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〜シックス〜  作者: 悠栖
21/38

伊藤隆吉、清子

「原田さん。十五年前、伊藤隆吉はどんな具合でしたか」


 取調べは一時中断された。新たな事実があまりにも多く浮かび上がってきたからだ。

 大谷は原田達と合流した。


「具合って……大谷が気にしてるのは、そういうことか?」

「わかってたんですね。伊藤の暴力性」

「明らかに奥さんも様子がおかしかったからな……」

「暴力性?」


 高井が二人の間に入る。


「あの親が切れてたことか」

「まぁ誰でも切れるでしょうがねぇ。簡単に言やぁDVですよ」


 原田は重い顔つきで床を向いた。


「あの時本当は気付いたさ。だが俺は捜査から外されたし、独断の行動も許されなかった。伊藤清子さん、訴えなかったんだな……」

「何だよ。あの女は本当に真一と姉弟なのか」

「そうでしょう、二人が言ってるんだから」


 大谷の報告により浮かび上がった真実はこうだ。



 真一の本当の親である伊藤隆吉と伊藤清子は、現在離婚して別々の生活を送っていた。

 斉藤香織はれっきとした清子の娘である。ただし生まれたのは離婚する七年も前の事だった。


 隆吉は結婚後、清子に対する態度を一変、度重なるDVによって互いの距離は離れていった。


 仕事と家との態度に差があった。酒とギャンブルに溺れる隆吉。清子はかつての恋人に助けを求めたが、生活は変わらなかった。


「元恋人?」

「斉藤篤。斉藤香織の父親ですね」



 伊藤夫妻が結婚して三年目、隆吉は二年半の海外出張を会社に通知される。

 清子は同行を拒んだ。その時の暴力はそれまでで一番凄まじく、重体の怪我で入院せざるを得なくなった。


 隆吉はその間に日本を発ち、二人は二年半離れる事になった。


 そんな時、清子の元恋人──斉藤篤は心配で病院を訪れた。

 二人はその時をきっかけに復縁したものと思える。正確には不倫だが。



「清子さんはそいつと今は夫婦なのか」

「七年程前からですか。真一がさらわれた後、伊藤らは一悶着あったんでしょうね」



 退院して間も無く、清子は彼との子どもを授かった。香織である。


 しかし隆吉の単身赴任が終わると清子の幸せな生活に終わりが見えた。

 妻の裏切り。暴力は、一層激しくなった。


「斉藤香織は父親に守られて育った。清子さんは一人責められ続けたんですね」


 それでも伊藤夫妻は離婚をせず、真一を授かり、誘拐された後まで実に二十年前後に渡るDVが続いた。



 真一が誘拐された事件から数年。


 隆吉は警察を信じないあまり、一人で真一を捜し続けていた。竹内の顔写真、証拠、目撃情報……取り憑かれたかのように、自分の足で歩き回った。



「一度、伊藤隆吉は竹内を見つけたらしいです」

「何?!」

「執念って奴ですかね」


 原田も高井も驚きを隠せない。警察は数年が経ってから、捜査を打ち切りにしてしまった。


「なら、どうしてすぐに警察に言わなかったんだ」

「言うと思いますか?」


 大谷の瞳が二人を見上げた。原田はさっきから押し黙っている。


「警察を信用していない伊藤隆吉が真っ先に向かうところは、奥さんだ」



 しかし清子ははっきりと「あなたとの子どもなんか育てられない」と言い放つ。


 その時の暴力は今までと全く異なるほど酷いもので、清子は死を覚悟したという。



「清子さんに旦那と二人で子どもを育てる覚悟なんて、その時にはなかったんですよ」



 清子は命からがら逃げ出す事が出来、再び香織の父である斉藤篤に頼ったのだった。



 重苦しい空気の中、高井の携帯が鳴り響く。


「山崎か」

「高井さん? あの、真一くんが大変なんです」

「どうした」


 山崎の深刻な様子が受話器から読み取れる。直後、衝撃的な事実を耳にした。


「ちょっと目を離した間に……血を吐きました」


 高井は言葉を失う。「どうして」と言う事しか出来なかった。


「今検査の結果待ちなのでまた連絡します。取り込んでました?」

「いや、取調べの休憩中だった」

「そう……また後で交代してそちらに戻ります」


 電話が途切れた。一同はお互いの視線を交し原田が口を開いた。


「そろそろ続き始めるか?」

「……そうだな」


 取調べが再開された。ただし今度は香織だけだ。

 高井は苦い表情で話し始めた。


「真一が血を吐いた。何か心当たりは」


 香織の目が見開かれる。原田と大谷も驚いて高井に詰め寄った。


「さっき山崎が報告してきたんだ。何とか言えよ、なあ」


 香織は俯いてしまい、口を開こうとしなかった。


「ちくしょっ……」


 高井は机の上の拳を思い切り握り締める。


「どうして! 自分の都合で子どもを見捨てられるんだよっ! どうして自分だけ幸せになろうとすんだよ……。

 責任持って産んだなら、最後まで面倒見ろよ! あいつはまだ生きてんだぞ? いくら辛くても元気でこの世に居るんだぞ……」


 原田はそっと高井の握り拳から煙草を取り上げた。香織は何も言えなかった。

 高井はそのまま黙り込んでしまったので、代わりに原田が口を開く。


「あのな、真一に打ったドラッグについて教えて欲しいんだが。無駄な抵抗はやめてほしい。素直に従ってくれれば情状酌量の余地はある」

「原田さんっ」


 原田は溜め息をついた。高井に思い切り体当たりされたのだ。


「この一家が何したか、あんたわかってんのか。家族で傷付けあってる奴らに同情の余地はねえ。それがわかんねえなら、もう一回洗い直したらどうだっ」

「いい加減にするんだ!」


 原田の怒声が外の廊下まで響き渡った。


「感情で動きすぎてる。支障をきたすようなら、もうお前は必要ない。今日は帰ってくれ」


 原田は厳しく高井を追放する。高井は原田を見据えたまま動こうとしなかった。


「今すぐ出ていけ」


 取り調べ室の扉が力なく開かれた。大谷は出ていく彼の姿をぴくりともせずに見送った。

 原田が再び香織に向き直る。


「話すんだ。容赦はしないぞ」


 香織は観念して説明を始めた。


「あれは合法ドラッグとして出回っているやつを、あたしと小杉とで改造したの」

「効果と症状は」

「……高揚感は最初に打った時だけ。頭が冴えても体にストレスを与えるようになってる」


 原田は続きを促した。


「泡を吹いたり失禁したりする。禁断症状がさらにストレスになって、嫌な夢を見たり、忘れたい過去がフラッシュバックしたり……本人は気付かないうちに体が悲鳴を上げて、場合によっては胃潰瘍や、髪の毛が抜けたり痩せ細ったりする」


 情報を書き取るペンの音が通り抜けた。流石看護士といったところか。

 原田は質問を被せる。


「病院でストレスに関して対処すれば治るか?」

「……多分。耐えきれないともっと麻薬中毒になるけど、入院してるなら見込みはある」

「そうか。もう終わろう」


 一同は香織を連れて部屋を出た。

 廊下の奥に高井の姿を見付ける。原田はゆっくりと彼に歩み寄った。

 原田に気付いた高井は、素早く頭を下げた。


「すいませんでした」


 大谷は周りの警官に顎で合図をする。気を利かせて二人にさせたのだ。

 高井は頭を下げたまま謝罪の言葉を紡いだ。


「事件の優先事項を判っていないのは自分でした。あのような態度も深く御詫び致します。反省しています。仕事に復帰させて下さい」


 原田は肩に手を置いた。だが、高井は一向に顔を上げようとしなかった。


「修。目が醒めたならそれでいいんだ」

「すいませんでした」

「修、疲れてるだろ。仮眠とるか?」


「仕事に復帰させて下さい」


 強情な態度をとる高井。微かに震えているのに気が付いた。


「たまにはな、甘える事だって必要なんだよ」


 原田は高井の両肩をそっと包み込んだ。


 小さな、小さな、くぐもった声で、「親父」と聞こえたのは気のせいではないだろう。

 床に涙が落ちて渇いていった。


 こんなにも自分は親子の幸せを感じている。

 なのに……真一は味わうことすらできないのか……?



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