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扉の向こうは暗い道が続いています。
でも床は硬くなく、真っ黒ふかふかの獣毛が敷き詰められています。
壁に触れればまるで『びろうど』の様な肌触りです。
ビノールはうっとりと黒い毛皮の通路を歩きました。
ビノールは顔をゴンっと黒い壁にぶつけました。
行き止まりだったのです。
小さなドラゴンは部屋の中で声や音を出さずに笑い転げました。
だって、目の前にある大扉にぶつかってモグラの魔法が解けてしまったのです。
ビノールはモグラの姿をさらけ出しています。
でも、モグラのビノールはまだ気がついていません。
変身の魔法を持つモグラが今のところビノールしかいないことを小さなドラゴンは知っています。
小さなドラゴンは変身魔法を持つモグラを知識の坩堝の中から引き上げます。
小さなドラゴンは闇の中で起ったことなら何でも知っています。分ります。
それは『属性の力』、『属性の知識』、『属性の記憶』と呼ばれる力で、ドラゴンでもこの力を持つものはとっても少ないのです。
そして、生まれつきの才能でもあるのです。
それにモグラは暗い土の中、闇の中に生きています。
だから知っているのです。モグラのビノールは闇に生まれ育ったれっきとした由緒正しいモグラなのですから。
「いったったたぁ!」
ビノールはぶつけた痛みに声をあげました。
黒々とつぶらな瞳が黒い壁を大きな扉であると見抜きました。
大きな扉が音もたてず小さく開きました。もちろん、モグラが一匹くらい軽く通ることが出来るぐらいです。
ビノールはおずおずと扉の中に潜り込みました。
真っ暗で床がつるっつるです。
すってんっとビノールは足を滑らしました。
つるつると滑って小さなドラゴンにぶち当ってようやく止まりました。
これには小さなドラゴンも驚きました。
こんなこと予測もしていませんでしたから。
『……』
「………」
小さなドラゴンとモグラは気まずそうに視線をかわします。
小さなドラゴンがぱっかりと口を開けたので、ビノールはびっくりしました。
「た、食べないで!」
ビノールの悲鳴に小さなドラゴンはぱくんと口を閉じました。
恐怖で慌てているビノールは気がついていませんでした。
小さなドラゴンも予想外の出来事に慌てていたのです。
(モグラってこんなに大きかったの?)
そう、小さなドラゴンはそう思っていたのですから。
ビノールと小さなドラゴンのサイズの差はなんとかドラゴンが一回り大きい程度。
ドラゴンは自分がまだホンの子供で体も小さいのだということを自分では気がついていませんでした。
だって他のドラゴンを見たことがないし、他の者がこの『黒の神殿』に入って来たのは初めてですし、その上、この『黒の神殿』の2部屋しか小さなドラゴンはまだ見てすらいないのですから。
ビノールが最初に入った部屋が『黒の神殿』の表玄関であり、ちょっとしたホール。
3つの扉はそれぞれにちょっとした廊下に続き、その先は温室になっているのです。しかしそれは二人は知らない話です。
真ん中の扉がドラゴンの玉座の間となっていて、幸か不幸かビノールはこの部屋へ侵入をはたしたんです。余所見をしなかった結果です。
それにしてもビノールはドラゴンなんて見たこともなければ聞いた事も有りません。
静かにしているドラゴンにビノールはじきに落ち着きました。
ビノールは静かにしているドラゴンをまじまじと観察します。
黒々とした鱗は軟らかく柔軟そう。背にたたまれている大きなコウモリの羽根(羽根を開いたコウモリは知りませんが洞窟内にぶら下がってる連中は見たことが有ります)。漆黒の瞳はじっとビノールを見据えています。
でも怖いのは大きなその口でしょうか?
ビノールはずらりと列んだ黒い牙を思い出します。
牙は鋭くたくさんで何でも噛み切ってしまいそうでした。
ビノールはブルっと体を震わせます。
ただの大きいトカゲと見るには無理がたくさんでしたから。
「こ、こんにちわ。大きな真っ黒さん」
おどおどとビノールはドラゴンに声をかけました。
気分を害しては大変とビノールは一生懸命言葉を選んでみました。
口に出してから気が動転しているわりにはまともな言葉が出たとビノールは自分でも思いました。
言葉はないながらも、とっくに落ちついてはいた小さなドラゴンはその言葉にすっかり気を良くし、楽しい気持ちになっていました。
ちょっと単純に思えますが、このドラゴンは特別なドラゴンだといってもまだまだ子供だったんです。
『やあ、魔法モグラのビノール君。ようこそ、御機嫌いかが?』
それでもドラゴンの口をついて出た言葉はやけに年齢を感じさせるものでした。
実にそのへんはドラゴンらしいドラゴンだったんです。
ビノールは名前を呼ばれたことでびっくりし、正体を見抜かれたことを慌てました。
「ま、真っ黒さん、どうしておらが名前を?」
小さなドラゴンは喉の奥で笑い、黒い目を細めた。
『変身魔法を持つモグラは地底深し、広しと言えどビノール、其方だけゆえな』
小さなドラゴンはどうやら『真っ黒さん』という呼ばれ方が気に入ったようでした。
『我が名はヴィアルリューン、我の最初の友達になる栄誉をビノール、其方に授けよう。ヴィールと呼んでかまわないぞ。真っ黒さんでも良いがな』
威張った言い方で小さなドラゴン、ヴィアルリューンは言いました。
だって、ヴィアルリューンは他の言い方なんて知りませんでしたし、確かにビノールに危害を加えるつもりは毛頭有りませんでしたから。
でもちょっとビノールはむっとしました。
小さなドラゴンが思ったより怖い奴ではない事に慣れてきて、いい気になってしまったのです。
まぁ、ドラゴン、ヴィールもかなり楽しくて気分がよく必要以上に友好的に接し過ぎてはいましたが。
「真っ黒さん、おらはあんたみたいなお方ははじめて見るだ。おらと会話が出来るんだども大きい黒岩トカゲの親類の方かね?」
ビノールはその大きな蜥蜴を心底尊敬してましたし、これっぽっちも悪気は有りませんでしたが、見逃してはいけないかったのはヴィールの反応でした。
ヴィールは盛大に気を悪くしてしまったのです。
黒岩トカゲは敏捷な動きを持ってはいて、気さくで優しい連中だとビノールは記憶していました。
だから、もし、彼がそうなら一安心と思ったのです。
でもヴィールは別の見方をしていました。
黒岩トカゲはじめついた『黒色銀』の洞窟に棲み『黒色水』をすすって生きているまぬけで知能はモグラの半分もなく礼儀も何もない種族だと。
ヴィールは漆黒の瞳でビノールを睨み付けました。
睨み付けられビノールは竦み上がります。
眼光だけで射殺されてしまいそうな程で、あまりの恐ろしさにビノールは動けなくなってしまいました。
『ビノール、言葉に気をつけた方がいいな。俺はあんなうすのろと混同されるのは気にくわない』
ヴィールの言いぐさに今度はビノールがちょっとむっとしました。
黒岩トカゲの気の良いザシャクシャはビノールの友達の一人です。
友達をけなされるのはやっぱり嫌なものですし、何といってもヴィールはビノールと友達になろうと言ったはずなのです。
「ヴィール、言ってもかまいませんかね?」
苛々とした口調でビノールはヴィールを見上げました。
ビノールは出来るだけ隠したつもりだったのですがヴィールにはビノールが何かに怒っていることがわかりました。
ビノールの言葉に軽く頷いたヴィールにビノールも軽く頷いて見せました。
「種族を混同をされるのが気に入らないのはわかりますがね、黒岩トカゲにはおらの友達もおりまして、彼らが酷く素早く動くということを知っとりますしね、少なくとも彼らはね、ヴィールあんたほど無礼じゃありゃしませんよ」
これでなおヴィールの機嫌を損ねたと思ったビノールは思いっきり生命の危機を感じ、その瞳を閉じました。