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〜シックス〜  作者: 悠栖
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三人

 真夜中の資料室は、月明かりもなく視界は全くといっていい程無かった。

 竹内と白石幸雄の事件に関わった刑事達は、一睡もしていなかった。大谷もそのうちの一人だ。彼は高井に呼び出され資料室に向かっていた。


「遂に話す気になったのかね」と呟く。それしか心当たりはない。


 扉を開けると、暗闇の中に仄かに木の香りが漂っていた。お世辞にも良い匂いとは言えないが、きっとそれは所狭しと埋められた本棚や黄色く古くなった紙質の所為だ。

 換気扇を回して窓を開け放てば外の風が涼しげに話し掛ける。明かりをつけないこの部屋を渦巻いて静かに去っていくだろう。


「……本当に言うんですか?」

 山崎が3人分のマグカップにコーヒーを入れながら、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。


「あー?」

「いや、別に」


 湯気が部屋に立ち込めてくると、それと交ざるように高井が煙草の煙を吐き出す。


「……あいつはどうも何考えてるかわからん奴だが、頭は切れる。それに本来なら動きに長けた大谷が俺の代わりに捜査するはずだったんだ。理由ぐらい話すのが道理だろ」


「それよりも俺が心配してるのは──」


 突然、山崎の声が途絶えた。


「山崎? どうした」


 高井が隣の机に目を向けると、既に大谷が山崎の後ろに立っていた。

 彼が煎れたコーヒーカップに早くも口を付けている。


「そっから先は高井さんから聞きますよ」

「お、大谷さん。早かったですね」


 目で返事をして、カップを口から離し渋い顔をした。


「俺コーヒー飲めない。ココアがいい」

「それぐらい我慢しろよ」


 高井が奥のテーブルから声をかける。顔は外の景色へと向き直していた。


「へいへい、じゃあ砂糖たっぷり入れるかな。山崎ありがとよ」


 大谷はカップとありったけの砂糖を持って高井の元へ歩み寄った。

 高井はほんの一瞬そちらに視線をやった。


「相変わらず甘党だな」

「そっちこそ辛党がよく続きますねえ。煙草臭くてしょうがないや」

「どうも済まないな。今から話せる事は全部話すつもりだ。そこに掛けてくれ」


「そいつは有り難いが、ちょっと待ってくれますか」


 丁度山崎も席に着いた頃。大谷が掌で制止し、高井は消しかけた煙草を宙に戻した。


「その前に、俺の考えを聞いてくれますか?」

「……ああ、いいぜ」

「俺のリサーチ能力をなめちゃいけないぜ。十五年前の竹内の罪もわかってる。殺された妊婦二人のうち片方は、竹内の浮気相手だ」


 山崎は大谷に渡した資料を思い返す。自分はそこまで突き止めていたが、その見解を渡した記憶はない。


「あんたらが白石幸雄の元へ向かった日、フォローしながらある程度気付いたことさ」


 高井は何も言わずに、椅子の背もたれに体重をかけた。大谷は続ける。


「子どもを産むと言って譲らなかった愛人を始末したかったんだろう。後の被害者はとばっちりだ。東京の事件だが、その頃原田さんがまだ都内で平の刑事やってたはずだ」

「ああ、そうだ」

「おおよそ事件に関わって、何かしらのヘマやらかして飛ばされたんでしょう」


 高井は二本目の煙草に火をつけた。大谷はやはり鋭い。事件の全貌をわかっていたのだ。


「と言ってもあの人は正真正銘のキャリアだ。失敗なんかしねえと俺は思ってる。誰かの泥を被ったか、つい熱くなってしまったかでしょうね。

 ここまではどうですか?」


 高井は灰皿に向けて目を伏せたまま頷いた。


「流石だな。言う事ねえよ」

「ありがとうございます。と、ここで気になる事が」


 カップに角砂糖を入れ続ける大谷。高井が見ただけでも、数は四個目に達していた。


「原田さんがその犯人に執着してた理由なんですけどね」


「俺はこう思いまして」と、大谷は右手を掲げて指を順に一本ずつ立てていった。


「一、上司をかばって左遷されたが、自分の尻は自分で拭うという信念。

 二、あまりにもショックが大きかったため感情的になっている。

 三、身内が絡んだ仇討ち……。俺的には一番なんすけど、どうかな、この中に答えはありますか?」


 大谷は挑発的に高井を見据える。


「答えは……」


 高井が口を開くと、大谷の眉が片方動いた。


「四、息子の失態に責任を取らされ、これまで共に事件解決への捜査をしていた」


 高井は煙草の煙を長めに吐き出した。吸い殻は灰皿の中に埋もれていった。


「……何です。どういう事で」

「俺は原田さんの一人息子だよ」


 高井は、はっきりと大谷の眼を見て告げた。


「嘘だろ?」

「本当だよ。そんときは真一の親に殴られてやり返しちまった」


 資料室に数秒の静寂が訪れる。

 大谷はうろたえながら質問を続けた。


「……いくつだ、あんた」

「当時十五歳」

「山崎知ってたのか」

「最近話した」


 急に話を振られた山崎に、高井はすぐさま助け船を出した。大谷は頭の中を整理しようとひたすら黙りこくって腕を組んだ。


「あんたって奴はまた人騒がせだな」

「お前が言うのかよ」


 一瞬緊張がほどけた空気を感じて、大谷は柔らかく声を出して笑った。

 しかしすぐには納得がいかないのが筋だ。俯いて、大谷は何やら考えだした。


「大谷さん……」


 山崎は心配になって声をかける。

 だが、大谷は顔を上げてまっすぐ高井を見つめた。


「高井さん、俺にできる事があるなら何でも手伝います」

「ははっ、何だよ急に気持ち悪い。もうお前はいろいろしてくれたよ。十分だ」

「そうですか。なら謝礼金を期待してます」

「ちょっとでも良い奴だと思った俺が馬鹿だった」


 やりとりを聞いて山崎は笑った。

 何の心配も要らなかった。この二人は普段から口喧嘩ばかりしているが、何より仲良しで、信頼し合っている似た者同士なのだ。


「なんか……俺は原田さんに救われてこの職に就いたから、原田さんの事は父ちゃんみたいに思ってるんですよ」


 突然の告白に高井は口元を緩ませた。


「……そうか。あれで良かったらやるぞ」

「高井さん、自分の父親ですから、上司ですから」


 慌てて山崎がフォローに入るが、大谷が続けて「いりません」と答える。


「あの、尊敬の念は……」

 だが、二人は全く聞いていないようだ。


「だからか知んないけど、急に高井さんが弟みたく思えてきましたよ」

「……大谷さん、こんなの弟に思えるんですか?」

「山崎、こんなのって何だ! というか大谷は俺より五つも年下のくせして何言ってやがるっ」

「精神年齢は俺の方が上だい」

「確かに……」

「なんだとこらあ!」


 高井が頭に血を昇らした所で、大谷はもう用事は済んだと去っていった。


 静かになった資料室で、山崎はホッと溜め息をついた。


「なんか……良かったなあ」

「何がだよ」

「いや、二人共お互いライバル視してるみたいだったからさ、普通で良かったよ」

「当たり前だろ。まともに勝負なんかしたらすぐ負けちまう」

「へえ、今日は高井さんどうしたんですか」

「うるさいぞ山崎」


 こうして三人のとりあえずの不安分子はなくなった。



 冷たい廊下を再び歩いた。大谷は真一の眠る部屋へと靴音を鳴らして近付いていく。先程の様子がまだ気にかかっていた。

 流石にもう起きないか。扉を静かに開いた。


「……何してんだあんた」

「お、大谷。小さいころノックしてから入りなさいって習わなかったのか」


 そこに居たのは、眠る真一の枕元で手を握る原田警部補だった。


「んなこたどうでもいいや。何か心配事でも」

「……苦しそうだったので手を繋いだら離れん」


 すうすうと寝息を立てる真一の横で、原田は手を掴まれたまま逃げられなくなっていた。


「まるで親子みたいだぜ。面白いな」


 身動きの取れない原田を置いて部屋を出る大谷。笑みを隠す事は出来なかった。


「また増えたかな……なんてな」


 その幸せな呟きは、すぐに風に吹き消された。


 きっとこの捜査一課がひとつの家族。これからは大谷の呟きは消える事はないだろう。


 そしてきっと、真一も……。


 廊下で一人、大谷の影が薄くなった。夜が明けようとしていた。



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