焦燥の白虎
祇園の夜は静かだった。
月が出ている。
白瀬かのんは屯所の廊下を歩いていた。
身体の痛みはまだ残っている。
それでも。
もう動けるくらいには回復していた。
その時。
声が聞こえた。
「白瀬」
振り向く。
白川せなだった。
廊下の奥に立っている。
かのんは少し緊張した。
「はい」
せなは言う。
「神禍が出た」
かのんは驚く。
「え」
「今度は祇園のど真ん中」
「小さいやつ」
せなは続けた。
「隊長は別任務」
「だから私と行く」
かのんは一瞬だけ迷った。
でも。
頷いた。
「……わかりました」
せなは静かに笑った。
「いい子」
その笑みは、どこか冷たかった。
⸻
祇園の中心。
普段は賑わっているはずの花見小路。
なぜか今日は人一人いない。
灯りも少ない。
静まり返っている。
かのんは少し違和感を覚えた。
「……神禍」
「どこですか」
せなは立ち止まった。
そして。
振り向く。
その目は、いつもと違っていた。
「いないわよ」
かのんは固まる。
「え」
せなはゆっくり近づく。
「最初から」
「そんなもの」
「いない」
かのんの胸がざわつく。
「どういう……」
その瞬間。
空気が揺れた。
黒い影が現れる。
神禍。
大きい。
今まで見たものより。
ずっと。
かのんの目が見開かれる。
「……嘘」
せなは静かに言った。
「呼んだのよ」
かのんは息を呑む。
「どうして」
せなは答えた。
「隊長が」
「あなたを守るから」
沈黙。
かのんは理解できなかった。
せなは続ける。
「いつもそう」
「隊長はあなたを守る」
「だから」
「あなたを狙えば」
神禍が動く。
黒い影が膨らむ。
白い目が歪む。
かのんへ向かって跳ぶ。
身体が動かない。
その瞬間。
銃声が響いた。
パンッ。
白い弾丸。
神禍の腕が弾ける。
次の瞬間。
白瀧が飛び込んできた。
かのんを抱き寄せる。
「かのん!」
その瞬間。
神禍の腕が振り下ろされた。
黒い影が白瀧の背中を貫く。
時間が止まる。
白瀧の身体が揺れる。
血が落ちる。
かのんの目が見開かれる。
「……隊長」
白瀧の身体が崩れる。
かのんが支える。
手が震える。
「なんで」
「なんで」
白瀧は少し笑った。
苦しそうに。
「なんでだろうね」
息が浅い。
「やっぱり」
「来ちゃった」
かのんの涙が落ちる。
「ごめんなさい」
「私のせい」
白瀧は首を振る。
「違う」
その声は弱かった。
その時。
後ろで笑い声がした。
せなだった。
静かに笑っている。
「やっぱり」
小さく言う。
「守るんだ」
かのんが振り向く。
その目は涙で濡れていた。
「どうして」
せなは答えない。
ただ白瀧を見る。
その目は。
愛している人を見る目だった。
そして同時に。
壊れた人の目だった。
祇園の夜風が吹く。
白瀧の血が石畳に落ちる。
この瞬間。
三人の運命は。
完全に分たれた。




