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〜シックス〜  作者: 悠栖
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墜落

 どうしよう、どうしたらいいの?

 弥央は葛藤していた。暗く重たい感情が胸に根を張っている。


 昨夜の葬儀で、真一が突然謝ってから余計に許せない思いが増えた。

 思い切り泣いたら喉のつかえが取れたし、高井は弥央に優しい言葉をかけた。


 だけどそれで安心していたら、どんどんその悪感情は涙を飲み込み芽を出してきたのだ。どんな花が咲くのか、疑問だ。


「山崎さん」

「おはよう」


 弥央が近付いていくと、目を細めてにっこりと笑った。

 弥央の声を聞いて原田が喜んでいた頃、山崎は真一を連れて先に帰っていた。

 だから弥央はなかなか話せなかったが、山崎はどうやら高井から聞いたらしい。

 その日の夜、高井と話す前に山崎は再び弥央の家までやって来たのだ。


「この間はすぐ帰ってごめんね。もう少し話したかったんだけどさ」

「いえ、嬉しかったです」

「どう? 今は」

「元気です」


 最初と変わらず優しく接してくれる山崎さんが嬉しい。

 弥央はつい笑顔になった。


「そっか、良かった」


 山崎はすぐ側の給湯室に入った。弥央も続くと、彼からコーヒーが手渡された。


「今日はどうしたの?」

「原田さんにお話があって」


 弥央は山崎にも話すべきだと思った。


「私もうあの家で暮らすつもりだから」

「えっ」

「大丈夫ですよ。結構落ち着いたから」

「……そっか」


 さっきまで笑っていた顔が急に沈んだ。沈んだというよりは心配なんだろう。


「そうだよね、弥央ちゃんは強いもんね」

「強くはないけど……そろそろ順応しなきゃ」

「偉いよ。それに声が力強い。俺、高井さんに聞いたとき凄く驚いたな」

「あ……声?」


 山崎はミルクと砂糖を入れながら、照れ隠しのように笑った。そして再び弥央を見つめた。


「高井さんと代わりたかったよ」


 スプーンとカップがぶつかる金属音が響く。伏せていた視線をあげると、二人の距離が縮んだ。その場に居なかった事など忘れてしまうほど。


 蛇口の下にカップが置かれた。二人の視線は絡まったままだ。


「側に居られなかったのが、悔しい」

「山崎さん」


 弥央が話し出したその時、給湯室の扉が開かれ婦警が入ってきた。


「あ、そ、それじゃ」

「うん。またね」


 逃げるようにその場を去っていく弥央。

 事件から三日目の朝。弥央の心に、太陽が昇り始めたのかもしれない。



「真一、こっちだ」


 午前十時頃、高井が真一を自分のデスクに呼び出した。


「ここ入ってもいいの? 高井さん」

「もちろん。隣の奴の椅子借りてこっち座れ。えっと……」


 高井が出したのは、ファイルブックの中の数枚の書類だ。


「お前、これからどうしたい」

「え……」


 高井の鋭い目が真一を捕えた。戸惑う彼に続きを聞かせる。


「お前は出生届けが出されなかったんだ。従って苗字も戸籍もない。これがどういう事かわかるか」


 真一は首を横に振る。


「今後暮らしていくにあたって、働くにも病院行くにも戸籍は必要だ。もう知ってるんだろうけど、お前の本当の親のこと」

「え……名前も何もわからないけど……」

「そうか……」


 少しばつの悪そうな顔をして、高井は目を伏せた。


「ねえ、一生会えないのかな。本当のお父さんたちと」

「あ、ああ……」


 真一の親である伊藤夫妻は、事件当日から連絡がとれないでいた。しかし出生届が出されていないという異例の問題から、彼らがこの事件をどう考えていたのか垣間見えるようだ。

 十五年の月日の間に警察との距離は増え、真一の存在を諦めたとどこかで聞いた。いまだ都内に住んでいるのかも不明だ。


「別に会いたいわけじゃないよ。言ったと思うけど。僕は全くその人達を知らないから」

「そうだな。いや、必ず会わせるよ。ただお前の気持ちが知りたかったんだ。信じて待っててくれ」

「うん」

「高井さんっ」


 山崎が血相を変えて高井の元に歩み寄った。手には週刊誌を持っている。


「あ? なんだ山崎そんなえげつない本持って……」

「まずいですよ……僕らが抑えてきた事がマスコミに」

「んだこりゃあ……」


 山崎が広げて見せた雑誌を視界にいれ、眉間に皺を寄せる高井。山崎は顔面蒼白だ。


 そんな二人を変に思って、大谷も歩み寄ってきた。仮眠の痕が右頬についている。


「大谷」

「……俺はどうもきな臭えと思ってたんだ。死ぬ気で探し出してやる」

「待つんだ大谷。まず原田さんに」

「そんな悠長な事言ってらんねえ。隠密行動開始するぜ」


 大谷は風の如く その場から立ち去った。


「何? 僕にも見せてよ」

「真一、ちょっと待て……」


 真一がはずみで床に落とした週刊誌には、見開き二ページにわたる記事が書いてあった。


 竹内の犯した事件の全貌が、真一の後ろ姿の写真とともに──。



 昼前の報告が終わる。高井は原田にマスコミの記事について報告をした。


「確実に隣の寮の中だ。盗撮できんのは内部の人間しかいねえ」


 署の隣は主に独身刑事や、他府県から来た上司達の寮になっていた。

 そして真一と弥央が保護されたのも、その中の一室であった。

 高井から話を聞いた原田は腕を組んで唸っている。


「大谷は?」

「もう行動に出てる」

「そうか。今はあいつに任せよう。警備も強化する」


 原田のデスクの近くには、沈んだ表情の真一が立っていた。

 原田は彼を見ていたたまれない気持ちになる。


「真一には自由に生活して欲しいんだがな……」

「高井さん、僕まだここに居てもいいの?」

「いいに決まってる」

「ありがとうございます」


 真一は深く頭を下げた。

「部屋まで送ってやる」と高井は真一を連れて寮に向かった。


 真一の写真が出た雑誌は、どんな手を使ってでもスクープを取るという、事件や芸能関係に目をつけている週刊誌である。

 ガセネタの場合もあるのだが、その派手さと下品な面白さに読む人も少なくはない。


 詳しい内容を言うと、「警察が精神不安定な少年をさらに監禁」「何故実の家族に会わせないのか、要注意少年なのか」……といったことだった。

 自分たちの不能を示すのならいい。真一を傷付ける事だけは許されなかった。

 まだ事件から三日目の朝、発売より前にチェックが入ったのが何よりの救いである。


「いいか、誰かに話しかけられても何も喋るなよ」

「うん、ありがとう」


 高井は署に戻り、真一の事件に関する資料を隠す場所を設けようと原田に提案した。


「ていうかよ……弥央も危なくねえか?」


 高井は慌ててデスクの上の週刊誌をもう一度手に取る。


「十五年前の被害者。今回は……」


 文字列を目で追う高井。しかしその眼は次第にペースダウンが見て取れた。


 弥央の父親の名前が新聞よりも強調されていた。しかし弥央については何も書かれていないようだ。

 原田は頭上から声をかける。


「弥央までは来んだろう。それに、内容から見ると竹内の狂気的な部分を心理学者使って今の社会ごとけなしたいってとこじゃねえか?」

「はっ、とんだ正義のジャーナリストだぜ」


 週刊誌を放り投げ、高井は乱暴に部屋を出た。



「まさかねえ……」


 大谷は空が見える渡り廊下で一人考え込んでいた。そこは一番上で署と寮を繋いでいる。足元には、大きな黒いボストンバッグ。


「いつから署内に隠しカメラなんて……」


 なぜもっと早く気付く事ができなかったのか──。


 真一に近付けるのは寮の連中全員かもしれない。徹底的に捜すべきだ、と思い立ち、大谷は回収した隠しカメラの入ったバッグを持ち上げた。



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