5杯目
『カランコロン……』
「……勇者様。勇者様ってアレですよね。
フライドチキンの店の前に置かれてある人形と同じくらい必ずウチの店にいますよね」
買い出しから帰ってきたハナちゃんは、渋い顔でカウンター席に座る俺に容赦ない言葉を浴びせる。
ちゃんと閉店時間には帰ってるよ……帰る家は無いがな。
「……なんか店の空気重くありません? テンチョーまで渋い顔で、勇者様も汗ビッショリ」
「そりゃそうだよ」
「ハナさん、あなたは空気を読みましょう」
「?」
ハナちゃんは知らないだろうな。
今この酒場には俺以外に2名の客がいる。
奥のカウンターに座るのは冒険者なら誰でも知っていると思われるドラゴンスレイヤーのフォッグ。
あの体格と鎧から屈強な男だと見てとれる、会うのは初めてだぜ。
西洋兜で顔が確認できないのが残念だ。
テーブル席で腕を組みながら座るもう1人の男は、老兵……伝説の侍と呼ばれたブドー。
今は現役を引退して鍛冶師をしているらしいが、なんて殺気だ、まったく衰えていない。
何人もの勇者がパーティを組みたがるワケだぜ。
この2人がこんな店にいることが驚きだが、一応マスターも俺も修羅場をくぐって来たからな。2人の威圧感で汗もかくさ……。
「……ゴクリ」
まさかドラゴンがココに来たりしないよな?
もしくは2人が何らかの理由で戦うとか?
勘弁してくれよ、この酒場に通い始めてから戦闘なんて無縁だったのに。
『ズガァァァァァァァン!』
「ぎゃああぁぁ! なんじゃあぁぁ!」
「私の店がーー!」
「巨大スライムですよ勇者様!」
店の壁を破壊して、巨体スライムが現れた。
地下ダンジョンのとは比べものにならない強さを肌で感じるぞ。
「ごめんなさ~い!」
誰だ今の声? フォッグか? 嘘だろ、なんだ今の高い声。その兜の下はオネェかよ! かわいい声出しやがって。
「ワシからも謝る。アレを連れて来てしまったのはワシらなんじゃ」
「迷惑この上ねぇな。説明しろ」
「実はオイラ達……」
「いや、お前は喋るなフォッグ。その声マジ耳障りだから」
「…………」
「実はワシは現役を引退したものの、毎日物足りなさを感じてな。
冒険家を復帰しようとフォッグ君に協力を頼んで、ギルドの討伐依頼のある任務に挑戦したのじゃが……」
「倒せなかったのか、あんたら2人がかりで?」
ブドーは小さく頷いた。俺もマスターも信じられないでいた。
「オイラも長年……」
「喋んなお前!」
「…………」
「肩慣らしのつもりじゃったのじゃがな」
マジかよ、こいつはマジでマズイぞ。この2人が敵わないモンスターなんてどうやって倒しゃいいんだよ。
つか、このスライムしつこく2人を追いかけてたんじゃねぇか!
平然と酒場で飲んでんじゃねぇよ!
おかげで色々と迷惑だよ!
『シュルルル!』
「きゃああああ!」
でたー―!
スライム名物の触手攻撃。
ハナちゃんが捕まって逆さまだ!
「助けて―ー! 誰か助けてくださーい!」
ハナちゃんの必死な抵抗。
下着を見られまいとスカートを押さえる姿……実に定番で実にイイ!
まだメイド服で仕事してるからそうなるんだ。
「おのれぇ!」
『プニュ!』
ブドーの刀による攻撃もダメージがない。
「スーパーファイアアタック!」
『プニュン!』
だっせ!
フォッグのネーミングセンス無さすぎな魔法も効いていない。
このスライム本当に強いぞ。
「マスター! こうなったら俺達も戦おう! 自分の店は自分で……」
いねぇ!
マスターが消えた! あの野郎!
自分の店捨てて逃げやがっ!
『ドドドドドドッ!』
『ブシャャャン!』
「ーーえっ!」
あのとてつもなく強いスライムを一瞬で倒した…………ハナちゃん!
凄まじく強力なパンチのラッシュ。
「もう! どうして皆さん早く助けてくれないんですか!
私がやっつけちゃったじゃないですか!」
もう何が何だか……。
数日後。
酒場【シメフクロウ】は営業を再開。
まだマスターを許したつもりはない。
ハナちゃんの強さの秘密もわからない。
ちなみに何故かフォッグは冒険家を引退。
そしてブドーが冒険家を復帰したという話は聞かない。