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〜シックス〜  作者: 悠栖
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大谷の悲しみ

 乱暴に車を降り、エレベーターのボタンを連打した。


 五階に着くまでがもどかしい。大谷の電話から二十分が経過している。高井と弥央は会話を交わすことはなかった。


 廊下を走って真一の病室に入る。そこには、一人の看護士が居た。


「あら……真一くん、今寝ちゃったみたいです」

「この部屋に見舞いで来てた刑事は知りませんか?」


 息を切らして早口で聞いた。看護士はいくらか驚いた様子で、少し言葉につまりながら返事をした。


「あの刑事さんなら、不審者を連れて出てってましたけど……東館の二階の手術室です」

「不審者?」

「さっき男の人が捕まったんです。何人か男手を借りて出てってました」


 大谷が尋問してるのか? なら、さっきの電話の声は……。


 高井が試行錯誤してるなか、弥央が背っ羽詰まった様に声をあげた。


「あたし、真一の部屋に居てもいいですか?」


 少し驚いたが、病院に付いてくる時点で大体わかっていた。弥央は看護士ではなく、高井の了承を得ようとその瞳を見つめている。


「俺は大谷のところへ行ってくる。任せたぞ」

「はい」


 弥央の返事も待たずに高井は階段へと向かった。



 数段飛ばして駆け下りる。薄暗い手術室の階へ降りると、廊下中にくぐもったうめき声が聞こえた。


「薬浸けの野郎が、むやみに発言すんじゃねえよ!」

「大谷っ?」


 閉まった手術室から聞こえたのは大谷の怒鳴り声だった。


 高井は大谷の名を呼びながら扉を叩く。


「大谷、大谷っ」


 すぐに扉が開いた。出てきたのは二人の看護士だ。顔面蒼白である。


「あ、あの人を止めて下さい」

「ここまでするものなんですか?」


 看護士の後ろを見る。高井は驚愕して息を呑んだ。


 手足を拘束し、猿轡をかまされた小汚い男が居た。その男に暴力を奮っていたのは紛れもなく大谷であった。

 酷い出血だ。顔もわからないほど腫れている。


 何があったんだ、大谷。


「大谷っ、何やってんだ、止めろ」


 高井は大谷の元へ走りより、無理矢理両腕を掴んで男から引き離した。


「離せ、離しやがれ」

「落ち着けよ」


 暴れる体をねじ伏せながら、いつか自分もこうして熱くなっていたことを思い出した。


 理屈じゃないんだ。犯人が憎くなるのは。


「このままだと過失で逮捕されるぞ」

「それがどうしたってんだ。こいつは頭イカれて、真一を薬で侵しやがったんだ」

「だからって殴り殺していいのか」


 横に居る男の医師にアイコンタクトをとる。手伝って欲しいのだが、皆腰が引けてしまって、近寄りもしない。

 腰の手錠が気になる。このままでは押さえ込むこともできない。


「こいつはなあ……」


 大谷の怒りは持続していた。震える声で次の瞬間、驚くべきことを叫ぶ。


「そのくせ父親を名乗ってんだよ!」


 一瞬、耳を疑った。次第に喉がからからになる。


 父親とは、伊藤のことか?


 十五年前の光景がフラッシュバックした。幼い自分を殴った、親父の降格の原因となった男。


 しかしその男は大谷にやられたのか、あちこちから血を流してぐったりとしていた。時折かすれた声で唸ってはいたが。


「おい、水をかけろ!」


 大谷は足元のバケツを蹴って医師にぶつけた。医師はこちらの剣幕に怯えているのだろう。すぐにバケツを拾って水を汲んだ。


 このままでいいのか。高井はいてもたってもいられなくなった。


 捕まえていた大谷の腕を離して、大股で医師に歩み寄り力任せにバケツを奪った。


「おう、高井さん! そいつにぶっかけてやれ……」


 叫ぶ声が曇って聞こえた。部屋にバケツの転がる音が響く。


 高井が水をかけたのは大谷だった。


「……目を覚ますのはてめえだ、大谷」


 全身ずぶぬれになって呆然としてる彼の腕を無理矢理組んで、声を張り上げた。


「皆さん、迷惑をかけてすいませんでした。鍵の責任者の方以外は通常の仕事に戻っていただけませんか」


 成り行きを無言で見守っていた医師たちは、それぞれ目配せをしてぽつぽつと部屋を出て行く。最後に続いて、高井と大谷も部屋を出た。



 薄暗い廊下を歩き、高井は大谷をトイレへ連れこんだ。そして黙って濡れた上着を脱がせる。


「大丈夫か」


 大谷の瞳を覗きこむ。ゆっくりと二人の視線が絡まった。


「高井さん……?」


 その瞳の奥の燃えたぎる黒い炎はみる間に姿を消してゆく。


「辛かったな。傷付いたんだな」


「電話繋いでたら良かったな」と優しく声をかけた。大谷の濡れた頭を手ぐしで整え、水気をとった。


「俺……腹立って悲しくて……どうにかなっちまいそうだった」


 だからあんたに電話したのにと、大谷は消えていきそうな声で呟いた。


「悪い、そこまで気付けなかった」

「あんたが気にすることじゃねえ。俺の修行不足なんだ……」


 大谷は普段の覇気を全部使い切ってしまったようだった。俯いて謝る。

 彼らしくない、と高井は思った。


「それに、原田さんにも連絡ひとつしてねえんだ。今から連絡して謝りに帰ります」

「おいおい、俺一人で後始末しろってか?」

「あ、違う、始末してから……」


 大谷がそこまで言うと、高井はおもむろに携帯を取り出した。そして番号を押して耳に当てた。


「原田さん? 今大谷と病院に居るんだが……ああ、そう、不審者を大谷が捕まえたからよ、応援頼む」


 電話が終わる。大谷は目を丸くして高井に詰め寄った。


「高井さんっ」

「てめえの手柄だろ。何の勝手もしてねえよ」


 微笑んだ高井の顔を見て、気が抜けてしまった。今日のところは敵わない気がした。


「恩に着ますよ……」


 大谷はそのまま一つくしゃみをした。「悪い悪い」と苦笑する高井。二人は再び手術室へと戻った。



 病院を出ると、丁度原田達の車が来た。

 原田の部下が後部座席を開ける。高井と大谷は気を失った男を挟んで座った。


「よくやったな、大谷。だが、真一はどうしてるんだ?」

「今は弥央が一緒にいる」


 高井が代わりに答えると、大谷と原田はそちらを向いた。


「そうなんですか。真一はもうすぐ退院予定だって言ってましたよ」


 大谷が加えると今度は二人の視線が彼に向けられた。


「なんだ、何も知らないぞ」


 原田が少し疑問の色濃くぼやいた。高井は「さっきわかったことだから」とフォローを入れた。


 車は署に戻ってきた。高井と大谷は男をそのまま留置場へ連れていく。


「やべえ。こいつの所持してるもんとか確かめてねえ」


 悪びれも無く話す大谷。これには高井もあきれていた。


「怒るぞ大谷」

「すいません、今度奢りますよ」


 大谷が男の体を調べると、数袋の覚醒剤と煙草、そして財布が出てきた。

 大谷はそれらを顔の前に掲げ、高井に見せる。


「それだけだな? よし、後は目を覚ますまで監視に任すか」


 その場を去る二人。大谷は財布の中身を探っていた。


「……高井さん、最悪だ」


 大谷が力なく呟いた。心なしか声が震えていた。


「どうした?」


 大谷が高井に突きつけたのは、運転免許証。


 高井はそれを見て「やりきれねえな」と言って煙草に火を点けた。



 そこに書いてあった名前は、伊藤隆吉。まぎれもなく真一の実父だった。



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