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〜シックス〜  作者: 悠栖
36/38

星空

「真一! 大丈夫か」


 ゆっくりと瞼を開く。高井が真一の肩を抱えていた。


「僕……」

「戻るか。その方がいい」


 視線を前にやると、最後に見た鉄格子の扉がまだそこにあった。


「どれぐらい寝てた?」

「え?」


 高井の顔を覗き込む。何の事を言ってるのかわかっていないようだ。

 大谷が代わりに横から答えた。


「今 一瞬気を失っただけだぜ」



 一瞬? 一瞬の間にあんな長い夢を?



 戸惑いながら自力で立つと、扉の方から音が聞こえた。


「伊藤っ」



 伊藤隆吉が起き上がり、格子の柵を掴んで廊下を見ていた。


 正しくは、廊下に居る真一を見つめている。



「泣いてる……」



 小さな声が辺りに響いた。三人は息も忘れて固唾を飲む。



「子ども、泣かしちまった……」



 そう言って隆吉は再び後ろに倒れ込んだ。



「……お父さん」



 真一の瞳から、涙の粒が溢れ出た。



 見間違いだろうか。優しい目をしていた。


 お母さんのお腹を撫でるような、優しい目──。



 署の外に出ると、秋の本番の涼しい風が吹いていた。


 空の曇り空は何処へ行ったのか。空一面に星の瞬きが輝いている。


「真一、あれで良かったのかい?」


 大谷が伸びをしながら言う。真一は振り返り笑って返事をした。


「うん、もうわかったからいいんだ」


 隣で高井が満足そうに微笑んだ。


「車で送ってやろうか」

「ううん。歩きたいんだ」



 今日の空は一段と光に満ちていた。


 この空を、弥央も見ているのだろうか。



「ねえ、僕、皆に会えて良かった」



 今日見た夢の内容は、誰にも話さずに心に秘めておこう。

 それで、絶対に忘れない。



「本当に、ありがとう……」



 走って行く真一の後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。


 高井が大谷を盗み見る。珍しく彼にしては含みのない笑顔をしていた。


「何見てんだい、にやにやして」

「馬鹿、お前だろ」


 二人はしばらく外で星空を見上げていた。



 玄関の扉を開く。その向こうには、弥央が帰りを待ち侘びていた人物が立っていた。


 まるで何十年も経っているかのように、ずっと待ち焦がれていた彼。


 弥央は顔を見た瞬間、気が緩んで泣いてしまうかと思った。



「おかえり」


 暖かい出迎え。

 弥央が余りにも綺麗に笑っているので、真一は何だか気恥ずかしくなった。


「ただいま」


「お腹すいたでしょ。晩ご飯食べよう」


 身を翻し、リビングに向かう弥央。

 真一の視線を避けているようにも見えた。


「弥央」

「美味しいか わからないけど」


「弥央、泣いてる?」


 一瞬 動きが止まるのがわかった。明らかに動揺している。


「何でよ、泣いてないよ」

「嘘だ、泣いてるじゃん」


 真一が弥央の後ろまで近寄ると、体が震えていた。


 どうして? 何かあったの?


「何でも言ってよ」


 しかし返事はない。どう声を掛けようかためらっていると、急に弥央が振り返った。


 その頬には、やはり涙だ。



「……真一がね、いい顔してるから……」



 嗚咽が彼女の言葉を邪魔した。だけど ちっとも聞き苦しくない。


「何も聞かなくても ああ、良かったんだって思って……」


 嬉しくて泣けてきちゃったの。



 弥央は笑いながら泣いていた。その姿がまた美しいと思った。



「僕、お母さんに会ってきたよ」

「うん」

「お父さんにも」

「うん、うん」


 真一は思わず吹き出した。

 目を擦り、しゃっくりを堪えながら泣いている弥央は、まるで小さな子どものようだ。


「今日は寝ないで話そうね」


 弥央がそう言うと、真一は笑顔で大きく頷いた。


 心の底から愛しいと思った。


「し、真一」

「何?」


 弥央の口元に耳を近付ける。いい加減泣きやんできてたので、弥央は笑って距離を置いた。


 そして真一の瞳を見つめて 静かに囁いた。



「帰ってきてくれて、ありがとう。頑張ったね」


「弥央……」



 ──ありがとう、ありがとう。


 君に 出会えて 良かった。



 真一は弥央を強く抱きしめ、弥央もそれに応えるように力を込めた。



 何かを犠牲として憎む事も許されなかった二人。



 真一と弥央は、お互いを愛し合う事で生きていく道を選んだ──。



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