白牙の試練
祇園の夜は静かだった。
雨は止んでいた。
石畳の道が、街灯の光を淡く反射している。
町家の並ぶ通りは、昼とは違う顔を見せていた。
人通りは少ない。
けれど。
この街には、人ではないものが現れる。
神禍。
白瀬かのんは、その町を見上げていた。
「ここが……祇園」
白瀧は頷く。
「そうだよ」
穏やかな声だった。
「神選組の拠点はこの辺にある」
祇園の奥。
古い町家を改装した建物。
それが白虎隊の屯所だった。
かのんは少しだけ息を吐いた。
「私……」
白瀧を見る。
「本当にここにいていいのかな」
白瀧は少し考えた。
それから言う。
「いいよ」
あっさりとした声だった。
「君はもう隊士だから」
かのんは少し戸惑う。
「でも……」
「神紋、まだ出てないし」
白瀧は笑った。
「そうだね」
「でも、神紋が出るかどうかは別の話だ」
かのんは首を傾げた。
白瀧は言う。
「神選組に必要なのは」
「戦える人間だけじゃない」
「逃げない人間だ」
かのんは少し黙った。
その時だった。
遠くで、何かが揺れた。
黒い影。
路地の奥。
煙のようなもや。
白い穴のような目。
神禍だった。
かのんの身体が固まる。
「白瀧隊長」
白瀧はもう見ていた。
「うん」
静かな声。
拳銃を抜く。
二丁拳銃。
「ちょうどいい」
「初任務だ」
かのんは驚く。
「え」
「でも」
「私……」
神紋が出ない。
戦えない。
言葉が出ない。
神禍はゆっくりとこちらへ向かってくる。
白い目が歪む。
黒い影が膨らむ。
さっきのものより大きい。
人の形。
けれど腕が長すぎる。
足も歪んでいる。
神禍は唸る。
空気が重くなる。
かのんは後ろに下がる。
「……怖い?」
白瀧の声だった。
かのんは正直に頷く。
「はい」
白瀧は少し笑った。
「そうだね」
「怖いよね」
拳銃を構える。
その瞬間。
背中の神紋が白く光った。
光が背中から肩へ。
腕へ。
そして。
拳銃へ流れる。
白虎の力。
それが弾丸になる。
白瀧は一歩前へ出た。
神禍が叫ぶ。
黒い腕が振り下ろされる。
その瞬間。
パンッ。
銃声。
弾丸が神禍の腕を吹き飛ばす。
黒い影が散る。
神禍は止まらない。
もう一度襲いかかる。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
銃声が夜に響く。
弾丸は普通の銃弾ではない。
白い光の弾丸。
神禍の身体を貫く。
さらに。
弾丸が分裂する。
広がる。
影を削るように。
神禍は悲鳴を上げた。
白い目が歪む。
白瀧は冷静だった。
歩く。
撃つ。
撃つ。
撃つ。
パンッ。
最後の一発。
神禍の胸を貫く。
影は崩れた。
黒いもやが散る。
そして。
消えた。
静寂が戻る。
祇園の夜が戻る。
白瀧は銃を下ろした。
「……終わり」
かのんは動けなかった。
さっきまでの光景が頭から離れない。
強い。
あまりにも。
白瀧は振り返る。
「大丈夫?」
かのんは言葉を探す。
「……私」
声が震える。
「何も」
「できなかった」
白瀧は少し黙った。
それから言う。
「そんな事ないよ」
かのんは俯く。
でも。
白瀧は続けた。
「だって」
「君は逃げなかった」
かのんが顔を上げる。
白瀧は穏やかに笑っていた。
「それで十分だよ」
かのんは何も言えなかった。
祇園の夜風が吹く。
その時。
路地の奥。
ほんの一瞬だけ。
黒い影がまた揺れた。
けれど。
白瀧も、かのんも気づかなかった。
祇園の夜には。
まだ、神禍が潜んでいる。
そして。
かのんの中にも。
まだ目覚めていない力があった。




