9杯目
『カランコロン……』
……お!
『カランコロン……』
今日は珍しく客が来るな。
やっぱり隣に座ってきたが無視無視。
しかしアレは無視できんな。
「ハナちゃん。それ猫耳?」
「はい。そうですよ。似合います?」
「いやハナちゃんウサギ耳だったよね」
「そうですよ」
『スポッ』
「なので取れますこの猫耳」
ぎゃああぁぁ取れたあぁぁ! そしてどうやってか知らないがウサギ耳がちゃんと出てきた……よかった。
「老人会でウケがいいんですよこれ」
「老人会? ボランティア?」
「はい。手品とかしてあげたら喜んでくれますよ皆さん」
くっ、眩しい。この娘がイイ人すぎて辛い。自分が惨めに思えて腹が立つ。
「…………」
しかし俺達と違ってマスターは大人しいな。
もはや影が薄いぞ。
マスターの視線からすると俺の2つ隣の席の客か?
「……だから今夜にでも殺そう。暗殺は得意なんだ」
いきなり物騒な話をヒソヒソと。
2つ隣の席の客と、3つ隣の席の客。どうやら仲間のようだな。同じ黒いローブを着て、ここからじゃフードで顔が隠れていて確認できない。
「しかし相棒。国王は常に警備兵に守られていて隙がないぜ」
「大丈夫だ心配ない。情報によると女王と娘の姫様が今は城にいないらしい。
どうやら他国の視察に出掛けていて3日間は帰って来ない」
「なるほど、それなら問題ないぞ。二人の護衛で国王の警備は多少手薄。仕事がしやすいかもな」
国王暗殺計画!
スゴい話を聞いちゃってるよ、ヤバいよヤバいよ!
「コホン……」
マスターの咳払い。どうやら俺に再び合図を送るらしい。
次の視線は俺の1つ隣の席?
そういえば俺と暗殺者達の間の席に客がもう1人いたな。
長身の、鋭い眼光、白いヒゲ、立派な王冠、大きな赤いマント、金ピカな鎧……。
……こここここ、国王!
ヨハネス国王いたー!
大都市フェノクロスの国王。いま暗殺者達が話してた、殺そうとしてる男ここにいるよ!
やべぇよ。絶対に今の暗殺者達の話聞いてたよ。
つか何でこの酒場にいるんだよ。しかも1人で。警備兵いないじゃん。全然守られてないじゃん。
「しかし相棒。知ってるか? ヨハネス国王の評判」
「あぁ、なかなかに評判は悪いらしいな。女グセも悪いし、あれでは先代も浮かばれないぜ」
狙ってるかのように言いたい放題だな。
「ヨハネス国王。ご注文のオレンジジュースです」
‘ハナお嬢さま~!’
なに言ってるの? 何故わざわざ名前言った?
なんでオレンジジュース? いま気付いたけど国王まったく酒飲めないって噂じゃん、なんで酒場に来た?
これじゃバレるよ、絶対に暗殺者達にバレるよ。
「あんた……」
ヤバい。暗殺者達が国王に気付いた。
これはマスターになんとかしてもらうしか。
「マスターちょっと……」
……また消えた!
マスター逃げた! いいよそのパターン、飽きたよ!
自分の店に愛着ないのかよ。なぜ逃げる必要がある。
『ガシッ!』
暗殺者が国王に対して肩を組んだ、もうダメだ殺される!
「いやぁ~あんたあのダメ国王と同じ名前かよ。可哀想に。今日知り合ったのもなにかの縁だ。
飲もう! おごるぜ!」
ヨハネス国王がヨハネス・コクオーに!
なんてことだ。この姿を見てまだ国王だと認識してない。バカでしかないぞこの暗殺者達。
「わーはっはっはっ!」
「ギャハハハハ……」
しかも仲良くなってる。
「うむ。お二人さん。どうかね? 別の店で飲み直さないか?
いい牢屋……コホン、いい店を知ってるんだがね」
「いいッスね~‘ヨハネスちゃん’。
この店は店員が可愛いだけでイマイチだったんだよな」
イマイチって。イイ酒が揃ってるとは思うんだけどな。
ちなみに今の牢屋発言した国王にはスルーしとこう。
「失礼な!」
暗殺者達に向かってプンプンと頬を膨らますハナちゃん。
「まぁまぁ、ほっときなよハナちゃん」
たぶん二度と来ないし。
そして俺は見逃さなかった。
3人が勘定を済ませ、楽しそうに肩を組み、笑顔で外へ……しかし。
目が笑っていない国王の顔を。
『カランコロン……』