帰還する虎
祇園の通りは、昼の光に包まれていた。
石畳の道。
町家の格子。
暖簾が揺れる店先。
白瀬かのんは、白瀧の少し後ろを歩いていた。
見回りだった。
神禍は夜に多い。
だから昼は比較的穏やかだ。
それでも。
神選組は街を歩く。
それが役目だった。
白瀧は前を歩きながら言う。
「祇園はね」
「神禍が出やすい」
かのんは頷く。
「人が多いからですか」
白瀧は振り向いた。
「そう」
「人の感情が集まる場所だから」
かのんは少し考える。
神禍は、人の恨みや妬みが怨霊になったもの。
つまり。
人が多い場所ほど生まれやすい。
その時だった。
通りの奥から、声がした。
「……隊長」
低い声。
女性の声だった。
白瀧が足を止める。
かのんも止まる。
通りの向こう。
一人の女性が立っていた。
長い黒髪。
鋭い目。
背筋の伸びた立ち姿。
白虎隊の隊服を着ている。
白川せなだった。
白瀧の表情が少しだけ柔らかくなる。
「……せな」
せなはゆっくり歩いてくる。
その視線は、まず白瀧へ。
そして。
すぐに、かのんへ移った。
数秒。
沈黙。
それから、せなが言う。
「遠征から戻りました」
白瀧は頷いた。
「お疲れさま」
「大変だった?」
せなは肩をすくめる。
「まあ、それなりに」
そう言って。
ちらりとかのんを見る。
「……で」
「その子」
かのんは少し緊張した。
白瀧が言う。
「新しい隊士」
「白瀬かのん」
せなは眉をわずかに動かした。
「へぇ」
ゆっくり近づく。
かのんの前に立つ。
視線が合う。
その目は鋭かった。
「神紋は?」
かのんは言葉に詰まる。
「……まだ」
せなは少しだけ笑った。
「まだ?」
かのんは俯く。
「はい」
せなは白瀧を見る。
「隊長」
「神紋も出てない子を隊に入れたんですか」
白瀧は穏やかに答える。
「そうだね」
「事情があって」
せなは少し黙る。
それから言った。
「ふーん」
その声は軽かった。
けれど。
目は笑っていない。
せなはかのんの横を通り過ぎる。
そして白瀧の隣に立つ。
距離が近い。
昔からの距離。
そんな自然さだった。
「隊長」
「今夜、神禍出ますよ」
白瀧が眉を上げる。
「わかるの?」
せなは刀の柄を軽く叩く。
「勘です」
白瀧は笑った。
「そうだね」
「君の勘は当たる」
かのんは少しだけ胸がざわついた。
二人の空気。
それは。
自分の知らない時間だった。
せなは再びかのんを見る。
「白瀬」
かのんが顔を上げる。
「はい」
せなは静かに言った。
「神禍、見たことある?」
かのんは頷く。
「昨日」
「隊長と」
せなは白瀧を見る。
それから小さく笑った。
「そう」
少し間があって。
続ける。
「じゃあ」
「今夜はちゃんと見ておきなさい」
「神禍討伐ってものを」
その言い方は。
どこか試すようだった。
白瀧が言う。
「せな」
「無茶はさせないよ」
せなは肩をすくめる。
「わかってます」
「隊長は優しいですから」
その言葉には。
少しだけ棘があった。
祇園の風が吹く。
その中で。
三人は立っていた。
白瀧。
かのん。
せな。
その距離は、まだ静かだった。
けれど。
この時から。
少しずつ。
何かが崩れ始めていた。




