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メガネが死地の2人を救った話

作者: かずっち

ウソ歴史。


実在する個人、団体等とは一切関係ありません。

 王様に才能を問われた私は武器を持たせた女官180人を練兵場に集合させる。二人の美姫を統率の任に当たらせた。


「先生、二人は生理なので見学です。代わりに私が統率します」

「そうか、仕方がない」

 突然、右手をぴんと上に伸ばしながら発言したメガネ姿の女にこの場を仕切られた。私も彼女に任せれば安心だとばかりに自然と了承していた。


「ほらほら、終わらないと帰れないのよ!」

 彼女は二回手を打ち鳴らし女官達を叱咤する。

「それに、これはいつもと違った凛々しい所を見せる絶好の機会よ。男はそういうのに弱いんだから、褒美が欲しかったら気合入れていきなさい!」

 彼女が飴と鞭を使い分け、即席部隊に発破をかける。

 彼女からは何か言い知れない、逆らえない雰囲気といったものを私を含めた全員が感じているようだった。


 ドーン! ド、ドーン!

 太鼓が隊の行動を指示する。この練兵場を完全に掌握した不思議な女を先頭に、全女官が一糸乱れぬ動きを見せる。

 訓練開始から時を待たずして王様が私に言い放つ。

「先生の言う通り女官も戦える事は充分わかった。それどころか才のある女官には練兵さえ任せられる事もわかった。詳しい話は後じゃ後。わしは二人が心配でたまらんのじゃ」

 悲痛な面持ちで語られた二人とは見学者の事だ。私の反応も待たずに王様と従者ならびに大勢の女官達が練兵場から姿を消す。


「どうだ悔しいか? お前の企みを一つ潰してやったぞ」

 奇なる装いに妙な物言い。そのメガネ姿の女ただ一人だけが練兵場に残って、先ほどとは打って変わったダミ声で満足げに話しかけてきた。

「一体、何のために?」

「何のため? まだ俺が分からないのか」

 メガネの奥の白眼視、眼光鋭く私を睨む。


「遂に……小僧の」

「ついに? 小僧の?」

 彼女が続きを促すように2つの単語を投げ掛けてきたが、私にはさっぱり分からない。

 私は怪訝な顔を突き出してオウム返しに問いかけた。


「遂に小僧の名を成さしむ!」

 長い沈黙に焦れた彼女が声を張り上げた。

 やっぱり知らない文言だがそれで彼女の怒りが収まるならばと、私は目を見開き驚いた振りをする。


「その見慣れない格好は水兵か?」

「水兵ではなーい。委員長という肩書きで呼ばれていたが良くは知らん。俺はこの女が過去に飛ばされるのを見て便乗しただけだ」

「はぁ……」

 私は質問の答えを聞いても、生返事をするだけで精一杯。

「お前のやり直したいという願望を使って、この女のタイムリープの行き先を捻じ曲げ、お前に会いに来たという訳だ」

 辛うじて彼女は私に会いに来たという事だけは分かった。しかし、知っていて当然という彼女の口ぶりではその正体も来訪の理由さえも依然、不明のままだ。


 それでも彼女の格好がセーラー服と呼ばれる物だという事は何故か知っていた。それはなんとも面妖でご都合主義な話だが、そうなる予兆はあった。

 私はメガネを見た瞬間、メガネだけは分かった……それをメガネだと理解した。


 メガネ・トマト・ジャガイモは、後世の物書きが読者とは性悪説な過客かな、と人間不信に陥りかねないほどに時代考証に細心の注意が必要なオーパーツだと言うのに……私はメガネを知っていた。

 発破やオウムもこの時代にはそぐわないのかもしれない。

 とどのつまりメガネを認識したのを皮切りに、私の知りえない情報が私の中に集積していったのだ。今ではとどの語源もしっかり覚えた。


 メガネ委員長がメガネを慣れた仕草でくいっと押し上げる。言ってる事は支離滅裂で話が噛み合わないが、その仕草だけで彼女が知的に見えた。


 メガネ……それは知識の象徴なのか?


 メガネに関心を持った私がそれを覗き込むと、まるで私の仮説を証明するように様々な知識がこちらに送信されてきた。それは彼女に便乗してやってきた何か、いわば霊魂との対話を成立させるために必要な情報だった。


 メタ・フレーム! やはりメガネを認識したあの時から、まるでモノリス板に触れたように私に変化が訪れたのだ。


 しかも私の場合はメガネに触れる必要が無い。レンズ部分の明滅で情報を伝えてくる。私はさらなるメガネとの同期を図る。

 あいまいだった通信形態が精度を求めモールス信号になる。さらには陰と陽が織りなすデジタル通信へと発展を遂げた。

 情報が私の脳内に奔流となって押し寄せてくる。私の旺盛な知識欲がそれを拒まぬことで、その勢いに一層の拍車が掛かる。


「まず私の子孫は仮に後悔はあっても、別にやり直しを望んでないと思うよ。やり直したいのはむしろ――」

 霊魂の正体とメガネ委員長が暮らしていた時代までの歴史、その全てを理解した私が霊魂に語りかけた。

「言うな! それ以上言うな……子孫だと?」

「うん、子孫」

「まあ子孫でもいい、お前が出世しなければ奴の人生も狂うはず」

 本心でそう思っているのだろう。彼女は悔しさをおくびにも出さない。


「そしてもう一つ。王様の領土欲は旺盛で、どう転んでも私は雇われるだろう」

「えっ?」

 なにせ寵愛する美姫を二人も殺してなおも召し抱えられるくらいだ。編纂された歴史に嘘や誇張が無ければ、多少の紆余曲折があろうとも私の仕官は確実だろう。

 驚く女に構わず、私は話を進める。

「きっとそちらにも声がかかる」

「ふ、ふーんそうか……それもまあいい。実害がなければ今日のところは宣戦布告という事にしておく。この命尽きるまで悪役令嬢と成りて、お前の邪魔をさせてもらおうぞ」

 彼女は仕官話に満更でもない態度を見せる。そして今後も私に付き纏うらしい。


 メガネは私にとっての范増か?

 メガネは私に知識を授けるばかりか、この人物は危険だと密かに警鐘を鳴らす。

 メガネ曰く、私はやがて霊魂のしつこさに根負けして結果、運命の歯車が狂いだす。可能性という名のドアが1枚、また1枚とチェーンロックで封印されていく。

 残ったドアの隙間から覗き見た西暦2016年の未来。遠い過去に生きた私の人生が不遇に終わることで我が子孫が関わるはずだった三国志がくだらない物となり、その因果がメガネ委員長の世界で発売されるバカンスゲームに悪影響を及ぼすらしい。

 2500年先の未来において、私の及ぼす影響の筆頭がバカンスゲームだという事実を突きつけられて何か釈然としないものを感じなくもない。


 逆に未来を知った私は夢想する。今の私ならば歴史をもっと穏やかなものに改変できるはずだ。

 それこそ呉軍のエンディングムービーのような世界に。


 そのバカンスゲームはそんなに大事か? それは騒乱の時代の夥しい犠牲とつり合う物なのか? 豪華版が転売されているのはそういう事なのか?


 バカンスゲームに意識を集中させすぎた……危うく意識が2週間ほど島に持っていかれそうになった。

 未来に魅せられてはいけない。現実との区別がつかなくなれば、あの霊魂のように思考が前後不覚に陥りかねない。

 つい先刻の記憶すら混濁し始めた。果たして二人の美姫はビキニだったか?


 平常心を保つ為には未来と現実との違いを再認識することが必要だ。

 こちらの見学は二人、あちらの不参加は六人。しかもこっちはツートップ。

 あっちのツートップは、新参者の……最年少か。


「これぞまさに”豎子(じゅし)に名を成さしむ”だ」

 私の発した言葉が突然、黒い霧となってメガネ委員長にまとわりつく。

「ぐおおおお」

 四肢を黒い霧に捕まれ苦悶の声を上げ身悶えするメガネ委員長。取りついた霊魂には当の本人が生んだ名言に抗う力は無いらしい。

 その霧が彼女の足元に開いた地の裂け目へと彼女を無理やり引きずり込む。

 憤怒の形相を浮かべ抵抗するも腕を微かに震わせたのみ。

 目を見張る私の前で、まるで底なし沼のように足元から徐々に吸い込まれていく。


 かくして霊魂と共にメガネ委員長は消えた。脅威が去った事、それは唯一人の未来について語り合える存在の喪失でもあった。

 私は一抹の寂しさを覚える。その思いは超常現象を目の当たりにした驚きよりも大きかった。


 彼女は元の時代、2016年3月に引きずり込まれるように帰ったはずだ。そう、バカンスゲームが無事に発売された世界へ。

 不参加ヒロインの心情を代弁するような私のキーワードが驚くべき力を発揮し、私と子孫の活躍を邪魔させまいと彼女を正しい時代へと送還したのだ。


 不参加ヒロイン達はゲームが発売しなければ悔しい思いをせずに済むものを、彼女達のプライドと追加DLCで参加できるかもという淡い期待、さらには世界規模のユーザー達の満足と、彼らの費やした時間を無にされてたまるかという熱い思い、それらが私の言葉を黒い霧へと変化させたのだろう。

 バカンスに繋がる未来への歴史補正の役割を果たさせるべく。不参加の六人に幸多かれだ。


 タイムパラドックス……私も歴史の修正を出来る範囲で行わなければならない。当初の予定では二人の美姫は死ぬ筈だったのだ。

 新たな策をめぐらせて始末するのは容易(たやす)いが、本来彼女たちは私の大望のために死ぬ筈だったのだ。歴史の流れや1エピソードとして死んでくれと言うほど私は非情ではない。

 仮に殺してもウィキによれば当エピソードの真偽が疑われているのだから美姫の魂も浮かばれない。


 それどころか私の存在自体が眉唾物らしい。逆に言えばそれだけ私の人生には振れ幅が許されているという事だ。

 つまりは二人を生かしておいてもなんら問題はない。

「やれやれ、殺さずに済む理由をあれこれ模索してしまった。私は王様より甘いのかもしれないな」


 美姫にはポールウェポンよりもポールダンスがお似合いだ。

 しかし未来を見てきた私には分かる。一度(ひとたび)そんな事を口にすればタイムパトロールより尚恐ろしいタイムフェミニストが大挙してここに押し寄せるのだ。

「クワバラ、クワバラだ」


 職業選択の自由。仮に歴史が狂って真面目に見学していた二人の美姫が武器を手放さず双孔明と呼ばれるほどに成長し、私を四面楚歌にまで追い詰めようとも、私の知と勇を以って当たれば雌雄は言わずもがなだ。

 先手を打たぬのは私の主義に反するところだが、それが今日成立し損ねた私のエピソードを補完し、結果プラマイゼロとなる。


「知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず」

 これは誰の言葉だったか……Oops! 彼とは同時代。

「説孔子、孔子就到!」


 人影に怯える……これはインスパイアだ。二人を救ったメガネの如く、仁を以て大目に見て欲しい。


  ◇◇◇


 色眼鏡で見る、お眼鏡に適う……いついかなる時もメガネ本体は平等だ。

 メガネは見学していた二人の美姫にも知識を授けた……。


 あれから三年の月日が流れた。

 ギャップ萌えで極秘裏に隣国から兵を借り受けた美姫二人は挟撃により権勢の高みにあった私を追い詰めた。

 己の不明と油断を恥じた私は使者(づて)の降伏勧告を潔く受け入れる。


 互いに兵を引き国内が落ち着いたところで、私は美姫の招きに応じ二人が待つ王宮へと向かう。

 今日、歴史が大きく動くのか? 歩むべき未来、バカンスゲームの加護の衰退を感じる。

 もう飽きたのか? DLCが高額過ぎて落胆する者が増え、辿るはずだった未来への補正力が弱まったとでもいうのか。

 他社製品に比べてメガネの収まりが良いあのVRゴーグルは果たしてバカンスゲームを、ひいては私を救うのか。


 王宮の大広間で、そこの主と左右の美姫、その他大勢と対面を済ませた後、軍事機密だと美姫が人払いを願い出て、短時間を条件にチョロくも王が了承する。

「先生お久しぶりです。私は今、白姫(はくき)と名乗っております」

「そして私は呉姫(ごき)

 敗軍の将たる私に語る言葉は何も無い。ただ無言で礼を返すのみだ。


「私達は負けを認めた四十万の虜囚を生き埋めにした事で、己は天に裁かれたなどと(うそぶ)いた男が許せない。己の非を認めるのならば彼らの母と妻への詫びを、認めぬのなら黙って死ぬべきなのだ」

「そして保身のために妻を害した男が憎い」

「私達の願い、それは名の知れた先生を破る事で私達の勇名を世に轟かせ、後発となる二人の男をパチモノたらしめん事」

 二人は怒気を隠そうともせずに挙兵理由を吐露した。


 美姫にとって私はこの時代ただ一人、糾弾されし二者を知る男だ。

 しかし美姫の様子を観察するに、降伏した私が二人の意見に賛同するかを試す訳でも、男の立場からの意見を聞きたい訳でも無さそうだ。

 それでも彼女達は言わずには居られなかったのだろう。今はスッキリとした良い顔をしている。


 勝利後の蛮行が四十万人を襲う……翼を忘れる降伏殲滅陣、ペガサスさえも言葉を失う。

 そしてもう一人、妻殺しの男。悲しいかな、彼が生きる時代では珍しい事ではないのかも知れない。

 これは才能故の有名税という奴か。さりとて好色と評される彼にはまだまだ余罪がありそうだ。


 しかしながら仮に意見を求められようとも、私は是非を論じる立場にない。

 私は天網でも裁判官でもないし欠席裁判もよろしくない。なにより未来を知りすぎている私の意見は、はたして私自身の物なのだろうか。

 ただ、行為どころか生まれても居ぬ内から断罪される彼等の不憫さに私は同情した。


「先生には私達に新しい生き方を与え、死ぬ運命だった私達を自由にしてくれた恩がある。また確認したい事もある。命はとらぬ故、負けを認めるなら股の下を潜ってもらいたい」

 元はと言えば、私が二人を殺そうとした事がそもそもの始まりなのだが、メガネの洗礼を受けたあの時以来、二人は完全な兵士となったらしい。

 軍律を重んじ死を厭わぬ者、その理屈からすれば私に恨みは無いそうだ。

 素晴らしい覚悟だ。私は改めて負けを認めよう。


 美姫の要求する股潜り。それは屈辱か、それとも韓信の如く大望を成就せよという励ましなのだろうか。

「ちょっと! なぜに嬉しそうに脱ぎだす」

「えっ?」

「えっ?」

 むしろご褒美だとばかりに降伏に積極的な私を彼女が押し留めた。


「喜ばれては屈辱にならない。史記に間違いが? そんな筈は……」

「姉様、これが苦肉(34)計では? 一見ただの色じ(31)かけのようで、脱げば空城(32)、史記を疑わ(33)せ、計を畳み(35)掛けて残る一手(36)は……これは油断なりませぬ。史記を信じましょう」

「そうね、先生も宮刑に――」

「こっ降参、降参!」

 二人のやり取りに、私は身も玉も縮込ませて亀のような姿勢で慈悲を請う。


 メガネと接した時間の短さ故か、二起への激しい怒り、執着のせいか二姫は史記を心の拠り所にしているのだろう。その信頼の篤さに救われた。

 もし私に悟られぬ様に、つまり互いの手のひらに宮と書き刑を決められたら、今後私は魏の守護者となる。


 しかし史記一辺倒かと思えばさにあらず、よもや美姫の口から三十六計が語られようとは。ウィキ情報ではその兵法の成立は遥か先だ。

 兵は詭道なり。きっと私に対抗すべくあのメガネから吸収したのだろう。

 良く学んでいると感心する半面、空恐ろしさを禁じ得ない。私は知り得た兵法知識を持て余し、口外を謹んでいたからだ。

 これが後世において、ネタ被りと呼ばれる恐怖か。子孫との共著故に慎重を期した私の執筆予定が大幅に狂う。


 是非も無し。まるで科挙の試験官を思わせる読者に誤字を、センスある注釈者に事後を託し、子孫のパートは大予言と称し、書き上げた分を明日にでも公開してしまおう。

 なにしろ私は当代唯一、全本回収の恐怖を知る男。未完は恥だが盗作の(そし)りが恐ろしい。


 焦燥に駆られる、居ても立ってもいられない。私は逸る心を抑えつつ脱ぎ散らかした服を拾う。

 半裸の私の着付けを慣れぬ所作なりに美姫が手伝う。これがギャップ萌えか。

 もしも目覚めの朝の心地良いまどろみの中、彼女に着替えを任せつつ「目を覚ましてください」などと言われようものなら、きっと天にも昇る心地であり、死んだ悼王も生き返る。

 縮んだ下半身に膿が溜まる。


 衣を整え帯を締め、冠を正しメガネを掛ける。されるがままに任せていたらいつのまにかメガネが顔の一部になっていた。

 先程、美姫の舞うような動作の中、袖口から取り出されたメガネの形状を思い出す。

 青銅のフレームに薄く削られた璧がレンズ代わりにはめ込まれたそれは、粗造りであったが確かにメガネと呼べる代物だった。


”確認したい事”、美姫はこのメガネで私の記憶とコンタクトを取るつもりだ。

 こいつは如何ほどのスペックなのか、自白剤レベルだと不味いことになる。以前、ポールダンスがお似合いだ等と考えた過去がばれたら、今度こそ私のポールに危機が訪れる。


 私の懸念などお構いなしにレンズを覗き込むように美姫が顔を突き合わせる。近い、美しい、ドキドキする。

 見つめ合う僅かな刻。彼女達の知識だけで模倣されたメガネは粗造り故に負荷に耐え切れず、パリーンと乾いた音を立ててバラバラになった。


「姉様、あのお方の手がかりは掴めましたか?」

「ええ。あのお方は見つからなかったけれど、良く似た服の集団がカレーライスという物を美味しそうに食べているのが見えたわ。金曜日の儀式らしいけど」

「ではその儀式を大々的に開催すれば、あのお方、もしくはあのお方を知る者がきっと!」

 二人が手を取り合い大喜びしている。今日一番の笑顔だ。


 姉が妹にカレーライスの何たるかを説明している。

 あのお方、つまり二人の恩人、メガネ委員長は西暦2016年に帰った。私はそれを知っている。彼女達は随分遠回りな事をしている。

 しかし彼女達はメガネ通信という手段を試さずには居れなかったのだろう、それこそが最も信頼の置けるやり方だと信じて。そこにはメガネに対する憧れや神聖視があるのかもしれない。


”あのお方は未来に居るよ”と言えば彼女達は絶望しかねない。

 成功する保証の無いコールドスリープに身を委ねるかもしれない。そして私は王様に恨まれる。

「姉様、私はジャガイモとトマトを探してきます」

「ええ、スパイスと酢漬けを買い付けて待ってるわ」

 私がメガネ委員長に関する情報をどこまで明かしていいものかと思案していると、メガネからの神託を信じ疑わない二人が早くも食材探しの算段を始めた。

 美姫よ、今度は世の男達の胃袋まで掴む気か?


 彼女達はカレーとハヤシを混同しているのだろうか。しかしどちらも興味があるので私は黙っていた。むしろ様々なトッピングを大いに提案しようではないか。

 百聞は実食にしかず。舌なめずりは我慢したものの、自然と私の腹の虫が鳴った。

「まあ」

「ふふふ」

 美姫が鈴の音色で笑う。その調べを汚さぬように私も静かに微笑む。


「……僕食べる人」

 和やかな雰囲気の中、ご相伴に与りたい思いを口にした私を二人がギロリと睨んだ。(やつがれ)(へりくだ)ってみたもののどうやら不興を買ったようだ。

 柳眉を逆立てたその顔、その表情には見覚えがある。あのメガネが見せた幻影、タイムフェミニストそのままではないか。


 タイムフェミニスト、それは私の不用意な発言が生んだ集団なのかもしれない。


  ◇◇◇


 三時間目の歴史の授業が終わった。教師がつつがなく退室する。

 今日も今日とて教科書の記述を修正する時間が冒頭に設けられた。もはやそれは恒例の行事となりつつある。


 歴史の真の主役が、全ての話題の中心が、某タレントの性別が女性にシフトする。それは息苦しさを感じさせる程急速に。

 男の立場が弱くなる。締め付ける程に反発が増す。男女の不仲が加速する。

 フェミニスト運動だけでは説明のつかない得体のしれない恐怖。世界中がギクシャクしている。反発の表れか、アメリカ大統領選では女性有利との大方の予想を覆し男性が選ばれた。


「知ってるか? 経血は気合で止められるらしいぜ! 江戸時代までは、な」

 得体のしれない情報を、クラスの3バカの一人が仲間に得意げにひけらかす。

 気の強い女子と言い争いになるも、それが狙いとばかりに頓着しない。あれで俺よりモテるんだからやるせない。


 そのネタは俺もネットの匿名掲示板で見た。そこでは根拠のない迷信だと結論付けられていた。

 発言した3バカの一人を見る。お前はそれを本気で信じているのか? それともただの憂さ晴らしか、好きな子に対する嫌がらせか。

 激しさを増す言い争いの声にクラスのみんながイライラし始めた。

 その伝聞系のネタの出所はどこなのか、言い出しっぺは誰なのか。不和が狙いの愉快犯か? 甚だ迷惑な話である。


 不理解と不満が争いを生む。災害時に生理用品を求めることすら贅沢と言われる。生理用品に乳児用液体ミルク、楽をするのは罪なのか?

 母乳と言えば、ヘラの栄光と呼ばれるゼウスの子。その呼び名すら何者かの思惑を感じざるを得ない。それくらい毎日が息苦しい。


 母乳ついでに一つ言わせて欲しい。多少のチチ揺れが不健全だとの理由で楽しみにしていたゲームの発売が怪しくなってきたのだ。ほぼほぼお蔵入り、良くて無残な表示規制付きとの噂が広がっている。神よ、無いものねだりは罪なのか?


 発売中止日本死ね! いや、むしろ生きろ。Be alive for extremeだ。

 長いため息と共に首をぐるりと巡らせる。斜め前の机の引き出しの中、濃赤色の日本史の教科書が目に飛び込んできた。持ち主である委員長は数か月前から行方不明だ。


 無修正の教科書が恋しくて、ちょっと拝借してはパラパラと捲る。……俺の持ってる物と違う!

 なぜか序文に孫子が出てきた。日本史なのに、……物語風なのも解せない。


 その怪しい教科書の先を読み進める好奇心よりも、まず目に付いた冒頭の孫子のセリフへの不満が勝り、俺は他人の物だと承知の上でボールペンでこっそりセリフを書き換えた。


”気合で止めろ”、一体誰が言い出したのやら……。


  (完)

本来は”説曹操、曹操就到”です。

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