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〜シックス〜  作者: 悠栖
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急変

 目覚めたそこは確かに昨日と同じ天井。


 ただ、何かが違いを産んだのだ。


 まだ悪夢は続くのか? それとも真昼の夢か?


 残された者。則ち生かされた者。

 血を流せる者は、生き続けなければならない。先に逝った者が残したことに意味を知って。


 ……ただ、それでも理不尽な攻撃を受けてしまう場合は?


 ──お父さん

 ──からだがいたい

 ──お父さん……。



「大谷、電話だ。三番とれ」


 ここは捜査一課の刑事部屋。強行犯や暴力犯などの係のメンバー達が揃い、デスクからデスクへと声が繋がる。

 大声を出しているのは原田だ。呼ばれた大谷は浮かせていた椅子の足を床につけ、だるそうにデスクの上の受話器を取った。


「お電話代わりました、大谷です。お世話になっております。……分かりました、すぐ向かいます」


 受話器が電話本体へ落とされる。大谷は先程までデスク上で欠伸をしていた態度とはうってかわって表情を変えた。

 原田のデスクに歩み寄る。電話先が判ってるだけに、大谷の表情を見て原田も真剣になった。


「真一からのご指名なんで、行ってきますね」

「わかった。気を付けてな」


 ひらひらと手を振りながら、原田に軽く笑みを向けて部屋を出ていく大谷。刑事達ほとんどが彼に視線を向けていた。


「おう、高井も仕事だぞ。そろそろマスコミが張り出す」

「ああ……留置所ね」


 高井は席を立ち、部下に声をかけに行った。



 大谷の車が病院に到着した。五階のナースステーションに声をかけた。

「失礼します、お電話いただきました大谷です」


 警察手帳を見せ、誰も居ない個室に案内される。机を挟んで椅子に座ると、医師が神妙に口を開いた。


「昨晩、真一くんの病室に侵入者が入りました」

「電話でお伺いしました。真一は無事ですか?」

「多少頭に打撲の跡が見られます。それと……」


 医師は言いにくそうに目を伏せた。大谷はただ次の言葉を待つ。


「覚せい剤の痕が見られます」


 思わず目を見開いた。眉間に皺を寄せて前のめりになった。


「その侵入者に打たれたと」

「はい。侵入者は気絶させて無理矢理打って去っていったようです」


 淡々とした医師の口調に、冷静だった大谷も少しだけ怒りを覚えた。


「すいませんが、警備の方はどうなっていたんですか」


 ややきつめの口調で大谷は医師に問いつめる。


「非常に申し訳ありません。信じられない事に、犯人は窓から入ってきたと……」


 医師の予想では、ベランダから飛び移れる隣の部屋に侵入し、鍵のかかっていなかった真一の部屋の窓から入ったのではないかということらしい。

 しばし眉を潜めて、大谷は考えた。


「内部の犯行の可能性は?」

「夜勤は皆アリバイがあるようですが……」

「全員の事情聴取を手配します。現場に残っていた物は?」

「注射器は犯人が自分で使っていたものかと」

「わかりました。それらは全てこちらで預かります。真一の部屋に行ってもいいですか?」


 大谷は医師に先導されて部屋に入った。


 ゆっくり扉を開く。ベッドに目を向けると、規則正しい寝息が聞こえてきた。どうやら真一は眠っているようだ。

 ベッドに近付き、丸椅子に座って真一の寝顔を見つめた。


「目元が赤いじゃねえか……」


 随分泣き腫らしたようで、涙の痕がうっすらと残っていた。徐々に大谷の胸に怒りが押し寄せてくる。


「絶対捕まえる。頼むから幸せになってくれな……」



 署の玄関前には記者達が大勢待機していた。小杉と香織が裁判所に連れて行かれる所だったからだ。

 無数のフラッシュを避けながら、高井は部下と共に二人を車へ誘導させた。高井は香織の車に乗り込んでいた。


「しっかり頭冷やしてこい」高井が声をかけるが、香織は無言である。


「昨日聞き出した事でこちらも焦ってんだ。まだ事件は続く」


 高井は前日、香織が拘束されている場所まで出向いていた。


「聞きたい事がある」

「……何」

「なんで真一の監視カメラの映像なんか伊藤隆吉に送ってたんだ」


 大谷が小杉を捜査した際に見つけた小型監視カメラはすでに何時間かダビングされていた。既に原田に報告済みの件である。


「決まってんじゃん。嫌がらせよ」

 香織は俯けていた顔を上げ、実に楽しそうな眼を高井に向けた。


「妻に逃げられて子供が誘拐されて……もう荒れるしかないでしょ? あいつはマジでイカれてる。だから子供の姿見せてやったらどんな反応するのか気になったんだよ」

「てめえなあ……」


「あいつがどれだけお母さんとの子どもを望んでたか。あんた達警察が遊んでる間、あたし達家族はどうなってたか知ってる? 二人は離婚、ストーカー容疑に裁判の連続。誘拐された子がどうなったかなんて、それどころじゃない」


 香織はこれまでの積年の恨みを吐き出すかのように喋り続けた。


「裁判が済んでからも怯えて暮らした。おかげでお母さんはノイローゼよ。このうえあいつとの血の繋がりがあるなんて、考えるだけで背筋が凍るわ。あんな子ども、死んでしまえばいい!」


 衝撃音が鳴り響く。高井は側にあった机を香織に向けて蹴り飛ばした。


「そこまでだ。続きは檻の中でほざいてろ」

「あいつは望まれない子なのよ!」

「いいか、よく聞け!」


 香織の胸倉を掴んで壁に押さえ込んだ。「誰か」と叫び出したので、右手で顎を揺さぶった。


「望まれない命なんてこの世に存在しねえ」


 すぐに警官が数名やってきて、高井と香織を引き離した。香織は高井に睨みつけられ、恐怖を感じた。



「伊藤の反応がないって決まったわけじゃねえからな。お前の近くのブタ箱に突っ込んでやるよ。安心しろ」


 車内はそれから目的地に着くまで無言だった。



 山崎が署内の廊下を歩いていると後ろから声がかかった。振り向いた先に映ったのは、昨日気まずいまま別れた弥央だった。


「弥央ちゃん。どうしたの」

「お願いがあって。私の家に連れてってくれますか?」


 家の話が出て、案の定山崎の顔が曇った。弥央は「荷物を取りに行くとかじゃなくて」と付け加えた。


「やっぱり、あの家に住みたいの。だけど一度整理したくって」

「そうなの」


 山崎は安心して胸を撫で下ろした。確かに葬儀以来になるから一度帰っておいたほうがいいだろう。

 しかし、彼女の心変わりは何がきっかけになったのだろうか。

 気にはなったが、時間のあるうちに彼女の望む通りにしてやりたかった。


「丁度今は時間あるから。今から出ても大丈夫かい?」

「はい。ありがとうございます!」


 白石家へと向かって車を走らせる。運転席から見える風景が、山崎の心を切なくさせた。

 こうして彼女を隣に座らせることはなくなってしまうのだろうか。


 車から降りると、三度目の事件現場も慣れてしまい、もうこの家に来ることはないと思うと妙な焦燥感に駆られた。

 ときどき遊びに来ると言ったら彼女はどう思うだろう。


「ただいまお父さん……」


 弥央は家の中へと入っていった。山崎は玄関で待つ事にした。


 父の書斎。自分の部屋。リビングの棚。縁側のある和室。

 一通り周りながら、弥央は心の中で父親と会話をしていた。二人で写った写真を手に取り、暖かい気持ちがこみ上げてくる。


「やっぱり、私の家はここなんだ」


 また胸に熱い塊が生まれる。なんだか涙腺が緩くなったなと鼻で笑ってみた。


 ポケットの中にはまだ煙草の匂いが染み付いたハンカチが入っている。


「私、結婚する時は婿養子にするよ。一生親孝行できるよね」


 受け売りだけど、と付け加えた。あの人は今頃事件に追われて忙しいだろうから。


 書斎の机上に散らばってある原稿用紙の上、弥央の涙がそっと溢れた。書きかけの鉛筆の文字が滲む。

 弥央の父親は作家だったのだ。


「じゃあ、またね……」


 静かに扉を閉め、弥央は山崎の元へと向かった。


「待たせちゃってごめんなさい、山崎さん」

「ううん、大丈夫。挨拶は済んだかい?」

「うん。またね、って!」


 弥央が今までにない最高の笑顔で頷いたものだから、つい山崎はそれに見とれてしまっていた。その表情はどこか真一に似ていた。

 外に出て二人は車に向かったが、弥央は途中で山崎がいないことに気が付いた。


「山崎さん?」


 振り返ってみると、そこには玄関に向かってお辞儀をしている山崎が居た。それを見て、弥央はなんだか胸が熱くなった。


「……ありがとう、山崎さん。もういいから行こう?」

「うん、そうだね」


 弥央が先に歩き出すと、上着のポケットから何かが地面に落ちた。


「弥央ちゃん、ハンカチ落としたよ」

「え? あっ」


 ありがとう、と笑いながら近寄る弥央だが、山崎は一切そちらに目を向けない。


「山崎さん、どうしたの」

「いや……見た事あるな、って」


 弥央を見つめる山崎の瞳は、男の嫉妬に揺れていた。


「……借りたまま返すの忘れちゃったの」


 まさかと思ったが、咄嗟に事実を述べた。ハンカチに手をのばす弥央だが、その手は届く事はなかった。

 山崎がスーツのポケットにしまいこんだからだ。


「じゃあ、俺から返しとくよ。高井さんに」


 弥央は驚いて目を見開いた。微かに見られていたのではという思いがよぎる。

 泣き出してしまった自分の頭を乱暴に撫でてくれた背の高い人。堪え切れずに出てくる涙に、彼はハンカチを貸してくれた。


「だ、だめ」

「どうして? 返し忘れてたんでしょ?」

「だってお礼言わなきゃ……」

「それも伝えとくから」


 山崎は車の鍵を出して、弥央を見ずに歩き出した。弥央が「どうして」ともう一度聞くと、山崎は車のドアの前で動きを止めた。


「そりゃあ、高井さんとは山崎さんの方がいつでも渡せるだろうけど、直接お礼言わなきゃ、優しくしてもらったのに……」

「あのねえ」


 山崎はゆっくりと振り返り車に背を向けた。

「俺はそれが嫌なの」

「……なんで? 山崎さんらしくないっ」


 山崎は面倒臭そうに溜め息をついた。


「俺らしいって何? 好きな子の前でもひたすら優しいだけの男?」


 弥央は驚いて何も言えないようだ。


「ただのヤキモチだよ」


 山崎は弥央にハンカチを返し、運転席に乗り込んだ。



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