夢の内容
痛い。
何が痛いかはわからないけど、体のあちこちを握られている感じがする。
もしかしたら 熱いのかな──。
「どけっ、ぶち殺されてえのか」
女の人の悲鳴が聞こえる。男の人の喚き声も。
僕も大声をあげて泣いている……つもりなんだけど、実際に声が出ているかどうかはわからない。
ただ最初に開けた視界は、青空の高い庭だった。
「千代っ、いねえのか」
「はい ぼっちゃま」
「いつまでそうやって呼ぶつもりだ。俺はもはや全国指名手配の殺人犯だぞ。さっさとガキの面倒みやがれっ」
「すいません……」
おばあさんの手はしわくちゃだった。その手は震えながら粉ミルクを取り出して用意していて、とってもとっても美味しそうだった。僕の視線はその手に釘付けになった。
障子の向こうはすぐ外だ。部屋から見える外の景色はくるくると色を変えた。
その時は緑から白に。寒くて息が出来なかった。
丁度部屋には物置から出してきたような本がたくさん積まれていて、僕はそれを読むのに夢中だった気がする。
本の裏表紙には「竹内」と書いてあった。
障子の向こうに影が映った。
この本の持ち主の「竹内」で、この家のしゅじんというやつだ。これはお婆さんが呼んでいたからわかった。
一緒に住んでいる僕は、本に書いてある事と同じなら きっと「家族」で、歳から見ると「父子」なんだろう。
僕はどうしても本のように話がしたくて、食事の時しか開かない障子に手をかけた。
「あのう……」
その人は縁側に座って庭を見つめていた。こちらを振り向きもしない。
「あの、僕って、ここの子どもなんですか」
まだ返事はない。聞こえてないのかと思ってもう少し大きい声を発してみた。
「あなたは僕のお父さんですか?」
じゅっ、という音が耳に飛込む。
一瞬何が起きたのかわからなかったが、熱さでその場から飛びのいた。
煙草を投げつけられたらしい。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ、殺すぞ!」
怖かった。絵本の鬼のような顔をしていた。
急いで部屋に戻って障子を閉めると、腰をあげかけていた男の人がまた縁側に座る影が見えた。
「あと九年……九年経てば……」
そう呟くのがわかった。
九年経てば何が起きるのだろう?
今はわからないけれど、きっとそのときになればわかるんだろう……。
耳がじんじんとうずいていた。
ちょっぴり絵本の家族に憧れてるから、その人の事を勝手にお父さんに決めた。本の中の家族は「あなたはお父さんですか」なんて聞いていなかったからだ。
僕は希望を持ち続けた。
いつか肩車をしてもらって 外へ遊びに行けるのだと。
だけどその淡い期待は簡単に打ち砕かれた。
「真一」
びっくりした。誰のことを呼んでいるのかと思ったけれど、その目は真っ直ぐに僕を見ていた。
「てめえがここに来てから十五年経った。わかるか」
「……はい」
「てめえは今日でおさらばだ。もう二度と会わねえ」
驚いて声が出なかった。
もう会わないってどういうこと?
「もうすぐ迎えが来るだろう。おとなしく待っとけ」
そう言ってお父さんはすぐに障子の向こうに消えていった。
眩暈がした。すぐに瞼の裏は紅い紅いしぶきで満たされた。
ああ、これは永遠のお別れなんだなと思った。
僕は知っている。
あの人の部屋に大量の薬があること。
千代というお婆さんはとっくに死んでしまったこと。
そしてやっぱり、僕らは「本物」ではないこと。
本の世界は永遠にその中には入れないものだと知った。
急に一人になり、僕は怖くなった。
部屋の片隅に座って庭を見ているとますます不安になった。
泣き出してしまったとき、刑事さんがやってきた。