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ある日彼女がおちてきた

作者: 冬眠クマ



これより始まるは、楽しくて愛しい、光り輝いていた日々。













僕の名前は天城誠十郎。


なんか無駄に壮大な名前だけど、平々凡々、極普通の高校生。


今いるここはお気に入りの場所。街が見渡せる小高い丘の上。


一日の最後にここを訪れ、沈む夕日を見るのが僕の日課だった。


そんな只々平和な普通の日々を過ごす僕。




「キャー!!、落ちるー!?」


「ゲロッ!? やばいでごザル、やばいでごザルよ!? 拙者ペシャンコは嫌にごザル!!」



そんな僕に転機が訪れたんだ。



「え?」



それは・・・



















          ある日彼女が落ちてきた


















ドッカーン☆



「いたたた・・・」


「ゲロぉおおお・・・」


「ぐぁああ、頭が、頭が~」



突然の激痛に目を回す僕。



「うう、また失敗だ・・・」


「ユキ殿・・・どうしてこう飛ぶのが下手にごザルかな・・・」



ようやく回復した僕が目にしたものは




「うるさい!!

 ・・・ケロル、前から言おうと思ったけど何だ、そのごザルって、キャラ作り過ぎじゃないか?

 お前、昔は普通に語尾がゲロだったじゃないか。」


「つ、作ってなどないでゲ・・ごザル!?

 これは・・そう進化。拙者ゲロなどというあの頃の普通さとは決別したのでごザルよ。

 今の拙者は武士、ケロル・左衛門尉・正重にごザル。」




醜い言い争いをしている




「ああ、中二病か。」


「ゲロ!?なんたる暴言!? 世が世なら無礼討するところでごザルよ!!

 ・・・ユキ殿こそなんでごザルかその格好、甲冑にミニスカとか媚びすぎでごザル!!

 痛々しいでごザルよ!!」


「私の格好をDISるとはいい度胸だ。死にたいか、両生類・・・」


「ゲロ!? 横暴にごザルよ、ユキ殿!?

 ・・・やめて踏まないで!! アンコでちゃうでゲロォ!!!」









甲冑姿の美少女と、喋るカエルだった。








「なんじゃこりゃー!!」


「ん?」


「ゲロ?」



理解を超えた出来事に混乱する僕、そんな僕に彼女は微笑んで、



「初めまして主様。お会いできて嬉しいです。

 それでは、自己紹介をしますね。」




見栄を切って





「戦場に咲く、一輪の刃!!。













         魔法少女、マジカル☆ブシドー・ユキ!!











 御身を守りにここに推参☆!!!!! 」



「拙者はユキ殿が従者のケロル・左衛門尉・正重にごザル。

 お見知りおきを、主殿。」




わけのわからないことを口走った。













これより始まるは、非日常の楽しい日々。


波乱万丈、夢一杯な僕と彼女の物語だ。




「さぁ、御身に幸せ、届けて見せますね、主様☆」




















夜の町を一人の男が歩く。


幽鬼のような男だった。


みすぼらしい外套に身を包んだ体には生気がなく、その顔には拭い切れない苦悩が刻み込まれている。


ただ一つ、その腰に携えた倭刀だけが鮮烈な存在感を示していた。


男の歩みが、とある公園の前で止まる。


公園を一望する男。


その顔から苦悩が少し薄れ、何かを懐かしむ様な色が滲んでいた。



「ここが俺たちの初陣だったな。」



傍らの刀がカタカタと揺れる。まるで肯定するように。



「あれは本当に無茶苦茶だった。」



そう、苦笑する。


彼の脳裏には在りし日の光景が浮かんでいた。















それはこの世のモノではなかった。



「なんだ、あれ!?」



悪魔、そう呼ぶのがふさわしいだろう。


3メートルはある黒い鋼のような体躯に、禍々しい翼。


少なくとも、僕の知っているいかなる生物にも合致しなかった。



「あれは邪神の使い魔です。

 主様を狙ってここに来たのでしょう。」


「使い魔・・あれが・・・」



どうやら僕は予想以上にとんでもないことに巻き込まれているみたいだ。


彼女の説明では、僕の魂はとてつもない魔力を秘めてるらしくて、それを欲した邪神が僕を狙っているんだそうだ。


彼女は邪神の目論見を防ぐため、魔法幕府的なところより派遣された魔法少女?らしい。


魔法幕府的なところってなんだよってツッコんだら 「えっとそれは、魔法の国の幕府みたいなところです。」 等と要領の得ない返事が返ってきた。・・・深く追求したらいけないみたいだ。


それはさておき



「ご安心下さい。主様。

 あの程度の相手、敵ではありません。

 ちゃちゃっと片してみせましょう。」



そう豪語する彼女。


魔法少女というからには、なんかすごい魔法を使えるんだろう。ビームとか。


そして彼女が悪魔と対峙する。



「邪神に仕える外道。私が今、成敗してくれる!!

 ケロル!!」


「承知した!!」



彼女の呼びかけに応えるカエル。


その姿が光に包まれる。


・・・と同時にその体が冒涜的に蠢いた。


グロっ!!


え、なんで? 普通こういうのってもっとファンシーなものじゃないの?


慄く僕を横目に、ケロルの体は更なる変化を遂げる。


そしてそこには一振りの刀が完成していた。



「これぞようと・・・聖剣、マジカル☆ソード・正重!!」



おい、君、今なんて言おうとした。



「カタカタカタ・・・血。血。血。血がほしい・・・カタカタカタ」



完全に妖刀だコレー!?


どこの世界に妖刀引っさげた魔法少女がいるんだよ!!



「さぁ、くらいなさい!! マジカル☆スラーッシュ!!」


「ガァアアアアアアアアア!!」


「安心せい!! 峰打ちじゃ!!」



いや、あの悪魔、腕がありえない方向に曲がっているんだけど・・・



「ふふふ、そう、峰打ちだから・・・死なないから・・・ね? エイ☆!!」



グシャ!! グシャ!! グシャ!! グシャ!!



「グァア・・・ア・・・」



ひどすぎる・・・


滅多打ちだった。悪魔の体に血にまみれてないところはなく。体は理解できない形に強制的に変えられていた。


悪魔の僕を見る弱々しい目が 「いっそもう殺してくれ」 と言っているようだった。


すまない、悪魔よ。僕にはどうすることも出来ないんだ・・・



「カタカタカタ・・・今宵の正重は血に飢えている・・・カタカタカタ」



いやもう黙っとけよお前。



「エイ☆!!・・・ふう・・・成敗!!」


「カタカタカタ・・・悪は滅んだ・・・カタカタカタ」



・・・終わったみたいだ。


悪魔はまだ生きている・・・ただ、あれを生きていると言っていいのかは疑問だったけど。



「終わりました、主様。」


「うん、ありがとう。でも、その姿で近づかないでくれると嬉しいな。」



ぶっちゃけ超怖い。血まみれの少女とかマジひくわー。



「カタカタカタ・・・血化粧こそが美しい・・・カタカタカタ」



ホントもう黙れよお前。








こうして僕達の初陣は残酷無残な結末となったのだった。



「カタカタカタ・・・武士道とは死狂いなり・・・カタカタカタ」



黙れよ。















「ククク・・・」



笑みが溢れる。もう戻らないものを慈しむように。



「ああ、ホントに懐かしい。

 彼女にはよく引かされたっけな。」


「カタカタカタ・・・同意・・・カタカタカタ」



彼の脳裏を駆け巡る戦いの日々。


血生臭くはあったが、それは確かに楽しいと言える日々だった。


ひとしきり笑った後、彼は名残惜しそうに公園を後にする。


次に彼が向かったのは学園。


・・・彼のかつて想いを確認するために。















「転校生を紹介します。」



担任のその一言に、僕の本能が最大限の警鐘を鳴らしていた。



「男子は喜びなさい。とっても可愛い女の子よ。

 さぁ、それじゃあ入ってきて。」



その一言の後に入ってきたのは見覚えのある姿。


教室がわずかにどよめく。主に男子が。



「はい・・・初めまして皆さん。

 私、源ユキと申します。

 そこにいらっしゃる天城様の忠実な下僕です。

 皆さんよろしくお願いしますね。」



最高の笑顔を浮かべて、爆弾発言をする彼女。


瞬間、教室は血の涙と絶対零度の視線が飛び交う阿鼻叫喚の地獄と化した。


・・・さよなら僕の平穏。



「はっはっは、人気者でごザルな、主殿。」



うるさい、原寸大のカエルストラップは無理があるだろう、解剖すんぞテメェ。













針のむしろな時間が終わって、今は放課後。


好奇の目から逃れるように、僕は彼女を連れて屋上に来ていた。



「怒ってらっしゃいますか? 主様。」



悪さをした犬のように縮こまる彼女。


その姿に罪悪感を覚える。


だから、とっさに否定の言葉が出た。



「怒ってないよ。ただちょっと驚いただけ。」


「ああ、良かった。てっきり主様に嫌われてしまったかと思いました。」



そう言って、安心したように笑顔を見せる彼女。


・・・ちくしょう、可愛いじゃないか。



「でも今日はいつにもましてテンション高かったね、どうしたの?」


「それは・・・」



言いよどむ彼女・・・珍しいな。


しかし、それも一瞬、彼女は意を決したかのような顔をしてこう告げた。



「初めてだったんです。学校に来るの。」



・・・どういうことだろう?



「私は産まれた時から立派なぶ・・・魔法少女になるよう育てられました。」



今、武士って言おうとしたろ。


いや、わかってるよ。君がまっとうな魔法少女じゃないことなんて。


・・・そもそも自分でブシドーって言ってるし。




「いつか出会う主を守れる刃となるように、来る日も来る日も修行に明け暮れていました。

 ですから、学校には通ったことがないんです。」



・・・なんだよ、それ。




「修行が嫌だったわけではありません。主を守るのは私達ぶ・・・魔法少女の本願。

 そのための力を得るのに必要なことですから、修行ばかりの日々もつらくはありませんでした。

 ただ・・・」



・・・彼女はなにか遠い目をしてその続きを語った。



「時々見える楽しそうに遊んでいる子供たち。

 彼女たちを見て、少し羨ましいなと思っていました。

 そして、彼女たちが楽しそうに語る学校というところはどんなところだろうと興味を持ちました。

 ・・・行ってみたいと願ってしまいました。」



いけないことだと分かっていたんですけどね。と寂しそうに言う彼女。


その顔にどんな言葉をかければいいのか迷っていた僕。


しかし彼女は表情を一変させ、こう言ったんだ。



「でも、今日その望みは叶いました。

 うん、思っていたとおり、学校って楽しいところですね。」



夕日が彼女の顔を照らす。


そして・・・



「貴方のおかげです。

 学校だけじゃありません。貴方に出会ってから私の世界は光り輝きました。

 だから、

 ありがとうございます、主様。」



貴方に出会えてよかった。と彼女は花咲くような笑顔を僕に向けた。







この笑顔を僕は生涯忘れない。


この瞬間、僕は恋に落ちたのだから・・・


















「ああ、忘れない。忘れたりするものか、決して。」


「カタカタカタ・・・・・・・・・・・カタカタカタ」



心に誓う。己を蝕む悔恨を押し殺して。


かつての想いを再確認した。ここにはもう用はない。


・・・早く立ち去らなければ、迷ってしまうから。


だから、彼は歩を進める。


かつてに別れを告げ、今を終わらせるために。



最後にたどり着いた場所は始まりの場所、そして終わってしまった場所。


かつての少年の日常があった場所。


街を見下ろす小高い丘の上だった。





















かつての日常は、今は地獄と化していた。


生命をそこに感じない。


緑に溢れていたその場所は今や生命の輝きを失い、枯れ果てていた。



「ぐ・・・あ・・・」



体が言うことを聞かない。


奴の重圧と全身の苦痛が僕から動きを奪っていた。


そして、それは彼女も同様だった。



「くっ・・・。」


「その程度か? 興ざめだな。

 ・・・退屈だぞ、もっと我を楽しませよ。」



奴が笑う。


邪神。


それが僕らが対峙しているモノだった。



「まだ・・やれる・・・舐めるな、外道が!!」


「ククク、そうこなくてはな。

 そうでなくては面白くない。」



強かった。


邪神は僕らの想像を遥かに超えた力を持っていた。


あのユキが、何も出来ずに満身創痍となっている。



「きゃぁあああああ!!」


「ゲロォオオオオ!!」



邪神の波動がユキ達を打ち据える。


耐え切れず、とうとうケロルが元の姿に戻ってしまった。


これで彼女に戰う術はもうない。


・・・死が、すぐそこまで迫っていた。



「どうした、威勢がいいのは口だけか?

 最強の魔法少女だと聞いて期待してたのだぞ。

 もう、終わってしまうのか?

 ああ、つまらんな。


 ・・・では殺すか。」




邪神の目が僕を捉える。


怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。


いやだいやだいやだ、死にたくない。


死の恐怖に震える僕。


立ち向かおうなんて気は起こらなかった。


ただただ怖かった。


そんな、僕の前に立ちふさがる背中。






「やらせません・・・主様は私が守ります。」





ユキだった。


満身創痍。生きてるのが不思議なくらい。


それでも彼女は立ち上がった。


・・・僕を守るために。



「守るか・・・どうやって?

 お前の刃は既にないぞ。」



そう、ケロルはまだ立ち上がれてない。


それに仮に立ち上がっても、もう刀にはなれないだろう。


・・・彼女にはもう打つ手がないんだ。



「刃はある。

 ・・・私の命だ。」



え?


ナニヲイッテイルンダ



「ほう、命とな。」


「ああ、私の命を燃やして力に代える。

 ・・・悪いが一緒に死んでもらうぞ、邪神!!」



馬鹿な真似はよせ!!


そう言って止めようとするが、体が動かない。


なんで、なんでだよ。


なんで動かないんだよ。


このままじゃ、このままじゃユキが死んじゃうのに!!



「ククク、死ぬのが怖くないのか?」


「愚問。この身は主を守るためだけにある。

 今更惜しむ命があろうか!!」



やめろ、やめてくれ!!


僕はそんなこと望んでない!!


くそ、動けよ!!動いてくれよ!!


・・・なんで・・・なんで!!


どうして動かないんだ!!


どれだけ力を振り絞ってもピクリとも動かない無様な体。


そうして、僕が絶望の底にいたとき、彼女が振り返った。


その顔は・・・笑顔だった。



「主様。私はこれまでのようです。

 ですがご安心下さい。必ずや私の命を持って邪神を仕留めてみせましょう。」



やめろ・・・



「申し訳ありません。しかし、もうこれしかないんです。」



やめろって言ってんだろ・・・主の命令だぞ・・・聞いてくれよ・・・



「聞けません。」



なんでだよ・・・












「だって・・・私は貴方が好きだから。」












え?



「だから、その命令は聞けません。

 ・・・ああ、言っちゃった。」



そう言って彼女は照れたように笑った。

その顔は、いつもの大人びた感じではなく、歳相応の少女のようだった。



「貴方が好き。

 ちょっと頼りないけど頑張り屋さんで、優しい貴方。

 ・・・私にたくさんの輝きを見せてくれた貴方。

 そんな貴方を私は愛してるの。」



違う、僕はそんなこと言われる資格はない!!

怖くて何も出来なかった。

今も君が命をかけているのに、動けもしない。

そんな屑のために死ぬことなんてない、逃げるんだ!!



「やっぱり優しいね。

 うん、私、貴方を好きになって良かった。

 ・・・だから守るよ。貴方のことを。」



彼女の体が光に包まれ、その光は徐々に大きくなっていく。

・・・何をするつもりなのかが分かってしまう。

やめろ・・・やめてくれ・・・




「それじゃあ、さよなら、誠十郎。

 ・・・あ、でも一つ心残り。キスぐらいはしたかったなぁ・・・」





光が弾けた。




轟音。

光が全てを飲み込んでいく。

・・・・何も見えなくなった。















目を覚ます。全てが終わってしまっていた。


そこは小高い丘の上。


僕とケロル、残っているのはただそれだけだった。



あ、あ、ああああああああああああああああああああああああ!!!!!



「ユキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!」



僕の絶叫が夜空に吸い込まれていった。
















「芳醇な感情だ、麗しいぞ。」



絶望に包まれ、倒れ伏したままだった僕に聞こえたのは、そんなふざけた言葉だった。


なんでだ・・・


なんで、なんでお前がそこにいる!!!



「邪神!!!!!!!」



邪神は死んでいなかった。


そんな、彼女は命をかけたのに・・・



「舐めてもらっては困るな。

 我は神。たかが小娘が命を振り絞ったところでなんの痛痒も感じぬわ。

 当たり前であろう。」



邪神が笑う。



「ああ、でもその散り際は見事だった。死に際の感情、なかなかに美味であったぞ。

 無駄死にではあったが、褒めてつかわそう。

 クククク、ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!。」



・・・今なんて言った。


愚弄した・・・


こいつはユキの命を愚弄しやがった!!!


ふざ・・けるな・・・・


ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!!


壊すことしか能がない邪悪が、彼女の輝きをしたり顔で語るんじゃない!!!!!!


許さない、絶対に許すものか・・・・


殺す・・・必ず殺してやる!!!!!!!!!!




願ったのは力、目前の外道を鏖殺するための力。


憎しみが臨界点を超える、目の前が暗くなる。



そして・・・僕の中の何かが目覚めた。



かつて彼女が言っていた僕の中の膨大な魔力。


それが今顕現する。


空間が歪む。世界が悲鳴を上げる。


荒れ狂う力は僕自身も破壊しようとする。


・・・体がバラバラになりそうだ、でも知ったことか。


もう僕は死んでいる。今の僕は唯ひとつの装置。


奴を殺すだためだけの刃だ。


この力を、全て奴にぶつけてやる!!!!!!





瞬間、荒れ狂う力は収束し、一振りの巨大な刃と化した。





「ほう、すさまじい力だ。さすが我が目をかけただけのことはある・・・が」



全てを消し飛ばさんと迸る光刃。



けれど、そんな僕の憎悪は



「弱いな。

 それでは神には届かんよ。」



邪神の嘲笑の前に、虚しく砕け散った。



・・・これ以上ない絶望が僕を襲った。













「ククク、よい顔をしているな。

 憎しみと絶望が入り混じった感情。

 ああ、美味だ。とても我好みだよ。」



力を使い果たし倒れ伏す僕。


体はもはや動かない。


けれど目は離さない。最後の瞬間まで貴様を呪い続ける。


そんな僕にかけられたのは、



「・・・興が乗った。

 5年・・・5年の猶予をやろう。

 その間鍛え上げよ。そしてこの場所で決着をつけよう。」



邪神からの慈悲。



「・・・ああ、楽しみだ。その感情、どのように育つのかな?

 とっておきの趣向も用意しよう。楽しみに待っておれよ。

 ク、ハハハ、ハーッハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!」



この上なく邪悪な宴への誘いだった。













そうして邪神は去っていった。


あとに残ったのは僕とケロル、一人と一匹の敗残者。


得たものは、何も守れなかったくだらない力。


失ったものは、何よりも大事だった人。






「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」






その日、僕は死んだ。

























「良いのでごザルか。」


「ああ。」



敗戦から一週間、俺とケロルはユキの隠れ家にいた。


俺は強くならなければならない。


弱かった自分と決別し、己を魔を断つ刃と化す。


そのためにやらなければならないことがあった。






帯刀の儀。







妖刀との契約。力の継承。


妖刀にはかつての契約者たちの記憶が残る。それは数多の戦闘記録。


戰う術を知らない俺にはそれが何よりも必要だった。


そのための代償は、



「人としての生を歩めなくなるでごザルよ。

 魔の力は魔を呼び、永劫戦い続ける運命を背負うでごザル。」


「構わない。」



安いものだった。


この身は既に死んでいる。人としての生など望むべくもない。



「それに狂気に侵されるでごザル。

 主殿も何度か見たでごザろう。ユキ殿の過剰な暴力を。

 あれは、妖刀を持ったが故でごザル。」


「ああ、それでか。

 ・・・構わない。」



それに、俺はもう狂っている。奴への憎しみで。


だから、問題ない。




「・・・逃げてもいいんでゲロよ。

 誰も責めないでゲロ。

 ・・・あとは僕達に任せて君は普通の日常に帰ってもいいんでゲロ。」



ケロルの申し出。


心から俺を案じているのだろう。相変わらず優しいやつだ。


でもすまない。それだけは、



「・・・ありがとう、ケロル。

 でもな、出来ない。それだけは出来ない。

 他の誰が許しても。俺が許さない。

 俺は・・・戰う。」



・・・そのためにはお前が必要なんだ。とケロルに決意を伝える。


その姿を見て、ケロルは一瞬悲しそうな顔をしたが、次の瞬間には消え、その顔に覚悟が浮かぶ。



「決意は固いようでゴザルな。

 ・・・承知した、ではこれより帯刀の儀を始める。」



世界の空気が一変した。


ケロルの体を中心に巻き起こる禍々しい力の渦。


カエルが一振りの刀に代わる。


目を閉じる。


そして心の中に聞こえる声。





      我は正重、魔を持って魔を制す妖刀なり


      汝、魔を滅ぼす魔となる覚悟があるか




「是、俺は魔を断つ剣となる。」



      魔となりながら正をなすことの重さ、その重さを背負う覚悟はあるか。




「是、たとえどれだけの重さでも、俺はもう逃げない。」



     

     ・・・邪神を倒してくれるでゲロか



「ああ、共に行こう、ケロル・・・正重!!」





      ではここに契約は成立した。


      我は汝、汝は我。


      いざ征かん、共に邪悪を討つのだ。




目を開ける。


手の中には見慣れた刀の姿。



ここに、新たな修羅が誕生した。



















ここは公園。彼と彼女らの初陣の場所。


そして今は彼と一匹の・・・





「グルルルルルルルル!!」



「やはり出たか。使い魔。」


「カタカタカタ・・・予想の範囲だな・・・カタカタカタ」



眼前には、かつて出会った悪魔。


おそらく邪神の命を受け、再度俺を殺しに来たのだろう。


・・・練習相手を用意するとは、とことん舐めてくれる。




「それでは始めるか、正重。」


「カタカタカタ・・・承知・・・カタカタカタ」



さぁ、始めよう。


眼前にいるのは、かつて彼女の背に隠れて見ているだけだった魔の象徴。


過去(ぼく)との決別、その相手として申し分ない。


それでは名乗りを上げよう。高々と、彼女のように



「よう、久しぶりだな。

 あの時は何も言わずに失礼したな。今度は名乗らせてもらおう。」




見栄を切って




「戦場を駆ける、一振りの刃!!。











        魔法戦士、マジカル☆ブシドー・クロス!!。












 魔を断つためにここに推参!!!!! 」」




「カタカタカタ・・・今宵、血の華を咲かそう・・・カタカタカタ」





邪神を倒す刃となると、ここに吼えるのだ。

















そして今に至る。


かつてから5年。


今日が約束の刻。


・・・全てが終わる日だった。




彼、誠十郎は思う。この5年を。


駆け抜けた地獄の日々。


やれることは全てやった。・・・悔いはない。


・・・ただ一つ、彼と共に歩んできた相棒のこと以外は。



「すまないなケロル、付き合わせて。

 ・・・今からでも遅くないぞ。」



本来なら、彼はこの場所に付き合う必要はなかった。


邪神を倒す術は、彼なしでも成立する。


だからお前は帰っていいんだ。とそう告げる誠十郎に、しかして彼の愛刀はこう答えた。



「何、構わんでごザルよ。

 邪神を憎むのは拙者も同じ、逃げる選択肢などないでごザル。 

 ・・・それにここで仲間はずれにされては泣いてしまうでごザルよ。」



・・・驚いた。



「普通に喋れるのかよ、お前。」


「キャラ付けでごザルからな、アレ。」



その方が妖刀っぽくて雰囲気出るでごザろう? と冗談めかしていうケロル。


まったくこいつは・・・


こんな時なのに笑ってしまう。


・・・そう、こいつはいつもそうだった。


どんな時でも、こいつといると笑顔があった。それにどれだけ救われたか分からない。



「・・・ありがとう、ケロル。お前がいて良かった。」


「な、なんでごザルか突然!? 拙者、衆道の気はないでごザルよ!?」


「茶化すなよ。」


「・・・ああ、僕も君といられて楽しかったゲロよ。誠十郎。」



もし誰かに親友はいるかと聞かれたら、こいつの名前が出るだろう。


そんな事を思いながら、昔のようにじゃれあっていると









ふと、懐かしい気配がした。








「やはり・・・でごザルか・・・」


「ああ・・・」


「・・・覚悟はいいでごザルか?」


「・・・ああ!!」








空を見上げる。


これはかつての再現。


愛しい日々の始まりだったもの。


それは、



















         ある日彼女が堕ちてきた


















感情が振り切れる。許容量を超えた想いに頭痛が止まらない。






俺達が目にしたもの。








それは甲冑姿のナニカ










俺達目掛けて真っ直ぐ堕ちてくる



















        愛した少女の成れの果てだった。















・・・ああ、また会えたね。


見る影もなく変わり果ててしまっても、君だと分かってしまうのが悲しいよ。


そして、俺のせいでそんな姿にしてしまったのに、それでも会えて嬉しいと思ってしまう自分が許せない。


待っててくれ。今・・・終わらせるから。









誠十郎は深呼吸をすると、奇妙な行動に出た。


迫りくる死に刃を構えるでもなく、静かにその体を地面におろしたのだ。


もう一つ深呼吸、姿勢を正す。


正重を握る。かつても、そして今までも共にあった相棒に精一杯の感謝を思う。





顔を上げた。


彼女が堕ちてくる。


その顔が目前に迫る。















・・・唇が触れた。














そして彼はその刃を






・・・己が臓腑に突き立てたのだ。
















古来日本には陰腹というものがあった。


それは絶対者に対する命懸けの上奏。


妖刀を取り、修練に明け暮れる日々。その中で彼は気付いてしまった。


そのどこまでも残酷な事実に。






己では邪神に至らない。







自分は神殺しにはなれない。そう悟った誠十郎はその手段を探し求めた。


結果、彼は知った。邪神を超越する外なる神の存在、その力を借りる方法を。






・・・己が生命を捧げて乞い願う。






それこそが、鍵であった。












そして今、邪神を滅ぼす神威が具現する。


誠十郎と正重の体が光に飲まれていく。


瞬間、光は魔を断つ刃と化した。


極光が天を穿つ。


全てが光の中に消えていった。


・・・そう、なにもかもが。






















ごめんな、ユキ。これしかなかったんだ。


俺がもし物語の主人公なら、邪神を倒して、君を救って、皆が笑い合える。


そんな完全無欠のハッピーエンドを迎えられたのかもしれない。


でも、違った。俺は主人公なんかじゃなかった。


頑張ったんだ。


君を救いたくて、俺と君とケロルでまた笑い合いたくて。


あの愛しい日々を取り戻したくて。


必死に・・・頑張ったんだ。


けれど、自分の力じゃ邪神を倒せず・・・君を救えなかった。


本当にごめん。



でも、でもさ。


こんな無様な結末しか君にあげられなかった俺だけどさ。


君の笑顔がまた見たい。そんな罪深いことを思ってしまうんだ。


君を愛しているから。何よりも誰よりも愛しているから。


だから、もしあの世というものがあって、また会えたなら。


・・・笑ってくれないか。ユキ。

















意識が薄れてゆく。


遠くで誰かの断末魔が聞こえる。


僅かな満足感を得た彼が最後に見たのは


彼女の・・・


















これにて終わるは、非日常の愛しい日々。


波乱万丈、夢一杯だった僕と彼女の恋物語だ。




「ありがとう。僕は君がいて幸せだったよ、ユキ。」




                                 了



八作目です。


ノーマルエンド。


主人公力が足りないとこうなりますよという話。


主人公補正なしで頑張る子とか大好きなので、趣味全開で作りました。


そんなこんなで、色々要素をぶち込んだ挙句に無駄に長くなった本作ですが、楽しんで頂けたら幸いです。

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