して言い訳をしている事にようやく気付き、余計に悶々とし始めて、再度枕に顔を埋めた。
自分がもっと素直に話せる性格だったら良かったらとそう思う事が何度もあった。素直な気持ちを言えずに悩んだ事は沢山あった。でも言おうとすると恥ずかしくて言えない。明日は頑張って言ってみようと思いながらステラは寝ることにした。
□□□
風香は部屋に戻ると机に向かって座り、新しいノートを取り出す。表紙に『日記』と書いて、自分が会った人物の印象と今日あったことを書いていく。
『今日から十三校で新しい学校生活が始まる。十三校特有のルールである部隊を組みました。同じ部隊の仲間の特徴を纏めてみます。
黒神刹那。優しそうな青年(戦闘中は除く)、なにかしらの隠し事をしている可能性あり。
ステラ・スカーレット。意地っ張りで天の邪鬼だが、責任感は強いと思われる。
ティア。小さくて可愛い子でとても無口、黒神刹那とはよく話す。隠し事をしている様には見えない。』
自分が感じたそれぞれの印象をサラサラと書いていくと不思議なことに気が付く。
ティアは刹那の事を兄と呼ぶが、ティアという名は決して付けられない名ではないが日本人としておかしい。そもそも兄妹だとしてもあの二人は容姿があまりにもかけ離れている。そして刹那は何か隠している様に見えるが、ティアはそうでもない。
一体二人の関係がどうなっているのか気になりつつも、今日あったことを書いていく。決闘のこと、部隊を組んだ理由、それぞれを簡単纏めてに書いて、一息いれる。刹那がどうしてあれほど強いのか。何故隠そうとすることがあるのか考えてみようとしたが、憶測の域でしかないことだったので止めた。
「フフ…」
小さく笑う風香。自分が他人の事を、異性を気にするようなことが来るとは、思ってもみなかったことだからおかしくてクスクス笑う。明日直接本人にでも聞いてみよう。多分答えてはくれないだろうわかりきっているが、やってみないと分からない。そう思い、明日を楽しみに部屋の明かりを消した。
□□□
ティアは部屋に戻ってベットに横になる。眠気に身を委ねようとした時、ふと刹那と出会った頃を思い出した。
―10年前―
真っ白い部屋で一人で丸くなって座っていると、大人に連れて来られた少年が中に入れられる。少年は小さくなっている自分に気付き、近づき隣に座って話しかけてくる。
「君、一人なの?」
「.....うん」
どう考えても一人しかいないのに、何を聞いているのか?と思っていると、話を続ける少年。
「僕は黒神刹那。君の名前は?」
「.....ティア」
「ティアか~、いい名前だね」
何が嬉しいのか、笑顔で色々聞いてくる刹那。
「君の家族は?」
「.....かぞく?」
「うん、家族」
「かぞくってなに?」
「お母さんとかお父さんとか。いないの?」
「.....いない」
「そっか」
そう言うと、しばらく何か考え込む刹那。
「そうだ!」
刹那が急に声を出すから驚いて体がビクッとする。
「.....うるさい」
「あ、ゴメンゴメン」
不愉快に思ったので文句を言うと、無邪気な笑顔で謝る刹那。
「僕が君のお兄ちゃんになるよ」
「.....にぃ?」
「そう、兄ちゃん。家族がいないんだったら僕が家族になるよ」
「.....」
唐突に変な事を言うものだから、戸惑って黙るティア。
「どうしたの?」
「.....家族になったらどうなるの?」
家族がなんなのか知らないティアにとって、それはとても重大な事だった。
「僕がティアを守るよ」
「.....守る?なにから?」
「ん~、ティアが嫌だと思うものから?」
自分でもよくわかっていないのか、疑問系で答える刹那。
「でも、絶対守ってみせるよ。約束する」
「.....約束」
そう言って、二人で指切りをした。
二人で一緒に過ごしていて三ヶ月が経った頃、白衣を着た大人が来て、二人を別の部屋に連れて検査することがあった。いつもの事だと思って検査を受けて部屋に戻っても刹那がいなかった。しばらくすると刹那が返って来て安心したが、刹那と話をしていると違和感あった。
「.....にぃ、どうかしたの?」
いつも明るく無邪気だった刹那が妙に大人しく。気になって聞いてみる
「ん?なんでもないよ?」
彼は笑顔でなんでも無いように答えるが、それが表面上だけだと分かる。
「.....嘘」
三か月も一緒に過ごしているのだから、彼の癖や嘘つくときの表情など見抜けていた。
「実はね、頭の中で声が聞こえるんだ」
「.....声?」
「うん、僕のもののようでそうじゃない声が聞こえるんだ」
その時はあまり気にはしなかったが、数日した頃に事件があった。いつも通り、検査を受けて返って来ると刹那が血まみれなっていたのである。
「.....どうしたの?」
何か酷い事をされたのだろうかと心配になり、不安を抱えたまま聞いた。
「ティア、おかえり」
笑顔で迎える刹那。その笑顔がどこか怖く感じていた。
「.....何があったの?」
「わからない。体が勝手に動いて、口が勝手に喋って、気付いたら大人を刺しちゃってたんだ」
そう言って、左手にはナイフが握られていた。握る手が強張って震え、まるで手にナイフが張り付いたようだった。
「僕の中に、もう一人僕がいるんだ」
「.....二重人格?」
「多分そうだと思う……」
とても不安そうにしている刹那の姿をティアは今でも覚えている。いつも明るくて優しい刹那が人を刺した事が信じられなかった。
そこから、刹那が事件を起こすようなことは一度も無かったが、もう一人の刹那と話す機会は何回かあった。
「なぁ、ティア」
「.....なに?」
「俺が違う人格って話はもう一人の方から聞いてるだろ?」
「.....うん」
「確かに俺は違う様に見えると思うけど、変わらない事が一つだけある」
「.....なに?」
「ティアを絶対守るって事だ。だから、そんなに俺の事を嫌いにならないでほしい」
寂しそうな目をして、明後日の方向を向きながらそう言う刹那。
人格が変わっていることに気付いて、言葉を慎重に選んで警戒していたのが逆に気付かれていたみたいだ。
「.....わかった」
「…ありがとう」
嘘かどうか見抜くことはできなかったが。そう返事した時の刹那の顔はいつまでも記憶に焼き付いていた。
思い出に耽っていると不意にドアを軽く叩く音に引き戻され、刹那の声が聞こえてくる。
「まだ起きているのか?早く寝ろよな」
「.....うん」
時計を見ると10時を過ぎていた。
声を聞くかぎり、どうやら眠っている普段の意識から体を勝手に借りて出歩いているらしい。昔から、どちらの兄も自分の事を気に掛けて心配してくれる事が変わらず、それが何処か嬉しかった。
「.....兄さんも早く寝ないと」
「わーってるよ」
兄に出歩かないようちゃんと注意してティアはベッドに横になり眠る。明日もまた、兄に会えるように願いながら。
読んで頂いてありがとうございます。なにかしらの感想を書いてくださると嬉しいです。