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第十三魔導武装学院  作者: 黒姫
第一章 学内順位戦編
19/35

Bクラス戦

登場人物紹介


黒神刹那くろがみ せつな

 黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すからよく負けてしまう。


黄瀬隼斗きせ はやと

 刹那のクラスメイト。元十二校で自称情報屋。VRゲームで鍛えた反射神経で二丁拳銃を使いこなし、また魔法による後方支援も得意としている。明るく軽い性格なのだが、厄介事によく巻き込まれる体質で苦労人。


ギルバート・エストレア

 金髪の刹那のクラスメイトで元四校出身。無愛想な性格で実力主義者。昔の事件で失った親友のことを今でも悔やんでおり、二度と同じことを繰り返さない為に強さを求めている。


碧川海翔みどりかわ かいと

 青髪の青年。元二校の生徒会副会長で実力主義者。相手を見下したような言動が多く、弱者が強者に虐げられる事を当然だと思っている


蒼崎凛あおざき りん

 蒼髪のお姉さん。元二校の生徒会長で刹那と海翔の先輩。天性の治癒能力を持っている。喋り方が独特で誰に対しても老人口調で話す。可愛いモノ好きで可愛いモノを見掛けると愛でたがる。


沢木境さわき きょう

 眼鏡をかけた真面目そうな紫髪のお姉さん。元二校の生徒会書記で戦闘歩法の縮地しゅくちを極めており、瞬間移動を基点とした高速戦闘が得意。凛の命令を絶対としている。


ティア

 蒼白の長い髪の少女で刹那の妹。魔導研究所出身で研究所閉鎖の際に刹那のおかげで黒神家の養子として引き取られた。無口で何を考えてるのか分からない不思議ちゃん。常に自分の事を気に掛けてくれる刹那の事が好きで、積極的にアピールしているがいつも刹那に誤魔化されている


白神琥珀しらがみ こはく

 白髪の少女で刹那の幼なじみでティアと同い年。刹那と同じく八型一刀流の使い手。心優しく謙虚で小動物を彷彿させるような少女。刹那に対して強い憧れと恋愛感情を抱いているが、謙虚さが仇となっている。


氷雨閃ひさめ せん

 氷のように蒼白い髪を持つクールなお姉さん。二校の元風紀委員長。真面目で真っ直ぐな性格であり、常に率直に物事を言う。そのせいで現実的、合理的な人だと思われがち。左腕全体に大きな火傷痕があり常に包帯を巻いて隠している。凛とは腐れ縁の仲。


ルーファス・ブレイヴ

 金髪の伊達男。第二次魔導大戦を終結させた七英雄の一人。白兵戦に於いて無類の強さを誇り『最強』の異名を取る人物。『斬った』という因果を反転させて絶対不可避の一撃にする固有武装デバイス『神剣ハルシオン』の所持者。現在は紅愛の護衛ボディガードとして、いつも彼女のそばにいる。


桃井紅愛ももい くれあ

 紅に近いピンク髪の女性。第二次魔導大戦を終結させた七英雄の一人。魔法騎士で、『戦場の歌姫』と呼ばれていたが、大戦中に両目を負傷し視力を失った。個人差はあれど触れた相手の視力と同調して視ることができ。ルーファスとはかなり相性が良いらしく、いつもベッタリくっついている。芽愛の姉でもある。


常盤文乃ときわ ふみの

 元気で明るい茶髪の女の子。ムードメーカーで順位戦の実況者を自ら志願した。


柊奏ひいらぎ かなで

 落ちついていて物静かな印象を受ける白髪の女の子。物事を見極める洞察力と声の良さから、解説者に抜擢された


『それでは第四試合へと参りましょう!まずはFクラス選手からの入場です!』


 文乃の声を合図に分厚いシャッターが開く。隙間から日の光が差し込み、頬を撫でる心地の良い風と張り詰めた空気によって気分が高揚してくる。


『まずはこの人。入学初日で先程の第三試合に出場したステラ選手と小桜選手を打ち負かしたその力量はいまだ未知数、突如現れた期待の新星、黒神刹那選手!』


 だがかなり盛られた文乃の紹介に一瞬で気分が悪くなる。やっぱりそんな目で周りから見られていたのか。と改めて実感させられるとあまり心地の良い思いはしない。

 目立ちたがりは嬉しいだろうけど、こっちは目立ちたい訳じゃないし…


「…何をしている?」


「いや、ちょっと気分がね……」


「いいじゃんか?早く行けよ、期待の新星」


「隼人それ言うの止めてくれないかな?はぁ……」


 茶化してくる隼人にそう言つつ溜め息を吐いて、意を決して会場に向かって歩き出す。

 出迎えてくれたのは罵声とかではなく、初戦の時と同じく待ちわびたかのような暖かな歓声だった。


「黒神ー!やっちまえー!」


「応援してんぞー!」


 遠巻きながらも観客席から声援が飛んでくる。


「刹那兄さん頑張ってくださーい!」


「……ふぁいとー」


 声援に混じって琥珀とティアの声が聞こえてくる。振り返って見上げると席の中列辺りにいて、隣には当然の如く閃もいた。その声援に答えるようにそこに向かって軽く手を振って返す。

 三人のおかげで憂鬱だった気持ちが幾分かは軽くなった。


『続きましてはこの人!喧嘩を売るなら誰彼構わず噛み付く!四校の『狂犬』と恐れられた男、ギルバート・エストレア選手!』


「…フン」


 文乃の紹介に不服そうにしながらも会場に登場するギル。それでも歓声が静まるということは無かった。


「酷い言われようだね…」


「…実際そうだからな」


 フォローしようと声を掛けるも、ギルはあっさりそれを認める。

 前にも感じたが自覚があるのにも関わらず直そうとしないその精神力メンタルが正直に羨ましいと思ってしまう。

 ギルは名声とか周りの評価とか、そういうのに本当に無関心なのだろう。


『そして最後はこの人!黄瀬隼人選手!』


「って俺は無しかよ!」


 まさかの選手紹介無しに対して隼人のキレにキレたツッコミが入る。


『いやですね~。黄瀬選手、黒神選手も同様なんですが情報少ないんですよねー。公式記録アーカイブには十二校出身で自称『情報屋』と……、それに過去の模擬戦や公式試合では二丁拳銃の使用記録しか残っていないんですよー』


「くそ、やっちまったなぁ~。こんなことなら個人情報のところにもっと色々情報盛っておけば良かったぜ……」


 文乃の言い分に舌打ちを漏らす隼人。

 聞いてはいけないワードが聞こえてくるが、聞かなかったフリをしよう。恐らく彼なら学校のネットワークに入り込んで情報を弄って色々できるのだろうが、深く突っ込んで、知らぬ間に犯罪の片棒を担いでしまってたなんて事にはなりたくない。


『まあ気を取り直して……。それではお次はBクラスの選手の入場です!』


 文乃がそう言うと反対サイドのシャッターがゆっくりと開いていく。


『まずはこの人、類い稀なる治癒能力を持った魔法騎士、数多くの医療現場でも活躍されている言わずとも知れた二校の生徒会長!蒼崎凛選手!』


「まあ、儂は治療専門じゃから試合の手出しは何もせんがのぅ」


 相変わらず丈の短い浴衣風の制服を揺らし、下駄をコツコツと鳴らしながらゆったりと入場口から出てくる。


『続きましては同じく二校の生徒会メンバー。『縦横飛燕』と囁かれているその動きはまさに戦場を掛ける疾風。二校の生徒会書記を務める。沢木境選手!』


 文乃の紹介により凛とした立ち振舞いで境が出てくる。


「紹介が少々飛躍し過ぎなのではないでしょうか?」


「演出じゃ演出。試合を盛り上げるためにこういう前口上が必要だと相場が決まっているじゃろ?」


「そうでしょうか?ふむ……」


 境は真面目な性格故に、凛の冗談を真に受けて真剣に考え込む。


「ジョークじゃジョーク、境は相変わらず冗談の通じないヤツよのぅ」


「会長の冗談はいつも分かりづらいです」


 からかって小さく笑う凛を見て、境は少し和んだような表情をしていつも通りの返答を返す。


『そして最後はこの人!同じく二校の生徒会メンバー、最年少ながらにして副会長を務める実力は二校の全生徒が認める秀才!『幻影の射手』碧川海翔選手!』


 登場した海翔は観客席に応えるように手を振りながら悠然と歩いて凛達に合流する。


「昨日よりオーディエンスがいてとても華やかですね。これなら一段と戦意が高揚するというのものですよ」


「海翔よ。釘を刺しとくが、今日は一般の観客もおるのじゃ。先日のように決してやり過ぎた真似をするんじゃないぞ?」


「ええ勿論です。しかし会長。御言葉ですが、僕はやり過ぎた覚えはありませんよ。いつも通りの事をしたまでで、それを凌駕せんがために全力で応えない相手が悪いのです。それは自業自得というもの」


「はぁ~…」


 海翔がそう言い返すと凛は呆れて頭に手を当てて溜め息を吐く。


「流石に儂にも人の愚かさは治せぬ……。いくら医療が進んだとはいえ、馬鹿に処方する薬はまだないのかの…」


「フフ、どう追い詰めようか…」


 皮肉っぽく愚痴を溢すが、海翔の耳には届かず何処吹く風というようにニヤニヤと含み笑いをしていてた。


「会長、恐らく副会長にはもう聞こえていないですよ」


「知っておる。だから言ったのじゃ」


 凛も海翔の事から意識を外して試合の方に気を向ける。それに倣って境も戦闘態勢に移行する。


『それでは参りましょう!』


『are you ready、3、2、1、GO!』


 試合開始の合図が鳴る。先手を仕掛けたのは隼人だった。


「零れる水滴。水面響く波紋。寄せては返して逆巻き、氾濫して地を呑む天災となれ『ダイダルウェイブ』!」


 上級魔法特有の長い詠唱を言い切って放つ。すると何処からともなくフィールド一帯に水が湧き上がり、薄く満ちて水鏡のようになる。

 綺麗だ。そう思うのも束の間、フィールドに張った水は嵩を増してうねり始める。そして詠唱した隼人すら呑み込むようにあらゆる方向から大波が両チームに襲い掛かる。


「手荒い手段よのぅ……凍ね『アブソリュートゼロ』」


 しかし、凛のほぼ無詠唱に近い氷魔法によって、彼女の足元から瞬く間に水は凍りついていき、牙を向けた大波はものの数秒で氷の銀世界と化した。

 凍り付いた水は端から端まで見渡せる平坦な地形を大きく変え、海流の独特の起伏と大波による壮大な氷の山をいくつもフィールドに形成している。


『試合開始早々上級魔法の撃ち合い!各校からの精鋭が集められた十三校の順位戦ならではのハイレベルな戦闘ですね!』


『ええ、そうですね。しかし黄瀬選手の先手を蒼崎選手がいとも簡単に返したのを見ると、やはり魔法騎士に対して魔導戦を挑むのは下策としか言わざるを得ないでしょうか』


 興奮気味の文乃が奏に振ると、奏は隼人の戦法に少々辛辣な解説を述べる。そしてそれを仕掛けた当の隼人はというと……


「あ~、碧川の対策ばっか考えてたから、会長が魔法騎士だったのすっかり忘れてたわ……」


 実はその事をただ失念してただけなのだった。


「…阿呆」


「アホだね」


「お前らぶっ飛ばすぞ?」


 ギルに便乗して同じことを言うと、隼人が軽くキレる。


「まぁその事は棚に置いといて。後はよろしく隼人」


「了解、任せとけって」


「…当てにはしてないがな」


「お前は一言多いんだよ!さっさと行けっつーの!」


 Cクラス戦の時のように隼人とは別行動をし、ギルと一緒にBクラスがいた方向へと向かう。

 いつ海翔の矢の雨が降ってくるのか警戒つつ慎重に進んでいく。元の平坦な地形から、凍った波によってそれなりに起伏のあるお陰でフィールド全体は見渡せず、まだ相手には見つかってはいない。

 しかし、見つかっていないということはこちらも見つけきていないという裏返しであり、だからこうしていつ来るかもわからない奇襲を警戒して進んでいる訳なのだが。


「氷だから足元滑らないように気を付けないと……ぉ!」


 自分で言った傍から足を滑らせてしまう。

 しかし、転倒する前にギルに制服の襟を掴まれ、なんとか転ぶの避けることできた。


「…気を付けろ」


「ごめんごめん。ありがとう」


 いまいるところは小高い丘なだけに滑って落ちたら滑り台よろしく、坂を滑りに滑って下まで落ちるだろう。そんな下らない事を考えながら、よく声を上げなかったものだと内心自分を褒めるが……。


「伏せろッ!」


「おわぁぁぁぁぁぁーーーー!?」


 でも悲しいかな。堪えた叫声も滑り落ちなかった事も突然の銃撃による奇襲からギルが庇おうと突き飛ばした結果。叫びながら坂を滑り落ちる。


 下まで滑りきり、さっきいた場所を振り返って見ると。いつの間に接近したのか、鍔競り合いをしている境とギルの姿が見える。


「ギル!」


「…大丈夫だ。この女の相手は任せろ。言っただろう、売った喧嘩の後始末をすると」


「……分かった。そっちはよろしく」


 そう言って踵を返す刹那の背を見届けると、咄嗟に取り出した長棍を振り切って境と距離を取る。


「いいのですか?会長と副会長、二人の相手を彼一人の手で負えるほどのものではないと一応進言しておきますが?」


「アイツなら大丈夫だ。お前は黙って俺の相手をしてろ。お前の方がアイツの怨念を知っているだろう。それなら邪魔立てしないのが筋だ。それに一人じゃない。あまり役に立たない阿呆がいる。だから俺は気が済むまで適当にお前の相手をしておけばいいだけの事だ」


「左様ですか。先日の行動からもっと他人に対して無神経、無頓着な方だと思ってましたが、思ったより人の気持ちを推し量るのですね。しかし……口が達者なのはよろしいですが、その驕りは命取りですよ」


「ッ!」


 正面に立っていた境が視界から消える。

 直感で振り向くと投擲用のナイフが飛来してくる。それらを弾き飛ばしていると銃弾が頬を掠めていく。


「チッ!」


 場所が悪いの判断し、後退して坂を滑り降りて開けた場所に移動する。


「流石の反応と判断力です。四校次席の実力は伊達ではありませんね」


「…なるほどな、分かった訂正しよう。適当には無しだ。お前の相手は本気で行かせてもらう」


「それが正しい判断かと」


 互いに睨み合い、静かに闘志を燃やす境とギル。


「…ハァッ!」


 ギルは自己強化を使って脚力に全集中させると一気に間合いを詰め、長棍で打突を仕掛ける。

 視認してからの反応はほぼ不可能な速さ。ギルを見ていた観客は一瞬彼がその場から消えたと思わせるほどの速度であった。

 だがその打突は残念ながら空を打つ。打つ直前、境が左に動いたところまではギルの視界では捉えていたが、そこから先は速すぎて全く見えなかった。


「…チッ…ちょこまかと。二校はこういう人の視界の端でちょろちょろすることが取り柄の奴ばかりなのか?そういうのは三校や七校の専売特許だろう」


 振り返るとまたもや境に背後を取られていた。


「武芸百般、私はその内の一つが秀でただけですが。そも十三校ここでは一芸秀でた程度で存在が認められるような場ではないと思われますが?」


「…そうだな、愚問だった。速さだけを見るならお前の他にももっと速い奴はザラにいる」


 もっともな指摘に分かりやすい挑発を返すと一瞬境の眉の端が動く。


「分かりました、いいでしょう。その挑発に乗って差し上げます。そもそも本気に対して生半可な気持ちで挑んでは礼儀を失するというものですからね」


 いままでに見たこともない剣を二振り取り出す。形はトの字形をして鍔が片方しかないとても奇妙な武器だった。

 しかもよく見ると柄には、ほとんど装飾などもなく機械的な部分がむき出しになっていて、それが固有武装ではなく一から設計されて造られたオリジナルの武器であると物語っていた。

 ギルはそれが何であるのか知っていた。

 一般的に個性武装ユニークウェポン、一部のマニアの中では究極武装アルテマウェポンなどと呼ばれていて。その唯一にして最大の長所は武器としての改造、拡充性に富んでいることであり、使う人のスタイルに合わせてカスタマイズができることから無限の可能性を秘めていると言われているが、通常武器より劣る耐久性やその扱い難さから、好き好んで使う人間はごく少数である。

 だが境がここでそれを出すということは、使いこなす自信があるのだろう。

 使い込まれた得物がそれを物語っていた。


「…フッ。やはり十三校はいいところだな。もっと力を得ることができそうだ」


「その向上心は良いですが、個性武装だからといって侮ると足元を掬われますよ?」


「…なに、侮っていなどいない。ただこの戦いがより楽しめそうだと、思っただけだ」


□□□


「ったく。先に会敵したらそいつの相手するとか、当たり前すぎて戦略もくそもねぇに決まってんだろうが。むしろそれ以外の方法ってなんだよ」


 身を潜めながら進み、一人愚痴を溢す隼人。

 誰がこの戦略を立案したのかは言わないが、こんな愚痴を溢す時点で誰の案なのか明白だろう。


「そもそも後方で援護するのが俺の役割であって、単独で行動して尚且つエリートをサシで相手取って勝つっていうのはどう考えても言ってることが無茶苦茶だっつーの。アイツは俺をなんだと思ってるんだ?」


 小高い氷の波を壁にして、そこで一旦止まって身を隠す。


(さっき高台を陣取っている碧川がいたが、俺の実力じゃとてもじゃないが相手は無理だ。手を出したら即殺される自信しかない……)


 ここに来るまでの途中、海翔が一番高い氷山の上で余裕そうに待ち構えるのを見つけ、背後から狙撃してやろうかと思ったが、魔銃で一撃で仕留められる訳もなく、そのまま返り討ちにあってハイリスク、ノーリターンだと考え、隼人はそのまま隠れて素通りした。


(あの脳筋は書記の相手をしてるみたいだし、碧川の相手は刹那に任せるのが妥当だろうな。だから消去法として俺が相手するのは生徒会長様になるんだが……)


 できるだけ身を乗り出さないようにしながらゆっくりと氷壁から顔を出して覗く。隼人の見る先には棒立ちで待ち構えている凛の姿がある。


「ふわぁ~」


 試合中なのに緊張感など欠片もなく欠伸をしている。本当にいま試合中なのかと疑う程呑気な状態だった。


(どうする。ここから狙い撃つか?戦意がないヤツを奇襲するのは色々な意味で危ないんだけどな……)


 死角からの奇襲か正々堂々と正面から戦うか、どちらにしようか迷って少し考える。


「いつまでもそんな所におるんじゃ。いい加減話相手ぐらいになってくれたらどうかの?流石に暇で眠りそうじゃぞ」


 不意に声を掛けられ少しだけ背筋が凍る。鎌を掛けてるような発言でもなかったし、本当に居場所が割れているのだろう。


(くそ!隠れきれているつもりはなかったけどやっぱバレてるよな。仕方ない、やるか)


 意を決して氷壁を飛び出し、走りながら凛に向かって魔銃で数回発砲する。


 しかし撃った弾は凛が無詠唱で生成した水の壁に阻まれる。


「ふぅ。全く元気じゃのう」


「くそ、それなら!」


 魔銃に魔力を込めて、連続で引き金を引く。発射したされた魔弾は水壁に衝突すると、その効力で魔力を打ち消して水を弾け散らす。

 だが、凛の水壁の生成速度もかなりのもので、打ち消される度すぐに再生させている。

 それでも攻撃の手を休めず、二丁の魔銃を交互に弾倉を変えて絶え間なく打ち続ける。


「ええい、いい加減にやめんかっ!」


「!?」


 この拮抗した攻防に痺れを切らした凛が声を張り上げる。隼人はその一喝に驚き、思わず引き金に掛けてた指を止める。


「儂はただ話し相手にならんかと言っただけじゃぞ。それを早とちりしてどういう解釈をしたのかしらんが、急に出てきては撃ってきおって……。はた迷惑もいいところじゃ!」


 いまは試合中で、対戦相手と戦っているのに一体何を言っているんだ。隼人を含め聞いていた観客も首を傾げる。


(は?何言ってるんだこの人?いや、そう言えば待てよ……)


 脳内で疑問符浮かべていると、情報屋として目にした記録の一部が脳裏を過り、そこからある答えが導きだされる。


『蒼崎生徒会長はいままで公式試合に一切の記録がありません。その理由が……』


「確か『医療に従事する者が人を傷付けてはならない』だっけか?」


 解説の奏が言おうとしていた続きを奪って先に言う。


「それで公式試合はおろか、模擬戦すら全部辞退。結果が全ての世界にいる魔導騎士としては考えられない行動をする事で、そう言えば有名でしたね。大した意志ですよホントに」


 聞き手によっては皮肉っぽく聞こえるだろうが、隼人は凛に称賛の声を掛ける。


「誉めてるつもりかのぅ?まあ魔導騎士が戦う存在じゃからといって、皆が必ずしもそうしなければいけないわけではあるまい。であれば互いに傷付けずとも済ませる方法があるのなら儂はそれを選び取るまでじゃ」


「だから生徒会長様はここで俺と戦うつもりはないと?」


「元からそのつもりじゃ馬鹿者め。それと儂はもう生徒会長ではない。皆と同じく十三校ここの一生徒じゃ、そこを間違えるでない。…さて、ようやく人の話を聞くようになった訳じゃが、その前にそろそろ頃合いかの?」


 何かのタイミングを見計らった凛は指をパチンと鳴らす。

 すると、フィールドの中央から水が湧き起こり、そこから三方向へ伸びる。伸びた水は高く連なり大きな壁を形成する。


「凍てつけ」


 凛がそう一言言うと、水は分厚い氷へとみるみる変わっていき、円形だったフィールドは氷の壁で三等分にされる。


『おーっと!なんということでしょうか!突然水の壁が出たかと思えば、いきなり凍ったぁ!こちらからは、他の選手の状況は見えなくなってしまいましたが、上空にあるモニターから窺う事は辛うじてできます。』


「あんた。こっちの行動を読んで、端から俺達を分断するつもりだったな?」


 そう言って凛を強く睨み付ける。


「そう言うな。こちらにもこちら側の事情というものがある。これには海翔のヤツも乗り気では無かったのじゃが、こうでもしなければ先日の二の舞になっていたであろう。それに普段は物言わぬ境が珍しく強く具申するものでな……海翔を抑えられるのなら儂はどちらでも構わぬ故、境の提案を飲んだのじゃ」


 隼人の責め立てに仕方がなかったと、答える凛。

 通りで開始早々弓での制圧斉射が無かったことに納得する。広範囲故に適当に相手の居場所に見当を立てて射っておけば済む筈なのに、それが無かったのはこの状況を仕立てあげるものだったのだと察する。


「チッ!」


 まんまと嵌め込まれた事に舌打ちをし、隼人は遠方に出来上がった氷壁に向かって魔弾を撃つ。

 だが弾丸はただアイスピックで突き刺したようにほんの少し氷を穿つだけだった。


「無駄じゃ。あれはもうただの氷。ちょっとやそっとじゃ砕けぬぞ。悪いがお主には儂と一緒に他の者の戦いを見届けて貰うぞ」


「……あんた何を企んでいるんだ?」


「さての?ほれ、儂らも戦いの行く末をゆるりと見守ろうではないか」


 そう言って凛はフィールド上空に浮かぶ中継モニターに目を向ける。


「くそ。頼むぜお前ら」


 隼人もモニターを見上げ、祈るように独り言を漏らした。


□□□


「ハァ……ハァ……」


 刹那は何かから必死に逃げるように息を切らしながら、氷を壁にし背中を預けて息を整えようとする。


「くッ!」


 しかし休む暇もなく飛び出す。すると次の瞬間、さっきまで壁にしていた氷は矢で射られて粉々に砕け散る。


「ハハハ!どうしたんだい?そんなんで隠れているつもりか?この僕から逃げ切れると思わないことだ」


 刹那が逃げていたのは、高台を陣取って狙撃してくる海翔からだった。飛び出した勢いのままジグザグに緩急をつけながら矢を避けていく。

 海翔は高笑いをしながら次々と弓を引いて矢を射ってくる。


 戦闘はいきなりだった。いや戦闘とすら言えない。これは一方的な嬲り殺しに近い。ギルと別れ一人慎重に進んでいたところ、突然氷の壁ができて分断されたと察した瞬間に、狙撃されたのだ。


「そう言えば、あの時もこうしてやったかな?あの時より少しは粘っているようだけど、今回はいつまで持つかな?フフ」


「ッ!」


 見下しながら嘲笑する海翔に向かって魔銃を向けて発砲する。しかし、弾丸は海翔に当たる前に弾ける。

 一回戦で隼人がティアの狙撃を弾いていたのと同じように海翔は風を纏っていてこちらの攻撃が届かない。


「無駄だ。そんなもの使った所で『無能者』である君がこの僕に届くとでも思っているのか?これじゃああの時と何も変わらないな。変わらないついでに同じ事をしてやろうか?」


「ッ!?やめろっ!」


 刹那は海翔を止めようとするが間に合うはずが無かった。


「お集まりの皆さん。本日は足を運んでいただいて誠にありがとうございます」


「くそっ!」


 海翔は観客席にいる大衆に向かってうやうやしく一礼をする。必死に止めようと魔銃を構えて撃つが、固有武装デバイスの能力で海翔の姿が歪み、思うように狙いが定まらない。


「最高のショーを御見せする前に一つ、耳に入れて欲しいことがある。こちらにいる無能者は、あの有名な魔導研究所出身で精神改造された魔導兵器という事実について…」


 海翔の発言に会場がどよめく。不安、驚愕、動揺。様々な反応が観客席の中で起こる。


「その証拠が先日の一校と七校のエリートを倒した事だ。おかしいとは思わなかったかな?有名でもなんでもないヤツがエリートに勝った事を」


「確かに……あんなぽっと出のヤツがエリートに勝てる訳ねぇよな…」


「あの子魔導兵器だったの?信じられない……」


 海翔の話に納得する者、落胆する者が口々に色々な事を言う。


「本当なのか三谷?」


 貴賓室で観戦していたルーファスは隣で見ている沙織に事実か問い掛ける。


「彼の言っている事は事実だ。研究所いる間は出来るだけ私が面倒を見てきたつもりだが。私の手の及ばない所で色々実験台にされてしまった」


「そんな……」


 沙織はルーファスの問いを淡々と肯定し、その事実に紅愛はショックで口をおさえる。


「魔導兵器なんかがなんでここにいんだよ!大人しく研究所に帰れー!」


「そうだそうだ!」


 どこから出てきた一つの心無い謗りが響く。その声を口火に更なる誹謗中傷が巻き起こる。


「「帰れ!帰れ!」」


 まるでこちらを排除するかのように観客席は口を揃えて囃し立てる。


「不愉快極まりないな……」


「どうして、こんな……」


 閃、琥珀。その他一部を除いた人間は観客の罵詈雑言にとてつもない不快感を感じていた。


「……」


 その中でもティアはただ口をつぐんで刹那を見守る。


 あの時の再来、それ以上の罵声が浴びせ掛けられる。でも一度は体験した事だ。観客の声を聞き流すように意識から外して海翔を睨み付ける。


「満足か糞野郎。どこまでも腐りきった性根しやがって、見ているだけで吐き気がする」


「ククク、本性を現したか魔導兵器。あの時みたいに絶望を前に壊れると思っていたけど、よく耐えるものだね」


「同じことが何度も効くと思うなよクズが。下らない三文芝居なんかしやがって、さぞ気分は良いんだろうな?」


「ああ、僕はいまとても気分が良い。だからいまから全力で君を磨り潰してやるよ『幻想亡霊ファントムイリュージョン』」


 そう唱えると海翔の姿が消え、代わりに何十体という分身がこちらを取り囲むようにあちこちに現れる。


「「『矢雨アローレイン』」」


 その何十体といる分身が一斉に矢を放ってくる。しかもその矢も放った瞬間に無数に分裂し、喩えとかではなく本当に矢の雨が降り注いでくる。


「チッ!」


 しかしこうなる事は予想してたことだ。矢が降り注いで来る前に走りだし、飛来する矢を見極めて当たるものだけを刀で捌き落として全速力で走って逃げる。


「さあ無様に逃げまわって見せろ」


「そこだ!」


 矢を射る中、唯一喋った分身のに向かって魔銃を撃つ。しっかり狙ってはいかったが、運良く弾丸は海翔に命中する。


「なっ!馬鹿な……!?」


 遠目だが命中した腹部から、血が制服に滲むのがよく見えた。分身は消え、矢も降り止む。


「なんて、言うとでも思ったかい?」


「ッ!?」


 だが倒したと気を抜いた瞬間、海翔が背後から騎士剣で襲い掛かって来る。その奇襲をギリギリの所で受け止める。もう少し遅れていたらやられていた。


「ふん、無駄に勘だけはいいね。あの程度で僕をやれたと思ったかい?この僕を見事討ち取ったと?浅はかだ、わざわざ本体が姿を見せて攻撃するわけないだろう?」


「この、くそったれがっ!」


 押し切って振り払う。飛ばされて華麗に宙返りをする海翔に追い打ちを掛けようと刀を振るが、海翔は景色に溶け込むように姿を消し、振った一閃は空を切る。


「逃げんなよ。逃げ隠ればっかしやがって、俺みたいな雑魚は余裕で勝てるんだろ?だったら出てこいよ?それとも正面から戦って負けるのが怖いのか?」


「怖い?そんな訳ないだろう。君みたいな相手に情けを掛けて負けるような底辺の相手には幻影だけで十分さ」


 声を張り上げて挑発をするが、海翔はそれに乗らず、声だけを響かせさっきと同じように分身を出してくる。


「誰がお前なんかに情けを掛けるかよ」


「掛けているじゃないか。その証拠に何故、固有武装デバイスを展開しない?ああ、そうか。無能者だからロクに固有武装デバイスも扱え切れないから恥をかきたくないのか?悔しかったら固有武装デバイスを展開して僕に対抗して見せろよ」


 海翔は逆にこちらを煽るように挑発してくる。


(くそ!ムカつく事ばっか言いやがって!)


(待て!こんな所でアレを出すわけには……)


 勢いで固有武装デバイスを取り出そうするが、辛うじてその衝動を抑える。


(あぁん?この後に及んでそんな事言ってる場合か?何の為に俺達は耐えてきた?見返す為だろ?)


(そうだけど、こんな下らない理由で出すわけにはいかない!何か別の方法があるはずだ!)


 衝動駆られるもう一つ意識を必死で抑え込み、説得する。


(お前は悔しくないのかよ?)


 その問いがやけに響いた。

 悔しくないのか?ああ悔しいに決まっている。悔しくないはずがない。いつか自分を貶めた奴に一矢を報いてやろうと、復讐してやろうと誓った。同じ思考を共有しているからこそ、その衝動はよく分かっているつもりだ。だから決断する。


(……わかった。でもその代わり僕がやる)


(チッ、仕方ねぇな)


 そう言うともう一つの意識は大人しくなり、身体の制御をこちらに譲り渡す。


「そんな見たいって言うなら、望み通り見せてやるさ。僕の固有武装デバイスを!」


 虚空から漆黒の刀を取り出し、鯉口を切って鞘から抜き取る。


(黒曜……頼む……応えろ……応えてくれ……)


 何処までも深く黒い刀身を構え、祈るように話し掛け、大きく息を吸い込む。


「応えてくれ、され狼!」

続きが気になる打ち切り方をしてすみません。楽しく読めて頂けたら幸いです。


「面白かったよ」と言ってただけたら、作者として励みになりますので今後ともよろしくお願いします

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