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第十三魔導武装学院  作者: 黒姫
第一章 学内順位戦編
16/35

敗けられない理由

登場人物紹介


黒神刹那くろがみ せつな

 黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すからよく負けてしまう。


白神琥珀しらがみ こはく

 白髪の少女で刹那の幼なじみでティアと同い年。刹那と同じく八型一刀流の使い手。心優しく謙虚で小動物を彷彿させるような少女。刹那に対して強い憧れと恋愛感情を抱いているが、謙虚さが仇となっている。


ギルバート・エストレア

 金髪の刹那のクラスメイトで元四校出身。無愛想な性格で実力主義者。昔の事件で失った親友のことを今でも悔やんでおり、二度と同じことを繰り返さない為に強さを求めている。


氷雨閃ひさめ せん

 氷のように蒼白い髪を持つクールなお姉さん。二校の元風紀委員長。真面目で真っ直ぐな性格であり、常に率直に物事を言う。そのせいで現実的、合理的な人だと思われがち。左腕全体に大きな火傷痕があり常に包帯を巻いて隠している。凛とは腐れ縁の仲。


碧川海翔みどりかわ かいと

 青髪の青年。元二校の生徒会副会長で実力主義者。相手を見下したような言動が多く、弱者が強者に虐げられる事を当然だと思っているが、その代わり強者が弱者を庇護するべきだと思っている


蒼崎凛あおざき りん

 蒼髪のお姉さん。元二校の生徒会長で刹那と海翔の先輩。天性の治癒能力を持っている。喋り方が独特で誰に対しても老人口調で話す。可愛いモノ好きで可愛いモノを見掛けると愛でたがる。


沢木境さわき きょう

 眼鏡をかけた真面目そうな紫髪のお姉さん。元二校の生徒会書記で戦闘歩法の縮地しゅくちを極めており、瞬間移動を基点とした高速戦闘が得意。凛の命令を絶対としている。

「…フン。向こう(ティア)は全力ではなかったが、アイツにしてはよくやった方か」


 辛勝ではあったがティアに勝ったことに少しだけ隼人を見直すギル。


「…八型一刀流の妙技を見れないのは惜しいが、そろそろこっちも終わらせないとな」


「そうですね。イギリスの宮廷槍術、後学の為にもっと胸を借りていたかったところですが、そうもいきませんね」


 終わらせることを少し口惜しそうに言うと、聞き捨てならないことを言いながら琥珀もそれに同意する。


「…ほぅ、何故俺のが宮廷槍術だと勘違いした?」


「勘違いじゃありません。一見荒々しく振るう我流のように見えますが、その動きの一つ一つに洗練された型のようなものがあります。そしてその槍は、アーサー王伝説で語られる『ロンの槍』。そのことから、あなたがイギリス王族に所縁ゆかりある人だと御見受けしました」


 よく見ているものだと。口には出さないが内心感心する。


「……そこまで見透かすか。…流石な慧眼、と褒めてやりたいが。生憎俺は爪弾つまはじき者でな、その妄想は見当違いだ」


 だが、どこまで核心に迫ろうと憶測は憶測。

 ほとんど当たっているが、家から勘当同然である身の上。もう縁などどこにもない。だから、琥珀の推察を否定する。


「どちらでも構いません。必要なのは事実ではありませんから」


 何を言っても既に確証は得ていると言わんばかりにはっきりと言われる。


「…もう問答は要らんな。次で終わらせてやる。掛かってこい」


 肩に掛けていたランスを両手で持ち、構える。


「はい。全力でいかせてもらいます!はぁぁぁ……」


 そう言うと刀を中段で構え、目を閉じて集中する琥珀。身体中から、研ぎ澄まされた魔力が放出され、それを身に纏う。


「私が究めた八型やけいの秘剣。とくと御覧下さい!」


 中段、即ち水の構えを取る琥珀。鬼神を思わせるその気迫に鳥肌が立つ。


「…固有武装デバイスを展開せずにここまで魅せるか。面白い」


 圧倒的な力、未知の恐怖に頬が思わずつり上がっているのを感じる。

 自分が今まで求めていたものが、いま目の前に立ちはだかっているという高揚感。これが喜びで笑わずにいられるだろうか?


「全力だと言ったな。殺す気で来い!」


 誰に答えるまでもないが、それは否だ。


「いきます。『身破』!」


 そして琥珀がそう言うと更に身体から魔力が放出される。


「第三秘剣『時雨しぐれ』!」


「っ!」


 琥珀は水を纏い、先ほどの連撃とは比べ物にならない程の速さと威力で怒濤に攻めてくる。


「ふんっ!」


 だが、この攻撃の突破口は先ほど知ったばかり。全力でランスを振って琥珀の刀を弾くと、態勢が崩れる。

 そして琥珀は距離を取るために大きく飛び退ると今度は風を纏う。


「第二秘剣『疾風はやて』!」


「ちぃ!」


 一振りで無数の刃と斬りつけて、後方に離脱する。予選で刹那が見せた攻撃と同じだった。辛うじて斬撃を防ぐが、四方から斬りつけられているも同然の為、手や脚、身体と次々に風の刃に斬られていく。


『おぉっと!ギルバート選手白神選手の怒濤の攻撃に圧されている!このまま圧されてしまうのかぁ!』


「やられるかよっ!」


 いちいち文乃の実況のしかたが癪に障り、槍を掲げるように大きく振り上げる。


「ふんっ!」


「っぁ!」


 琥珀の来るタイミングを見計らい、ランスを叩き付けるように振り下ろして強制的に防がせるが、それを斜めに受け流され地面がめくれる。

 そしてまた琥珀は距離を取ると、今度は電気を纏って構える。弾けるような音、ほんの僅かに迸る火花。触れれば電流が走ると直感で分かる。


「第四秘剣『雷鳴らいめい』!」


 だが危険だと察しても、その攻撃に敢えて受け立つ。


「ぐぅっ!」


 先ほどの風を纏っている状態と比べ、尋常じゃない速さで琥珀は詰め寄り、刀を振り降ろす。そしてそれを受け止めた瞬間、隼人が投げた対装甲(アーマープレート)用の手榴弾グレネードに引けとらない程の閃光と空気を張り裂くような雷鳴が会場に響き渡る。

 

 閃光に目がやられそうになるが、辛うじてそれは免れる。


「これで御仕舞いです」


 だが、受け止めた時の衝撃と電撃が強すぎて身体全体が痺れ、思うように動かせない。


「く……そっ!」


「第七秘剣『月光げっこう』!」


 そう言うと琥珀は刀に目映い光を纏い。袈裟斬りをする。

 しぶく鮮血。恐らく放っておけば命に関わる程の量が、地に飛び散る。

 斬られても尚、呆然と力無く立ち尽くすギルバートを見て、誰もが終わった。と思ったその時……


「…嘗めるな」


「っぁ!」


 右手に持っていたランスで琥珀の刀を弾き飛ばし、切っ先を喉元に突き付ける。


「これぐらいで……俺を……やれると……思うな」


 さっきの雷鳴で三半規管がやられたか耳鳴りがひどい、意識も朦朧とし視界が霞む。琥珀にランスを向けているのかすら分からず、今にも倒れてしまいそうだ。

 だがそれでも絞り出すように声を出し、意地でも倒れまいと両足に力を入れて立ち続ける。


「…………」


 琥珀が何か言っているが、ひどい耳鳴りで何を言っているのか聞こえない。


「さっきの……攻撃で……耳が……やられてるんだ……。悪いが……お前が……何を……言っているのか……分からん」


 やったことはないが、読唇術で琥珀の唇の動きを見て、何を言っていたのかを停止しかけている頭で読み取る。


『どうしてそうまでして、立ち続けるんですか?』


 読み取った言葉はそう言っている様に見えた。


「…………さぁな」


 そんなこと自分でも分からない。できることなら今すぐにでも倒れてしまいたい。でもそうなりかけた時、確かな想いが胸から湧き出てくる。


「それが……俺の……誓いだからだ……」


 最後の最後まで俺がお前の分も生きる。俺が死ぬその時までお前の意志を貫く。故郷イギリスを離れる時に、ロイドの墓前でそう誓った。


「こんなところで……倒れたら……アイツに……笑われちまう……」


 鼓膜が破られ、一太刀斬られたぐらいで倒れたら、俺の誓いはその程度のモノだったということになる。それだけは断じて許されない。


「アイツの……意志や誇りを……背負ってる俺は……倒れる訳には……いかない……」


 だから死にていでも尚、立って戦い続ける。


「その執念、御見逸れしました」


 耳鳴りが止み、琥珀の声が聞こえるようになる。


「私の負けです。降参リザイン


 そう言うと上空に降伏リザイン宣告がされる。


『ななな、なんとぉ!ギルバート選手、圧倒されていたにも関わらずあの状況からひっくり返し、琥珀選手に降伏リザイン宣言をさせたぁ!』


 文乃の耳つんざくような声が響くと、一斉に会場から歓声が沸く。治りかけの耳にとっては、うるさいと言ったらありはしない。


「あなたも誰かの想いを背負っているんですね」


 そう思いながらランスを収め、傷の手当てをしていると、飛ばされた刀を拾った琥珀がゆっくりと近づいてくる。


「…あぁ」


 戦いの疲労からか、自分でもよく分かるくらい無愛想に返す。


「でもだからといって、あそこまでする必要はどこにもありません。その誰かの為にも、支えが必要になったときは、頼れる人に寄り掛かってもいいんじゃないですか?」


 いかにも、刹那やロイドが言いそうなことを言う。なんだってこんなお人好しばかりが周りにいるんだろうと考えそうになるが、すぐに考えるのをやめる。


「…俺の問題だ。放っておけ」

 

 これは自分のケジメだ。誰かにとやかく言われる筋合いはない。


「そうですか……」


 その答えに少し納得したように琥珀は言うと。二人して刹那と閃の戦いの傍観に入る。


□□□


「後は私達だけのようだ、な!」


「そうです、ね!」


 互いに強く拳をぶつけ合うと、空気が弾けるような小気味の良い音が響く。


「いった!」


 しかし、当然水を纏っている閃の攻撃の方が強く、痛みから思わず顔を歪めて声を出す。


「無理はしない方が良いぞ?」


 それを見て心配そうにする閃。だったらその攻撃をやめて欲しいと言いたいが、言っても無駄だと知っているので言わないでおく。


「そう言えば、一つ聞きたいことがあるんだ」


「奇遇ですね僕も聞きたいことがあります。先輩から先にどうぞ」


 閃は手を止め、思い出したかのように声を掛けるとその話に便乗して、先に閃の問いを聞いてみるが。


「何故、君は私と付き合いたくないんだ?」


 問い掛けがストレート過ぎる内容だった。いや普通聞く?好きな人に何故付き合いたくないのか?とか。いや聞くか……。気になるし。


「いつも言っていますが、先輩には僕よりもっと相応ふさわしい人がいますよ」


 だがその内容に焦らず慌てず、そしていつも通りの口調で同じ答えを返す。


「それでは答えになってないだろう。これでもし私が勝ったら嫌々君を付き合わせたようになるじゃないか」


 そう、閃の言う通り。しっかりとした答えを何一つとして言っていない。いつもこんな風にはぐらかしているだけだ。そして嫌々付き合わせるという点については、ほぼそうだから否定はしない。


「きっとそんな事にはなりませんよ。まぁ、この話は横に置いといて…」


「よくない!これは大事なことだ!」


「逆に聞きますが、何故先輩は僕が好きなんですか?」


 話題を変えようとすると、子供っぽく声を張り上げて強引に話を続けようとするが、それを無視して自分の質問を投げ掛ける。


「それは…………その………一目惚れだ!」


 恥ずかしそうに言っているが答えになってない。正確には答えにはなっているが求めている答えではない。好きになった経緯が知りたいのだ。


「それっていつの話ですか?」


 人に言えた事じゃないが閃は嘘が下手、というか何故か僕が絡むとおかしくなるところがある。それを知っているから今の話が違うと何と無くわかるのだ。だからいつ惚れたのかという時系列の話をする。


「…………君は覚えていないだろうけど。6年前、旧校舎が焼け落ちる中で君に助けてもらった時以来、君が好きになったんだ」


 閃は少し躊躇うようにすると、おもむろに告白する。

 大当たりというかビンゴというか。こちらにとっては当たって欲しくない方に予想が的中する。


「あの頃の私は地味で目立たなくて、教室の片隅で縮こまって読書をするような人だったからね。君が覚えていないのも無理はない。でも君が私を助けてくれた時、君を守る為に変わろうって決心したんだ」


 何故か過去の自分を貶めるように言いながらも真っ直ぐに向かって言ってくる。


「いえ、あの時。助けた人が先輩だってこと。僕はちゃんと覚えていますよ」


「無理をして話を合わせなくていい。だって君は私と再開したとき初めて会ったように振る舞ったじゃないか。それが私の事を忘れていた証拠だ」


「無理はしていません。あの時は知らない振りをしていただけです。先輩を助け出した事はしっかり覚えていますよ」


 あんな出来事、そう簡単に忘れられる筈がない。何故なら……


「だって、あの事故を起こしたのは僕なんですから……」


 苦渋を表情を浮かべながら事実を話す。


「……え?」


その事実を聞いて閃は頭の中が混乱する。いま刹那が何と言ったのか理解できない。


「使えもしない中級魔法を詠唱し、暴発させて旧校舎に引火させたのは僕なんですよ」


「……嘘だ。現に君は助けに来てくれたじゃないか」


 認めたくない。そんな事はないと頭の中で否定し続ける。


「じゃあ、おかしいとは思わなかったんですか?何故、見ず知らずの人が自らを顧みず助けに来たのか。何故、教師や大人ではなく自分より年下の子が助けに来たのかを」


「っ!」


 だが刹那の言う言葉が否定している頭の中を瓦解させていく。

 あの時、刹那は事態をいち早く把握して助けた訳じゃなくて、自分の起こした失態の()()()をしたのだと理解する。


「本当は嫌だったんですよ。あの事故以来、先輩に会うのが。その左腕を見るのが」


 そしてその続きも考えれば分かることだ。会いたくもないのに、自分が巻き込んでしまった人が何も知らず恩人だと勘違いしたまま、ずっと付きまとって来て、挙句には好きだと告白する始末。感じる罪悪感はひどく重いものだったというのは想像に難くない。

 彼は私を見る度に自分の犯した罪を意識し、この左腕を見る度にその罪の重さを感じてたのだろう。

 そしてそれが、刹那が付き合いたくない理由であると思考が辿り着く。


「なら……」


 そんなことも分からずに接していた自分が恨めしい。自分が守ろうと誓った人を、自分が傷付けていたんだと思うと慚愧ざんきに堪えれない。


 そう思うと何故だか声が震え、目尻には涙があふれてくる。

 

「なら、なんで……、会ったときに言ってくれなかったんだ?」


 溢れた涙が頬を伝う。言えるわけがない。そんなことは分かっている。でもそう聞かずにはいられなかった。


「怖かったんですよ。先輩に本当の事を言って嫌われてしまうのが、恨まれるのが」


「恨むだなんて、そんなことするわけないっ!君は自分の犯した過ちに向き合って、私を助けてくれたじゃないかっ!それだけで……私は十分だったんだ……!」


「……」


 溢れる涙は止まらず、嗚咽にも似た声で精一杯張り上げる。


「お願いだから……もうこれ以上、自分を責めることはしないでくれ……!」


「……みんなが観ています。試合の続き、しましょう」


 その願いを聞き届けてくれず、この話は終わりだと言うように刹那は構える。

 無理だ。こんな状態で戦える訳がない。ただでさえ心をズタズタに傷付けてきたと知ってのに、もうこれ以上手を上げるような事が出来るはずない。


「……」


「っ!」


 刹那は接近し、顔に向かって拳を放ってくる。だが無防備な状態で呆然と立ち尽くしていると、触れる直前で動きを止める。


「何してるんですか先輩。戦ってください」


「無理だよ……私にはもう君を傷つけることなんて……」


 一人で踞って泣きじゃくってた時のように、ただただ涙を溢すことしかできなかった。


「あーあぁ、まどろっこしいな。不器用すぎんだよ」


「君は……」


 見ていられなかったのか。刹那は口調と態度が変わって頭を掻きむしる。

 久し振りに見る彼の一面に一瞬だけ思考が停止する。


「なんで、謝ってこれから新しく関係を築こうってはっきり言うことが出来ないんだろうな……。向こうも許してくれてんのにいつまでも経ってもうじうじと未練がましいったらありゃしねぇ」


「え……」


 そして、自分の事の筈なのにまるで他人事のように愚痴を言い始める。その言葉を聞いて更に思考が止まりそうになる。


「あんたもあんただ。今更事実を知って泣くようなタマじゃないだろ?守り通すって決めたんなら、喩え守り通すものを傷付けてでも守り切って見せろよ。そんなんじゃ何もかも溢れ落とすだけだぜ」


「あ……」


 そう言われて、改めて刹那の優しさに気付かされる。

 こうなることが前提であの約束をして、そして戦って。自分の過去に向きあって、新しく前に踏み出せようにと。


「……まぁ、そういうことです。僕が先輩に感じている罪悪感を断ち切って前に踏み出す為にも先輩。僕と戦ってください」


「……刹那」


 刹那は覚悟の据わった目で、真っ直ぐにこっちを見つめて言う。その目は6年前と同じ、小さくも太陽のような強い意志。光が宿っていた。

 ああ、私はこの目が好きになったんだ。と実感する。


「しょうがないな……。分かった。君の為に、胸を貸してあげようじゃないか」


「はい、お願いします」


 涙を拭いていつもの調子で言うが、刹那から見ればそれが虚勢であることは見え透いているだろうと思いながらも互いに構える。


「「はぁ!」」


 再び始まった激しい攻防。互いに打っては打ち返し、打ち返しては打つ。

 刹那が左手を出せば、閃も左手を出して打ち合わせ。閃が右脚を出せば、刹那も右脚を出して打ち合わせる。魔法を一切使っていない状態で()()()()の勝負を繰り広げる。


『第一試合はいよいよ。クライマックスを迎えました!放送席では一切何にも聞いていませんが、熱い展開なのには変わりありません!一体どちらが勝つのでしょうか!?』


『常磐さん。一言余計です』


 余計な事を言う司会だな。と二人して一瞬思うが、変わりに奏がツッコミをいれてくれたので、そのままフェードアウトして続ける。


「てやぁ!」


「っく!」


 こちらの打ち込みの速さに一瞬、刹那の反応が遅れる。辛うじて左脚を出して打ち合わせ、急いで反撃をしようとする。


「っ!?」


 遅れたことによる焦りと隙を突いて刹那が踏み込んだ瞬間、踏み込んだ左足を払う。重心が前に掛かっていたからか、咄嗟にこっちの肩を掴み、そのまま押し倒されるような形で倒れることになった。


「先輩……」


 押し倒されることに無抵抗だったので、わざとこの状況作ったと察したのだろう。刹那は心配そうな顔と声音で言う。


「すまない。やっぱり私には無理みたいだ」


 自分の不甲斐なさを謝る。しかし、自分がいまどんな顔をしているかわかないが、胸の中はくような感じだった。


「いえ、いいんです。僕の為に応えてくれてありがとうございます」


 いた分。ぽっかりといた胸の穴は、寂寥感せきりょうかんで埋まっていく。


「「…………」」


 なんとも言えない状況で、お互い見つめ合ったまま黙り込む。


「やっぱり……私じゃダメかな?」


 沈黙と胸に空いた寂寥感に耐えきれなかった私は、最後の最後にすがる想いでそう聞くと、刹那は困った表情をする。


「……先輩にそんな顔して言われたら、断れなくなるじゃないですか……」


「っ!」


 その言葉で、どうしようもない想いと辿り着いた思考がせめぎ会う。


「嗚呼、ダメだ。卑怯だ。そんなの……フェアじゃない」


 いま後一押しすれば、刹那は付き合ってくれるだろう。しかしそれでは逆に約束した通り、刹那の意志の『弱さ』が証明されてしまう。

 そんなどうしようもないジレンマで、思わず腕を目に当てて隠し天を仰ぐ。


「すみません、優柔不断で……。自分でも分かってるんですが、なかなか治せなくて」


「あぁ、全くだ……。君の優柔不断さには本当に困ったものだよ」


 隠した目元から一筋の涙が頬を伝う。昔とは変わったつもりだったが、いざというときに泣き虫な部分は何も変わっていないと実感する。


「でもこれで、これから先輩とちゃんと向き合うことができそうです」


 目元を隠してた腕をどかし、晴れたような顔で刹那はそう言う。


「じゃあ、いまから私と付き合ってくれるか?」


「それはちょっと、厳しいかもしれません。あまりにも敵に回す人が多そうなので……」


 清々しそうな顔をする刹那に意地の悪いことを聞いてみると苦笑いをしながら気まずそうに答える。確かにいまの彼の立場なら敵に回しそうな人が多そうだ。


「あまり返事が遅いと、他の誰かに盗られてしまうからな……」


「その時は先輩を奪って見せますよ」


「っ」


「っえ!ちょ、んぐっ!」


 その一言で胸が締まり、思わず四つん這いの状態の刹那を抱き寄せ、キスをする。


「「キャァァァァァァッ!!」」


「「死ねぇぇぇぇぇぇっ!!」」


「あーぁ~」


「……」


「…フン」


「はわわわ……」


 その行動により一斉に歓声が沸き起こる。だがそんな歓声など気にせずたっぷり十秒ぐらいそのままでいた。


 最初こそ刹那もジタバタと抵抗してたが、首に回された腕がほどけないと知ると、諦めてそのまま流されていた。


 体感では短かったキスをやめて、不承不承といった顔をした刹那を見つめる。


「……すまない。だがいまのは不用意なことを言った君が悪いんだからな……」


「……はい」


 互いに頬を少し朱に染めながら、言い訳っぽく言うと。刹那は決まり悪そうな顔をしながら素直にそれを認める。


「はぁ……横槍入れるようで悪いが、いい加減そろそろ幕引きしてくんねぇか?」


「あ、ごめん。降参リザイン


 そう言われて慌てて降伏宣言する。すると上空にそれが表示される。


『決まったぁぁぁぁぁぁぁっっ!!順位戦第一試合を制したのはFクラス代表ぉぉぉぉぉっっ!』


 文乃の実況により歓声が沸き上がる。それは嫉妬や恨みなどない。ただ一つの戦いの決着への称賛の声だった。

 そんな事、今まで一度もされたことが無かったから、呆気に取られる。


「おーおー熱いねぇ。モテ男は好かれる女子が多くて妬けるぜ」


「……」


 だが、そんな呆然も束の間、隼人がやっかみを言いながらティアと一緒に来る。


「…負け犬の遠吠えはみっともないぞ」


「はぅぅ、氷雨先輩。大胆過ぎますよぉ」


 そしてその後に続いてギルと琥珀もやってくる。


「隼人、ギル……。ありがとう。そしてごめん。こんなことに付き合わせてしまって」


「別に良いってことよ」


「…気になどしていない」


 協力してくれた事への感謝と私情に巻き込んだ事を謝ると、二人はしれっとそれを流してくれた。


「ティアに琥珀ちゃんも手伝ってくれてありがとう」


 そして同じく協力してくれたティアと琥珀にお礼を言い、二人の頭を軽く撫でる。


「……ん」


「いえ、私はただお力になれたらいいなと思っただけで……」


 その行為にティアは満足気に撫でられ、琥珀はもじもじと恥ずかしそうにする。


『次はBクラスとEクラスによる第二試合を行いますので、代表選手各位は準備を。第一試合の選手各位は速やかに退場してください』


 奏の声により歓声の潮は引き、集まった一同も気を取り直しそれぞれのチームに別れる。


「ではまた後で会おう刹那。さっきの続きは……」


「命が惜しいので丁重にお断りします」


 さも当然かのようにさっきキスの続きを誘う閃。その誘いを即答で断る。


「むぅ。もう少し迷ってくれたっていいだろうに。しかしまあそんな君も『好き』なんだけどな」


「ええ、僕も先輩の事は……。『好ましい』ですよ」


「「「!?」」」


 いたずら気に子供っぽく言う閃に、いつも通りの口調で、いつも通りの返答をしようとしたが、もう今まで通りではない関係ではない。その証として、微妙にニュアンスを変えて言った。

 そして、そんな閃とのいつものやり取りを知らない一同は、その会話を驚愕する。


「そうか……。それは良かった」


 だが、驚きの表情をする一同を他所に。その返答を聞いて閃は安堵の表情を浮かべる。

 少しの間だけ安心そうな顔をした後、気を取り直した閃は、いつも通りの真剣な表情になる。


「恐らく、私の予想では第二試合を勝ち上がってくるのはBクラスだろう。次の試合は私達ほど、甘い試合をやらせては貰えないはずだ。一番知っているかもしれないだろうが、君にとっての仇敵。碧川海翔は特にね」


「そうですね……」


 閃に忠告されて開会式の時、Bクラスの列で凛と境、そして海翔が並んでいたのを思い出し、押し黙ってうつむく。


「心配すんなよ刹那。俺ら組めば勝てねぇ相手じゃないだろ?」


「…減らず口がよく言う。…が、俺もあの女に売り付けた喧嘩をそろそろ終わらせないとな」


 隼人は肩を叩きながら軽い調子でこっちを励ますように言うと、ギルがそんなに隼人に皮肉を言う。予選の時、境に売った喧嘩の事を思い出したのだろう。少し楽しそうにギルは笑う。

 そうだ。先日の模擬戦の時とは違って今回は僕一人で戦う訳じゃない。そう自分に言い聞かせ、海翔に対する不安や恐怖心を消し、顔を上げる。


「うん、良い顔つきになった。二校の時と違ってクラスメイトに恵まれたな、刹那。明日の試合、応援しているぞ」


 こちらの顔つきを見て安心したのか。閃は頬を弛めると、ささやかな声援を送りつつ、片手を振りながら退場していく。


「はい!」


 そして、その声援に答えるように力強く返事をする。


「あの!私達も応援していますのでどうか頑張ってください」


「……頑張って」


「ありがとう。ティア、琥珀ちゃん。二人の分もちゃんと勝ち進んで見せるよ」


 少し見栄を言いながら


 こうして、私情を交えて行った第一試合は、無事突破した僕達だった。


□□□


「うっわ~、もうヤベェ!あちこち傷だらけだぜ。早く治さねぇとな」


 出てきた所から退場すると一番に隼人が口を開く。言われて改めて見ると隼人とギルは随分とボロボロだった。


「…フン。その程度傷の内にも入らん」


「うっせぇ!怪我は怪我だっ!……てか、お前の方もよっぽどだな。鎖骨まで逝っちまってるんじゃねぇか?」


「…さわるな!」


 隼人が傷を調べようとすると珍しく声を立ててギルが怒る。いまので相当痛いのをやせ我慢しているのが伺える。隼人はこれ以上はギルの傷の具合を調べるのは無理だと判断したのか、今度は僕の方を見て、あちこち触ってくる。


「あーあーもう!お前も無傷に見えると思ったら、アザだらけじゃんかよ。ったく、こりゃ全員治療室行きだな」


 隼人が言われるまで気づかなかったが、閃と打ち合った時の腕や脚などの箇所が所々青くなっていた。


「…俺はいい」


「だーめーだ!断固として行かせるからな」


 隼人とギル。まだまだ互いに口調は荒いものの、それなりに打ち解けてあっているように見えた。


 そんな光景を一人笑みをこぼして見てると。不意に通路側から空々しく、やる気の無い拍手が鳴る。


「準決勝進出おめでとう。と言うべきかな?それとも、どんな甘い言葉を囁いて氷雨先輩を言いくるめて勝ち上がったのか。と言うべきかな?」

 

 拍手をしていたのは先程閃達との会話に出た海翔だった。ニヤニヤの嫌み混じりな言葉に三人とも怪訝な表情になる。


「おっと、冗談だ。三人揃ってそんなキツイ目で睨むなよ。いくら僕でも今の流石に悪かったと思う。まあ、君と氷雨先輩がどういう関係なのかを知っていれば誰だって察するものさ。どちらかが手を抜く、とね」


「お前ッ!言わせておけばッ!」


「いいんだ隼人」


 海翔の挑発に食って掛かった隼人を手を出して制止する。


「お前はそういうつもりで戦った訳じゃないだろ!なんか言い返せよ!」


「そうしたいさ、でも海翔が言ってることは半分当たってる……」


 隼人は僕に協賛を求めて一緒に対抗しようにするが、僕にはそれができなかった。

 海翔の言う通り、最後の最後で閃は手を抜いて負けた。手を抜いたというよりは、互いに肩の荷が下りたような形に近かったが。それを否定しては彼女の思いを踏みにじることになる。だから安易にその事を否定するのはできなかった。


「…見え透いた挑発に乗るな」


 一番挑発に食って掛かりそうなギルが、隼人の行動を戒める。


「乗ってねぇよ!コイツの思い違いな発言が気に食わねぇだけだ!」


「…それを挑発に乗ってると言うんだ阿呆!」


「やんのかよッ!」


 挑発に乗るのを止めようと忠告したギルに怒りをぶつける隼人。それに逆上したギルが胸ぐらを掴み、いがみ合いになる。


「フフフ、こんな事で仲間割れかい?これじゃ準決勝の相手が思いやられるよ」


「いつもの事だよ。これが僕らのチームなんだ」


 チームの仲の悪さを嘲笑する海翔に開き直った返答を返す。


「海翔よ。何をしておる」


 その時ふと通路の奥から凛が現れる。そして傍らには境も随伴していた。


「会長……。いえ、偶然彼らに会ったのでささやかながら、準決勝進出の祝辞を述べていただけですよ」


 この状況を作り出した張本人にも関わらず、凛の質問に対して白々しく海翔は言い逃れをする。


「それにしては穏やかならぬ空気じゃが……まぁい」


 そんなニヤけ笑いをしてい海翔に、胸ぐらを掴み合っている隼人とギルを見て何かを察した凛だが、無視してこちらの方に来る。


「刹那よ、せっちゃんとの戦い見事じゃったぞ。本音言うといい加減せっちゃんと付き合え。と言いたいところじゃが、お主らの間にあったわだかまりが無くなって儂も少し安心したぞ」


「あ……、ありがとうございます」


 唐突という程ではないが、凛は閃との試合に勝った祝いの言葉を掛ける。周りの空気とはそぐわない会話をし始めるものだから少々呆気に取られてしまった。


「しかし、まさか最後にあんな事するとはの~」


「あれは不可抗力です!」


 凛にキスされたことをからかわれて言い訳をするが、そのことを思いだして、顔が熱くなるのを感じる。 


「良いではないか、良いではないか。見ているこっちがこっ恥ずかしいくらいじゃったぞ」


「止めてくださいよ。今後周りに何て言われるか……」


 想像したくもない。特にステラや風香に何て言われるか考えただけでも頭が痛い。


「この際付き合ってしまえば良かろう。既成事実ができてしまっていることじゃしのぅ」


 だが、凛は僕を茶化すのを止めない。しかも閃同様、そのまま付き合わせようとする始末。こうなってくると凛への対応は少々面倒になってくる。


「会長、歓談のところ申し訳ありませんがそろそろお時間です」


 どう回避しようか戸惑っていると、イジりがどんどんエスカレートする凛を見かねて境が仲裁に入ってくれる。


「うむ、分かっておる。それではの刹那。お主らの怪我を治してやりたいところじゃが、その具合だと少し時間がかかる。儂は後が控えておるのでな、大人しく治療室で治して貰うとい」


「精々明日のまで試合に治しておくんだね。まぁどうせ僕にやられるのがオチだろうけど」


 凛が治療室へ行くように勧めると。会話の間、黙って見ていた海翔が皮肉を込めて言う。


「これ!海翔!」


「ジョークですよ。試合は終わったんだ。お友達共々、今日はゆっくり安静にしておくんだね。なんなら治療室で試合の中継でも見ていればいいさ」


 凛に叱咤されて海翔は言い直すと、一人先にシャッターくぐり、会場へと出ていった。


「全くあやつは、いつまで経っても人の心を知れぬ事ばかり言いおってからに……」


「良いんです会長。確かに癪に障るような言い方ですし、彼は僕に酷い仕打ちをしてきました。それに関しては僕も許す気はありません。しかし彼が言ってる事は事実です。次に戦いの場で相対するのであれば、その言動について問いただしたいと思っています」


 言い方は悪いが、海翔が言っている事はあながち間違いではない。ただ人の心を折るようなことを何故するのかを理由があるはず。その理由を知りたくて、胸に感じた決意と思ったことを口にすると凛は安心したような顔をする。


「……強くなったの、刹那よ」


「会長のお陰ですよ。あの時会長が支えてくれなかったら、いまもこんな風に戦ったりはしていなかったでしょう」


 凛の言葉にただただ感謝の言葉を返す。今の自分があるのは間違いなく凛のお陰であるからだ。


「すみません、長く引き止めてしまって。沢木先輩も試合頑張って下さい」


「激励の言葉、ありがとうございます」


 凛の代わりに戦う境に声援を送ると深々と頭を下げてお礼を返してくる。それが済むと凛の後ろに付き添うようにして二人は会場へと向かって行った。


「ふぅ……。でもこれでいいんだ」


 新たな目的が出来てしまったと溜め息を吐くが、内心それほど嫌ではなかった。むしろ澄んだようになった気がする。


「ほら二人とも胸ぐらを掴み合ってないで、治療室行くんでしょ?」


 凛達と会話している間もそっちのけでずっといがみ合っていた隼人とギルの仲裁に入る。


「だってよ、この朴念仁が挑発してくるから!」


「…フン、見境なく噛みつくところはまるで野良犬だな」


「犬はお前だろッ!この狂犬がッ!」


「まぁまぁ、落ち着いて」


 この後、二人を落ち着かせて治療室に行くのに5分は掛かった。

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