闇に溶ける組織
登場人物紹介
黒神刹那
黒髪の青年で戦闘能力は高いが、魔法を数回放っただけで倒れるほど魔法適性値が低い。心優しく優柔不断な面と残忍でさっぱりとした面を併せ持つ二重人格者。八型一刀流の使い手だが、戦闘で中途半端に優しさを出すからよく負けてしまう。
ティア
蒼白の長い髪の少女で刹那の妹。魔導研究所出身で研究所閉鎖の際に刹那のおかげで黒神家の養子として引き取られた。無口で何を考えてるのか分からない不思議ちゃん。常に自分の事を気に掛けてくれる刹那の事が好きで、積極的にアピールしているがいつも刹那に誤魔化されている
ステラ・スカーレット
紅い髪の女の子で元一校のエリート。少々意地っ張りでツンデレ。自分の気持ちに素直になれないことに対して自分でも悩んでいる
小桜風香
緑髪のお姉さん、元七校の風紀委員長であり、真面目で礼儀正しいのだが、基本的な問題解決方法が武力的なのが玉に瑕。
白神琥珀
白髪の少女で刹那の幼なじみでティアと同い年。刹那と同じく八型一刀流の使い手。心優しく謙虚で小動物を彷彿させるような少女。刹那に対して強い憧れと恋愛感情を抱いているが、謙虚さが仇となっている。
黄瀬隼斗
刹那のクラスメイト。元十二校で自称情報屋。VRゲームで鍛えた反射神経で二丁拳銃を使いこなし、また魔法による後方支援も得意としている。明るく軽い性格なのだが、厄介事によく巻き込まれる体質で苦労人。
ギルバート・エストレア
金髪の刹那のクラスメイトで元四校出身。無愛想な性格で実力主義者。昔の事件で失った親友のことを今でも悔やんでおり、二度と同じことを繰り返さない為に強さを求めている。
鈴鹿藍
紺色の髪をした刹那のクラスメイト。謎が多い青年。女の子っぽい自分の名前に悩みを持っている。
碧川海翔
青髪の青年。元二校の生徒会副会長で実力主義者。相手を見下したような言動が多く、弱者が強者に虐げられる事を当然だと思っているが、その代わり強者が弱者を庇護するべきだと思っている
蒼崎凛
蒼髪のお姉さん。元二校の生徒会長で刹那と海翔の先輩。天性の治癒能力を持っている。喋り方が独特で誰に対しても老人口調で話す。可愛いモノ好きで可愛いモノを見掛けると愛でたがる。
沢木境
眼鏡をかけた真面目そうな紫髪のお姉さん。元二校の生徒会書記で戦闘歩法の縮地を極めており、瞬間移動を基点とした高速戦闘が得意。凛の命令を絶対としている。
桃井芽愛
ピンク髪の女の子。元一校出身で現代で希少な魔法使いで明るく元気な性格でドジっ子。一人ではしっかりと目的地まで辿り着くことができるが、集団で行動すると何故か方向音痴になる。
レノンハルト・フォン・イグニス
燃える様な赤く結われた長い髪が特徴の青年。不良校で有名な元五校の生徒会長、兼風紀委員長を務めていた。まともな仕事はしていないが、人一倍仲間を大切にする人で、五校の生徒からは尊敬の意を込めて『兄貴』と呼ばれている。
氷雨閃
氷のように蒼白い髪を持つクールなお姉さん。二校の元風紀委員長。真面目で真っ直ぐな性格であり、常に率直に物事を言う。そのせいで現実的、合理的な人だと思われがち。左腕全体に大きな火傷痕があり常に包帯を巻いて隠している。凛とは腐れ縁の仲。
アルウィン・エストレア
ギルバートの兄。秀才で礼儀正しく、誰に対しても敬意を持って接するため、とても人望が厚い生徒。容姿はギルバートと全くそっくりだが、唯一髪型だけが違う。
木代嵐子
黄緑色のショートヘアーと小柄さが印象的な女の子。元三校の生徒会長であり頭脳明晰、その頭脳であらゆる策略や戦略を練ることを得意としている。クールを気取っているが身長のことを言うとすぐに怒る。
湯川熱揮
体躯のいい青年。レノの弟分でレノの事をかなり尊敬しているため、レノに対する言動が悪いやつにたびたび突っ掛かってしまう。
内空閑暁音
小柄な青年。レノの弟分で常に前髪で目を隠れており「ッス」が口癖。耳が良く、遠くの音や小さな音など平然と聞き取ることができ、それを利用してレノにいつも情報提供をしている。
朝日向里穂
小柄でツインテールが印象的な女の子。レノの妹分で小悪魔的性格の持ち主。レノに悪戯して追いかけっこをするのが彼女の日課。ツインテールの髪紐から靴紐までほぼ全てがリボンで装飾されており、レノ以外の人間からはその容姿から『リボンちゃん』というあだ名が付けられている。
新規登場人物
ルーファス・ブレイヴ
金髪の伊達男。第二次魔導大戦を終結させた七英雄の一人。白兵戦に於いて無類の強さを誇り『最強』の異名を取る人物。『斬った』という因果を反転させて絶対不可避の一撃にする固有武装『神剣ハルシオン』の所持者。現在は紅愛の護衛として、いつも彼女そばにいる。
桃井紅愛
紅に近いピンク髪の女性。第二次魔導大戦を終結させた七英雄の一人。魔法騎士で、『戦場の歌姫』と呼ばれていたが、大戦中に両目を負傷し視力を失った。個人差はあれど触れた相手の視力と同調して視ることができる能力を持っている。ルーファスとはかなり相性が良いらしく、いつもベッタリくっついている。芽愛の姉でもある。
アイリス
長い黒髪と男口調が特徴的な女の子。秘密結社『エデン』のリーダーでコードネームはI。『違法な子供達』で存在が消えるようになる『存在消失』能力を持っている。基本的には冷静で仲間思いだが能力によるせいで、よくあられもない姿で歩いている事の方が多い。
スレイ
金髪と軽薄そうな言動が特徴的な青年。秘密結社『エデン』のメンバーでコードネームはS。『違法な子供達』で先の未来を視ることが出来る『未来透視』能力を持っている。普段から素行が良くない為、アイリスによく怒られている。どう発言すれば怒られないかも彼は視ているはずだが、直す気は無く大抵はわざとやっている。
シャルロット
蒼白のショートヘアと機械的な口調が特徴的な女の子。秘密結社『エデン』のメンバーでコードネームはC。『違法な子供達』で普段は見えない大型演算気と連結して瞬時に狙撃に必要な計算を割り出すことが出来る。アイリスやスレイと違い魔導研究所生まれで、外の世界に連れ出してくれたアイリスに感謝している。ティアの姉でもある。
夜が深くなり人々が寝静まる頃、燦然と輝きを放ち、喧騒が絶えることのない不夜城がある。
ここは六芒が一区。世界の全ての欲と愉悦が集まる区画、娯楽区。
カジノ、コロシアム、遊技場、ホテル。全てが揃っているここは、外にいる者を誘惑し、中にいる者を堕落に溺れさせる桃源郷。
その中にある一際大きいカジノの屋上の端に、煌めく街を見下ろす三つの人影が並ぶ。
「…そろそろ、任務の時間だ」
「……了解」
「へいへい、ちゃちゃっと終わらせて帰りますかね」
リーダーと思わしき影がそう言うと。一つの影は淡々と、もう一つの影は気だるそうに返事をする。
「お前は働けS。今日の任務終わるまで帰ってくるなクズ」
「っ嘘だろ団長ぉ"お"わぁぁああぁぁぁ!!」
リーダーは気だるげに返事をしてた影をSと呼ぶ。そしてSを当たり前のように蹴り飛ばし、建物から蹴落とすと。Sの断末魔だけがそこに残る。
「チッ。死んでないか」
優に200mはある建物から落とされるが、危なげ無く軽やかに着地をするS。そのSが落ちていく姿を見ていたリーダーは舌打ちをし、残念そうに呟く。
『いま死ねばよかったのにって本気で思ってたよね!?』
耳に着いている通信機から、Sの耳をつんざくような声が聞こえてくる。
「当たり前だ。このタダ飯食らいの寄生虫が。死にたくなきゃ働け、じゃなきゃ虫のように潰す」
『ハイハイ、わっかりましたよ。今回の任務を達成すれば文句は無いんでしょ?』
Sの物分かりの良さそうな声が通信機から届く。最初からそうすれば蹴落とす事も無かったと、リーダーはいつものこと思う。
『じゃあ、シャルロットちゃん。援護よっろしくぅ!』
だがSのこの軽薄な性格は生来のものであり、絶対に治ることは無いとも知っていた。
「……異議あり」
『あれ?シャロンちゃんが良かった?』
先ほどシャルロット、今しがたシャロンと呼ばれた淡々とした口調で話す少女は。Sへ異論を唱えるが、何を勘違いしたのかSは呼び方が気に入らないと思っているようだった。
「……任務中はコードネームでの呼称を推奨します」
『え~。でもシャロンちゃんの方が絶対可愛いし。その方が僕も呼びやすいんだけどな~』
Sはわざとシャロンが困るような言い方をする。
「おいS。いい加減にしないと消すぞ?」
リーダーの声が怒りを露にするが。調子着いて来たSの饒舌さが止まることは無かった。
『団長もIって名乗るんじゃなくて、そのままアイ……』
「シャロン」
「了解」
Iと呼ばれるリーダー。その本当の名をSが言うよりも早く、Iはシャロンに命令を下す。
命令を受けるとシャロンの背後に大きな機械が現れる。そして屋上から身を乗りだし携えていた対物ライフル。アキュラシーインターナショナルAW50と機械を接続し、下に向けてスコープを覗きこむ。
『え?マジでっ!?』
建物を見上げるS。そのSの驚愕に満ちた顔がスコープ一杯に映し出される。
「高精度演算システム起動。システム正常稼働。目標捕捉。目標、コードネームS。個体識別名称スレイ。北北西から風速5mの風を感知。風速による誤差を修正、完了。指示を……」
『いやいやいやいや。嘘だよね!?シャロンちゃんは優しいからそんなことしないよね!?』
引きつった笑顔で、見上げるSことスレイ。だがシャロンは無表情に、そして淡々とIに次の指示をあおぐ。
「殺れ…」
「了解。発射」
Iはシャロンにスレイの殺害を命じる。その命令を受諾するとシャロンは無慈悲にそして冷血に引き金を引き、AW50が轟音と共に火を吹く。
『うおぉぉ!危ねぇ!』
だが、シャロンが計算した通りに。弾丸はスレイの脳天を撃ち抜かれることは無く、ただ弾丸が地面を穿つだけの結果となった。
シャロンはしっかりスレイの頭を狙った。しかし引き金を引いた瞬間、スコープ越しに見えるスレイが不自然にブレたのだ。百発百中を自負する狙撃だったが、スレイに避けられたことに少しだけ憤りを感じるシャロン。
「目標の殺害に失敗。続けますか?」
「いや、いい。アイツ関しては、いくらお前が正確に狙っても絶対に当たらない。弾の無駄だ」
コッキングを行い、廃莢を取り出しながらIに状況報告をするシャロン。そのまま憤りをスレイにぶつけようと引き金に指を掛けるが、Iから中止の命令が出される。
「おい、スレイ聞こえてるな。次同じことやったらタダじゃ済まないからな。覚えとけ」
『……りょ~い』
Iは通信機でスレイに忠告すると、また物分かり良さそうな返事が返ってくる。
「ったく、あのバカは。最初からそうしとけっての」
「隊長。今回の任務、私はどうすれば良いですか?」
Iがいつもの愚痴をこぼすが、それを一切無視して指示を乞うシャロン。
「あぁ、そうだな。お前はいつも通りシステムと連結して、不法入国者を探せ。見つけたら指示を乞わず自分の判断で撃て。もし射撃圏外だったら俺かSに連絡しろ。すぐに行く」
「……了解」
シャロンはIの事細かい指令にただ淡々と了承すると。ビルの端にAW50の二脚を広げて設置し、伏射姿勢でスコープ越しに街を見渡す。
「あと……。任務中は隊長じゃなくてコードネームでな。C」
「……はい、了解です。I」
シャロンからは見えないがコードネームでIを呼ぶと。少しだけ嬉しそうだった気がした。
「じゃあ俺もそろそろ行く。頼んだぜC」
そう言うとIは建物から飛び降りる。シャロンはIに言われた通りそのままスコープ越しに不法入国者を探す。
□□□
「……目標発見」
索敵から30分くらいたった頃。シャロンの機械に登録されていない不法入国者が7人、人通りのない路地裏に集まって何かを話しているのを見つける。
その会話の内容をシャロンは読唇術で読み取る。
「……仕事。工業区。銃器火器。ゴーレム。固有武装。会話の内容から目標をテロリストと断定」
会話の内容に一般人からは出ない単語が複数出てくる。それを元にシャロンはこの7人をテロリストと断定する。
この六芒に不法入国する人間の大半は裏社会で暗躍しているテロリストだ。
何故、不法入国者の大半がテロリストなのか。その理由は、六芒は日本領内に存在するが、独自の法律が取り決められており、云わば一つの国なのである。一度入島が許されればどんな危険人物でも捕まる事は無く、安全が保証される。そしてこの娯楽区の存在によって資金の調達が容易なのである。
安全かつ簡単に資金が手に入る。テロリストにとっては夢のような楽園だからこそ、この六芒には不法入国するテロリストが多いのだ。
そしてそのテロリスト達を取り締まるのが、シャロンが属している秘密結社『エデン』の任務だ。
「……数は7名、AW50の装弾数は5発。リロード中に逃走する可能性あり。位置情報を転送、援護を要請します」
『了解、俺が向かう。30秒後に撃て』
シャロンは全員を仕留めきれないと判断し、通信機で支援要請をすると。Iから返事が返ってくる。
「高精度演算システム起動。システム正常稼働。目標捕捉。目標、テロリスト四人。北から風速2mの風を感知。風速による誤差を修正、完了。自転による目標への狙撃誤差0.078%、集弾予想の範囲内。完了。Cはこれより任務遂行のため、目標への射撃を行います。発射」
シャロンはIに言われた通り30秒待つ間に、機械の様にシステムに異常が無いか内容を口答で確認をする。確認し終えるとAW50の引き金に指を掛ける。
シャロンが狙うのは7名いる中、全員に対して説明をしていた男だった。男の頭を狙い、無慈悲にAW50の引き金を引く。すると轟音ともに男はその場で倒れる。
「……命中。続けて撃ちます」
すぐさまコッキングを行って廃莢を取り出し、また発砲する。一人やられて逃げ出そうとするテロリスト達を一人、二人、三人と次々に葬る。四回目の銃声が鳴り響き終わったとき。シャロンは計算した通りに四人を殺害し、逃げ延びたテロリストは三人になった。
「……目標消失。残り人数は3。あとはIに引き継ぎます」
『了解』
しかし、まだ年端もいかない少女が当たり前の様に人を殺すなどしていたら、罪の意識でまともに世界を生きていけないだろう。
だが任務をやり遂げる為だけに生み出されたシャロンに、罪悪感を感じる感情などというシステムは、元より組み込まれてはいなかった。
□□□
「ハァ、ハァ!畜生っ!この島は入れば安全なんじゃなかったのかよ!?」
「俺が知るかよ!?美味い話があるから、って言われてここまで来たんだ!仲介役も殺された!これから俺達一体どうすりゃいいんだよ……」
三人の男達は狙撃の届かない狭い路地裏まで逃げ込むと、三人のうちの一人が怒鳴る。それに触発されて、もう一人も大声を出して当たり散らすが、すぐに途方に暮れる。
「仲介役が工業区で人を集めてるって言ってただろ。だったらそこまで行けりゃ、今回の雇い主に会えるはずだ!」
「よし!それならさっさとここから逃げるぞ!」
三人のなかで唯一、冷静さを欠かずにしていた男が打開策を提案すると。さっきまで怒鳴っていた男は急いで逃げ出そうと路地の奥に突き進もうとする。
「ここから先は通すわけには行かないな」
「「「っ!!」」」
しかし。路地の奥から、長い黒髪に落ち着いた声が特徴の中性的な好青年が現れる。
「はっ、なんだガキかよ!脅かしやがって。おい邪魔だ。どけ!」
「っ!バカ野郎!そいつから離れろ!」
男は一瞬。さっき仲間を殺した人物が来たのかと恐れたが、青年を見ると安堵し、青年をどけて先に進もうとすると。冷静だった男が大声を出す。
「かはっ!!」
「だから。ここから先は通さないって言っただろ?」
男が青年をどけようとして肩に触ろうとした瞬間。男のみぞおちにボディブローが入り、その場に崩れ落ちる。
「畜生っ!さっき仲間を撃ったのもアイツかよ!」
「いや、違う。でも今はそんなことより逃げるぞ!」
冷静だった男はもう一人の男と一緒に、青年がいる方とは逆の道に向かって走り出す。
「そうはさせない」
「くそ!コイツ速いっ!魔法使いかっ!?」
だが、いつの間に移動したのか。男達が逃げようとした道に青年が回り込んでいた。
「こんなガキにやられてたまるかよっ!」
「遅いな……」
逃げ道を失ったことで、男のうちの一人が青年に向かって殴りかかる。だが、青年は男の打撃をいなし反撃をする。
「つぁっ!コイツ速いだけじゃない!なかなか強いぞっ!」
男は辛うじて反撃を防ぐが、堪えきれなくて思わず片膝をつく。
「どうした?あんたもかかってこいよ」
「くそ、ナメやがってぇぇ!」
青年は冷静な男を挑発をする。男は挑発に乗り、青年に襲い掛かると。男と青年の攻防が繰り広げられる。
男は青年に向かって止めどなく攻撃し続け、青年は急所に当たりそうなものは防ぎ、それ以外を全部受け流しながら、隙を見つけては男に鋭い一撃を与えていく。
一見すると男の方が押している様に見えるが、実際は逆だった。
(畜生っ!何なんだよコイツ!)
「うおぉぉぉぉ!」
男は焦りを覚え、渾身の力を込めた打撃を青年に当てようと拳を振り上げる。だがそれは青年が狙っていたことだった。
「これで終わりだ」
「しまっ!?がはぁっ!」
青年のサマーソルトが顔面に直撃し、そのまま男は地に伏す。
残った男に悠然と歩みを進める青年。男は逃げようとするが、喰らった一撃が大きくて動けそうになかった。
「くそっ!お前の目的はなんだよ!?金か!?金なら持ってねぇ!」
「いいや、違う。一つ聞きたいことがある」
「ぐふっ!」
青年は男の前で立ち止まると。男の胸ぐらを掴んで持ち上げ、壁に向かって男を放り投げる。
男は壁に叩き付けられ、そのまま崩れ落ちる。
「な、……何が知りたい?」
辛うじて意識を保った状態で返答をする男。叩き付けられた衝撃で気を失えれば、どれだけ楽だっただろうか。と思いを馳せるが、そういかないのが現実だった。
「あんたらの雇い主は誰だ?何をしにここに来た?」
青年は覗きこむ様に男の顔を見ながら質問をする。
「し……、知らねぇ。俺はただの傭兵だ。儲け話がある……、って言われて…。六芒まで来たんだ。これから雇い主に会うつもり……、だったが、お前らのおかげで……、その話もパーだ……」
「チッ。あんたらはその末端、捨て駒って訳か。ならもういい」
青年は舌打ちをすると、顔を隠す様にパーカーのフードを被って立ち去ろうとする。
「……こ、殺さねぇのか?」
意識が朦朧としていくなか男は恐る恐る青年にそう聞く。すると青年は振り返る。
「俺達はただこの街を治安のために活動している。人殺しじゃない。安心しろ、あんたらは違法入国者としてそのまま憲兵に突き出してやるさ」
「あぁ…、死ぬより……。そっちの方……が、まだ……、マ…シ…か……」
青年がそう言うと男は安堵したのか、そのまま気絶する。
青年は男が気絶したのを確認して、そのままその場を立ち去ろうとする。
「そこにいるのは誰だ!」
だが、その場を去ろうとする前に巡回していた憲兵に見つかり、声を掛けられる
(……予想よりも早いな。いや、俺が時間を掛け過ぎただけか)
青年はそんな事を思いながら、小さく深呼吸をして準備をすると。猫を被る。
「良かった!助けて下さい!」
「大丈夫かい君?何があったんだい?」
気弱そうに青年が憲兵に近寄って助けを求めるフリすると。憲兵はそれにまんまと騙される。
「僕、友達を探してたら道に迷ってしまって……。そしたら、あそこにいる人達に連れて行かれそうになったんだ。でも!知らない人が助けてくれて、あの人達を倒してくれたんだ!その人はそのまま逃げた人達を追いかけて行っちゃって……」
我ながら、かなりデタラメな事を言っているな。と青年は内心呆れながらも演技を続ける。
「お願いです。あの人を助けてあげて下さい!」
「君、少し落ち着いて。それだけじゃわからないよ?」
青年は涙目になって、縋る様に憲兵に懇願すると、憲兵は困惑してしまう。
「どうしたのかね?」
「ハッ!ブレイヴ少佐!」
(あれは……?)
あともう少しで、憲兵を懐柔できると思ったところで、憲兵来た道から身の丈程の剣を腰に携えた伊達姿の男が現れる。青年は聞き覚えのあるその名に、憲兵の陰から少しだけ顔を覗かせて、現れた人物の顔を盗み見る。
「私はもう軍人ではないのだから、少佐はやめてくれ。今はただの護衛人だ。一般人として普通に接してほしい」
「了解です!ルーファスさん!」
(やっぱり、俺の聞き違いじゃないか……)
青年は憲兵が口にした、ルーファスという名を聞いて確信を持つ。
「で、何があったのかね?」
「ハッ!実は……」
ルーファスと呼ばれた男は憲兵に事情を尋ねると、憲兵は詳しく説明する。そんななか青年はルーファスをじっと見つめて思案する。
(ルーファス・ブレイヴ……。世界で名高い七英雄の一人。『最強』の異名を持つ男が何故こんなところに……。軍を辞めたって言ってたな)
ルーファス・ブレイヴ。10年前に起きた第二次魔導大戦を終結させた七人いる英雄の一人。七英雄の中でも屈指の強さを誇り、絶対不可避の一撃を放つ固有武装『神剣ハルシオン』を所持している。それだけでも反則級だが、固有武装抜きでも白兵戦に於いて不敗を誇るほどの強さを持つ、最強の武人。
大戦終結後は魔導武装軍の教官に抜擢され、軍人から憲兵、警察その全ての職務に戦闘指南をしていると世界中で知らされている。だが、いま青年が聞いた軍を辞めたという話は初耳だった。
「……ということがあったのですが…」
「成程。それでそこの君、名前は何というのかな?」
事情を聞いてルーファスは状況を理解すると、青年に名前を尋ねる。
(チッ。背に腹はかえられないか……)
「……ぼ、僕アイリスって言います」
アイリスは一瞬偽名を使おうかと考えたが、七英雄相手に安易な嘘は即見破られると思い、苦渋の選択でルーファスに本名を言う。
「『虹』か……。良い名だ」
だが、ルーファスはアイリスの思惑など気にもせず、名の意味を感心し褒める。
「よし、承知した。君はそのままこの者達を倒したという人物の援護に行け。この子は私が責任を持って友人の元まで帰そう」
「しかしルーファスさんにそんな事をさせる訳には……」
ルーファスはアイリスが言った実際には存在しない人物の援護を憲兵に命じるが、憲兵はその提供に戸惑う。元とは云え自分の上官、ましてや七英雄にこんな雑用みたいな事をさせてしまうのを焦ったのだろう。
「では、君はみすみすこの街の犯罪を見逃し、見ず知らずの人間に治安を守らせると言うのかね?それとも、そんな危ないところへ、か弱い子供を一緒に連れて行くとでも?」
「っ!いえそんなつもりありません!」
「君の職務はこの街の治安を守ることだろう。ならば、己の職務を全うしろ!迷うな。もし此処が戦場ならその一瞬の迷いが命取りになるぞ!」
「ハッ!ではルーファスさん、その子の保護をよろしくお願いします!本官はこれで!」
ルーファスは戸惑う憲兵を一喝すると。憲兵は迷いを振り払い、ルーファスへ敬礼して、路地の奥へと走っていった。
「フゥ……。人は己に出来る事が多ければ多いほど迷い易い。そして自分に出来る事と、やるべきことを見誤り易くなる。君も自分が何が出来て、何をするべきなのかを考えなさい。そうすれば自ずと己が何をしたいのかが分かってくる」
「はぁ……」
ルーファスは小さく溜め息をすると、アイリスに忠告をするが、アイリスは反応に困り生返事を返してしまう。
「ハハハハっ!いやすまない。君のような若者には難しい事を話をしてしまった。私も年寄り臭くなってしまったものだ」
「あはは……すみません。理解できなくて……」
そう言って豪快に笑うルーファスに、アイリスは苦笑いして謝る。
「では行こうか。君の友人も心配しているはずだ」
「はい……」
アイリスはルーファスの横を通り抜け大通りの方へ向かうが……。
「ところで君がその右手にずっと握っている物は何か、なっ!」
「っ!」
アイリスがルーファスの前を通りすぎて5歩進んだとき、ルーファスは腰に携えたハルシオンに手を掛け、そのままアイリスに向けて斬り上げるようにハルシオンを振り抜き、一閃する。
しかし一閃したハルシオンの斬撃はアイリスを斬ることができず、空を切った。いや、実際にはアイリスの衣服を左右真っ二つに切っていた。
ルーファスがアイリスを攻撃した理由は至極簡単だ。アイリスは憲兵が出てきた時にすぐに通信機を外し、右手に隠し持っていたのだが、ルーファスはアイリスが憲兵から離れているときも右手をずっと握っていることに違和感を感じたからである。
「消えた……か。やるな。しかし隠れても無駄だ」
そう言うと、ルーファスの背後にアイリスが現れる。
「はぁ、強行手段か……。これだから軍人は嫌いなんだよ……。何でもかんでも暴力で押さえ付ければ良いと思ってるんだからな……」
「それは語弊のある言い方だな」
ルーファスの行動に対して、睨み付けて溜め息混じりに愚痴るアイリス。ルーファスは誤解だと言って振り向いて見ると、一糸纏わぬ姿でアイリスがそこには立っていた。
「おっと。そんなに怖い目で睨まないで欲しい。だがしかし、まさか君が女性だとは思わなかったよ。そして私の必中の一撃を避けるともね」
ルーファスが見たアイリスは、男とっては目のやり場に困る姿だった。胸は長い髪で辛うじて局所は見えていないが、しっかりとした凹凸があり、下半身の局所にも男にあるべき物がなかった。つまりアイリスは女性である。とルーファスは判断する。
だがそう判断しただけであって、敵として認識している以上、ルーファスの頭からその思考は一切排除されており、その目に羞恥などなく、ただただ冷たくアイリスを見据えていた。
「先ずは人の服をぶった斬ったのを謝って欲しいものだな」
アイリスは不機嫌そうに言う。
「それは失礼なことをした。しかし君は何者だ?返答次第では君をもう一度斬ることになるぞ?」
「無駄なことだ。あんたの攻撃は俺には当たらない」
七英雄が攻撃姿勢に入って問うているにも関わらず、全く動じないアイリス。そして逆にアイリスはルーファスを挑発する。
「試してみるかね?」
アイリスの挑発に応え、再びハルシオンを構えるルーファス。
「はぁ……。俺は結社『エデン』のリーダーI。『違法な子供達』だ」
「……結社『エデン』?『違法な子供達』だと?」
しかしルーファスが斬るよりも先に、アイリスは溜め息をつき、組織の名前と自分のコードネームを言い、そしていまの時代では言い憚られる単語も口にする。ルーファスは『エデン』はともかく、『違法な子供達』という単語に聞き覚えがあった。
『違法な子供達』。かつて、第二次魔導大戦中に世に大量に増加した孤児。所謂戦災孤児の一部を魔導研究所に集め、非人道的な実験が行われたのは世界中で知られている。その『違法』な実験を受けた『子供達』という意味からそう呼ばれるようになった。
その実験内容事態は抹消され、詳しいことは明かされていないが。魔導研究所が目指していた研究内容は、『原初』の『魔法』であることだけは明白である。大戦が終結し、研究所が閉鎖され、保護という名目で更に研究されている子供達からは、特殊魔法並みの異能が扱える事がわかっている。
「君がその実験の被験者とでも言うのかな?」
「そうだな。俺からすれば七英雄は恩人だ。あんなモルモット以下の生活から俺を救ってくれたんだからな」
ルーファスはアイリスにそう問うと、アイリスはそれを肯定する。
「しかし恩人に対して、この仕打ちは少々酷いのではないかね?」
ルーファスは自然体のままハルシオンを振り、アイリスに斬撃を飛ばすが、またもやアイリスは消える。
「残念、全てお見通しだ。……で、一体何が酷いっていうんだ?」
ルーファスの背後に現れながら、アイリスは問いかける。
「フッ。一度ならず二度までも避けられたか。これは最早『最強』の称号は棄てるべきなのかもしれないな」
ルーファスは小さく笑うと、弱音を吐く。
「そんなこと言うなよ。あんたの剣は一撃必中だけど、別に存在しない物を斬ることはできないだろ?それは仕方ないことさ。だからこの事は無かったことにすれば良い。あんたは何も見ていないし、俺も何もされていない。ただあんたはそこの不審人物兼負傷者を憲兵に引き渡せばいいだけだ」
そう言うとアイリスは消えた時に落とした通信機を拾い上げて耳に装着すると。その場を立ち去ろうとする。
「それと。恩義って訳じゃないが、これからもこんな風に俺らの活動を邪魔されちゃ、堪ったもんじゃないから教えておくよ。我ら『エデン』の活動内容はただ一つ、『六芒の犯罪抑止、不穏分子の排除』だ。だからあんたが俺らに敵対しようとしなければ、俺らはあんたの敵にはならないさ」
ルーファスにエデンの活動内容を告げると、闇に溶けるように消える。
「待てっ!君の組織にいるメンバーも『違法な子供達』なのか?それにこの六芒は憲兵に安全が確保されている。何故君達が犯罪抑止などをする」
「それはあんたの事は知ることじゃない。そして俺らは俺らなりにこの六芒の治安を維持するだけだ。じゃあなルーファス・ブレイヴ。会えて光栄だったぜ」
ルーファスが何も居ない空間にそう問いかけると、木霊すように声が返ってきて、そして気配が消える。
「『違法な子供達』か……。調べる必要があるな……」
「あ、ルーファスー!」
ルーファスは宵闇を睨みながら、そう独り言を呟くと。大通り側から綺麗な女性が現れ、杖をつきながらルーファスの元へ来る。
「全く、いつも気が付いたらいなくなってるんだから!貴方、私の護衛って自覚あるかしら?」
ルーファスの前まで来ると彼女は腰に手を当て、ついていた杖でルーファスを指して注意する。だがその杖はほん少しだけ、ルーファスからズレていた。
「すまない、君を置いていったのは本当に悪いと思っている。だが私が動かずにはいられない性質なのは、君も知っているだろう?」
ルーファスは少しバツが悪そうに彼女に謝るが、すぐに冗談混じりに返す。
「じゃあいいも~ん。ルーファスを置いていって、私一人で観光楽しんじゃお~っと」
女性はルーファスの言い分に拗ねて大通りに戻ろうとするが、ルーファスを彼女の手を掴んで止める。
「君のその目でどうやって観光をするというのかな?それに、君はそもそも方向音痴だろう」
ルーファスが手を掴んで引き止めると、彼女は少し悪戯気に笑って振り返った。改めて彼女の顔を見る。非のつけようのない程の端麗な顔立ちだが、一つだけ足りないものがあった。彼女の瞳に光が無いのだ。
「わかっているならよろしい。ハイッ!」
だが彼女はそれでも明るく、ルーファスに掴まれた手とは逆の方の手をルーファスに差し出す。
「フフフ、全く君は……。我儘だな」
ルーファスは失笑を漏らしながら、差し出された彼女の手を取ると、先ほどまで足りなかった光が彼女の目に灯り、焦点の合ってなかった瞳に魂が宿りだす。それを見てルーファスは彼女に微笑む。
「そうよ。私はワガママなんだから。だから貴方が私の騎士となり、眼となりなさい」
「仰せの通りに。我が麗しき歌姫。桃井紅愛殿」
そう言ってルーファスは紅愛の手を繋いで大通りの方へ歩く。後ろにあった不審者達の姿を見せないように。何事も無かったようにその場を立ち去る。仕事を放置するのではない、それは憲兵の行う仕事であって、彼の仕事ではないからだ。
今の彼の仕事は不審者を拘置所に連れていくことではなく。この盲目の歌姫の護衛なのだから。
□□□
『団長~。』
ルーファスから逃れ、娯楽区の裏路地を散歩していたアイリスに通信機からスレイの陽気そうな声で呼ばれる。
「なんだS?」
アイリスは鬱陶しそうにスレイへ返事する。一糸纏わぬ状態で任務を続けているのだ。スレイの雑談に付き合っていられる程の余裕はアイリスにはない。
『捕まっちゃった。てへっ☆』
「は?じゃあ死ね」
スレイの茶目っ気を出した一言を罵倒で一蹴すると、アイリスは通信を一方的に切る。
『酷いなぁ。切らないで助けてよ。不審者が大勢いるの見つけて付けていったら、バレて捕まったんだよ』
捕まっているわりには、何故通信出来るのかという疑問が沸いてくるが、スレイの能力から考えれば当然の事だと考え直すアイリス。
「で?お前いま何処に居るんだよ」
『工業区、港の倉庫に捕まる予定だよん』
「なんで真逆の区に居るんだよお前は……」
スレイの居場所を聞くと、娯楽区とは真逆の位置にある工業区に居ることが分かり、頭痛を感じながらも敢えてアイリスはそう聞いた。
『まぁまぁそんな固いこと言わずに。じゃあ助けに来てねー………おわぁ!あ、僕怪しい者じゃないんです。ただの通りすがりの者で……』
そのアイリスの質問を流すスレイ。気楽そうに救援要請をしていたが、多分見つかったのだろう。物凄く胡散臭い言い訳をするスレイの声が聴こえてくる、そしてそこで通信は途切れた。
「はぁ、全くあのバカは……」
溜め息をついて頭を掻くアイリス。一瞬スレイを見捨てようとも考えるが、後の事を考えると面倒だったので結局助けに行くことを決める。
「シャロン。いまの聴いたか?」
『……はい、隊長』
「じゃあ説明はいらないな。あのバカを助けに行くぞ」
『……了解。私は到着までに少々時間が掛かります』
「あぁ分かった。俺は先に行っとく」
アイリスは通信機でシャロンに連絡すると、工業区に向けて歩き出す。そこに人がいた痕跡など無かったかのように暗闇に溶けるが如く消えた。
□□□
工業区の港。ここは娯楽区とは違い、月明かりと静寂に包まれていたが、一棟だけ明かりが点いている倉庫があった。
倉庫の中には十数人の男達と縄で縛られているスレイがおり、見張りをしている二人を除いて暇を持て余していた人達は談笑や、ポーカーなどで暇を潰していた。
「おい。このガキどうすんよ?」
「どうする?ってこれを見られちまったら、こいつをこのまま逃がすって訳にもいかねぇだろ」
見張りをしてた男の一人がもう一人の見張りにそう聞くと、持っていた突撃銃で指差すようにスレイに向ける。
「お兄さん達に面白い話をしようか?」
だがスレイは捕まっている状況にも関わらず、張り付けたような笑顔で見張り役の二人に向かってそう言う。
「面白い話だぁ?つまんなかったらぶっ殺すぞ!」
「うん、いいよ別に」
男は怖がらせようと脅すが、スレイはその脅しを当然のように承諾すると話をする。
「お兄さん達のこれからの運命を予言してあげるよ。まず、ここにいるお兄さん達は敵襲が来てやられる。そうだなぁ、具体的にはあそこで話をしている二人は、上に吊るされている荷物の下敷きになって、あそこで遊んでいる人達は同士討ちする。そしてお兄さんは肩を撃たれて倒れて、お兄さんは殴られて倒れる。こんな感じかな?」
「てめぇ、適当なこと抜かしてるとぶっ殺すぞ!」
スレイは目を瞑って、本当にその状況が鮮明に見えているかように事細かに話す。
スレイの予言した内容に憤慨した男は銃を向け、引き金に指を掛けて撃とうとする。
「っぐわぁ!」
だが男が撃つよりも早く、何者かによる狙撃で、スレイの予言通り男は肩を撃ち抜かれる。
「敵襲だぁ!警戒体制を取れぇ!」
そしてその場を見たもう一人の見張りは、大声で周囲に警戒命令を出す。
「「「!?」」」
「明かりが切れたぞっ!」
しかし、その命令もむなしく倉庫内の電気が全て消されてしまい。警戒は無意味になってしまう。
「おわっ!」
「がはっ!」
暗闇の中で何も見えないが、何か大きな物が落ちる音と。二人の男の断末魔が倉庫内に鳴り響く。
「くそっ!どこだっ!?何処にいるっ!?うおぉぉぉ!」
「「ぎゃあぁぁぁ」」
「ぐはぁっ!」
そして次は、軽いパニック状態になった男の怒鳴り声、銃を乱射する音、撃たれた仲間達の悲鳴、そしてやられた仲間の銃の暴発、それぞれが聞こえてくる。
「畜生っ!てめぇ何しやがった!」
「うん?僕は予言しただけだよ?それよりお兄さんさぁ、僕の予言したこと覚えてる?」
見張りをしてた男は夜目が効き始めて、スレイの胸ぐら掴んでいきり立つが、それでもスレイは余裕そうなまま男に忠告をする。
「っ!ぐあっ!」
男が予言の内容を思い出したときには既に遅く、男は鈍い音と共に吹き飛ばされた。
最後の一人がやられて静寂が倉庫内を包んでいると、パッと明かりが点く。そしてスレイの目の前には予言した通りの光景が広がっていて、ついでに全裸で男を殴り飛ばしたアイリスまでいた。
呆然とアイリスを凝視していると、倉庫の入口からシャロンも中に入ってきて、柱に縛りつられたスレイの後ろに回って、縄を解こうとする。
「やー、助かったよー。ありがと団長、シャロンちゃん。もう少しで殺されるところだった……おふぇっ!」
スレイの気持ちのこもっていないようなお礼をアイリスとシャロンにするとアイリスが身動きの取れない状態のスレイに蹴りをいれる。
「痛いっ!何で蹴ったのっ!?僕なにもしてないよねっ!?」
「お前なんで、視えてる癖に捕まっているんだよ」
スレイは蹴られた理由を聞くと、逆にアイリスは呆れと怒りを混ぜてスレイにそう言う。
「それを言ったら団長だって、なんで服ごと消えること出来るのに、いつも服だけ残して……。わーっ!待って待って!何でもないです!何でもないからその拳下ろしてっ!?」
スレイがいつも気になっていることを聞こうとすると、アイリスが拳を握り締めて振り上げるので、慌てて質問を撤回する。
「質問に質問で答えるな……。消すぞ」
「分かったよぉ。いやね、団長は簡単に視えるって言うけど、視えてもその状況を回避できる訳じゃないんだよ~。例えば爆弾が爆発するって分かってても、爆発を止められる訳じゃないのと一緒っていつも言ってるじゃん」
アイリスが物凄い剣幕で睨むので、スレイは大人しく例で例えて分かりやすく説明する。
「はぁ~。分かった。一つ言っとくが、俺が他の物を消さない理由は、消すと負荷が大きいからやっていないだけだ。勘違いするな」
「……縄を解きました。」
アイリスはその説明に納得し、自分が服を消さない正当な理由をスレイに話すと同時にシャロンが縛っていた縄を解く。
「え?でもやっぱそれって痴……ぐへぇぁっ!」
スレイが何かを言おうとした瞬間、ノーモーションで座っているスレイの顔面にアイリスの蹴りが入り、スレイは横に飛ばされる。
「黙れ変態」
「……今のはスレイが悪い」
アイリスがスレイを罵倒すると、シャロンもそれに同調する。
「ど、どの口がそれを……」
「あぁ?もう一発蹴られたいか?」
「いえ、何でもないです」
赤く腫れ上がった左頬を擦りながら呟くと、アイリスが脅してくるので、すぐに呟やいたことをスレイは取り下げる。
「ったく。今日の任務はこれで終わりだ。アジトに帰るぞ」
アイリスはスレイとシャロンに任務の終了を告げる。
「……了解です」
「うぃーっす。はぁ~終わった~」
スレイはいつもと変わらないが、シャロンは少し表情が和らいだようになった。
「あぁ~。お腹すいたなぁ。アジトに帰ったらシャロンが作ったご飯が食べたいなぁ」
「……イヤです。自分で作ってください」
「えぇ~!シャロンのいけずぅ~」
任務終了と共にスレイはシャロンに食事の要求をするが、考える余地もなくシャロンは即答して断る。するとスレイはとても残念そうな声を出す。
「フフっ」
そんな本当の家族のような微笑ましい光景に、アイリスはつい笑みが溢れてしまう。
「どうしたの?団長?」
「何でもない。俺もシャロンの飯が食いたいな」
スレイの質問を誤魔化すと、アイリスはシャロンに食事を頼む。
「……隊長がそう言うなら作ります」
「イエーイっ!やったー!」
仕方なくシャロンは了承すると、スレイは子供のように大喜びをする。
「じゃあ俺は先に帰ってるぞ。二人とも遅くなるなよ」
「「了解」」
三人で毎日こんな風な日々を過ごせたらと思いながら、アイリスは二人にそう言って返事を聞くと、一足先にアジトへ帰る為に闇に消えた。




