さんすうの授業
「ねぇ、晴澤君。」
「どうした?健太。」
「算数教えて。」
ここにいるのは桜木幼稚園年長組(6歳と5歳)の嵐山健太と晴澤太郎である。
「算数?何故だ、どうして?」
「小学校に入る為に下準備したいから。」
「下準備ってオイオイ、今の時代普通の小学校なら何も準備しなくても入れるさ。入学しても学力検査とか少しはやるけど授業では1から学び直すから今は何しても無駄。小学校に入った時に勉強すればいい。」
「なんかやだ、それ。」
健太は口を尖らせる、晴澤はため息をついて言った。
「まあ、俺も丁度暇だったし、少しくらいなら教えてやるよ。」
「はーい。」
「よし、まず俺が紙に書くから、それを答えろ。」
晴澤は適当な紙にサラサラと数式を入れた。
1+1=
5+3=
6-2=
2×3=
「ほら、やってみろ。」
「OK」
健太はサラサラと解いてみた。
「ん?」
健太は手の動きを止めた。
1+1=2
5+3=8
6-2=4
2×3=
メモは上の部分で止まっていた。
「ほう、引き算は知ってたか。掛け算は知らないか。」
「掛け算?」
健太は首を傾げる。
「HAHAHA、この掛け算ってのは2が何個あるかって意味をする奴だ。この場合は2が三つ、つまり2+2+2で答えは6になる。」
「そうなのか・・・じゃあ、これ読むときはどうするの?」
「読むとき?」
「“いちたすいち”とか。」
「ああ、“かける”だ。“2かける3”ってな。」
「ふ~ん。」
健太の動きが止まった。
「どうした?」
「晴澤君、これってエックスじゃないの?」
「ああ、それか。確かにエックスと似ているがこれは全然違うものだ。しかしよくエックスのことを知ってたじゃないか。」
「うん、英語だってわかるよ。だけどさ・・・」
健太は言った。
「エックスって、計算に使われなかった?」
「・・・・・・」
晴澤は聞いてみた。
「健太、お前それどこで知った?」
「どっかのニュースでやってたよ。全国学力なんとかって。」
「ああ、なるほど。確かにそうだ。小文字のエックス、確かに出てくるぞ。」
「どんなものなの?」
「例えば、こんな式があったとする。」
5+ =
「お前、これ解いてみろ。」
「へ?」
健太は数式を見た。だが、目の前の式は意味不明なものである。健太は計算問題とかはいくつか目にしてきたが、こんな形式で出されたことは見たことない。
だが、解いてみろと言われたので一応書いてみた。
「んと、こうかな?」
5+0=5
「絶対やると思ってたぞ。最悪の答えだ。」
「えへへ。って、最悪って言い方酷くない?これでも考えた方だよ?」
「そこに0が入ったら話が進まないんだ。とりあえずさっきの空欄に戻そう。」
5+ =
「世の中にはこういう問題もたくさん出てくる。要は二つの数字がわからない問題だ。」
「・・・・・・?」
「普通なら、○×△= って書いているだろ。そして=の隣に答えを書くだろう?」
「うん。」
「だけど、真ん中の数字が何も書かれていなったらカッコ悪いだろ。だからエックスを書いておく。」
「ああ、そうか。」
5+x=
「んで、どうするの?」
「仮に=の隣に8という数字が入るとする。すると式はこうなる。」
5+x=8
「すると、xに入る答えは自然に出てくる。答えは3・・・」
「まった!」
健太が文句を言った。
「ねぇ、どうして当然8って数字が出てくるの?さっきは何も書いてなかったじゃん。」
「そうだな。」
「そうだな・・・ってキリッと言っても駄目だよ!」
晴澤は答えた。
「この8は・・・そうだな。後から判明した数字なのだ。」
「それもずるいよ。」
「・・・・・・」
健太は眉間にしわを寄せて文句を言う。だが、晴澤は全く動じずに答えた。
「じゃあ、これならどうだ?」
5+x=
1+9+2+8+x+7+4+6+5=45
「ん?んん?」
「解いてみろ。」
健太は下の数式を見た。あまりの式の長さに困惑し、一つずつ暗算をしながら計算してった。
「10、12、20、この途中のxって、ひょっとして上のxと同じ?」
「そうだ。」
「・・・っとこれは飛ばして、27、31、37、42・・・?」
健太は答えた。
「・・・3?」
「正解。」
「む。」
健太は再三文句言った。
「こんなの、遠回しにヒント出しただけじゃん!最初はこんなの書いてなかったじゃんか!」
晴澤は言った。
「こういうものだ。一つの式に分からんものが二つ以上出て来たら、どんな数学者も解くことが出来ない。このxってのは適当な数って意味で使えばいいのさ。」
「・・・適当な数?」
「そうそう、もし入る数字が解ったら、その時はパズルみたいに解けばいいのさ。」
「パズル・・・」
健太は手をポンッとたたいた。
「そうか!ようやく意味が分かった。」
「そうそう。だが、今やっているのは掛け算の勉強で会って、エックスとかいうのは・・・」
「あ、それでそれで、この式なんだけど。」
健太は前の数式を指さした。
2×3=
「これさ、この前お母さんが“にエックスのさん”・・・何とかって言ってた。」
「“にえっくすのさんじょう”か?」
「そうそうそれそれ。」
健太は言った。
「そのさんじょうって何?」
「それはエックスを何回かけるかって意味で、エックス×エックス×エックスって意味だ。」
「ってことは、2だったら2×2×2?」
「そうそう。」
「8?」
「そういう事だ。」
「じゃあこっちの”にエックスのさんじょう”は?」
「いや、それは元々答えを求める式じゃなくて、三次関数と言ってだな・・・」
「三次関数?」
その日の夕方。
「♪~♪♪♪~」
幼稚園の先生である内村先生が、楽しそうに花の水やりをしていた。
「ブーン、ブーン、ブーン。」
すると、奥のほうから健太が両手を広げたまま腹を壁にぶつけながら走ってきた。
「あー、健太君。飛行機ごっこかな?」
「違うよ。微分ごっこ。」
この後、内村先生は1時間くらい頭を抱え込んだという。




