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〜シックス〜  作者: 悠栖
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高井と山崎

 目覚めると自分の身体にタオルケットがかけられていた。

 全く、世話焼きな……。高井はつい先程の声を思い出す。


 久しぶりにあの人に呼ばれた名前。厳しい声色が脳みその中でぐるぐると反響している。


「あ、高井さん起きました?」

「ああ?」


 突然呼ばれて机の上から顔をあげた高井は、瞳を真ん丸くして自分の名を呼んだ相手を見つめ返す。


 残念ながら予想は外れて、タオルケットの正体は 山崎だった。


「俺思うんですけどね、高井さん ここのところ働きすぎですよ」

「俺の勝手だ。それよりお前はここで何してんだよ」

「はい、ホットコーヒー」

「……きもっ」

「ひどっ!」


 とりあえず好意に甘えてすすっとく事にする。



 山崎進とは高校で同じバスケ部に所属していた。たまたま家も近いから仲良くなったが、まさか仕事場でも一緒になるとは正直思っていなかった。


 でもこいつの正義感と情報処理、プロファイリングなどの凄さには流石に頭が上がらない。今回の十五年前の事件解決に携わるには最適だと思っている。

 普段の優男ぶりとはギャップが激しすぎて、とても同じ人物とは思えないが。


 それに、いつもの現場突入部隊を必要とする事件なら、本当に組んでいたのはあいつだ──。


「高井さん」

「あ、ああ。なんだ」


 頭の中である人物を思い浮かべていた高井は、山崎の呼びかけに遅れて気付く。


「もう少ししたら真一くんを病院に連れてく時間ですけど……」

「もうそんな時間か」

「良ければ僕が連れて行きましょうか?」

「いや、いい。昨日迎えに行くって言ったからな」


 二人は煙草とコーヒーメーカーの苦い匂いが織り交ざった部屋から出て行った。



 真一の部屋のドアを軽くノックする。二回。


「入っていいか?」


 返事はない。高井は軽く溜息をついてドアノブを回した。


「ん?」


 部屋を見渡してみるが、真一の姿は見当たらなかった。


「あいつ、どこに消え……」

「ここだよ」


 斜め後ろから声が聞こえ、慌てて振り返る。すると、真一が高井を見上げていた。


「わっ、いつの間に」

「……早く行こうよ」


 よく見ると真一はすでに上着を一枚羽織っていた。

 そして高井に促されるまでもなく また後ろを向いてドアの向こう側へと消えた。


「おい、先に歩くなって。ついてくればいいから」

「わかるから大丈夫」


 わかるって何がだよ。全く考えている事が読めない少年に、高井は全身で疲労を感じた。


 ふと前を見る。真一は遥か前方を歩いていて、危うく見失うところだった。



 廊下を歩いて階段を降りても、高井の前を誘導するように歩く真一。


 一体何を考えているんだ? 昨日来たばかりの警察署の何がわかるっていうんだ?


 疑問はつきないが、真一の歩みは止まらない。



 気が付けば外だ。駐車場に出てしまっていた。


「どこだよ、真一」


 大声を出す。

 すると遠くで「こっち」と聞こえてきた。


 高井は声の方向へ走った。じきに真一の姿が見える。


 それは高井の持つ鍵の車の前だった。


「お前なんでこの車だってわかったんだ」

「え? なんとなくだけど……」


 なんとなく、ここまで?


「お前、顔は洗ったか?」

「うん」

「ならなんでそんな目を細めてんだ」

「なんか……眩しくて」


 眩しい? てっきりまだ眠たいのかと思っていたが。

 しかもその日は太陽の姿は灰色の雲にすっかり隠されていた。


 変な奴──。


 高井のその時の印象はそんなものだった。もともとが他人にあまり興味を示さない性格なのだ。



 高井は車を走らせて病院に向かった。


「何? なんで止まるの? もう着いたの?」

「……信号だよ」

「そういえばどうやって動いてるの? 中に人がいるの?」

「中に居るのは俺たちだけだ」

「えっ? 高井さんてすごい力持ちなんだね」

「ガソリンだ」声を荒げる高井。

「これ、口は熱くないの?」

「熱くねーよ煙草なんだから」

「まねしてもいい?」

「駄目!」


 なんてこった。いくらか教養があると思ったのに、実物を前にするとこうなるのか。

 無知な子どもは厄介だ。やはり山崎に頼めば良かった……。


 高井が早くも後悔している中、隣の真一は大きく窓を開けて身を乗り出していた。


「お、おい、シートベルトっ」

「風が気持ちいいね」

「いいね じゃねえよ! 山崎ーっ」


 当然山崎に高井の叫びなど届くはずもなく。


 呼ばれている当人は、空いた時間でもう一人の保護されている人物の様子を見に行っていた。



 記憶には、いつまでたっても消えない「色」というのがある。

 弥央は今まさに その「赤」と戦っている最中だった。


 早く消しさりたい。こんな記憶、一日でも早く。


 父親をいとも簡単にさらっていってしまった赤い光景は、酷々と弥央を追い詰めていた。



 署の玄関先で風を浴びる弥央。突然、頭上から声を掛けられた。


「こんにちは」


 驚いて肩が揺れた。山崎は怯える弥央に慌てて謝る。


「ごめん、ごめんね。僕は山崎っていいます。君の事件を担当してるよ」


「弥央ちゃんだよね」と聞くと、見上げた目線を斜め下に落としてゆっくりと頷いた。


「何か困ったことがあれば教えてね、なんでもするから」


 山崎の柔らかい声と笑顔は印象が良く、弥央の警戒心も次第にほぐれてきた。


 話しかけてくれるのは嬉しい。だけど、教えてと言われても……。


「……あ、ごめん。なんでもいいんだ。簡単な手紙に書いてくれても」


 弥央は山崎と目を合わせた。声が出ないことは知っていてくれたらしい。少し安心した。


「君の味方は他にも居るから」


 そう言い残して、山崎は去った。玄関口の扉を開かれ、生温い空気が頬を撫でる。


 弥央だけがその場に残り、再び体育座りの膝に額を預けた。




 病院に着いた途端に疲れが一気に出たようだ。

 高井は猫背で 力なくエレベーターのボタンを押した。少し後方で「うわあ」という声が聞こえた。


 そういえば真一は十五年間外に出なかったのだ。こうしたコンクリートの建物やエレベーターなんて、署に来てから初めて目にしたものだろう。


 どんな気分なのか? タイムスリップしてきた過去の人間と紹介されてもおかしくなかった。


 いや、問題はそれより他の事だ。


「真一 暴れんなよ」

「なにが?」


 真一の目の前には頬を上気させた白髪の医者が立ちはだかっていた。


「いやあ、非常に興味深い。いやいや、こんな人物を求めていたのだよ私は」

「どうでもいいが早く済ませてくれよ。研究対象じゃねーんだ」

「おお、すまんね。じゃあこっちに座ってもらおうか。さ、さ」


 この医者は昔から原田警部補が世話になっている、いわば協力者だ。事件の内容に関して黙秘してくれる代わりに、医療費は多少上乗せされている。


 真一もそんな彼の患者であるが──その後、検査室がとてつもない騒ぎとなったのは、言うまでもない。



「終わった? 終わった? もういい?」

「ああ、もういいから……とにかく謝っとけ」


 医師は暴れまわった真一に翻弄され、今にも倒れそうな面持ちでこちらを睨みつけている。


「ごめんなさい」

「いやいや、いいんだよ。結果は一週間後に出るから」

「それじゃあ遅い。三日後にまた来る」

「え、いや、ちょっと、刑事さん私にも仕事が……」

「さっさと行くぞ、真一。朝から何も食ってねえ」


 呆気にとられた医師を置き去りに、高井と真一は病院を後にするのだった。


 真一はどうやら何もかも初めての上に、注射など痛みを伴う検査も受けたことを恨んでいたらしい。行きとは違ってかなり寡黙だった。

 車内でも真一の機嫌は治ることはなく、高井はふくれっつらを横に車を走らせるしかなかった。



 そして二人が署に帰ってきたその時。


「あ……あの子何やってんだ?」


 高井は車をロックして、少し早足で署の入り口前へ向かった。

 真一は目だけで高井の背中を追い、その延長線上に見える人物をとらえた。


 弥央だ。山崎が帰ってからも、入り口の前に座って風を浴びていたようだ。


「あんた、何してんだ。こんな所に座るもんじゃねえぞ」


 その声に急ぎ立ち上がって、頭を下げる弥央。高井の顔も見ないで署内へ戻ろうとした。


「おい、ちょっと。覚えてるか……じゃなくて、俺は高井です。現場に居たんだが」


 振り返り 目が合った。少しの間をおいて、再び頭を下げる弥央。

 そんなにぺこぺこしなくていいよ。そう言いたかったが、また怯えさせるだけだと思ってやめた。


 気付けば弥央は違う方向をじっと見ていた。

 何かと思って後ろを振り返り、高井は動揺した。



 それは いずれ訪れたであろう一瞬。


 真一と弥央が出会った瞬間だった。



 間近で見ていた高井は迷った。お互い同じ被害者だと教えるべきなのか。


 弥央は事情聴取を受けていない。なぜ自分の家が狙われたのか。そしてあの封筒の金の意味するところはなんなのか。


 果たして、真一を味方とみるのだろうか……。



 そうこうしているうちに、真一は何事もないように署に一人で入っていってしまった。


 おい、一人でどこに行くんだよ。


「弥央さん、中に入ろうか」


 高井は弥央を連れて署に入り、どうすべきか考えた。



 真一は一人でどこへ行くつもりだったんだ? このままこの子を連れて探しに行くのは避けるべきか。

 思案している高井の前を、捜査一課の部下が通り過ぎる。


「お前。原田さんのところへこの子連れて行ってくれ」

「はいっ」

「じゃあ、弥央さん。また後で」


 弥央は浅く頷く。急いで真一の後を追った。



 少し廊下を進むと、窓から顔を出して空を眺めている少年を見つけた。


「真一っ」


 慌てて駆け寄る。真一は何もなかったような顔だ。


「なあに」

「お前、勝手にうろうろして、びっくりするだろう」

「だって、あの場に居ない方がいいと思ったから」


 なんだって?


「居ない方がいいって……」

「見えたから。お父さん」


 見えた? 何が。

 お父さん? 誰が……。



 まさか、そんな。確かにこっちは何も聞かなかった。


 ただ、こいつは十五年間ずっと、あの竹内に……。


「育ての親が、竹内だって言うのか……?」

「僕、あの人が良い悪いとか知らないし、よくわからない。けど、大人が子供と暮らしてるのは大抵親子なんでしょう」


 頭を鉄で打たれたような衝撃。


 あの凶悪犯がお父さんなわけないだろう。高井の顔が知らずに熱くなる。


「お前の本当の親は別に居るんだぞ」

「うん。どこに?」

「それは……」


 どもる高井の顔を真一が覗きこむ。


「わからないんだね。別にいいよ」

「……悪い。とにかく……部屋に戻って休んでてくれ」

「わかった」


 くるりと踵を返して歩いていく真一を見送る。


 どうしたものか、と高井は頭を抱えてしばらく立ちつくしていた……。



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