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〜シックス〜  作者: 悠栖
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出会った二人

 喫煙所にたどりつくまでに我慢がきかず、早足で廊下を歩くなか 手慣れた動きで煙草に火をつけた。

 高井はかなりのヘビースモーカーだ。禁煙中の苛立ちに比べたら、値上げなんて痛くも痒くもない。カートンをまとめて買うのはなんだかカッコ悪い気がした。だから素直に値上げされた自販機で、国に貢献しているつもりだ。


 喫煙所に近付いてくると、何やらひそやかな話声が耳に入ってきた。


「……から……だけど……一応、な。夜に参加しよう」


 この声は、原田さんと……弥央? あの横顔は弥央だ。

 そうだ、さっき玄関で座っていた弥央を原田さんの元に行くようにしたんだった。


「そしたらよう、胸のつかえも取れて声ぐらいは出るかもしんねえだろ? 病気じゃねえんだ、怖くない。父ちゃんに声かけてやれたらいいな」


 隣で弥央は少し涙ぐんで頷いていた。


 ああ、そうか。弥央の父親の葬儀だ。手伝うと約束をしていたんだっけ。

 高井は落ちそうな煙草の灰を捨てるため、会話に加わるために、自然に二人が見える灰皿がある場所に近付いた。


「よう」

「おう高井。丁度良かった、聞いてほしいことがあるんだ」

「聞こえたよ。今晩白石幸雄さんの葬儀やんのか?」

「ああ、まあ……母親も兄弟も親戚も居ないみたいだから、簡単なものになるが。遺骨は大事だろ」

「良かったな、弥央さん」


 弥央は名前を呼ばれて顔を上げた。もうこの人は覚えている。喋れない代わりに頭を下げた。


「そうだ、原田さんちょっと」

 高井はくいくいと手招きして原田を呼び、弥央に聞かれないように小声で話した。


「竹内が死んだ事も皆知ってるだろ? 後のことは真一には秘密なのか」

「あの子も難しいらしい」

「まあ……って、あんた話したのか」

「いや、山崎が。それを聞いたんだが、どうも手強かったみたいだな。本当の親と会えなかった事も、竹内と暮らした日々も辛いと思った事はないと」


 真一の竹内に対する思い。高井も原田も山崎も、印象が強すぎて忘れられない。


「情がうつっちまったのかな。あいつはよ、竹内のこと親として暮らしてきたらしいから……」

「高井さーん!」


 廊下の向こうから、山崎が手を振って走ってきた。


「おう、山崎。どうした?」

「あ、原田さん! それが真一くん、部屋に見当たらなくて……」


 山崎のバカっ! 弥央の前でそんな……。

 高井は横目で山崎を睨むが相手は気付かない。原田も気にせず声をあげた。


「何だって? 高井、一緒に探してやってくれ」

「は、はい」


 高井は動揺しながらも、山崎について行って真一を探しはじめた。


「悪いな、なんかドタバタしてて」

 原田がそう言うと、弥央は慌てて首を左右に振った。


 弥央は心を開き始めていた。家族を目の前で殺され傷ついている中で、カウンセリングを受けていた弥央。

 だが理由は違った。ひとえに原田や刑事達の優しい心遣いに触れたからなのだ。


 また迎えにくる、と言って原田は仕事に戻っていった。

 弥央は一人になってもその場に座ったまま何かを考えているようだった。


 背中の窓から射しこむ太陽の光が影を作る。

 ぼんやり見ていると、その影の形が何か不自然なことに気付いた。


 横に誰か居る。いったい誰だろう、と思いながらゆっくりゆっくり右へと顔を向けた。

 そちらは山崎たちが走り去っていった方向とは真逆だった。


「えっと、こんにちは」


 挨拶をしてきたのは、何処か見覚えのある少年だった。

 何処で会ったのか? 思い出せない。

 自分から声をかけておいて何も話出さない少年は、まるで扱いの分からない赤ん坊を目の前にしているかのように酷く動揺していた。


「僕は真一といいます。いきなりごめんなさい」


 真一は怒られてしょげてしまったように、視線を下げて謝った。もちろん、弥央には何の事だかわからない。

 真一もそれを見越してか、すぐに二の句を付け足した。


「君には会わないつもりだったんだ。だけど、君を見てると伝わってくるものがあるから……つい」


 先程山崎と別れて部屋に戻る途中。真一は何を聞くつもりだったのか、そして病院から帰ってきた署の入り口で出会った弥央の事を思い出して、彼女を探していたのだ。


 弥央は真一を見上げる。そして脇に置いていたノートとボールペンを手に取り、何やら文字を書き始めた。

 それは筆記で会話ができるようにと、原田が弥央に用意したものだった。

 書き終えると、弥央はそのノートを真一にそっと見せた。


『私を知ってるの』


「ううん。さっき会っただけ」


 弥央は首を傾げる。やはり会っているのか。だが、全く思い出せない──。


「さっき玄関で座ってたでしょう。僕は見たんだ」


 あの時見ていた景色をなんとか瞼に蘇らせる。すると、高井に呼び止められたその後ろを通る少年の姿がフラッシュバックした。

 弥央は小刻に頭を揺らす。思い出した、と。


「ちょっと貸して」真一は彼女の膝からノートとペンを取った。そして書いたのは、自分の名前。


「名前書くの練習したんだ」


 名前の練習? 弥央は聞き間違いにしてノートを取り返す。真一の隣に名前を書いて見せた。


「……難しい名前だね」


 ふっと 弥央の胸が暖かくなる。真一は続けた。


「ひとりなの」弥央は首を横に振る。続けてノートに文字を書き込んだ。


『山崎さんと高井さんが真一くんを探していたよ』


 ノートの文字を読んで、どきりとした。


 真一の表情が曇る。やっぱり僕は、外に出たらいけない子なのかな……。


 うつむいて黙りこんだ真一。心配になり、弥央はのぞきこんで首をかしげた。

 それに対し眉尻を下げながらかぶりを振った真一。


「それじゃあ行くね」


 長いことこうしてはいられないだろう。真一は手を振って去っていった。弥央は姿が見えなくなるまで背中を見つめる。

 無意識のうちに、真一の辛そうな表情が伝わっていた。



 一方で高井と山崎は、見当違いな場所で相変わらず真一を探していた。だがその最中、後ろから原田の呼ぶ声が響いた。


「高井!」

「……山崎、先行っててくれ」

「はい」


 原田は高井の後を追ってきて、高井はゆっくりと原田の方へ向き直る。何やら神妙な面持ちだ。

 山崎はすぐに振り向いてまだ先の廊下に向けて走った。


 しかしいつもなら二人が重要な話をしていても、何の違和感も感じないのだが、今日はおかしかった。

 何より様子が違った。第一、今は竹内の事件以外に忙しい仕事は何もないのだ。


 だからつい、山崎は角を曲がってすぐ立ち止まった。話声の聞こえる範囲内だ。


 山崎の心を罪悪感が襲う。だがもう後にも先にもいけなかった。


「その、なんだ? ……考えてくれてるか?」

「……何が」

「いや……俺はもういいと思うんだ。十分時間は経っただろ?」


 いつもと違って弱気な原田の声が聞こえた。

 一体何のことだろう。山崎にはちっとも話の内容が見えてこない。


「……俺自身がまだ納得しちゃいねえ」

「あのなあ……俺が認めてんだよ。自慢してえ程にな。正直もう今が潮時だろう」


 高井はふう、と小さく溜め息をもらした。原田には聞こえてないようだ。


「仕事に支障は」高井は問う。

「出ねえ。今のお前ならな」


 高井はなかなかいい顔をしない。だがもうひと押しだと、原田は続けた。


「本当に嬉しいんだよ、俺は……お前がここまで成長するなんて思ってなかった。今回こっちであの事件の犯人を捕まえられたのも何かの縁なんだろうよ」

「でも……」


 ずっと話を聞いていた山崎は、このときの高井の雰囲気に違和感を覚えた。

 先輩でもない、幼馴染みでもない。何だか、知らない人物を見ているようだ。


「まあ、焦らすつもりはない……ようにしてるからよ。もういいかって頃になったら言ってくれ。俺ももういつまでも現役じゃねえしな」

「やめろよ、その言い方。ずりーよ」

「はは、悪いな。近いうちに籍入れに行けるといいな」

「……思っきり焦らしてんじゃねえか」


 高井はぷっと吹き出して笑った。原田も照れくさそうに頭をかいている。


 この時ようやく、山崎の感じていた違和感が解けた。


 やっといつもの二人に戻った。何の話をしていたのか?


「……山崎、待ってっから」

「また話そう。いい返事待ってるからな」

「……ああ」


 高井がこちらに来るのがわかった。


 ──やばい。体が動かない。

 山崎はそのまましゃがみこんでしまった。


 当然、角を曲がった高井とぶつかるのは目に見えている。だがなかなか腰が上がらず、よつんばいになって廊下を這って進みだした。


「痛っ」


 腰に急激に痛みを感じた。猛烈に蹴られたような感じだ。しかもかかと落としの予感がする。


「こんな所でお馬さんごっこかなあ? 山崎くんっ」


 振り返った先には、満面の笑みの鬼がいた。



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