婚約者が面倒臭い件について〜不幸な未来に我慢できません。こうなったら婚約破棄あるのみです!
私、サリエル=ミラン(伯爵令嬢)はダニエル=クレイン伯爵令息と幼少期に婚約している。
勿論、ただの政略婚。
家の為で私に選択権はなかった。
そして、選択権が無いのはお互い様の事。
だからこそ、決められた相手を尊重して寄り添って過ごす。
婚約者との仲が良好であればある程 家にとっても、当人同士にとっても幸せだもの。
私の周りの婚約者持ちの大半は上手くやってる。
私が上手くいっていないだけ。
原因の一つはダニエルの幼馴染。
クレイン領内の貴族の令息令嬢達で、私にも遊び相手は準備されているから幼馴染がいる事自体は不満も不信もない。
ただ、その関係性は理解できない。
子ども社会は親社会の縮図でしかない。
領内では領主当主家の子とそれ以外の貴族の子は主従関係にある。
つまり、ダニエルの幼馴染達にとって、私は未来の領主夫人。
仕える相手になるわけで。
結婚前とはいえ、婚約者は一目置かれるのが慣例とされている。
その状況で。
明らかに異常なのが私の婚約者とその幼馴染の男爵令嬢だった。
2人は合わさるといちゃいちゃしている。
幼馴染を盾に。
私が2人の異常に気付いたのは12歳の時。
貴族子弟用学園に通うようになってからだった。
仲が良い。
そんな言葉で片付けるには目に余る。
アイコンタクトの回数。婚約者との定期お茶会へ当たり前に参加してくる。食堂でのランチは常に一緒。
(ランチは領の他の子弟が一緒だから、2人きりではないけれど。)
婚約者がいたら遠慮すべき事柄を悉く配慮なしで行う2人に怒りより嫌悪を抱いた。
家の為、領の為。
我慢や諦めは同じはずなのに、何故私だけが嫌な思いをしなければならないのか。
何故、ダニエルと幼馴染が睦まじく過ごすのか。
段々募る不満と不信。
決め手は人気本の「恋人同士の行動」。
好きな本の好きなシーンを再現されれば黙っていられない。
そもそも、我が家よりもダニエルの領に益がある。だからこそ娘を押し付けられるのだから。
両親は非情な人ではないし、婚約破棄を相手に告げられたなら婚約破棄してくれると思う。
私に瑕疵が付けば怒られるけれど、そこは上手く誘導すれば乗り切れる。
決断した私はすぐに行動した。
「リリエラ様。この度はお越し頂きありがとうございます。」
リリエラはビクビクと怯える仕草で、か弱く庇護の必要性を体現していた。
「ダニエル様が居ない時にお会いするのは初めてですね。この時間がお互いにとって意義ある物となる様、よろしくお願いいたします。」
まずは牽制から。
彼女が色々と私を貶める発言をしているのは知っている。
定番な物ばかりで、呼び出して叱責。物を隠す。転ばせる。という嫌がらせを私がしているらしい。
ダニエルの居ない時に会ったことがなければ呼び出しての叱責はあり得ない。
一つの事実も無いリリエラの話を誰がどこまで信じるか。
誰も信じないとは思うけれど、マイナス要因は排除が基本でしょう。
「本日は私たちの今後の為に全ての会話の記録をお願いしております。生徒会書記のネルソン伯爵令息様ですわ。」
ネルソン様を紹介するとリリエラは怯えつつ頭を下げた。
演技なのは分かっているのに、絆されそうなほど弱々しい。
「そして、生徒会長のハワード侯爵子息様が中立な第三者の立場でお立ち合いくださいます。女性の立会人として、リンドール伯爵令嬢にも同席してもらいます。」
リリエラと2人になる事がない様、放課後大親友のマリアンにリリエラを呼んでもらった。マリアンもそのまま立ち会ってくれている。
私が生徒会書記の肩書と実務能力を当てにネルソン様へ依頼する為昼休みに生徒会室へお邪魔した所、居合わせた生徒会長に立会人を条件に出されて今に至る。
私に疚しい所はないから、公正性が増す立会人の存在は助かるくらい。
更に生徒会長は生徒会の会議室を提供してくれた。
彼女が部屋に入った所から記録は始まった。
「貴方は私の不幸を望みますか?」
リリエラは何も答えない。
「私は、幸せに過ごしたいと思います。ですが、貴方に不幸になって欲しい!と願う訳ではありません。」
リリエラは顔を歪めた。抗議の表情だろう。
「私自身の幸せを願う事と、他人の不幸を願う事は同じではありませんわ。私は私が幸せに過ごす為に行動します。」
「それって、ダニエル様に近づくな。って言う脅迫ですよね!私はこの様なやり方に屈したりしません。」
リリエラの強い意思を秘めた声が響く。芝居がかってる感は否めないのだけれど。
「それは違います。私の幸せへの行動が貴方にとって有益であればお互いの為になるのではないかとお声がけさせて頂きました。」
落ち着かせる為、出来るだけ穏やかなトーンで話す。
敵意を向けていたリリエラは話が進むと私の婚約破棄したい気持ちを理解し、約束してくれた。
私の虚偽事項はダニエル本人にしか話さない事。
私と婚約破棄した後の事は互いに責任の押し付けや干渉しない事。
私にとって大切な2点。
このままダニエル以外に私の悪口を言えば私は瑕疵有りになり、まともな縁談を望めなくなる。
婚約破棄したとして、ダニエルの次の婚約者がリリエラになるかどうか、私は口出し出来ない。婚約出来なくても私のせいではないし、結婚して不幸になっても私のせいではない。
私のせいにされては困る。当たり前だとは思うけれど、なんとなく、リリエラには念押ししたかった。
1ヶ月後に開催される学年末ダンスパーティーへのエスコートがリリエラなら婚約破棄できる。
ダニエルが声高に婚約破棄を宣言する必要はない。
婚約者のエスコートが常識の中、婚約者以外をエスコートしてくれれば悲しむ私が両親に訴えて婚約破棄。
エスコートされたリリエラは対外的に婚約者に准ずると公表する場になる。
それまではダニエルにだけ、私に意地悪されたと言っても不問とする。勿論、狂言は止めるよう伝えた上での話。
嘘にならない様、勘違いだった。で済むように内容や時間、場所もアドバイスした。
嘘だと分かればダニエルからリリエラへの信頼が揺らぐから大事なポイントだと言い聞かせた。
リリエラは私がダニエルと婚約していなければ不幸を願ったりしない!と断言してくれた。
大切なポイントは書き漏れが無い様にネルソン様の記載内容に目を向けた。
本当に全て書き留めているのか、残念なことに読める文字では書かれていなかった。
清書で確認するしか無いわね。
話が一段落したので、清書を待つ間に隣の生徒会室からお茶を頂いて一息ついた。
初めて話すリリエラ様は初めの弱々しい印象は無くなり、主に生徒会長と楽しげに話している。
気を遣った生徒会長がマリアンと私を会話の輪に入れてくれるけれど、リリエラは私たちに構うことなく生徒会長に話しかけ続けた。
お茶を一杯飲み終わる頃に清書が完了し、それぞれが内容を確認してサインを入れた。
サインが終わるとリリエラは控え不要と出ていった。
生徒会長へ熱い視線を送りながら。
お借りしたカップを片付け、ハワード様とネルソン様にお礼を言って部屋を出る。
お二人は婚約破棄に向かう私を心配してくれて、今日の内容の証言を約束してくれた。
個人ではなく家と家。私たちの場合は家ではなく領同士の話になってしまうので、婚約者の浮気証人は心強い。
人を陥れる様な真似に巻き込んだことを謝罪すると、
「陥れる。とは騙す卑怯な行為ですが、貴方は真実を明らかにするだけですよ。婚約破棄は彼らの行動の結果でしかない。彼女が虚偽を必要とするのならばそれは彼女の責任です。」
ハワード様は優しく諭すような口調だった。
ネルソン様も頷き、
「嘘をつかない様にと仰ってましたしね。まあ、わざわざ嘘の為のアドバイスは親切すぎる気もしますが。気持ちは分かりますよ。知らないところで嘘を吹聴されるより、出来ることならコントロールしたいですよね〜」
褒められているのか、性悪だと言われているのか。
婚約破棄したい気持ちは本当だけれど、その方法は性急で正しいとは言えないかもしれない。
それは分かっていたけれど。
吹っ切ったはずの心に罪悪感が浮かぶ。
それでも時間がなかったのだから。
私が後悔することは間違っている。
リリエラは私と婚約破棄すればダニエルと婚約するのは想い合っている自分だとハッキリ言った。
私の行動が間違いじゃ無い!と思える言葉。
もう進むしか無いのだから。
「えっ。責めたわけじゃないですよ!冷静だな。優しいなって感心しただけで。だって、リリエラ嬢への周りの心象に気を遣ったんですよね?嘘つきの話を信じる人はいませんからね。」
私が顔を曇らせ、マリアンに睨まれて不穏な空気を感じたらしいネルソン様からフォローが入る。
ありがたく、皆に頭を下げた。
ダンスパーティーまでの1ヶ月。
ダニエルに会わない様に注意して過ごした。
お茶会の話があったかもしれないけれど、私の元には届かなかった。
リリエラが上手いこと立ち回ってくれたのだと思う。
ようやく、無事に、この日を迎えることが出来た。
私は一人で入場する。
ダニエルが迎えに来てはいけないので、早めに家を出て会場付近で待機し、彼らの後で入場しなければ。
ダニエルなら何も考えずに迎えに来る心配がある。
通常ならば、事前に打ち合わせをして時間や小物を決める。
お互いの小物を同色にしたり、相手の瞳の色にしたりするのが一般的だもの。
今回はダニエルから贈り物として小物すら届いていないので、私の好きな色を身に着ける。
いつもならダニエルの瞳の緑色の小物だけれど、今日は好きな明るい青の髪飾りとネックレスを着けた。
それだけで気分が違う。
自分で思っていた以上にダニエルとの婚約に辟易していたのだと分かる。
いつも蔑ろにされ、貶められている気持ちになり、友情さえ育っていない私たち。
必ず今日で終わりにして見せる。
固い決意を胸に馬車に揺られて学園の女性用控室の端で待機する。
結果から言えば計画は大成功だった。
ダニエル達の入場をマリアンが知らせに来てくれて、会場に入る。
悲しみに打ち震える演技は難しかったけれど、ダニエルはリリエラと一緒で婚約者が一人で居るという状況から周りが騒めいた。
ダニエルへの非難の声と私への同情の声が聞こえると瞳に涙が浮かんでしまい、演技以上に上手く婚約者に裏切られた悲劇の令嬢っぽく振舞えてしまった。
震えて消え入るような声が自然と出たし、大声で悲しみを訴えて責めるよりよっぽど周りに訴えることが出来た。
ダニエル自身はリリエラに私が先に行っていると言われていたと言うし、私に贈った小物をリリエラが身に着けていると言っていたけれど問題ない。
実際に自分の贈り物(ダニエル本人が言ったのだから間違いない)をリリエラが身に着け、エスコートしている事実は変えようがない。
「婚約者以外をエスコートしている話が信じられずに確認しに来たのよ。」
と言うマリアンの援護もあり、私は事実を確認してショックを受けた体で早々に退場。
家に帰って両親へ報告した。
そもそも想い人がいるのだから、結婚しても幸せになれない。
恋情が無くともお互い尊重できる人でなければ結婚したくない。
その思いも打ち明ける。
婚約者としては一度たりとも尊重された覚えがないのだと。
今までは子どもの行いと諫められ続けたものの、結婚が近づいた今になって婚約者以外をエスコートするという事実に両親は婚約破棄を了承してくれた。
外聞が一番利いたと思うと悲しいけれど、結果だけで見れば良しとしよう。
翌日には婚約破棄が成立し、私はダニエルから解放された。
誤算だったのはパーティー翌日から婚約の申し込みが届くようになったこと。
殆どは婚約者のいない下級貴族から。それから婚約者を乗り換えた方が利があると考えたのだろう数件。
下級貴族で良いのだけれど、私個人を少しでも好いてくれる人が良い。
利のみを求める人は私以上の条件があればまた乗り換えるかもしれないので却下。
両親も婚約破棄2回の娘はさすがに困るらしく、家柄だけで判断することなく慎重に決めることになった。
私の婚約破棄は上手く行ったけれど、私の人生はこれからの方が長い。
残り一年の学園生活で、今度こそ互いに尊重できる人と婚約するという大仕事こそ成功させなければ!
意気込み新たに誓うのであった。
両親から意外にも「ダニエルは婚約破棄に反対したらしい」と聞かされた。
反対も何も決定事項なので意味はないのだけれど、新学年の初日に教室入口で待ち伏せされて驚いた。
私から婚約破棄を撤回するよう言われたけれど、それは無理な話。
リリエラ嬢との婚約?
そんな話は元からなかったらしい。
ダニエルにとってはただの幼馴染の妹分だったらしい。
他の人からリリエラの嘘もばれてしまったらしい。
全て関係ないことだけれど。
幼馴染と言うだけであの距離感を許すこと自体が婚約者を蔑ろにしている。ということに気付かないその身勝手さ。
問題は一つも改善していないと思う。
次に誰と婚約しようとも、幸せへのキーワードは「尊重」だと思う。
親切心から忠告してあげた。
要らぬおせっかいの様ではあるけれど。
「サリエル!お前は私を愛しているのだろう。」
思ったこともない爆弾を落としてくるダニエル。
ただでさえ目立つ教室の入口で本当に止めて欲しい。
「私の婚約者に必要以上に近づかないで欲しいな。」
涼やかな声が私たちの間に割り込んできた。
ダニエルが息を呑む。
「何故貴方が。まさか・・・。」
なんと。
まさかの生徒会長から婚約の申し込みがあったのよ。
婚約破棄から3日後に。
正式な書面申し込みからの訪問。両親は喜んで応じた。
伯爵家より高位の侯爵家。
容姿端麗で頭脳明晰な有望株からの申し込みにミラン家から反対なんて有り得ない。
ずっと好きだった。
大事にする。
夢の様な言葉を貰い、私自身かなり前向きになってしまっているのでした。
嬉し恥ずかしの婚約者ライフはまた別のお話。
ダニエルがリリエラと婚約したかって?
元々はリリエラがダニエルに領内での立場を分からせた方が良いと提案し、
ダニエルは私が調子に乗って勘違いしない様手綱を握っているつもりだったらしい。
それがあの態度に?と不思議でならないけれど、過ぎたことは良しとする。
そんなこんなで、私と婚約破棄したことでリリエラの態度が目に余るようになったそうで・・・
(私にとっては今更ですが)
ダニエルはご両親達からも色々と説かれて考えを改めたらしい。
(本当に今更ですが。婚約時代に説いてくれれば婚約破棄せず済んだかもしれないのに)
結局、リリエラは方々で男性に近づき問題を起こすようになった。
領主子息として責任はダニエルにあるので二人の縁は切っても切れない。
リリエラ本人は純粋に嫁ぎ先を探しているのだと思うと居た堪れないのだけれど。
リリエラ程のガッツがあれば、いつか幸せを手に入れられると思う。
流されるダニエルと、押しの強いリリエラのペアは良い組み合わせだと思うんだけどなあ。
2人がどうなっていくのかはまだ誰にも分からないのです。