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四話 未知との遭遇



部室の片付けの報酬であった室内・時間料金50%引きクーポンを手にその後カラオケ店で漣と合流。

最近の流行やら、数年前に流行っていた曲を熱唱し終えれば、気づいた頃にはもう退出時間。室内にある受話器からコール音が鳴り響けば、遊びの時間はもう終わりだ。

会計を済まし外に出てみれば、既に夕日をも西の山向こうの稜線の影に溶け消え、星々瞬く夜の暗闇が空を支配していた。

春とはいえど、まだ春一番の風も吹いていない。少しばかりの肌寒さにもうちょっと厚着をすればよかったと思いながら、震える腕をさする。


「後三日で春休みかー。早かったなぁ、一年」


「そうだね」


からからと音を鳴らしながら、道路の上をタイヤが転がる。昼とは違う街の装い。季節によって変化する周囲の環境に年甲斐もなく、時の流れを感じた。


「短かったようで長かったような。でもやっぱり短かったような。あっと言う間だった」


「だな」


高校の入学式を終えた春。知っている顔もいれば、知らない顔もいて新鮮な空気が満ちていた。新しい同年代の人間達という環境に、教室内の空気はどこかギクシャクとしていた。

色んなイベントのあった夏。球技大会に夏祭り。新しく知り合った友人達と花火もしたし、誰がギリギリまで課題を残すのかというチキンレースもやった。

秋の頃にはようやく高校の空気にも慣れ、初めての体育祭もやった。それぞれのドラマがあり、それぞれの笑いがあり、刺激的な一日ではあった。

そして最後の冬。高校入って最初の文化祭。中学校ではなかったイベントに心が踊った。ただ、メイド喫茶というコンセプトにも関わらず、何故衣服が男女で逆だったのか。あの時の一部の女子の盛り上がりを思い出すと、未だに寒気がする。


「結局、和水はサッカー部入らなかったしなぁ」


「悪いね、何度も勧誘を断って。ただ、やる気のない僕が入ったところで部の空気が悪くなるだけだろうし」


「まぁ、無理にとは言わないけどよ。でも、勿体ないなー。和水、足早いし身体柔らかいし、絶対いい点取り屋になると思ったんだけど。中学でもサッカー自体はやってたんだろ?」


「中学三年間の部活で、僕にチームスポーツは向いてないって分かったからね。高校ではもういっかなって」


太陽の照り付ける屋外で、ユニフォームを着て汗を流し走り回る僕の姿を一瞬想像をしようとするが、どうもはっきりとしない。

第一、僕が何かに熱中をしている姿が上手く想像できない。

やる気がないだとか、面倒くさいとはまた違う。純粋に一つの事にめりこんでしまう僕の姿が想像できない。


「まぁ、いいけどさ。それより、明日の宿題ってもうやったか?どうしても分かんねぇ所があってさ」


「宿題?」


そしてその意味不明な、漣からすれば至極真っ当な問いに自転車を押す僕の体は思わず固まる。

何故ならば、その明日の宿題という単語に全く思い至る節が無いからで。


「覚えてねぇのか。ほら、数学の。先週、配られたやつだよ」


漣の言葉に記憶を遡り、とうの昔に忘却されていた記憶を引きずりあげる。


「あ~あれか。すっかり忘れてた……」


「え、まじでか。数学の田中、春休み前と言えど提出物には厳しくいくって言っていたけれど、どうすんの?」


「どうしよっかなぁ」


すっかり忘れていたが、漣の言葉で思い出したくなかったことを思い出してしまった。

確かに先週、数学の授業最後の宿題が配られた。機嫌が来週という事もあり、明日にやればいいかと先延ばしにしていたら、その存在事記憶の中から抹消していた。

数学の田中と言えば忘れ物に厳しいことで有名で、生徒からも少しばかり嫌われている。先週という一週間の猶予を与えたうえで、提出物を忘れた生徒を田中が見逃すはずがない。


「ちなみにその課題って休み時間で終わりそう?」


「それが残念な事に明日の一限目は英語から数学に授業変更だ」


「うっわ」


そうだった。一限目の英語の佐藤は確か時季外れのインフルエンザに掛かって、自宅療養中だ。

自分のつきのなさに思わず呻き声が出る。


「あの量じゃ、明日の朝来てやっても終わるかどうか微妙じゃねぇかなぁ」


「まじかぁ……」


明日が期限、明日の朝の時間でやっても終わるかどうかは微妙。八方塞がりのこの状況に思わず溜息がこぼれ出る。


「はぁ、面倒だけど取りに行こ。ちょっと逸れるけど、家に帰る道中に学校あるし」


「んじゃ、ここでお別れか」


「だね。じゃあまた明日」


気を付けて帰れよーという漣の言葉を背に受け、自転車にまたがりペダルを踏む。この時間ならば、警備のおっちゃんに一言伝えておけば、まだ校内に入ることが出来るはずだ。

住宅街の夜道を自転車のライトが切り裂き、一人夜道を駆け抜ける。

少し冷えた夜風を浴びながら、静かな住宅街を通り過ぎ、その先で待つ学校へ。

少しうとうととしていた警備のおっちゃんを自転車のベルで起こせば、形式的な確認手続きをし、校内へと通してもらった。


「くっら」


電気の消された暗い校内に響くのは、リノリウムの廊下を歩く僕の足音のみ。窓から差し込む月明かりだけが唯一の光源で、明かりとするには少しばかり頼りない。

時間が時間だけに教員たちも全員、帰宅している。昼間のにぎやかさは何処へやら、人っ子一人いない校内はどこか不気味さすら感じた。

コツコツコツと響く足音は静かな廊下にいやに響いた。


「……早いとこ宿題取って帰ろ」


オカルトの類は信じちゃいない。高校生にもなってそういった類を信じている方が稀だろう。だがそれでも、何か出るんじゃないかと思わせるほど夜の学校という場所は気味が悪かった。

しかし想像するなと考えれば考えるほど、本日最後の授業で黒見先生の話していた取るに足らないオカルト談義の事を思い出してしまう。

こういう事を何て言うんだっけ。カリギュラ効果?


「まぁ、そんなのいる訳ないよね」


夜の学校特有の空気に内心、少し怯えながらも誰も聞いていない虚勢を一人張る。

怖いと思うから怖いのだ。怖くないと思えば、何も怖くはない。

そうこうしているうちに辿り着いたのは1-2と書かれた教室の扉前。さっさとお目当ての物を取って帰ろう。

扉を開けた先に、誰かいるのがホラーだと定番の展開だがもうこの時間帯に校内に居るのは僕一人。扉を開けた先に誰かがいるという事はなく、がらんとしている教室があるのみ。


「さーて宿題宿題」


机の中から宿題のプリントを取り出し、その内容の密度に思わず顔を顰める。

忘れていた僕が悪かったとはいえ、あまりに内容が濃い。高校一年生の集大成を見せろとでも言われているかのような宿題の内容に頭痛がする。

だが目当てもの物は回収できた。後は帰って、時間の許す限りこの宿題を進めるだけだ。

しかしその矢先。


ばしゃん


「うおっ」


水音が跳ねる音が聞こえた。反射的に背筋がぴんっと伸び、思わず肩がびくりと跳ね上がる。ばしゃん、ばしゃんと連続して聞こえるその音はどうやら中庭から聞こえてきている。

さらに言えば音の出所が、中庭にある鯉池だという事に気づくのに時間はかからなかった。夜の学校、誰もいない中庭。そこから響く水音。

気のせいだと片付けれれば良かったのだが、また十数秒ほど時間を置いてばしゃんという音が中庭に響いた。

誰かが鯉に餌をやっていると考えるには、時間が時間だしその水音は余りにも勢いが強すぎる。


「い、いやいやいやいや」


一瞬、脳裏をよぎったのは昼間の黒見先生のオカルト談義。下らない、到底信じるに値しないその話が今の僕にとって恐怖心を煽るには十分すぎた。

ぐっと喉が閉まる感覚餓死、それを抉じ開けるようにして唾液を飲み込む。そして止めればいいのに僕は意を決して、ゆっくりと一歩ずつその水音の正体を確かめるように中庭へと近づいていった。

怖いものが見たかったのかもしれない。そしてその正体を見て、結局は下らない物だったと知ることでこの恐怖心に蹴りをつけたかったのかもしれない。

好奇心は猫をも殺す。その言葉の意味を深く理解せずに、僕は一歩ずつ中庭へと足を進めていった。


「そうさ、いるわけない」


中庭へと続く扉をゆっくりと開けると、湿り気を帯びた生ぬるい空気が肌を撫でる。生物的な本能が告げているとでも言えばいいのか。周囲の湿度や温度は先程までと何も変化はしていないはずにも拘らず、嫌に生温い空気をしていた。


「幽霊なんて……」


じっとりとする掌を制服の裾で拭いながら、中庭へとその一歩を踏み入れた。

湿った空気から解放でもされるかと思ったが、そんなことはなく相も変わらず重圧感が全身に絡みつく。

それはまるで何者かに見られているかのような気味の悪い感覚であった。そしてそれを肯定するかのように、再び聞こえる水音。昼間の黒見先生の話が色濃く脳裏に浮かぶ中、僕はそれに導かれるように鯉池へと目を向けた。

雲の切れ目から月明かりが差し込む。水面に反射したそれは地面を淡く照らし、その淡い光の中に輪郭が浮かび上がった。

―――ソレはハッキリと僕の目に映っていた。



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