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私を見つけて

作者: 初芽 楽

 私は幽霊だ。だから私は道行く人間には姿を見られない。


 そうであるはずなのに、少年が私のいる方を向いてくる。

 中学生くらいの少年だ。私の姿がはっきりと見えているわけではないのか、目が合うということはないのだけど、それでも私がいる場所を的確に見定めているという感じはしている。


 少年には少し霊感があるのだろう。私がここにいることは感じ取っているのかもしれない。けど、それだけだ。私の姿を見てはいないし、私が呼びかけても全く反応しない。


 私は死んでからずっとこの場所に居座っている。その間に周りの風景が変わってしまった。五年前から近くに電車の駅ができて、私の居場所は改札口の近くにある案内板になっている。


 少年は朝にこの駅に入り、夕方にこの駅から出ていく。この近くに彼の家があり、通学のために電車を利用しているようだ。


「おかしいな……。ここにいるはずなのに……」


 偶にそう言い残して去っていく男の子は寂しそうというよりは、少し悔しそうに唇を噛んでいる。私はそんな彼に励ましの言葉を送るのだ。


「私を見つけて」


 私はちょうどこのあたりで死亡した。不慮の事故だった。当時女子高生だった私だ。やりたいことは山程あった。だから死んだ当時の服装と容姿のまま、この世に居座り続けていたのかもしれない。俗に言う地縛霊だ。


 私が死んでからもう何年経ったか分からない。幽霊になると生きていた時よりも時間の流れが早く感じる。もうこの世に居続けても仕方ないし、天国にいけたら第二の人生が待っているのかもしれない。生まれ変わりもできるかもしれない。それなのにまだここにいるのは、自分を見つけてほしいという思いが強く残っているからだろう。


 私はその望みを少年に託すことにした。彼が私を見つけることができたら、私は大人しく成仏しよう。


 四年の年月が経っても、少年はまだこの駅を利用している。高校生になったようで、背が高くなり、段々と大人びた精悍な顔つきに変わっている。最近では視力が落ちたからだとは限らないだろうけど、大きなフレームの眼鏡をかけるようになった。


 何年も変わらずに私のことを見つけようとしてくれているようで、この場所を通るときは私のいる場所に目を向けている。それでもやはり私とは目が合わない。はっきりと姿が見えているわけではないのも変わらない。


 しかし最近の少年は様子が違った。私のことが見えなくても悔しそうな表情を浮かべなくなり、私の周りを三分くらい観察しながら何かに納得したように頷くようになった。しきりに眼鏡のフレームを触っているものの、特に苛立った雰囲気もない。


「まだちょっとズレてるな……」


 少年は呟くと、そんな自分に気づいて周囲を気にしてしまうことがしばしばあった。


 その習慣は少年がこの場所に来る時は必ず行われた。急に雨が降って、少年が傘を持っていなかったとしても、少年は雨に打たれながらも三分はこの場所を観察した。私のフード付きのジャケットを貸してあげたかったところだけど、幽霊なのでそんなことはできるわけがない。


 そのうち私は、もしかして少年が私を見つけようとするのは、何か別の目的があってのことなのかと思うようになってきた。やはり少年は呟いてしまうのだ。


「もし本当に幽霊がいるとしたら、可哀想だな……」


 私は少年のことをもっと応援したくなった。


 しかし二年後の春から、少年はここに来なくなった。大学生になって、学生寮に住むようになったからだろう。この駅を利用しなくなったようだ。


 私を見つけることなく、私の元から去っていったようで悲しい。とはいえ仕方ないことだと割り切る。人間は何年経っても幽霊を見ることなんてできやしないのだ。


 さらに夏になると、私にとって最悪なことが起こった。

 怪しい祈祷師みたいな男がここにやって来て、ここの悪霊がいるから除霊すると言い出したのだ。


「ここには山で滑落して、そのまま誰にも見つけられずに死亡した女性の霊が彷徨っている。このままでは駅に呪いをかけ、事故を引き起こすだろう」


 今の時代でもオカルトを信じる人がいるのだなと、私は呆れるよりはむしろ感心してしまった。私が電車にいたずらをして一体何になるのだろう。持っている杖でも投げてやればいいのだろうか。それでも現代の線路のどこに杖を投げれば電車が脱線するのか皆目検討もつかない。


 オカルトをオカルトのままにしてしまうなんて、人類は意外と進化していないんだね――。


 しかし呑気にしていられない状況になってしまった。祈祷師はお祓いを始めるようになった。

 最初こそバカバカしく思って眺めていただけなのに、三回目で何かコツを掴んできたのか、私は少し気持ち良くなってしまった。このまま極楽浄土に行けるかもしれない。そんなふうに魂が浮ついてしまったのだ。


 成仏できるのは良いことかもしれないけど、私としてはまだ納得いかない。私はまだ見つけてもらってない。祈祷師は私と目が合ったわけでもなく、はっきりと私を知覚しているわけではないようだ。おおかた噂を聞きつけただけだろう。


 贅沢を言うなら、彼に見つけてほしかった。


「ちょっと、そこで何をしているんですか?」


 祈祷師がお祓いをする中、彼がやってきた。大学生になり、大人びた顔つきになっている。相変わらず大きなフレームの眼鏡をかけているけど、もう少年と言えるような雰囲気ではない。よく考えれば私の生前の年齢なんてとっくに超えている。


 祈祷師は彼の登場に驚きながらも、毅然とした態度で言う。


「ここに悪霊がいるから祓っているんだ。邪魔をしないでくれ」

「ならどこに悪霊がいるんですか?」


 彼も負けていなかった。一歩も退くことなく、堂々と胸を張っている。多分彼はすでに見つけたのだろう。彼が長年追い求めていたものを――。


 だから彼は白馬の王子様のように、ここへ来てくれた。


 祈祷師は苛立たしげに言い返す。


「ここにいると言っているんだ」

「だからどこにいるんですか。ちゃんと指を差してください」


 祈祷師は最初こそ戸惑いつつも、何か吹っ切れたようにまっすぐと方向を示した。たぶん適当に答えても彼を言いくるめられると思ったのだろう。私はその指の先にはいなかった。


「そこにいるだろ。君には見えないかもしれんが」


 祈祷師が強引に言い放つと、彼は呆れたようにため息をつく。


「最近あなたのような人が増えて僕も困っているんですよね。でももうすぐそんな詐欺ができなくなりますよ」


 そう言って彼は眼鏡のフレームを触った。眼鏡にしては幅が大きいフレームにあるボタンを押す。すると小さな電子音が私にも聞こえてきた。高校生の時にはなかった機能だ。この数年で改良に改良を重ねてようやく完成したみたいだ。


 彼がどのように私を見ているのかは分からないけど、私のことが見えていることだけは明確に分かった。やっと私と目が合ったのだ。


「やっと見つけた。やっぱり女性だったんですね」


 思ったよりもはっきりと私の姿が見えているようで嬉しい。 


 彼ならきっと私を見つけてくれるだろう。そう思って、ずっと用意していた言葉がある。声が聞こえるかまでは分からないけど、彼なら何年もしないうちに声を聞く手段も発明してしまうだろう。


「おめでとう。私を見つけられるようになって」


 これでもう思い残すことはない。科学が大きく進歩する瞬間に立ち会った後、私は天国へと旅立った。彼にお礼を言うのは、彼が天国に来てからにしよう。


 ※


 4025年8月。一人の男子大学生が幽霊を科学的に発見するという偉業を成し遂げました。


 北と南の都市を繋ぐリニアモーターレールのちょうど中間に位置するR市。千年以上前には山のど真ん中だったとは思えませんが、小さな地殻変動が重なり地形が変わったことで、今では大都市と呼べるまでに発展したところです。そこに住む男子大学生のFさん。


 Fさんは幽霊を構成する半物質を観測するため、人間の視覚に幽霊の波長を合わせるレンズを開発しました。科学的に幽霊の存在を証明するという人類の歴史を大きく変える偉業はどんな想いで成し遂げられたのかお話を伺いました。


「大昔に実家の辺りが山で、女子高生が事故で亡くなったというのは噂で聞いたことがありました。中学でリニアで通うようになってから駅で気配を感じるようになったのが、研究を始めたきっかけです。彼女を見つけて、天国で幸せになってほしいという想いで地道に研究を続けました。何年も待たせてしまいましたけど、最後にあの人の笑顔が見られて本当に嬉しいです」

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― 新着の感想 ―
オチがいい。 それにしても少年が賢すぎる! 偶然ですが、私も以前『駅の幽霊』というタイトルで短編を書いたことがあるのですが、この作品くらいストレートに書けばよかったな、とこれを読んで思いました(とい…
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