1杯目
勇者とは。
強くなければならない。
優雅でなければならない。
賢明でなければならない。
……そう。多くの者から勇敢を求められる存在。
それが勇者である。
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――――――
『カランコロン……』
「いらっしゃいませ。おや? あなたでしたか」
「マスターいつものを頼む」
この大都市【フェノクロス】は主に商業が盛んな街である。
そこにある酒場【シメフクロウ】は俺が頻繁に通う行きつけの店。
数ある酒場でも繁盛していない方の店ではあるが、それ故に馴染みの店になってしまった。
俺はマスターの正面に位置するカウンター席に座る。
定位置だ。
「お客様。ほぼ毎日のように店に来られますねぇ。
常連客を得ることは私にとっては嬉しい事なのですが、よほどお暇なようですね“元”勇者様は。あぁ心中お察しします」
「あの……黙って“酒”出していただけます?」
この世界でのトップに君臨する国王によって、魔王討伐の使命を受けた勇者。
それが俺だ。
正確には俺たち、各国から選ばれた勇者たちである。
もう察しの通り……。
……そう。俺は勇者を辞めた。つまり無職。
いやカッコよく言えば放浪者。
いやいや今は冒険すらしていない。
つまり俺は毎日この酒場で飲んだくれる無冒険・無収入のスーパー無職人だ!
「どうぞ。水でございます。お酒を飲みたければ金、お金があればお酒がお客様の手元にくる仕組みとなっております」
「うっさいわ!
わかっとるわ!
超うめぇよ水!!」
訂正しよう。水では酔えず飲んだくれることはできん……ちくしょう。
『カランコロン……』
「マスター。ボクも彼と同じものを」
ふがっ! くっさ!
臭い臭い。なんだこいつ! 隣に平然と座ってきたこいつ!
デブ! メガネ! 汗! そしてデブ!
悪臭だよ。こりゃ鼻を摘ままざるをえないレベルだ、つか俺と同じもの? 水だよコレ!
「かしこまりました」
かしこまっちゃったよマスター。いいのかよオイ。
「お客様。鼻を摘まむなど失礼ですよ。他のお客様のご迷惑にならないようにお願いします」
鼻に洗濯バサミ装備してるヤツに言われたくねぇ。
「あなた、もしかして勇者ではないですか? いや~わかっちゃうんですよね。ボクも元勇者なので」
「はぁ……俺も元勇者ですけど」
「何番目ですか?
ほら勇者って番号あったでしょ、国王が決めた勇者番号。ボクは7番目の勇者なんですよ」
「自分は21番目です。最近辞めたんですよ勇者」
「え!? マジで! 後輩じゃん! なんだ損したぁ~。下手に出て損したわぁ~」
え~なにこいつ。あからさまに態度変えてきたよ、後輩を蹴落として上司の機嫌とるタイプじゃん。
見下されてるよ俺。
「君ってさ、この街の地下ダンジョンに挑んだことある? 何階まで行った?」
「え~と確か50階で引き返しましたけど」
「ぷっふ~50階かよダセェ~! あんなの楽勝じゃん。ボクなんか余裕で100階まで行ったよ。しかもレアアイテム狙いで何回も挑戦したしね」
うわ~マジなにこいつ殺してぇ。
100階? 嘘だろ。この街の地下ダンジョンって80階までしか無いし、後の20階どこから持ってきたんだよ。
「じゃあ10階ごとに現れるボスも相当な数を倒したんですよね?」
「フロアボスね、余裕だったよ。途中で現れるゴブリンの軍勢の方がキツかったな。
あ、でもガーゴイルには少し手を焼いたかな。あいつ素早いし」
「10階の?」
「そうそう10階のね」
ガーゴイルは30階だバカ野郎!
10階には巨大スライムが控えてるんだよ必ずな!
間違いねぇよ、こいつホラ吹いてるよ。ぜってー地下ダンジョン行った事ねぇよ。
だいたい服装からして弱そうだし、なんで白シャツ半ズボンで頭だけ角生えた兜を装備してんだよ。
あれか? 髪が薄いのか? ハゲを隠したいのか?
いや勇者引退したのはわかるよ、でも最低限の装備はするだろ普通。
「ボクくらいの実力だとデュラハン程度は簡単に倒せるからさ、街で見かけたりしたら声をかけてくれよ。
パーティを組んでくれるならレベル上げを手伝ってあげてもいいし、引退したとはいえ鍛練は必要だからね」
自分の腹を見てから喋れよデブ。
「どうぞお客様。水でございます」
『ゴクゴクゴク……』
「ぶひぃー! なんて飲みやすい酒だ、この店が気に入ったよマスター」
水な。
「それでは後輩くん! また会おう!」
『カランコロン……』
帰ったことは嬉しいが、結局アイツも水飲んだだけかよ。しかも金払ってねぇし、水だけど。
「久しぶりに分かりやすいウソつきに遭遇しちゃったよマスター」
「そうですね。彼はちまたで噂の大ウソつき。勇者でもなんでもない無職のエド君18歳です」
「やっぱり。
……って18? え……なんで酒場来てんの? アレ18歳かよ!」
「なにより彼はとんでもないウソをついていかれました」
「はい?」
「実は私が“元7番目の勇者”です」
「…………ど、どうも」
2年振りに小説投稿を復帰しました。
僕が『なろう』に投稿をはじめてから今年で10周年みたいです。
よろしくお願いいたします。