『第6回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』参加作品集
観覧車の景色よりも
「すいません、こちらのお客様で最後になります」
「そんなあ……!?」
騒がしい足音と乱れた呼吸、係員に告げられた言葉を聞いてわかりやすく絶望の表情を浮かべている。
「あの、良かったら一緒に乗りますか?」
「え!? 良いの! ありがとう!!」
思わず声をかけてしまったのはなぜだろう。可哀想だと思ったから? それもあるかもしれない。
けれど――――たぶん彼女がカメラを持っていたからだ。
「いやあ、本当に助かったわ、何か御礼をしたいけど何も持ってないのよね……あ、身体でっていうのは駄目だからね?」
「……何も言ってないんですが」
俺が慌てたのが面白かったのか、冗談よと笑う彼女。
二人で乗り込んだのは今年で解体される予定の観覧車だ。
かつては日本最大の宣伝文句で人気を博したそうだが、老朽化には勝てないということなのだろう。
乗り納めということで平日だというのに観覧車は満席だ。
「御礼なんて良いですよ、それより写真、撮るんでしょ?」
「あら、なんでわかったのって、こんなカメラ持ってたらわかるか」
景色を撮るだけならスマホで十分なはずなのに、彼女が持っているのは去年発売されたばかりのフルサイズミラーレスカメラだ。中古でも三十万は下らないはずで本気度が伝わってくる。一周約二十分あるとはいえ、高さや角度で見える景色は変わってしまう。雑談している暇はないはずだ。
「わお!! ファンタスティック」
彼女は声に出さないと写真を撮れないタイプのようで、ゴンドラが動き出してからずっと喋りっぱなしだ。
車窓からは広大な公園、海――――そして繁華街の灯りが飛び込んでくる。
「見て!! 観覧車が池に映ってる!!」
公園の池にライトアップされた観覧車が魔法のように浮かび上がる。自分たちがそこに乗っているというのは不思議な気分になるものだ。
「君は写真撮らないの?」
「俺は必要無いんです、写真」
彼女の表情が一瞬曇ったので慌てて言葉を付け足す。
「あ、いえ、写真が嫌いとかじゃなくて……完全記憶って知ってます?」
それだけで理解したのか、彼女の表情がぱああっと輝く。
「ええええっ!! めっちゃ羨ましい!! 私なんてどうやったらこの感動を写真に再現できるか苦労しているっていうのに」
「あはは、便利なことばかりじゃないですけどね」
この能力は呪いだ。
「ふーん、私、君に興味あるかも」
でも、悪いことばかりじゃない。
景色より多めな彼女の姿を脳内で整理しながらそんなことを考えていた。