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竜と人が暮らすアステリア王国の物語

人には嫌われる令嬢なのに、なぜかあなたの竜にだけ好かれています

作者: みき
掲載日:2026/09/18

 セレスティア王都の貴族街で、エリシア・ローレンは少し変わった令嬢として知られていた。


 無口。


 笑わない。


 お茶会でも必要なことしか話さない。


 悪いことをしたわけではない。


 けれど、人付き合いが苦手なだけで、いつの間にか「冷たい令嬢」と呼ばれるようになっていた。


 エリシア自身も、それを直そうとはしなかった。


 どうせ何を言っても、うまく伝わらない。


 そう思っていたからだ。


 そんな彼女の屋敷に、ある朝、一頭の竜がやってきた。


「……また来たのね」


 庭の花壇の横で、大きな青い竜が座っていた。


 翼をたたみ、こちらを見ている。


「グレン」


「ぐる」


「今日は何も壊していないでしょうね」


「ぐる」


 エリシアは花壇を見る。


 一部の花がつぶれている。


「壊しているじゃない」


 竜は顔をそらした。


「あとで植え直します」


「ぐる」


「あなたがやるの?」


 当然、できない。


 エリシアはため息をついた。


 この竜は、最近よく屋敷へ来る。


 名前はグレン。


 王都の竜騎士団に所属する飛竜だった。


 そして、グレンにはちゃんと相棒がいる。


 その相棒も、少し変わった人だった。


     


「本当に申し訳ない」


 昼すぎ。


 屋敷を訪れた青年が深く頭を下げた。


 名前はカイル・ベルク。


 二十五歳。


 王国の竜騎士で、グレンの相棒だった。


 長い黒髪。


 まじめそうな顔。


 背が高く、制服もきちんとしている。


 ただし。


 とにかく無口だった。


「今日で三回目です」


 エリシアが言う。


「……すまない」


「先週は庭木を折りました」


「すまない」


「その前は洗濯物を持っていきました」


「……すまない」


「それしか言わないのですか」


 カイルは少し困った顔をした。


「他に言うべきことが、思いつかない」


 エリシアは黙った。


 自分と似ている。


 そう思った。


 グレンは庭でのんびり寝ている。


「どうして、うちに来るのですか」


「わからない」


「あなたの竜でしょう」


「そうだが、竜は人の持ち物ではない」


「それは知っています」


「グレンは自分で来ている」


「なぜですか」


「……わからない」


 また同じ答えだった。


 エリシアは少しだけ笑いそうになった。


「あなたも、あまり話すのが得意ではないのですね」


「……そう見えるか」


「見えます」


「あなたに言われるとは思わなかった」


「どういう意味ですか」


「いや」


 カイルは目をそらした。


「何でもない」


 その時。


 グレンが立ち上がった。


「ぐる」


 そして、エリシアの背中を鼻先で押した。


「ちょっと」


 前へ一歩よろける。


 そこにカイルがいた。


 ぶつかりそうになり、カイルがとっさに腕を伸ばす。


「危ない」


「……ありがとうございます」


 エリシアはすぐ離れた。


 グレンは満足そうだった。


「ぐる」


「今の、わざとですよね」


「たぶん」


「止めてください」


「努力する」


「努力では困ります」


 カイルが少しだけ笑った。


 それを見て、エリシアは驚いた。


 この人も笑うのだ。


     


 その日から、グレンはさらによく来るようになった。


 二日後。


「また来たの?」


「ぐる」


 三日後。


「今日は花壇に入らないで」


「ぐる」


 四日後。


「パンはあげません」


「ぐるう」


「そんな顔をしてもだめです」


 そして毎回、少し遅れてカイルが迎えに来た。


「すまない」


「今日は何も壊していません」


「そうか」


「でもパンを三つ食べました」


「すまない」


「私があげました」


「……そうか」


 会話は少ない。


 それでも、少しずつ話す時間が増えた。


 カイルがどんな仕事をしているのか。


 グレンと出会ったのはいつか。


 王都の上から見る夕日がきれいなこと。


 エリシアが花を育てるのが好きなこと。


 人の多いお茶会が苦手なこと。


 いつの間にか、エリシアはカイルが来るのを嫌だと思わなくなっていた。


 むしろ。


「今日は遅いですね」


 自分からそう思っていることに気づき、少し戸惑った。


     


 ある日の午後。


 エリシアは母から呼ばれた。


「来月のお茶会、参加しなさい」


「またですか」


「あなたも二十一でしょう」


「はい」


「いつまでも家にいるわけにはいかないわ」


 言いたいことはわかる。


 結婚の相手を探しなさい。


 そういう意味だった。


「最近は、あなたのことを冷たいと言う人も多いのよ」


「知っています」


「少しは笑いなさい」


「無理に笑っても変でしょう」


「そういうところよ」


 母は悪い人ではない。


 娘を心配している。


 それもわかる。


 でも、エリシアには苦しかった。


 自分はただ、うまく話せないだけ。


 それなのに、それだけで人から遠ざけられる。


 部屋を出たあと、エリシアは庭へ向かった。


 そこには、グレンがいた。


「また来たの」


「ぐる」


「今日は、ちょっとだけいて」


 エリシアは竜の横へ座った。


 グレンは何も言わず、そばにいた。


 しばらくして。


「また何かあったのか」


 声がした。


 顔を上げると、カイルが立っていた。


「……どうしてそう思うのですか」


「いつもより元気がない」


「わかるのですか」


「少しは」


 エリシアは驚いた。


 カイルはグレンの反対側へ座った。


「話したくなければ、話さなくていい」


「……あなたは、いつもそれですね」


「何がだ」


「無理に聞かない」


「聞かれたくない時もあるだろう」


 エリシアは少しだけ笑った。


「やさしいのですね」


 カイルは目をそらした。


「そうでもない」


「そういうことにしておきます」


 しばらく二人とも黙っていた。


 不思議と、気まずくなかった。


     


 その夜。


 エリシアは考えた。


 カイルといる時は、無理に話さなくていい。


 沈黙しても、相手が怒らない。


 何か面白いことを言おうとしなくてもいい。


 それが、とても楽だった。


 そして。


 たぶん、自分は彼が好きなのだと思った。


 気づいた瞬間、胸が苦しくなった。


 どうすればいいのかわからない。


 恋愛の話は本で読んだ。


 お茶会で聞いたこともある。


 でも、自分がそうなるとは思っていなかった。


「……どうしよう」


 もちろん、だれも答えてくれなかった。


     


 数日後。


 グレンが来なかった。


 次の日も。


 その次の日も。


 カイルも来なかった。


 四日目。


 エリシアは心配になった。


 そして自分でも驚くほど早く、竜騎士団の本部まで来ていた。


 入口の騎士に聞く。


「カイル・ベルク様はいらっしゃいますか」


「カイルなら、北の街道へ出ています」


「何かあったのですか」


「山くずれです」


 エリシアの顔が青くなった。


「けが人を運ぶため、竜騎士団が出ています」


「グレンも?」


「もちろんです」


「いつ戻るのですか」


「早ければ今日の夜でしょう」


 エリシアはうなずいた。


「ありがとうございます」


 それだけ言って帰った。


 屋敷へ戻っても落ち着かなかった。


 何度も窓を見る。


 空を見る。


 夕方になった。


 夜になった。


 それでも来ない。


     


 夜遅く。


 庭から音がした。


「ぐる」


 エリシアはすぐ外へ出た。


「グレン!」


 青い竜が立っていた。


 少し泥だらけ。


 でも大きなけがはない。


 その横にカイルもいた。


「ごめん。こんな時間に」


「無事だったのですね」


「ああ」


 エリシアはほっとした。


 そして、その瞬間。


 目から涙が出た。


「……え」


 自分でも驚いた。


 カイルも驚いている。


「エリシア?」


「何でもありません」


「泣いている」


「見ればわかります」


「どうした」


「心配したんです」


 言ってしまった。


「あなたも、グレンも。何日も来ないから」


 カイルは黙った。


 エリシアは顔をそらした。


「すみません。変ですよね」


「変じゃない」


「でも」


「俺も、会いたかった」


 エリシアが顔を上げる。


「……え?」


「仕事をしている間、ずっと考えていた」


 カイルは少し困った顔をした。


「戻ったら、ここへ来ようと」


「どうして」


 聞いたあとで、エリシアは後悔した。


 でもカイルは逃げなかった。


「好きだからだと思う」


 エリシアは固まった。


 あまりにもまっすぐだった。


「……思う?」


「こういうことを言ったことがない」


「私もありません」


「なら、お互いさまだ」


 カイルは少し笑った。


「エリシア」


「はい」


「俺は、あなたといる時が楽だ」


「それ、告白としてどうなんでしょう」


「だめか」


「もう少し何かありませんか」


 カイルは真剣に考え始めた。


 エリシアは思わず笑った。


「冗談です」


「そうか」


「私も」


 エリシアは少しだけ息を吸った。


「あなたといる時が、一番楽です」


「それは」


「はい」


 今度はちゃんと言う。


「私も、あなたが好きです」


 カイルの顔が少し赤くなった。


 それを見て、エリシアはまた笑った。


     


「ぐる」


 グレンが二人の間に顔を入れた。


「ちょっと」


「グレン」


 竜は満足そうだった。


「まさか」


 エリシアはグレンを見る。


「最初から、こうするつもりだったの?」


「ぐる」


「絶対そうだ」


 カイルが言った。


「あなたの竜、かなりおせっかいですね」


「俺も今知った」


「花壇を三回壊したのも?」


「それはたぶん別だ」


「そこは認めるのですね」


 二人は笑った。


     


 それから少しして。


 王都の貴族たちの間で、小さな話題が広がった。


 冷たいと言われていたローレン家の令嬢が、最近よく笑うらしい。


 しかも相手は、無口で有名な若い竜騎士。


「意外ね」


「どこで知り合ったのかしら」


 だれも本当のきっかけは知らない。


 青い竜が勝手に庭へ来て。


 花壇を壊して。


 パンを食べて。


 そのたびに無口な竜騎士が謝りに来た。


 それだけだった。


 でも、恋の始まりなんて、案外そんなものなのかもしれない。


「グレン!」


 今日も庭から声がする。


「また花壇に入ったでしょう!」


「ぐる!」


「カイル!」


「すまない」


「あなたまでそれしか言わないのですか!」


 アステリア王国のどこかで。


 一頭のおせっかいな竜は、今日も二人の間に大きな顔を入れている。

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