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〜シックス〜  作者: 悠栖
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父親との対面

 突き当りを曲がり進んでいく。その先には、薄暗い廊下に似合いすぎる重たい鉄の扉があった。

 犯罪者達が納まる小さな部屋が幾つもあるのだ。大谷と真一は、彼らを常に見張ることの出来る手前の部屋に入った。


「ここから監視カメラで中の映像が見える」


 見張りの警官には出て行ってもらった。大谷は四画面で留置場を映し出している、二つのテレビを睨んでいた。


「居た……」


 高井が廊下に映っている。伊藤を閉じ込めている鉄格子の扉の隙間から、「大人しくしろ」と話しかけていた。


「中は……?」

「見ない方がいい」


 きっと禁断症状が出ているのだ。真一にはとてもじゃないが見せられない。


 大谷はカメラの映像を別のアングルに変えた。高井の様子で伺うことにする。


「高井さん、大谷です。監視室に来てください」


 廊下に聞こえるマイクを通して高井を呼んだ。高井は何事かという顔をしてこちらに向かって歩いてきた。


 扉が開かれると、高井は真一の姿を見て驚いた。


「大谷。なんで入れた」

「顔が見たいそうで」

「面会は無理だ」


 溜め息を吐いて机に手を置いた。警察だって関わりたくないようなやつだ。被害を被った真一に会わせられるもんか。


「部屋ん中どうなってます」

「壁がへこみそうだよ」


 頭を打ち付けているのだ。大谷も以前見たことがある。

 ますます真一の面会は難しいだろう。


 真一はずっと黙っていた。監視カメラの映像を目で追い続けている。そこに伊藤の姿は無い。


「……無理なら、いいよ」


 呟いた真一の顔を見た。少し申し訳なさそうに頷いている。


「真一。一気に解決しようなんて思わなくてもいい。さっき母ちゃんに会っただけでもすげえことなんだぜ」


 大谷は真一を励まし、立ち上がって一緒に部屋を出た。高井もその後に続く。


 廊下は彼らと少しだけ繋がった空間だ。高井と大谷は早く真一を外に出そうとした。


 だがしかし、遅かった。


 留置場の奥から、太くて暗い 叫び声が響いた。


 真一は弾かれたように声の方向を振り返る。高井は舌打ちをして、大谷は俯いて目線を空に泳がせた。


「いまのって……」


 もう一度聞こえた。膝が震える。冷や汗が出てくる。



 ――父親なのか。



 夢の中の影が襲ってくる。


 真っ黒にべたついた髪。

 髭の下でうっすらと笑う乾いた唇。

 瞼が半分下りたままの淀んだ瞳。

 手元で光る銀色の鉄。


 真一は思わず口を抑えた。生唾を飲み込む音が喉元で響く。

 それが叫び声か吐き気かどちらを殺したのかはわからない。


「真一? 大丈夫か?」


 手のひらで抑えた顔。くぐもった嗚咽の音が聞こえた。


「吐くか? トイレすぐそこだ、頑張れ」


 高井は真一を連れてトイレに向かった。


 なんてことだ。大谷は具合が悪くなった真一を見送って、軽はずみな自分の行動を恥じた。



 真一は便器に全て吐き出して、くらくらと眩暈のする中で思い返していた。


「あの、夜……」


 話し出した真一。高井は背中をさすりながらその言葉に耳を傾けた。


「病院であの人を見たとき……僕は殺されるんだと思ってた」

「真一、思い出したのか……」

「僕は全部夢にしたかったんだ……」


 真一は水道で口を洗うついでに、顔にも冷たい水をかけた。


「……もう逃げたくない。夢にも苦しみたくないよ」



 空は茜色の曇り空だった。鳥の鳴き声が聞こえる。

 弥央は窓から顔を出し、祈るように掌を組んで額に当てていた。

 組んだ掌の中には、実家から持ち帰ってきた父親の万年筆。



「真一……真一……」


 逃げないで……。


 あたしはここに居るから……。


 どうか傷つかないで……。




「アメリカのセラピストがたまに使う手段なんだけど」


 高井は山崎に電話をした。彼は自宅でパソコンを使い、真一の心を癒す手段としてセラピーを調べていた。


「犯人に騙されたとショックを受けた被害者に、刑務所に面会に行かせて直接話をさせるんだ。

 もちろん裏切られた恋人とか、家族じゃないと成立しかねないけど」


 スピーカーで全体に聞こえるようにしているので、大谷も聞いている。真一は違う警官に支えられて廊下で待っていた。


「浮かぶだけ文句を言うんだ。ある程度楽になるのが狙い」

「わかった。休みの日にすまなかったな、山崎」

「いいよ。なんとかなるといいね……」


 電話を終えて、高井は大谷に振り返り提案した。


「返事しないやつに言いたいこと言うのでも効果はあると思うか」

「……十分でしょう」


 高井が頷くと、大谷は廊下に出て真一を中に入れた。

 部屋に入って様子を伺う真一を、高井は真直ぐ見据えていた。


「真一。父親に何か言いたい事とかあるか」

「言いたい事?」


 僕の、言いたい事……。


「今わからない……」

「本当に 顔、見たいのか」


 高井に改めて念押しされる。真一はうろたえながらも、自分の心に問いかけた。


 本当ならば忘れたかった 恐怖の記憶。


 だけど あの人が居なければ、自分は今この世に居ない。


 泣いて心配してくれた弥央の為にも……。



「……うん。もう一度」



 見て納得するだけでも、いいから……。



「……わかった。向こうは話できないが、それでいいなら」


 高井の言葉に、真一は頷く。


 きっと真一も 上辺の言葉ばかりは望んでいない。

 それが例え自己満足に終わっても、今日のところはこのまま帰れないんだ。


 陽が落ちて ますます辺りは暗くなった。


 本日二度目の留置場へ向かう。今度は、目の前まで近付く──。



 留置場の監視室を通り過ぎた。格子を開いて、突き当たりの角を曲がる。

 両側の壁にいくつもの鉄格子の扉。これら全て容疑者達で、裁判所あるいは刑務所送りだ。


 三つ、四つ……通り過ぎる。真一は高井の背中を見つめて、自分の心拍数がどんどん上がっていくのを感じた。


 突然、高井の歩みが止まった。後ろにいる大谷が「ふう」と息を吐いた。


「ここだ……」


 自分達の進行方向から見て右側の扉。高井はそちらを正面に向き直した。


「この向こうにお前の父親がいる」


 真一の位置からはまだ中が見えない。ただ、凄く静かだ。


「今 相手は寝てる。話はできないが、それは起きていても無理だったと考えて欲しい」

「うん……」


「見るか」とこちらに聞いてくれた。神妙な面持ちだ。


 さっき わかったって言ったじゃない。大丈夫だよ──。


 そんな意味を込めて口角を上げる。目はきっと笑う事が出来なかった。

 緊張で顔が強張る。いよいよか──。



 そっと 高井の隣に移動した。

 自分の足元に向けていた目線を、徐々に上に上げる。



 夢の中で見た、その人が確かに居た。



 ああ、そうだ この人だ──。



 顔を見るでもなく、焦点をその人物に合わせていた。強いていうのなら、捕らえたのは雰囲気だ。


 怒りと怠惰を激情に任せてきたような、そんなオーラがそこにはあった。


「う……」


 真一は小さく 呻き声をあげた。


 そして次の瞬間──。



「真一? 真一っ!」



 意識が吸い込まれるように、闇の中へと倒れ込んだ──。



 深い 深い意識の果て。


 夢宇宙の様な世界で、真一は目覚める。



「ここは……」



 街の喧騒。夜のビルの灯。

 音も、視界も、先程までの現実とは かけ離れた外の世界。


 都会といえばわかりやすいだろうか。

 眠らないネオン街のようだった。


「もしかして……」


 また夢を見ているのか。


 もしくは……伊藤隆吉の夢。意識の奥。


「そんな……」



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