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第十三魔導武装学院  作者: 黒姫
第一章 学内順位戦編
12/35

信用と信頼、そして才能

登場人物紹介


黒神刹那くろがみ せつな

 黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すからよく負けてしまう。


黄瀬隼斗きせ はやと

 刹那のクラスメイト。元十二校で自称情報屋。VRゲームで鍛えた反射神経で二丁拳銃を使いこなし、また魔法による後方支援も得意としている。明るく軽い性格なのだが、厄介事によく巻き込まれる体質で苦労人。


ギルバート・エストレア

 金髪の刹那のクラスメイトで元四校出身。無愛想な性格で実力主義者。昔の事件で失った親友のことを今でも悔やんでおり、二度と同じことを繰り返さない為に強さを求めている。

 順位戦前夜。刹那達は順位戦の出場選手に用意されたホテルの一室で寛いでいた。


「いやぁ~極楽極楽。こんな良いところに泊まれるなんてなぁ。やっぱ俺十三校に編入して良かったぜ」


 室内にある豪華そうなソファーにどっかりと座って言う隼人。


「豪華なスイートに充実したルームサービス付きだし、ただ順位戦の準々決勝に出るだけなのに、至れり尽くせりでほんとにすごいよ」


 内装を見回しながら刹那も隼人の意見に同調する。


「…それは十三校が世界で最先端を行く進学校だからだ。人材育成に注ぎ込む力は他の類を見ないだろうな」


 ギルは豪華そうな椅子に座りながら、二人の意見に対して少し補足する。


「それにしては、なんか力いれる場所間違ってねぇか?」


「…そうかもな」


「お、おぅ…」


 隼人がした指摘に珍しくギルが同調した為、隼人は少し戸惑う。

 予選で別れて以来、ギルは角が取れたように二人は感じる。


「…無駄話はいい、さっさと明日の作戦会議をするぞ」


「ハイハイ、分かりましたよ。じゃあ明日の準々決勝の話をしようか」


 だがそれもほんの少しだけで、ギルはいつもの癪に障る様な態度で隼人に言うと、不承不承といった感じだったが、隼人は気を取り直して本題に入る。


「俺らが対戦する相手はCクラス。氷雨閃、黒神ティア、白神琥珀の元二校チームだ。氷雨閃の戦闘は徒手格闘一筋だけっていうのは知っているが固有武装は不明、他の二名も情報が少なすぎて不明な点が多い。でもまぁ幸い、二人は刹那の身内だから詳しい話は刹那に聞いた方が早いだろ」


 実は、刹那と各クラスの代表者達が学長室から出た後。すぐに順位戦の対戦クラスとメンバーが公開され、隼人の情報戦は早々に役に立たなくなった。だが隼人はそんな素振りを見せず簡易的に内容を話すと刹那に説明を代わる。


「敵情分析は不公平だから、あんまりやりたくないんだけど……」


「…御託はいい。話せ」


「そうだそうだ。そもそも相手が決まった時点で戦闘は始まっているんだぜ?そんなこと言ってる場合じゃないだろ」


 刹那が説明を渋るとギルは強要し、隼人は正当な事を言って刹那を説得する。


「分かったよ……。ティアは狙撃銃型の魔銃を使う。早撃ちは勿論、その精度も高くて、飛んでくる魔法を撃ち漏らす事はまず無い。そっちも厄介だけど、大鎌の形をした固有武装『天使の鎌エンジェルサイズヘヴン』の方も厄介だ。固有武装を発動させたら常時、翼のような氷魔導を展開しているから注意した方がいい」


「おいおい。注意した方がいいって、具体的にどこをどう注意すればいいんだよ」


 刹那の説明に隼人がもっともなツッコミを入れる。


「僕が言えるのはここまで……、これ以上は不公平だ」


 しかし隼人のツッコミを依怙贔屓の一言で刹那は片付ける


「へいへいわーったよ。取り敢えず固有武装の展開中は気ぃつけろってことだな。お前もこれでいいのか?」


「…問題ない」


 隼人が軽く了承するとギルに意見を聞くが、ギルも刹那の説明に納得する。


「じゃあ次、琥珀ちゃんだけど。琥珀ちゃんは僕と同じ八型一刀流の使い手でニノ型、三ノ型、四ノ型、七ノ型を極めているから気を付けた方がいい」


「二、三、四、七ってことは風、水、雷、闇かぁ。まさに『疾風迅雷』って感じだな」


 刹那が琥珀の説明をすると、隼人はそれぞれの型の属性を呟きながら琥珀の異名を口にする。

 琥珀のように『白雪姫』や『疾風迅雷』など複数の異名を持つ人間は稀だ。普段の彼女を知っている二校の生徒はみな前者で呼び、他校の試合の映像しか見ていない者は後者で呼ぶ。


「隼人は八型一刀流を知っているんだ」


「まぁな。情報屋を甘く見んなよ?」


 だが、刹那は隼人が刹那の問いに隼人は得意気になって答える。


「でも残念。確かに八型一刀流は『火風水雷氷地闇無かふうすいらいひょうちあんむ』からできている。けど、それは黒神家の八型一刀流……。白神家の八型一刀流は七ノ型が闇じゃなくて光なんだよ」


「ぐっ…。それは知らなかったな……」


 だが、刹那は得意気になっている隼人の鼻を折るように情報の補足をすると、隼人は少したじろぐ。


「……情報屋が聞いて呆れるな」


 そして、折った鼻をさらに複雑骨折させるかのようにギルが追い打ちをかける。


「あぁ?なんだとッ!?」


「……やるのか?上等だ」


 しかしというか、予想通りというか。ギルの発言は隼人にとっては火に油だったようで、魔導の兆候を現しながらギルに食ってかかる隼人。そしてそれに応えるように武器を取り出そうとするギル。


「わー!待った待ったぁ!ストーーップ!ここどこだと思ってるの二人とも!?」


 そう。三人がいるのは娯楽区にある超一流ホテルのペントハウス。学外での魔法は禁止されている。そして、いくら魔導学院の生徒であろうと町中で武器を取り出せば魔導法違反で捕まる。

 

「……くそっ!」


「……フン」


 慌てて入った刹那の仲裁で我に返った二人は、しばらく睨みあった後。口惜しそうしながらも椅子に座る。


「ふぅ……全く。もう少し建設的にできないの?」


 危うく高級スイートの部屋一つを吹き飛ばされるところだったのだ。刹那は溜め息を漏らしながら、分かりきっている質問を隼人とギルに投げ掛ける。


「無理だな」


「無理だね」


「はぁ……」


 二人の息の合った返答に再び溜め息を漏らし、刹那はベランダに出て娯楽区の夜景に目を移す。


(はぁ……。こんな事で明日のCクラス戦は大丈夫かな……)


 再び内心で溜め息をつき、先が思いやられる刹那。


(明日は先輩と戦う事になる。できれば一対一の勝負がしたいところだけど……)


 だが実際行われるのはチーム戦である。敵味方が入り乱れ、戦場は普段の模擬戦とは異なり、よりカオスな状況になるだろう。

 そんな中一対一の真剣勝負などしようものなら、協力してもらう人間がいないとできるはずもない。


(二人に話して協力してもらうべきかな?)


 刹那は視線を室内向け、隼人とギルの様子を見る。


「やっぱここは慎重に様子を伺って行くべきだろ。そして気を狙ってドーンってやれば…」


「…フン、下らんな」


「じゃあ、お前はなんか具体的な策でもあんのかよ」


「…小細工などいらん。相手が向かってくるなら叩き潰すだけだ」


「それ策じゃないだろ……」


 二人は明日のCクラス戦での作戦で意見を言い合っているようだった。言い合っているというよりは、隼人の作戦をひたすらギルが却下しているだけだが……


「二人ともちょっといいかな、話したいことがあるんだ」


「ん?どうした?」


「…なんだ?」


 刹那は打ち明ける為に二人に声を掛けると、刹那の改まった態度を察して、二人とも耳を傾ける。


「実は……」


 刹那は隼人とギルを信じて、風香やステラに話した時と同じように自分の過去を打ち明ける。

 自分にもう一つの人格があること、魔導研究所出身であること、閃との真剣勝負をしなければならないこと。時間はかかったが刹那は全てを二人に話す。

 二人は言葉一つを発さず、静かに刹那の話を最後まで聴く。聴き終わった後、最初に口を開いたのは隼人だった。


「元二校の風紀委員長と真剣勝負ねぇ。刹那はあの『月下美人』に何か勝算でもあんの?」


「いや、特には無いけど……。それより隼人は僕の素性を知っても、どうも思わないの?」


 隼人が気にした話が、刹那の予想していたものとは違い、思わず聞いてしまう。


「いや、なんとも思ってないと言えば嘘だけど。人の過去なんてそれぞれだし。魔導研究所にいた人間が魔導兵器なんていう偏見は生憎だけど、俺は持ち合わせてねぇからな。別に気にしちゃいねぇよ。どうせコイツも俺と考えてることは同じなんじゃねぇの?」


 そう言って刹那気にしていたことを、さもどうでもないと言って退ける隼人。そしてその意見をそのままギルに振る


「…一緒にするな。…魔導兵器なんざ所詮は戦争の為に生み出された。使い捨ての道具だ」


「おい!お前!?ちょっとは刹那のこと考えろよ!」


 だが、ギルは隼人の考えとは反して辛辣なことを言う。普通はギルのような反応が当たり前なのだ。むしろ、それを聞いて友好的なのが異常である。だがギルの言葉には不思議と、刹那に対する嫌悪感が無かった。

 そして、ギルの発言を聞いて隼人はギルの胸ぐらを掴み、いきり立つ。


「…離せ、まだ話の途中だ。人の話は最後まで聞け」


 ギルはそう言って普段とはやや異なり、大人しく隼人の手を払い刹那の前に来る。


「…昨日も言ったはずだ。お前(・・)の勇気だけは認めてやる。…そして、お前が魔導兵器ではないと言うのならば、行動で示せ。…俺から信頼を得たいならな」


 ギルはただ刹那を真っ直ぐに見据えて、そう言い放つ。その鋭い目には、確固たる意志があった。


「行動で示せ、ってお前まさか……」


 隼人はギルが言った『行動』という言葉が何を指しているのかに気付き、怪訝そうな顔をする。勿論、刹那も隼人と同じくその言葉が何を指しているのか分かっていたが、顔色は変わらない。


「ならギル。僕と決闘をして欲しい」


「…挑むところだ」


 そして、刹那は決闘の申し出をするとギルはそれを受ける。


「はぁ……、結局こうなるのかよ……」


 そう言って隼人は溜め息を吐くと立ち上がり、そのままドアに向かっていく。


「隼人、どこに行くの?」


「ここじゃ決闘できないだろ。ちょっとフロントまで行ってトレーニングルームの予約してくるんだよ。全く、これだから脳内思考が戦闘脳のヤツは……」


 刹那の質問に答えると口では嫌々そうにしながらも隼人は部屋から出ていく。


「…アイツ、気が利くな」


「そうだね。意外とこのチームのこと一番想っているのは隼人なのかも。じゃあ僕達は先にトレーニングルームに行っておこうか」


「…そうだな」


 そう言って刹那はギルと共にトレーニングルームへと向かう。


□□□


 トレーニングルームは名前の通り練習場である。それなりの広さがあり、ちょっとした運動をする分には丁度良い部屋だった。


「…なんだこれは」


 だが、ギルがトレーニングルームに着いて、早々に口にした言葉がこれである。

 具体的にもっと詳しく言うと、これは隼人から渡された物に対して言った一言である。


「なんだ、って見りゃ分かるだろ。長棍だよ」


 隼人は、さも当然かの様にギル質問に答える。


「…阿呆。…それは誰だって見れば分かる。…俺は何故、長棍を使わなければならないのか、と聞いているんだ」


 だが、ギルが聞いていたのはそこではなく。隼人が分かりやすいように、補足して言い直す。


「最初からそう言えよ!言葉足らずなんだよお前は!なんで長棍かって?ここじゃ武器禁止だからに決まってるからだろ。ほら刹那、これはお前のな」


「おっと」


 隼人もギルの相手に慣れてきたのだろう。食いかからずに適当にあしらって答えながら刹那に木刀を投げ渡す。


「学外では武器及び魔法の使用は禁止。魔導学院の校則だろ?だから剣も槍も魔法もダメ!絶対!」


「…フン。仕方ない」


 隼人がそう言うと、ギルは仕方なく納得する。


「じゃあ立会人は俺がやるぜ。勝敗は相手へ先に一撃与えた方が勝ちってことで。ほらそこ!嫌そうな顔すんな!明日はCクラス戦を控えてんだぞ。ここで大怪我してどうすんだよ」


「…ッチ!分かった」


 隼人が試合形式を確認していると、あからまさにギルが嫌な顔をしたので指摘すると、ギルは舌打ちをして渋々了承する。


「あと、ホテルに迷惑かけたくないから、あんま滅茶苦茶なことすんなよ。オーケー?」


「「了解」」


 隼人にやり過ぎないように言われ、二人ともそれに答えると。お互い10m程離れて位置につく。


「準備は良いな?じゃあ。よーい、始め!」


 隼人が出した合図と同時に、互いに接近して距離を詰め。持っている得物で打ち合っていると、木と木の打ち合いによる小気味の良い音が室内に響く。


(左……、いや正面かっ!)


「…ハァッ」


「くっ!」


 打ち合いの途中で意表を突いて放ったギルの突きを刹那は咄嗟に左へ弾くが左肩を掠める。

 だが隼人からの止めはまだ無い。つまり今のは一撃の内には入っていないということだった。


(前に戦った時よりも速い!)


 そして実際、刹那は打ち合ってこそいるものの、ギルの攻撃を捌くのが手一杯だった。刹那の記憶にある前回戦った時のギルは小手調べだったのだと気付く。


(ったくコンコンうっせぇなぁ。なんだケンカかぁ?面白そうじゃねぇか)


(今取り込み中だから黙ってて)


 今の打ち合いの音で、目覚めたもう一つの意識が頭の中に響くが、それを無理矢理押し込めようとする。


(あぁハイハイ。そういうことか。じゃあ頑張れよ)


 記憶を辿って理解したのだろう。もう一つの意識は素直に消え去っていった。


「…どうした?お前の力はこんなものではないはずだ」


 だがそんな会話がされていたことは露も知らず、ギルは刹那の実力を見透かしたように問いかける。


「ギルは何を根拠にそんなことを言うの?もしかしてただのブラフ?」


 刹那はふと思った疑問を聞く。刹那と戦った者はみんな同じことを言うのが不思議だったからだ。


「…阿呆。…俺がそんなハッタリを言うような人間に見えるか?…ただお前と打ち合っていると、打ち合いの何処かで手を抜いている様に感じる。…俺はそれを捨てろと言っているだけだ」


「ん?どういうことだそれ?俺には捌くのに精一杯のようにしか見えないけどな」


 ギルの指摘は的確であった。だが、その意味が理解できずに隼人は首を傾げている。


「…違うな。…こいつは俺の一挙手一投足をギリギリまで見切って行動をしている。…全神経を相手の動きにだけ集中させ、隙を窺う。…本来それは防御や回避する為の行動だが……」


「っぁ!」


(また速くなったっ!)


 ギルは話をしている途中でさっきより格段に速く攻撃仕掛ける。しかし刹那はそれも辛うじて防ぐ。


「…それも反応できなくなってしまえば、意味のない事だ。…お前のその相手を傷付けないという甘い考えが、そうさせているのか。…それとも別の何かがあるのか……。お前を知らずに初めて戦う人間はみな後者だと思うだろうな」


 確かにギルの言う通り、刹那は相手の攻撃の一手を見極める為に極端に初動を遅くしている。それが相手からすれば、不信感を与えるのだろう。

 何故反応できるのに反撃をしてこないのか?と

 だから皆、刹那の戦闘能力を過大評価しているのだと刹那は納得する。

 そして、ギルの攻撃はさらに速くなり、遂には刹那が対応できなくなる程になっていた。


「ハァ……ハァ……」


「…よくここまでの速さを捉えられるものだ。常人では見切るのはおろか、見えていないはずだが……」


 刹那はギルの猛攻を防ぎ切って息を荒げているが、ギルは刹那の反応速度に感嘆の声を出す。


「実際、立会人の俺が見えていないんだが……。これじゃ勝敗の着けようがないだろ……」


「…安心しろ。…次で終わらせてやる」


 隼人にそう言うとギルは長棍を前に向けて構える。


(あの構えは……)


 刹那は見覚えがあった。初めて戦ったとき、最後にギルが放った技と同じ構えだった。だが、今の速さのギルをあの時の様に避ける自信は刹那にはない。


(いや……違う。そうじゃない)


 そう、この勝負はギルに認めてもらう為に自分から挑んだのだ。避けるという選択肢を棄てて、刹那は覚悟を決める。


(やるのか?)


(あぁそうだ。その為に戦っているんだ)


「ギル。僕も本気でやるよ」


 そう言って木刀を正眼に構え、刹那は一層集中力を高める。


「…いい眼だ。…そう来なければお前を評価を考え直すところだ」


 そしてギルも気迫が満ち、魔法を使わない生身の全力であることがひしひしと伝わる。


「あ~、お前ら程々にしろよ。って聞いちゃいねぇか……」


 隼人は二人に忠告をするが、聞こえていないと判断し諦める。


「…行くぞ!」


「来い!」


 ギルは長棍を前に突きだして突進する。それを刹那は見て反応しようとするが、それでも間に合わないと悟る。


「っく!」


 そう直感して、刹那は意図的に心拍数を上げ、体内に極度の負荷をかけて反応速度をさらに加速させる。

 するとだんだんと世界がゆっくりになっていくが、それでもまだ足りなかった。


(いまこの場に於いて、色彩はいらない)


 そう念じると刹那の視覚から世界が色褪せていく。そうしたことによって、やっと刹那の視界にギルを捉える事ができた。

 ギルを捉えた刹那は、木刀でギルの長棍を体の軸から外れるように左に逸らし、がら空きになった右肩を打つ。この間、僅か0.4秒の出来事である。


「っぅ!」


「ハァ……ハァ……」


 ギルは右肩をおさえて片膝をつき、刹那は息切れを起こしてそのまま座り込む。


「おいおい、どっちが勝ったんだよ?」


 ほぼ一瞬の出来事だったのだ、端から見ていた隼人には一体何が起こったのか、わからなかったのだろう。


「…俺の負けだ」


 戸惑っていた隼人に向かって、ギルは自らの敗北を口にする。


「ハァ……ハァ……フゥ……。これで良いのギル?」


「…良いも悪いも、お前は全力を出し、俺に勝った。…これが信頼に値せずして何になる?」


 刹那は息を整え、ギルのところに歩みながらそう聞くと、少し角のある言い方をするもののギルは刹那を認める。


「しかしまあ、よくもあんな尋常じゃない速さで勝負ができるな。一体何が起きたんだ?俺にも説明してくれよ」


「…そうだな。…俺にもしっかり説明してもらおうか。刹那、お前。あの一瞬で()()した?」


 どうしても気になった隼人は二人に説明を求めると、ギルは刹那を問い詰める。


「えぁ……。えーっと、うん。別に隠すようなことでもないし、話すよ」


 刹那はほんの少しだけ迷う素振りを見せたが、すぐにそれを払った。


「黒神家にある体術の一つ。『血壊』っていう体術を使って、ギルの攻撃を見切っただけだよ。『血壊』の原理は、体内の心拍数を急激に上げて落とすことによる負荷が、一時的な覚醒状態を誘発させるんだ。その代わりと言っては、体内に相当な負荷が掛かるのが難点だけどね……」


「…成る程」


「成る程。じゃねぇだろ。そんなこと、達人並の技量がないと普通できねぇだろ」


 苦笑いを混ぜながら説明をする刹那にギルは納得するように聞き、隼人は唖然としていた。


「…剣術の名家の御曹司なのだろう?ならそれぐらいできて当然だ」


「いやまぁ、そうだけど。そうなんだけど……。それだと今度は別の疑問が湧いてくるんだよな……」


 隼人のツッコミに正論を言うギルだが、その正論に対する疑問を隼人は口に出そうとするが躊躇う。


「…刹那、それほどまでの実力を持っていながら何故、自分は弱いなどと言って卑下する?」


「だぁもう!なんでお前は、人が気ぃ遣って言わなかった事を不躾に言うんだよ!」


「…うるさい、俺は回りくどいのは好まん」


 隼人が言い淀んだ事をギルはストレートに刹那に聞く。ギルの聞き方に隼人は批判するがギルはそれを一蹴する。


「確かに僕は普通の人に比べたら、自己評価が低い事は自覚している……」


ギルの言う通り、人と比べた時いつも刹那は自分を貶める。でもそれは()()()()()()()()劣等感を抱いているからだ。自分の事を弱いと言ったりする原因もそこからきている。


「僕がどんなに頑張っても、生まれついた才能は変わらない。ならそうなるのは仕方ないじゃないか」


 才能。刹那が指している才能とは『魔法適正値』。御存知の通り適正値が高ければ高いほど、体に負担をかけること無く、より高度な魔法を扱える。

 いまの社会はステラやアルウィンの様に、実力がある者もそうだが、この魔法適正値が高い人材が求められているといっても過言ではない。

 能力、才能が優れた者が上に立ち、無い者はどこまでも蔑まされる。

 いくら時代を重ねても、そういった才能格差は今でも変わらない。


「みんなが簡単に扱う魔法も、僕にとっては大きな代償を払わなければ扱えない。それがどんなことなのか、ギルにはわかる?」


 刹那は目に溢れそうになる涙を必死に堪えながら、いままでの人生で溜めていた想いを吐露する。


「たった一つの才能に恵まれなかっただけで、周りからそしられ。どんなに努力しようが、恵まれた者達に足蹴にされる僕の気持ちがギルにはわかるの?」


 一度吐き出した怒りや悲しみ、憎しみは勢いが止まらず、どんどん零れていく。


「…分からないな」


「だったらっ!」


 ギルの言葉に逆上し、刹那は胸ぐらを掴む。


「…分からないが、それでもお前は剣を手に取り立ち上がっている。…お前を虐げてきた環境を変えようと必死に抗っている。…違うか?」


「っ!」


 ギルの言葉が胸に突き刺さる。いままでそんな事を言ってくれる人間がいなかったから、胸の痛みを余計に感じ、ついに涙が零れる。


「…ならさっき俺に示して見せたように、周りの人間にもお前の在り方を示してみせろ。…そうすれば周りもお前を認めるだろう」


「ギル……」


 ギルに諭されて手を放す。


「そうだぜ。要は、才能に胡座かいてる奴らに思い知らせてやりゃいいのさ。“才能”だけが全てじゃない、ってな」


「隼人……」


 隼人も刹那を気遣って便乗する。


「…こいつの言う通りだ。…それと一つ勘違いしているようだが。…お前の言い方はまるで、才能のある人間がなんの努力もせず勝ち上がっってきたように聞こえる。…俺もお前もこいつも、お前が言う『才能』以上に、今まで積み重ねてたものが認められてここにいる。…それを間違えるな」


 そう刹那に言うと、ギルはトレーニングルームから出ていく。


「ありがとう、ギル」


 刹那はもう見えない背中に向かって礼を言う。


「しっかしまぁ。案外、他人想いなのなアイツ」


「うん、そうだね」


 冗談を仄めかしながら感心そうに言う隼人に同調する。


「さっき調べたんだけどアイツ、過去に任務中の事故で仲間を見殺しにしたんだとよ。さっきの口振りからして、そんな事はねぇな。って俺は思ったんだがな」


「僕もそう思う。確かにいつも冷たい態度を取っているけど、ギルは誰かを見捨てるような人じゃないよ、きっと」


 隼人の考察に、刹那も感じた事をそのまま述べる。


「まぁ、それ以上余計な詮索したら明日響くからな。その話は本人が口開くまで待とうぜ。って、そういや明日のCクラス戦の対策忘れてた!」


「いや対策も何も無いでしょ……」


「んなこと言ってないで、急いでアイツ捕まえてから部屋に戻って、対策練るぞ!」


 そう言うと、隼人は慌ててトレーニングルームを飛び出していく。


「ハイハイ、隼人はせわしいなぁもう……」


 苦笑いしながら刹那はその後ろに付いていくのだった。


□□□


(…らしくもないことを言ってしまったな)


 ギルは一人、物思いに耽りながらホテルの廊下をぶらぶらと歩く。


(“どんなに頑張っても、生まれついた才能は変わらない”か)


 刹那と話している時、ギルの中で昔の記憶が重り、まるで古い映像を見せられている様だった。


「…ロイ……すまない」


 かつての親友と呼んでいた存在の名と、謝罪の言葉を口にする。


 魔法暴発による人為的地殻変動、そして崩落事故。

 些細なことだった。事故があった日、ギルはロイドから先ほどの刹那と同じ様な会話をされ、冷たくあしらい、別行動をした。

 それが事故に巻き込まれてしまう原因になろうとは思いもせず。


(…俺のこの手が届いていれば……、お前を救うことができたはずだ。…なのにあの日、俺はお前の傍にいなかった)


 助けようとした。だが、あと少しのところでこの手が届かなかった。その時の記憶が今でも脳裏に焼き付いている。

 そして事故以来、ギルはより周りとの距離を離し、強さを求めるようになった


(…俺があんなことを言わなければ、俺にもっと力があれば、いまでもお前は……)


 そんな悔やんでも悔やみきれない気持ちを感じながらも、それを胸に押し込める。


(…二度とあの時と同じ過ちはしない。…そうお前に誓った)


 胸に下げていた形見のペンダントを取り出し、彼に誓った約束を思い出す。

 自分が言葉足らずの性格だということは昔から理解している。それが原因で親友を失った。

 刹那に向かって言った言葉はそこから得た教訓と誓った約束を思い出したからだ。


「…………おーい!」


 物思いに耽っていると、後ろから不愉快な声が聞こえてくる。


「おーい!部屋に戻って明日の順位戦の話するぞぉ!」


「隼人、一応ここ公共の施設だから大声出さないでよ……」


 振り返ると、隼人と刹那が走って来ていた。


「そんなこと言ったら、俺ら走ってる時点でアウトだろ」


「……確かに」


(そこで認めるなよ)


 隼人の返しを認めしまう刹那にギルは内心ツッコミを入れる。


「…場所くらい考えろ。…阿呆」


「なにぃ!」


「まあまあ、落ち着いて」


 ギルはもう刹那の事を全面的に信頼している。隼人の方は性格ややり方などは気に入らないが、実力はそれなりに認めている。


「部屋に戻って明日の策をみんなで考えるんでしょ?」


「あぁまあ、そうだけど……」


 そう言うと隼人はこちらを一瞥する。


「…フン。…どうせ下策にしかならないだろうな」


 だが認めてはいるが、信用した訳ではない。そう言い放ってギルはエレベーターホールに向かう。


「だぁー!もう!やっぱアイツ言うことがいちいちムカつく!」


「アハハ……」


 隼人が後ろで吠えているが気にせず、歩みを進める。

 明日は待ち望んでいた。各校の強豪を集め、更にその上に立つ者達を決める準々決勝だ。ギルの胸の中では期待が膨らんでいた。

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