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りかの授業

 健太と同じ年長組の晴澤は、今日も幼稚園の図書室で本を読んでいる。


「・・・・・・」


(ドタドタドタドタドタドタドタドタ)


「誰だ?」


(ガラッ)


「どっこいしょお!」


 廊下を騒々しく駆け抜け、図書室のドアを勢いよく開けたのは、いつも紅白帽子と体操着でいる同じ年長組の女の子の理香だった。


「・・・って、お前だけかよ、カッパボウズ。」

「黙れ、豪傑娘。」


 この理香という女の子と晴澤は非常に仲が悪い。


「別にアンタに用はないのよ。健太は?私のダーリンはどこに行ったのかしら?」

「・・・今日はまだ見ていないな。」


(ガラッ)


 すると、また誰かがドアを開けて入ってきた。


「ねぇ、晴澤君。今日は理科を教え・・・」


 開けて入ってきたのは他でもない、健太本人だった。


「みぃつけたぁあああああ!」


(ピョーン)


「うっ・・・!」


 健太は図書室にいた彼女を見て固まった。だが、もう時すでに遅し。


「健太~、おっはよー!!!」


(ガシッ)


 理香は健太のことを見るや否や、丸腰の健太にいきなり飛びつき、力強く抱きしめ、たと思えば一瞬で健太の背後に回り込み、そして・・・


(ボキッ、グキッ、バキッ、ゴキッ、ゴリゴリゴリゴリゴリ・・・)


「ギャアアアアアアアアアアアア!!!」


 これが理香の愛情表現、その名も理香式・四肢固めである。


 (1分後)


「おい、理香。うちの健太をあんまりいじめないでくれよ?」

「いじめじゃないわよ。一日一回はこれをやらないとねぇ~」


 理香は後ろで伸びているはずの健太を見た。だが・・・


「あれ?健太は?」

「・・・どうやら逃げ出したようだな。恐らく外にでも行ったんだろう。」


 そういうと理香は、急いで図書室を出て行ってしまった。


「・・・・・・さて、早速本の続きを。」


 晴澤は読みかけの本を再び読もうとした。だが、ある事に気付いた。


「そういえば健太の奴、今度は理科を教えてほしいとか・・・」


 ・・・ひょっとしたら、後でまた来るかもしれない。晴澤は今日の“授業”について準備を始めた。


「・・・科学か化学か、最初にどちらを教えるべきか。」


 晴澤は悩んだ。別にどちらでもよかったのだが・・・


「外か・・・」


 ふと晴澤はある事を思いついた。


(一方その頃)


「はぁ・・・はぁ・・・」


 健太は幼稚園の外で理香を振り切り、裏庭に来ていた。


「おぅ、ここにいたか。」

「あ。」


 晴澤は偶然にも健太とバッタリ出会った。


「丁度良いところにいた。今日は理科を教えてほしいんだってな。」

「うん。」

「じゃあ、早速始めよう。これを見るんだ。」


 晴澤は少し先の足元を指さした。


「・・・?」


 健太は指先を見た。そこには幼稚園で育てている朝顔が生えていた。


「見たまえ、これは朝顔というものだ。」

「知ってる。」

「じゃあさっそくこいつの観察に取り掛かろう。」


 晴澤はそういって地面に腰を下ろし、朝顔に対してその場で胡坐をかいた。


「その前に健太、植物も一種の生き物だってことは知ってるよな?」

「うん。お母さんが言ってたよ。食べ物の殆どは生き物から採れるんだって。肉も野菜も人と同じ生き物だから残さず食べてねっていつも言ってるよ。」

「よし、じゃあどうして植物が緑色なのかは知ってるか?」

「うーん、ちょっとだけ・・・」


 健太は口ごもった。


「名前は忘れたけど、僕たちが生きていくのに必要なことをしてるんでしょ?そのために太陽の光が必要だって・・・」

「それを光合成と呼ぶ。具体的には根っこから水分を吸収し、その水分を葉っぱに送り込んでそこで光合成をおこなう。その時、太陽の光を通じて空気中から二酸化炭素を取り入れて炭素原子を1個取り出し、水と組み合わせてデンプンを作りだして植物の栄養にするんだ。だから水がなければ植物が育たないのはこの為だからだ。」

「そう・・・なん・・・だ・・・」


 健太は唖然とした。


「また、植物自身も呼吸している。これは人間と同じように酸素を取り入れて二酸化炭素を吐き出す。夜中だと常に呼吸しているが、日光がないから栄養を作り出せない訳だ。だからこうして、日中は良く日の当たる場所を選んで育てるんだ。」

「ふむふむ。」


 すると晴澤は、健太に体を向けて言った。


「さて、ここで一つ質問を出そう。」

「うん?」

「健太、どうして植物は自分で動けないと思う?」

「え?」


 さすがの健太も、これは考えたことがなかった。


「根っこがあるからじゃない?」

「確かに、根っこは水や栄養を吸収する重要な部分だからな。だけど、そもそも一日中その場に根っこを下さなくても、そこら中動き回って動物みたいに舌とか生やして食べればいいじゃないか。」

「・・・確かに。」


 すると、晴澤がこう言った。


「まあ、本当は答えがないクイズなんだがな。健太、俺はお前の意見を聞いてみたかったんだ。お前ならどう答えるのかと・・・」

「?」

「例えば、進化の過程で光合成をおこなう為に自ら動くことを捨てたという説もある。確かに、太陽は半日ごとに昇るから、日当たりさえ良ければ動く必要はないわけだ。だが、俺としてはあまり良くない回答だと思っている。」

「どうして?」


 すると、健太も胡坐をかいた。晴澤は話を続ける。


「なあ、健太。植物は何のために生きてると思う?」

「え?」


 これを健太は少し戸惑った。


「考えても見ろよ。一生その場から動かず、ただ養分を吸い取って伸びるだけの植物の存在価値は何なのか、俺は少し疑問に思う。」

「でも光合成してるから、結構役に立ってるんじゃない?」

「確かに、光合成は僕たちの生活にとって重要ではあるよ。しかし、植物自身はどうだ?光合成をしているだけじゃ、何の得もないじゃないか。」

「・・・・・・」


 健太はこう言った。


「じゃあ、子孫を残すためとか?たくさん種をばら撒いて、未来に子孫を残すとか。」

「・・・それはつまり、子孫を残すために生きるってことか?」

「うん。」


 晴澤は鼻で息をついた。


「意外にも普通の考え方だな、健太。」

「む。」

「もう少し変わった答えを言ってくれるかと思ったんだ。ちなみに俺は少し違う考えを持っている。」


 晴澤は言った。


「植物が光合成をしながら子孫を残す。そうじゃなくて、どうして植物が光合成という能力を得たのか、ということを考えている。」

「・・・・・・」

「元々おかしいんだよ。もし植物が自分の為に生きているのなら、植物が誕生して38億年も同じことをし続けるのだろうか?」


 晴澤はそう言いながら、朝顔の葉っぱを指でつまむ。


「あくまでこれは俺の考えだよ?俺が思うに、今でも植物が光合成をし続けているのは、何か重大な意味があるんじゃないかと思っている。」

「重大な意味?」

「それはな・・・」


 晴澤はそこまで言いかけた。


「と、言いたいところだがやっぱりやめよう。胡散臭い話に入ってしまった。」

「えっ?えっ?」

「この続きはまた今度にでも話すことにしよう。」


 そういって二人は、花壇の朝顔に向かって胡坐を掻きながら語り合った。


「なぁ、健太。これからは俺たちが生きる意味をもっと考えながら生きていこうじゃないか。」

「まあ、うん。そう・・・だね。」

「さぁ、どうだ?今日は理科の授業だったわけだが・・・」


??「ここにいるぜ!」


 案の定、二人の背後に理香が立っていた。


「うわ。」

「出たな化け物。」

「アンタに言われたくないっつーの。てか、また二人で妙な話してたの?」

「妙な話とは何だ、失礼な。俺は健太に理科の授業をしてだな・・・」


 ちなみにこの理香という少女、運動神経とパワーだけなら小学校高学年クラス並みの化け物でもある。ただ、顔があまり可愛くないのは本人には黙っておこう。



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