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〜シックス〜  作者: 悠栖
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さらなる夢

 泣き喚く赤ん坊を抱きかかえた人が居る。手には赤い液で錆び付いた凶器だ。赤ん坊はしわくちゃの猿のような顔で耐えず声を上げていた。


「どうしてお父さんは人を殺したの?」


 僕は呟く。傍観しているのは悲鳴や喧騒で騒がしい病院。だけど誰一人僕に気付かなくて、これが夢であるとどこかで意識していた。


「死人に口なしとは言いますが……」


 この声は……。


「大谷さんっ?」


 驚いて隣を見ると、同じように病院内を仁王立ちで眺めている大谷さんだった。


「竹内にだって家族は居たんだぜ、それこそ嫁さんや子どもが。だが他所の女との間にも子どもができちまって、竹内は大分参ってたようだ。産ませる気はなかったんだな」


 違う人との間に、彼の子どもが? 初めて聞いた。結婚した人との間にしか、子どもはできないと思っていた。

 それよりなんでこんな所に居るの?

 眠る前に色々話をしたからだろうか。


 でも今僕らが話している内容は、きっとデタラメなんかじゃなく、本当に大谷さんが把握しているものに間違いない。

 これは夢の中だ。せっかくだから、もう少しこのまま話を聞いていよう。


「お父さんはどうして困ったの? 子ども欲しくなかったのかな」


 すると大谷さんは腕を組んで無表情のまま唸りだした。


「うーん、既に自分の奥さんと子どもが居たから、他所の女との間に子どもができるのは家族に対する裏切りなのさ。裏切りたくなかったんでしょうね」

「なら、どうして赤ん坊の僕を連れてったのかな」


 僕は一番の疑問を彼に投げ掛けた。起きてる時には聞く勇気がなかった。

 僕がお父さんに出会えた事に「必然」が欲しかったから。


「それはきっと一般的に子どもってのが弱いもんだからさ。人質にしたら有利になるから、真一と逃げたんでしょう」


 期待はあっという間に砕け散る。やっぱり僕が竹内さんと過ごした時間は、無駄な時間だったのだろうか。


「しかし竹内にだって子どもに罪がないのはわかってる。だから……」


 大谷さんが初めてこちらを向いた。

 その瞳は僕を見ているような、竹内さんを見ているような、視線の定まらないものだった。


「こっからは俺の予測ですがね? 竹内は一瞬でも、真一と自分の子を重ねて見たに違いない。いや、もしかしたら産むのを止めさせた愛人の子、殺した妊婦の子も頭をよぎったのかもな」


 病院内には警察が到着していた。人がたくさん居る。

 一際目立って大声をあげている男の人が居た。


「今頃来てどういうつもりだ!」


 凄い剣幕だ。警察の人がひたすら頭を下げている。何処かで見たことあるような気がした。


「あれは十五年前の原田さんだ」

 大谷さんがその人を指差して言った。


「怒ってるのが真一の本当の父親だ」

「本当の……」


 顔が見えない。その人からは、悲しみよりも深い怒りを感じた。

 体が震えている。まくしたてる口は止まらない。


 そんな彼に、一人の少年が対抗した。


「一番悪いのは犯人だろ!」

「ガキは黙ってろよ!」


 僕と同じくらいの歳の男の子は、怒鳴り続ける僕のお父さんに殴られて吹っ飛んだ。


「酷い……」

「あれは高井さんが悪い」


 高井さん?


「親は子どもが一番大事だ、興奮するのも無理はねえ」


 男の子は立ち上がって、お父さんに掴みかかっていた。一発、二発、拳を出している。


「修、やめるんだ」

「親父……」


 更に大きな怒鳴り声が聞こえた。


「警察はどうなってる! 子どもを誘拐された父親を、息子に殴らせる警官がいるんだな!!」


 確かに男の子が悪いけど、僕はそんなに怒らなくてもいいんじゃないかと思った。

 いっそ恐怖を感じる。あれが僕の父親なんて考えられない。


「大谷さん、お父さん……さっきの竹内さんの事」

「あれは父親には見えねえか」


 僕は頷いた。やっぱり僕は一緒に暮らしてきた人がお父さんだと思う。


「真一の事は、罪滅ぼしのつもりで育てたんじゃないか」


 僕は代わりであれ、竹内さんの子どもになれたんだろうか。大谷さんは言葉を続けた。


「そして恐らく、育てていくうちに真一に対して本当の愛情が芽生えたんだ」


 本当に驚いたときって、何も反応できないんだと知った。

 まだ大谷さんの唇は動いているけれど、夢はそこで止まり、聞こえていた音は全て遮断された。


 その後聞こえてきた言葉は、違う人に向けられているものだと感じた。


「人は時々生きている事がしんどくなって、逃げてこの世界から居なくなっちまったりするんだ」


「竹内もそうなんでしょう。でも……決して生きる辛さや、死ぬ事に対する疑念を持たせたかったわけじゃないんだ」


「わかってくれよ──」


 最後に、誰かの名前を呼んでいた──。



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