三話 お宝発見
残された僕と黒見先生と言えば、他の生徒達の向かっている生徒玄関とは真逆の方へと向かって歩き出す。
そしてこの学校の中でも一番日のあたりの悪い最奥の教室の前にまで来ると、持っていた古びた鍵を鍵穴へと差し込み、扉を解錠した。
「うっわ、ガラクタばっかり」
「あいつらもよー集めるよなぁ」
「にしたって、限度があるでしょう」
窓際に生えた木に塞がれ、午後の陽光が差し込むこともない。薄暗い室内は埃の匂いや古書の香りが充満しており、歴史の深遠さを感じさせる。その一部からは先人たちの物語が刻み込まれているかのような感覚さえした。
とはいえ、その大半は本当にただのガラクタなのだろう。乱雑に置かれた古書や壺。年代物のDVDレコーダーに、古びた蓄音機らしい物など大量のガラクタが空間を埋め尽くしていた。
あまりの保管の雑さには歴史の冒涜感すらも感じられる。いやまぁ、この中の大半は製造されてから数年しか経っていな物ばかりだとは思うけれど。
「んじゃ、ちゃっちゃ終わらせちまおう。いらないもんは既にあそこに纏めてあっから、お前はそこのガラクタを段ボール箱に詰めてくれ。ある程度、整理出来たらそこにある台車に乗せて俺が倉庫まで運んどくから。お前は段ボール箱に纏めてくれればいい」
「はーい、分かりました」
黒見先生の指をさした教室の隅。そこには何に使うのかも分からない骨董品の数々が山積みになっていた。
「うわ、これとかもう壊れてるじゃん」
「先が尖っている物とかもあるし、気を付けろよ。これ使えこれ」
ポンッと黒見先生が放り投げてきたのは、市販の軍手だった。
僕は貰った軍手を手に装備すると、このガラクタの山を片付けるべくゴミの山へと身を投じた。
「これ、何の楽器何ですか」
「それはバグパイプだな。スコットランドの民族楽器でこうやって演奏するやつだ」
「こっちは教科書で見た事あるやつだ」
「ビブラスラップだな。叩くとなかなか面白い」
「こっちは何です?」
「さぁ、それは俺も良く知らん」
何処かの少数民族の身に着けていそうなお面と一緒に置かれていたのは、桶みたいな形の木に一本だけ弦が付いている、恐らく楽器のような物だ。
試しに弦を引いてみると、ビョ~ンと気の抜けるような音が鳴った。
「これ、倉庫まで運んだ後はどうするんです?」
「さぁな。まぁ校長が質屋の知り合いを呼ぶかどうとか言ってたし、売れそうなものは売って、売れないものは後で文化祭の時にでもフリーマーケットに出すんだろ」
「ふ~ん」
手近にあった壺を割らないように梱包材で包装した後、段ボール箱の中へとしまう。
そして山積みとなっている書籍を段ボール箱へと詰める作業へと移った。
思っていた通り、本当にガラクタとしか言えないような物が大半であり、そのどれもが年代を感じさせる傷や汚れがついている。中には文字が掠れて読む事すらも出来ない本もあり、これは売れないだろうなという確信めいたものを感じる。
そうして手早くビニール紐で大量の本を纏めていた時の事であった。
「作業ついでに聞くんだが、なぁ和水。お前、本当に進路どうすんだ」
「何ですか、急に。進路相談は大分前に終わったはずですよ」
「いやな、俺もせっつきたい訳じゃないんだが、学生主任の婆さんから言われちまってな。成績優秀者の中で、一人だけ進路が決まってないってな」
「あぁ、あの人に何か言われたんですか」
進学校というほどでもないが、うちの高校はそれなりに勉学に力を入れている。その為、進路相談会もそこそこ行われている。
特に僕たちのような成績優秀者達への期待は強い。
だが、それゆえに僕が進路相談の用紙を白紙のまま提出したことに問題が生じたらしい。
ただ進路を書かなかっただけで何故か分からないが学年主任の婆ちゃんから説教をくらったのはつい先日の事だ。
「お前も進路相談用紙に何か適当に書きゃ、あの婆さんに目を付けられなかったってのに。何だって白紙で出したんだ」
「いやぁ、一か月先の自分の未来すらも良く分からないのに、一年先の自分とか想像できなくて」
「将来の夢とか何かないのか。やってみたいこととか、やっていて楽しい事とか」
将来の夢、かぁ。
小さなころは誰しもがあったであろう夢も、時の流れによって徐々に風化していきいつしかそんな夢があった事すらも忘れてしまう。
小さなころの僕は何になりたかったのだろうか。
今となってはもう覚えていない。
「う~ん」
僕は思い出せない過去を懐かしむように、窓の外へと視線をやる。
太陽光を遮る木々の向こう側。その先にあったのは、この高校の生徒達が各々の青春を謳歌する姿だ。グラウンドでは女子テニス部と男子サッカー部がコートに散っており、その向こうでは女子ソフトボール部の面々が運動場の一角で練習を行っているのが見える。
そしてそれらスポーツに打ち込む生徒達の奥には、木々から漏れる木漏れ日に照らされているベンチに座り込み、小説を読みふける生徒がいた。
皆、誰しもが何かに打ち込み青春というものに身をやつしていた。
「これといってパッとは思いつかないですね。胸を張ってこれが趣味だって言えるような物もないですし。いや、一応それなりに金を稼ぎたいなぁとは思ってますけどね」
「なら、大学進学でもいいんじゃないのか?」
「いやぁ、下手に大学進学て言って学年主任たちにあれこれ聞かれたりするのが面倒くさいというか、なんというか。今はまだ自分の未来を決めたくないなぁって」
「その気持ちは分からんでもないが、自分探しをしようって人間でもないだろお前」
「分からないですよ。もしかしたら春休みにでも自分探しの旅に出るかもしれないですし」
「なら、新学期までには帰って来いよ。来年度も俺がお前の担任なるらしいから」
「生徒に言っていいんですか、それ」
「お前が他の生徒に言わなければいいだけだな」
「いやまぁ、言いませんけどね」
ガラクタの山を段ボール箱の中に詰め終えると、その上からガムテープを張って封印完了。
後はこれを台車の上に乗せて倉庫まで運ぶだけだ。
「よい、しょっ。とっとっ」
腰をやらないよう気を付けながら段ボール箱を持ち上げると、思っていたよりもずしりと重量感のある段ボール箱の重みにふらつき、数歩後ろへと下がってしまい、背中を軽く棚へと打ち付けた。
本棚が揺れ、埃が舞う。
「おいおい、大丈夫か?」
「えぇ大丈夫……ん?」
背中を打ち付けた拍子に棚の上に置いてあったのか、何か煌めく物が段ボール箱の上へと落ちてきた。
「水晶?」
段ボール箱の上の本に落ちてきたのは水晶のネックレスであった。市販で売られているような物ではなく、誰かの手作りなのか水晶の金具部分に紐を通しただけの簡略的な物だ。
しかし、作り手のこだわりなのか素材自体は良い物なのだろう。手作りであったとしても、安っぽさは感じさせない丁寧な作りだ。
「どうした、何か気になる物でもあったか」
「あぁいや、気になるって程でもないんですが」
「欲しい物があったなら、好きに持っていっていいぞ。部員連中が取っておきたい物は向こう側に纏めてあるしな」
「う~ん……」
そういえば、妹はこういった小物が好きだったような気がする。
見た目も悪くないし、くれるというのならば有難く貰おう。
段ボール箱を台車の上に乗せれば、その上に乗っていた水晶のネックレスをポケットの中にしまいこむ。
「まだまだ山ほどあるからな。次はこっちの段ボール箱を頼む」
「は~い」
普段使わない両腕が悲鳴をあげているのを感じつつ、腰の筋肉を伸ばし再び新たに背後で生成されていた段ボール箱へと手を伸ばした。