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〜シックス〜  作者: 悠栖
11/38

高井の過去

「今は静かに眠ってるみたいです。さっきまで酷くうなされてたんですけど」

「確かに顔色悪いな。まあ手の空いた婦警が見てくれるみたいだから」


 一足先に署に帰った山崎は、真一を空いてる診療室のベッドに眠らせていた。

 後から弥央を連れて帰った高井も、今はその脇で真一を見守っている。


「それより話があるんだよ。ちょっと出るぞ」


 山崎は嫌な予感に思わず百八十度回転するが、高井に素早く首根っこを掴まれた。


「ご、ごめん、さっきのは決してわざと二人の会話を聞いたわけじゃなくて」

「おう、本題に入る前からするどいな」

「だってそんな怒った目つきされたら」


 山崎は怯えた様子で壁際にへばりついた。

 先程真一を探している最中、原田に呼び止められた高井の様子がどうしても気になり二人の会話を聞いてしまった山崎。

 すぐに高井にばれて叱られる気配でいっぱいだったが、二人は偶然その時走る真一を見つけたのだ。

 そして見失わないよう連れて行動したばっかりに、真一は弥央の前に出ていったのである。


 どのみち山崎が問い詰められる時が先延ばしされただけだった。


「……ま、別にお前にだったら聞かれてもいいんだけどな」

「へ?」


 開きっぱなしで乾いたコンタクトをまばたきして潤す。山崎は高井の言葉を呑み込めていない。


「内容までわかったか?」

「あんまり……」

「説明してやる」


 強引に連れ出す高井。人気のない喫煙所へ移動した二人は、意外にも柔かい滑り出しで解かれた。


「今更隠すことでもねえんだ。それにお前とは高校からの縁だからな」

 高井は煙草を取り出し、ゆっくりと煙を吐き出す。

「聞いてもいいの?」

「もちろん。高校ん時、俺って一人暮らしだったろ?」


 そのまま話し出す高井に山崎は少し戸惑いつつ、頭の中で時間を戻した。


 高井は高校生の頃から一人暮らしをしていた。両親は小さい頃に離婚をして、小学校六年生の時に一緒に住んでいた母親が亡くなったのだ。


「中学生の頃は、母方の叔父夫婦が半ば無理矢理家に移り住んできたから 一人じゃなかった。特別干渉はされなかったけどな」

「うん……でもなんで、今そんな話をしてるの」


 山崎はもっともな疑問を高井にぶつける。


「まあ聞けよ。とにかく中学生になった俺は叔父夫婦との同居生活が始まった。それと同時にもうひとつ、ある変化が訪れた」


 高井は大袈裟に話すわけでもなく、巧な話術で聞き手を物語の世界に連れ込んでいった。


「知らない男の出現だ」


 山崎は緩んでいた眉間に思い切り皺を寄せた。


「俺が夕方晩飯の買い物に行くと、決まって現れるようになった。勝手に話し掛けてくるんだよ、衝撃だろ」

「関わらないでおこうとか思わなかったの?」

「そりゃ最初は怪しいさ。けどなんでかな、自然と親しくなっていった。きっと商店街の人達もそのおっさんを知っていたからだな」


 ここで高井の煙草は喫煙所に来てから三本目に差し掛かる。目線は常に遠いところへ向けたままだ。


「帰り道コロッケ一緒に買い食いしたり、夏休みにかき氷おごってもらったりしたな。でもまあ、いくら田舎町だからって、急に話し掛けてくるのはおかしい。しばらくして俺は……疑い出したんだ」

「やっぱり怪しいやつだって?」

「いや、違う」

「何を疑い出したの?」


 急かす山崎をたしなめながら、煙草の先端を見つめる高井。


「第一そいつは一切名乗らなかった。おっさんの正体を暴いてやろうと奮起すると、チャンスはすぐにやってきた。

 商店街にひったくりが現れたんだ」


 気が付けば煙草の火はそれを掴む二本の指のすぐ近くまでにじり寄っていた。

 高井は熱さに慣れているのか、ゆっくりとした動作で灰皿に押し潰す。それはすぐに吸殻と化した。


「それで、そのひったくりはどうなったの? 誰だった?」

「つまらねえやつの気まぐれな犯罪さ。どう捕まったと思う」

「案外あっさりと」


 鼻で笑って胸ポケットから煙草ケースを取り出す高井。

「そういう意味じゃねえよ」

「わかった、おっさんが捕まえたんだ」


 指がパチンとなる。その指はそのまま山崎を指し、唇の端が天井へ伸びた。


「いきなり走り出して手錠かけたんだ」

「手錠」と山崎は口が開きっぱなしだ。


「それがな……原田さんとの出会いなんだよ」


 ライターがカチカチと火花を散らして、不健康な葉に命を与えた。

 山崎はその間もやはり口を開けっぱなしにしていた。


「は……原田さん……だったの」

「ついでに言うと 昔離婚した俺の親父だ」


 その瞬間、空気が震動した。

 高井は耳を押さえ思い切り嫌そうな顔で山崎を見返した。署に響きわたるような声で叫んだのである。


「……お前なあ、さっき話立ち聞きしてたんじゃねえのかよ」

「え、いや、でもっ、なんで隠してたの? というかなんで名字違うの」

「それは……俺の我が儘だ」


 高井は山崎から目をそらして、再び思い出を語り始めた。


「今回の事件……十五年前の竹内が起こした事件にな、原田さんは当時の捜査本部の刑事として参加してたんだ」

「うん、それは知ってる」

「自分の親父が警察だって知った俺は、親父に憧れて同じく警察官になろうと思ったんだ」

「そうだったんだ」


 段々と高井の過去が見えてきた山崎。映画のストーリーが一気に展開しているような錯覚を覚えた。


「よく内緒で現場に向かってたもんだ。でも当時の事件は偶然現場の病院に居合わせたんだ」


 高井はさらに語る。現場に行ったら既に竹内は逃げた後で、原田は後からやってきたらしい。

 そして、真一の親の激しい抗議の的になった。


「何度も謝る親父に対してずっと怒鳴り続けてた。それを見かねた俺は生意気にも反論したんだ。

 そしたら殴ってきたから殴り返してやった」

「えっ! だめでしょ……」

「だめだった」


 たった一言だめだったという口調はまるでテストの結果を友達に話しているようだ。もしくは成功確立の少ない手術をした直後だろうか。


「案の定原田さんが責任をとることになった。都内から外されたんだ」

「それで今ここに居るのか」


 全てに辻褄が合った瞬間だった。


「その時俺は誓った。必ず警察になって、力つけて親父の下で働く。成長して強くなる為、原田さんに引き取られる事なく、都内に残って一人で勉強するって。これ以上迷惑かけないように、旧姓のままでな」


 高井の真っ直ぐな瞳に、山崎は圧倒され、押し黙った。


 二人を包む黙した空気は、十五年間の思い出と未来をぴったり繋ぎ合わせた。


 山崎は先程立ち聞きした話の本題を確かめる。


「じゃあ、さっきの話は正式に高井さんが原田修になるってこと?」

「そういうことだな。でもまだ俺は納得してねえ。何より周りの俺を見る目も変わるだろう」

「そんな。親子の縁に周りの目を気にする必要なんてないさ」


 思わず声のトーンが上がる。お世辞でもなんでもなく、本心だからだ。


「今だって十分、高井さんは優秀な刑事だ」

「おいおい、なに急に褒めてんだ」

「えっ……はは、急でしたかね」


 変なときに勢いのあるやつだな、と煙草の煙をため息のように吐き出して笑った。


 山崎が心の底から大丈夫だと高井に伝えたかったのは、こうして個人的な話を自分に打ち明けてくれた嬉しい気持ちに応えたかったからであった。

 もっとも、高井は気付いているのかいないのか──。


「じゃあ、そろそろ切り上げるか」


 またいつ真一の容態が変わるかわからない。二人は今のうちに食事をとることにした。



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